第69話 優勝候補の予選会
やはり、優勝すればなんでも望みが叶うという『御前試合』だけあって、会場には見るからに強そうな体格の者たちが集まっていた。
そんな会場をぐるっと見回してバグナは言った。
「ナイフだけで、どうやってあの巨漢たちと渡り合うんだよ!?」
「うん。いけると思う。やっぱり狙うのは、首か頭……場合によっては心臓だな」
「こ……殺しってダメなんじゃなかったか!?」
ボウガは普段は大人しい物言いなのに、何故か突然『戦闘狂』のような考えを持つことがある。
しかもこの『御前試合』では故意による殺人は禁止されているはずだ。
「そこなんだけど、実は…………」
ボウガは周りを見回してから、こそこそとバグナとアンクスに耳打ちする。
「な……なるほど。確かに考えようによっては、そっちの方が確実だ。さすが騎士様たちは違うぜ」
「でもそれって強くないとできねぇよ。やっぱ、ボウガはすげぇんだなぁ!」
「はは……作戦通りできるように頑張るよ」
少し前に騎士団で作戦会議をしたことを思い出す。
――――あの時は正直驚いたけど、ルール上は確かにセーフなんだよなぁ。ちゃんと出来れば良いけど……
ボウガは苦笑いしながら、会場の隅っこで時間が来るのを待った。
『只今より、3ブロックにて予選を開始します! 参加者はこちらに集まってくださーい!!』
拡声の魔道具でドワーフの男性が出場者に呼び掛ける。全員が集まったところで、軽く試合の注意事項などが読み上げられた。
とうとう『御前試合』の予選が開始される。
………………
予選が始まり、呼ばれたのは二戦目だった。
「125番! 158番! 前にっ!!」
舞台の上でドワーフの審判の掛け声が響く。
『158』はボウガの番号だ。割り札の片方を胸に着けている。
「じゃ、行ってくる」
「おぅ、頑張れ!」
「がんばーっ!!」
兄弟に見守られて舞台に上がると、対戦相手が既に中央へと向かっていた。
「なんだ? チビじゃないか!」
対峙したのは『オーガ』の男性で、ボウガより頭一つ以上は大きい。とは言っても、もっと身体の大きいスパイクや筋骨隆々なケンティ(エルフ)を見慣れているボウガは驚きもしない。
――――オーガか……身体の構造は……
図書館で借りて読んでいた『世界の人種図鑑』の内容を思い返す。
「では両者、見合って!!」
審判が片手を下へと伸ばすと、相手が長柄の斧を前に突き出すように構えた。
審判が下から上にと手を上げる。
「―――始めっ!!」
ダッ!!
合図と同時にボウガは真正面から相手に駆け寄った。
「はははっ!! バカめ!!」
すぐに間合いに入ってきたボウガを余裕で迎え打つ気でいたのだろう。思い切りボウガ目掛けて斧を振り下ろしてきた。
ガンッ!! と斧の先が床とぶつかり、避けられたことを察した相手はすぐに横へと薙ぎ払うが……
「うぇっ!?」
前方の視界にボウガがいない。
それを認知した瞬間、相手の耳元にぽつりと声が聞こえた。
「……リーチの長い武器こそ、相手から目を離しちゃダメだ」
シュパッ!! スタンッ!
