第68話 試合当日
ある日の騎士団の訓練場。
訓練の合間にスパイクが大荷物を持ってやって来た。
ボウガが呼ばれ、他の騎士たちも少し離れた所から興味深げに覗いている。
カチャカチャ……
手前から順に、小型ナイフ、ショートソード、ロングソード、グレートソード……目の前の床に並べられたのは『御前試合』で使用可能だという武器の数々だった。
「これが、今用意できるソード類だ。斧や棍が必要なら、後で防具の方と一緒に持ってきてあげよう」
「ありがとうございます。でも、試合前に使ってみてもいいんですか?」
「なに、これは土産物屋でも売っているものでもあるし、試合に出るものは試供品として買ってもいい。コロッセオにも見本が並んでいただろう? 実際に手に取って試すのは、戦う者には必要だと思っている」
そう言って、スパイクは置いてある武器をひとつひとつ手に持って眺める。
「ふむ……私が若い頃に使ったものよりも弱いな。特にショートソードとロングソードは一試合もつかどうか…………ややマシなのはグレートソードか」
「オレがいつも使ってるのはショートソードなんですけど、強度を考えておかないとポイントが足りないかも……」
『御前試合』は各個人に、試合で使う武器防具などと引き換えができるポイントが与えられる。
まず最初に全員に与えられるのは『20ポイント』である。
そこから各々試合が始まる前に武器防具、またはその場で使う回復薬をポイント交換で手に入れることができる。
「どれ、交換ポイントは……」
「これですね。使えるものの一覧」
説明書を広げて覗き込む。
・~・~・~・~・~・~・~・~
・短剣 2
・片手長剣 4
・両手大剣 5
・小型斧 2
・長柄斧 4
・小型ナイフ 1 ※持ち込み5本まで
・長柄の槍 4
・木製長棍 3
・軽量の胸当て 5
・全身鎧 10
・小型の盾 2
・大型の盾 3
・軽量のすね当て 2
・軽量の篭手 2
・軽量の兜 2
・ポーション(外傷のみ回復) 3
・エリクサー(外傷、内傷、体力回復) 5
・~・~・~・~・~・~・~・~
「ショートソードは2ポイント。取り替え易いのですが……」
「一試合ごとに壊れて交換していたんじゃ、防具も使えなくなるし、回復薬も交換できなくなるぞ? 意外と合間合間でポイントは消費されていくんだ」
「最初に何を持って試合に行くかですね……」
ボウガの武器とするならショートソードか、ロングソードだろう。予備としてナイフも持っておきたい。
「あとは、防具……最低でも胸当てはあった方がいいかな。あ、すね当てと篭手はどうしよう……?」
「なら、その三つでいこう。それで9ポイントか」
「兜……は要らないですかね」
ボウガが悩んでいると、見ていた他の仲間騎士たちもぞろぞろと会話に入ってくる。
「全身鎧は10でしょ。考えてないのか?」
「いやいや、ボウガは軽量でいった方がいい」
「せやせや。この人、その方が実力発揮しやるやろ」
「お? なんだ、お前たちも考えてくれるのか?」
すっかり仲良くなった騎士仲間たちは、ボウガが試合に出ると聞くと全員協力的だった。
「そりゃあ、騎士団の代表みたいなものですから。ボウガさんを応援するのは当たり前ですよ」
「他の貴族たちからの“代理”依頼もなかったし、元から僕たち騎士だけでは出られませんから」
「気張りなはれや」
「うん。皆ありがとう」
それから、全員でわいわいと『御前試合』について作戦を練った。
…………………………
………………
そして現在。早朝。
まだ誰も仕事を始めていない騎士団の事務所では、アロがひとりで机に突っ伏していた。
どうしても、今日から始まる『御前試合』のことを考えてしまい、夜明け前から目が覚めてしまったのだ。
そこへエンジュとニレの王子二人が顔を出した。
「あ……アロ様、ここにいた……」
「なんや、やっぱりおったんか」
「……エンジュ様、ニレ様、なんの用です?」
アロは顔だけチラッと上げて二人に言う。
「なんの用やて、謁見の仕事で呼びにきたんや」
「気分じゃないですー……」
「わぁ。アロ様、やる気なさそう……」
珍しく公務を渋っているアロに、エンジュとニレは顔を見合せて苦笑した。
「あかん。今日はシュロ王子が体調不良で欠席やぁ言うてん。おれとニレだけじゃ忙しくてなぁ。アロ様も『御前試合』が心配なのわかりますけど、何も出来へんのやけら謁見に来なはれ」
「あー、確かに今日は『御前試合』の予選でしたね。チェリ王女の婚約者さん、もう会場入りしてるのですね……」
実は今日の明け方にはボウガはケンティと一緒に会場へ向かっている。『予選』が始まる前に受付けと対戦のくじ引き、それに加えて『タリスマン』の付与や武器の引き換えなどが忙しいらしい。
「別に心配とかじゃないので……」