風を切る音も聞こえて、背後で着地音もする。
「……後ろか!?」
「…………」
相手が振り向くと、ボウガがナイフを手に構えもせずに立っていた。
「こいつ……!」
「止めっ!! 勝負ありっ!!」
再び攻撃態勢に入ろうとした時、審判が叫びながら相手の視界に入ってきた。
「へっ!? 何言って……」
「勝者158番!!」
審判がボウガの手を持って高らかに宣言をする。
始まりから終わりまで、だいたい2分くらいだった。
「はい、じゃあポイントね」
「あ……はい」
審判はポケットから木札を出してボウガに渡す。ボウガはそれを受け取って舞台から降りようとしたが、相手が物凄い形相で迫ってきた。
「待てぇ!! なんでおれが負けたんだ!! そいつ避けただけだろっ!?」
「「…………」」
審判とボウガが顔を見合わす。
「こっちが説明するから、君は降りてていいよ」
「どうも……」
ドワーフの審判は先にボウガを帰し、相手に向かって行く。そして懐から手鏡を出すと、それを相手に突き出した。
「君、ほらここ。首元見てみな」
「なっ……?」
オーガは小さな鏡を受け取り自分の首元を見ると、横に真っ直ぐな“光の線”が走っているのに気付いた。
「あと、君の『タリスマン』見せてみ?」
「は…………」
カシャン。
オーガの胸元から、離れないはずのコインが足元へと落ちた。それは真っ二つに割れている。
「納得した? 良かったねぇ…………これが『生命の護符』無しの実戦だったら、君の頭は胴体とお別れしてたよ?」
「あは……はは……は……」
審判がニヤリとしたのを見て、オーガは乾いた笑い声を漏らしていた。
………………
「いえーいっ!! 一回戦突破ぁ!!」
「お疲れー、良かったぞ!」
「うん。ありがとう」
あっさり終わった試合だが、リザードマン兄弟は大いにはしゃいで出迎えた。
また呼ばれるのは時間があるだろうと、三人で他の試合を見ながら休憩をする。
「しかし……殺しはルール違反だけど、殺すつもりでいくのが正解ってのもすごいな」
「結果として、初めからそうすると相手に余計な怪我を負わせないんだって。スパイク団長が言ってた」
ルールでは『故意による殺害を禁止する』となっていたのだが、それは本当に生命を絶つつもりで攻撃した場合。
これが、試合として“『タリスマン』を壊すための一撃”とすれば、一度だけ致命傷を免れる『タリスマン』の魔法の効果が発揮されて、実質相手に怪我をさせずに倒すことが可能になる。
「皆、“相手を殺さない”ってルールが頭にあるから、痛めつけて降参させるか、『タリスマン』が壊れるくらいダメージを与えるかと考えて試合が長引くらしい……」
武器の強度などを考えても試合が長引けば不利だ。できることなら、自分の体力も十分に残した上で勝てる方法がいいに決まっている。
「でもさぁ、人間相手に殺しに行くのも大変だよなぁ。魔物相手なら思い切れるけど……」
「うん……本当、魔物だったら良かったのに……」
「ん? ボウガ、大丈夫か?」
バグナの言葉に、ボウガは身体を丸めて顔を伏せた。
実を言うと、ナイフを相手の首に当てた時の感触が今も手に残っている。『タリスマン』で無効にされたとはいえ、本当に相手の首を斬り落としたのだ。
「……実際に殺した訳じゃなかったんだから大丈夫」
「「………………」」
両脇から、バグナとアンクスが黙ってボウガの頭やら背中をわしわしと撫でてきた。彼らなりに何か思うところがあったのだろう。
一回戦は早めに呼ばれたので、しばらく休んでいられる。次の試合までには、また覚悟を決めなければならない。
………………
一通り一回戦が終わったようだ。
朝よりも人が一気に減っている。
「なんか、ごっついのばっかだよなぁ」
「魔法を使えないルールだから、自然と腕力が強い人種が集まるんだと思う」
パッと見て多いのはやはり『獣人』だ。このブロックの中で【クリア】はボウガだけだし、体格もいちばん小さく見えてしまう。
――――あの人は、このブロックじゃなかったか……良かった。
先日会った、黒フードの人物らしき姿はない。もしかしたら、試合はフードではないかもしれないが、それらしい体格の人間も見当たらないことに少し安堵する。
「そろそろ二回戦じゃないか? 一回戦で引いてたクジの箱が出てきたし」
「あれに割り札をいれてたんだよ」
対戦相手は直前まで分からない。
決め方は簡単で、預けた割り札を大きな箱に入れ、係の人がそこから無造作に二枚取り出していく。
そして勝つと、その人の割り札を別の箱にいれ……と、札が最後の一枚、優勝者のものになるまで続ける。
「一体一だから、半分ずつになってくんだな!」
「ちゃんと試合してるなぁ。最初おれはてっきり、全員集められて『最後の一人になるまでやり合ってくれ』とか言われるのかと思った」
「あははっ! おれっち、そっちの方が見たい!」
「……見せ物だったらありそう」
兄弟がゲラゲラ笑いながら言うが、ボウガにしてみればそっちの方が楽な気がした。
数えてみると、予選を突破するには6回勝つのが目標になる。
――――ナイフ9本で足りればいいけど……
先ほどの一戦でナイフは見事に刃こぼれをおこしていた。相手に一撃で致命傷を負わせるには、武器の方も良い状態のものを使わなければならない。
一試合勝つごとに、引き換えの1ポイントが貰え、予選を勝ち上がればポイントは6増える。
全てを本戦に持っていければいいが、強度を見ていると途中で武器防具を足すこともあるだろう。
――――本戦前にショートソードか、ロングソードあたりで一度戦っておきたい。
予選の決勝前に一本引き換えておこうと思う。そうなると、ショートソードと換えて残りは4ポイント。
――――『本戦』にはロングソードでも出られるようにポイントを残しておくか……
もしくは、何か怪我をしてもポーションと取り替えられるようにもしておく。大怪我さえしなければ、これで大丈夫だろう。
「……158番!」
再びボウガの番号が呼ばれる。
「行ってくる……」
立ち上がって呼吸を整えながら、舞台へと上がっていった。
…………………………
………………
試合が終わった。
ボウガは『予選』を見事に突破し、翌日の『本戦』に進むことが決まった。確実に優勝を狙っているので、これは当たり前の結果と言えるだろう。
『本戦』出場者は後で説明があるというので、別室に呼ばれて待機することになった。通された部屋は会議室のようにテーブルやイスが用意されていた。
「ほら、飲み物買ってきたぞ。誰もいないし、ちょっとくらいゆっくりしようぜ」
「ぷはーっ! おれっち、腹も減ったー!!」
「付き添いだけがわがまま言うな。ボウガは大丈夫か?」
「大丈夫。もう少しで終わりだし……」
バグナから飲み物を受け取って一息ついた。
早朝からずっと会場に張り付いていたので、勝てた安堵も含めてやっと落ち着いた気がする。
「いや〜、こうも面白いくらいに勝ち進むと、見てる側は気持ちいいもんだなぁ!」
「おれっちも頑張って応援したぜ!」
「うん。二人とも今日は付き合ってくれてありがとう」
「「おうっ!」」
今日一日補佐についていた二人はボウガ以上にご機嫌である。
「ショートソード、壊れなくて良かったな。これなら本戦でも使えそうだ」
「ナイフは2本しか残らなかったけどね」
予想通り『予選』は6回勝って優勝だった。5回戦目まではナイフだけで凌ぎ、決勝はショートソードも持っていったが大したことをせずとも勝つことができた。
予選で手に入れた6ポイントは、決勝前にショートソードと換えて4ポイント残っている。ここまでは予定通りだ。
「本戦では勝ったら2ポイントだっけ?」
「そう。本戦ではなるべくショートソードで勝っていこうと思う。次の対戦相手がわかるから、武器の対策を練りながらになるけど」
『本戦』がどのくらいの人数かはわかっていないが、さすがに観客が来る試合なら『予選』ほど出場者は多くはないだろう。
「たぶん、3回か4回勝てば決勝…………」
「4回だ」
「「「え?」」」
急に会話に別の声が入ってくる。
三人が声のした方を向くと、入り口のドアからひとりの人物が近付いてきていた。
「……『予選』から出た者は4回勝てばいい。でも『本戦』から出る貴族の“代理”は3回勝てば決勝になるがな」
目の前に来たのは申し込みで会った“黒フード”の人物だった。
さすがに全身を覆う黒いコートではなく、ボウガと同じように胸当てなどを身に付け、黒フードは胸の下辺りまでの短いものである。胸には『111』の札がついていた。
ドカッと近くのイスに座ると、上から下までボウガを眺めてすぐに顔を背けた。
「私が一番乗りかと思ったが、若いのに大したものだ。しかも怪我一つせずに勝ち進んだか……」
「…………」
黒フードの人物は横を向いて座っている。
こうして見ると、身長はボウガよりも少し高く、がっちりした身体つきではあるがそこまで太い印象はない。胸当ての下に着ている服がしっかりしているので、もしかしたらもう少し細身なのかもしれない。
「……ボウガ、知り合いか?」
「いや、知り合いというか……ちょっとだけ……」
姿を見て言葉は交わしたが、知っていると言うには情報がない。どこかの王太子のお付としかわからないし、この情報もケンティに教えてもらったものだ。
「あぁ、そうだ。帰りは気を付けた方がいい」
「え?」
その怪しい知り合いが不意に声を掛けてくる。
「毎回、予選の帰り道はどこかの誰かが歓迎してくるらしいからな」
「歓迎……? それ……」
それはどういう意味だろうか?
黒フードの人物に尋ねようとした時、他のブロックで勝ち上がってきた者たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。
「………………」
人が多くなったせいなのか、黒フードの人物はそれ以上は何も言葉を発しなかった。