「心配なら心配でええやん。でもなぁ、チェリ王女が朝早うから中央塔の窓の所に居はったよ?」
「え? チェリが?」
「ひとりでジッと街の方を見ていらした……」
「………………」
今日の予選には『王族』は立ち入れない。応援に行くこともできないので、アロとチェリは王宮で公務をこなしながら結果を待つことになる。安全上、王宮外での早朝の見送りもするなと言われた。
チェリも心配で眠れていなかったのかもしれない。それでも黙っていつも通り過ごそうとしている。
「はぁ……チェリも、謁見の公務に行くんだもんな」
仕方なくアロは立ち上がって二人に近付く。
「今朝は俺の衣装専属がいないから、ちょっとギリギリになるけど……」
「ええよ。先に行っとるさかい、ちゃんと身支度しぃや」
「ええ、大丈夫です……」
――――こういう時、チェリの方が度胸が座ってるかもな。
アロは苦笑いを浮かべながら、早歩きで身支度をしに戻った。
…………………………
………………
「……3ブロックか」
「3ブロックはあちら西側の会場です」
受付けで引いたクジ通りに案内される。
早朝に受付けと抽選会があり、今は登録していた『生命の護符』を受け取らなければならない。
「なぁ、本当におれが付き添いでいいのか?」
「うん。バグナなら大丈夫だろうってケンティさんが……」
「えー? おれっちもいるのにぃ!」
「お前だけじゃ心配だから、おれも呼ばれたんだよ」
会場に入る前、ケンティから『予選』でのボウガの補佐にとバグナとアンクスが呼ばれていた。
『残念ながら、わたしは入れないみたいなの……』
どうやら『御前試合』に関係のない騎士団の人間は、コロッセオには立ち入ってはいけないと前日に言われてしまったようだ。
それがわかってからすぐ、バグナの職場にケンティが掛け合い、アンクスに朝一番でバグナを連れてきてもらった。
「おれっちも騎士団員なのにな」
「たぶん、アンクスは見習いだからいいんじゃないのか?」
「まぁ、いざとなったら“おれの弟”ってだけで通すからよ!」
「二人とも、ありがとう」
「「おう!」」
しっかりしているバグナは安心できるし、アンクスも一緒にいてくれると緊張しているのが和らぐようだった。
………………
「3ブロックの方はこちらでーす! 受付けで『生命の護符』を身に付けてくださーい!」
赤茶の髪のエルフの女性が大声で叫んでいた。
指定された場所に行くと、そこにも更に受付けが存在していた。今度は申し込みの時に作っておいた『生命の護符』の受け取りと定着だという。
「では、この壺に手を入れてください」
受付けの女性に名前を言うと、まるでプラムの砂糖漬けが入っていそうな壺が差し出された。小さな壺なのに中は真っ暗で何も見えない。恐る恐る手を入れると、手首から先は壺の暗闇にすっぽり飲み込まれてしまった。
「うわ…………あ?」
壺の中で何かが手のひらに押し付けられた感覚がある。そのままそれを持って手を引き抜くと、握っていたのは申し込みの時に見た金色のコインだった。
受付けの女性はそのコインを取り上げてジッと見詰める。
「はい、確かにボウガ様ですね。『タリスマン』に紐をつけますので、首に掛けてもらっていいですか?」
「あ、はい」
ペンダントのようにされた『タリスマン』を首に掛けると、受付け女性はコインの部分を握って何かをブツブツと呟いた。それに反応するかのように、握っている周辺が淡い緑色の光を放った。
「これは『定着の魔法』です。この『生命の護符』は壊れるか、試合の決勝戦が行われる日が過ぎないと外せません。ちょっと試してみてください」
「あ、本当だ」
ペンダントを首から取ろうとした途端に、紐が体にくっ付いたようになって抜けようとしない。
「『生命の護符』が壊れる条件は二つです。一つは、持ち主が生命に関わる重傷を負った場合。二つは、コインを直接破壊できる力を加えた場合です。試合中限らずできるだけ、服の中に隠しておくのをおすすめします」
言われて、ペンダントになった『タリスマン』を服へと仕舞う。
「『予選』の皆さまは、今日から決勝戦が終わるまで身に付けていなければなりませんので、勝ち続けている間、試合以外で壊れるようなことがないようにお過ごしください」
この『生命の護符』が本人証明と試合の出場資格証なる。もし試合以外で壊れたりしたら、その時点で失格となり出場資格が失くなるのだ。
「そして、こちらは使用武器などの引き換えになる『ポイント』です。最初は20ポイントで、一試合勝利する毎に1ポイントが貰えます。物品とポイントの交換は試合外で行ってください」
差し出されたのは『10』と書かれた細長い木の板だった。どうやら、これを引き換え所で武器防具や薬と換えてくるようだ。
「最後に、これがあなたの『番号』になります。割り札になってますので、片方を会場側にお渡しください」
「……『158』か」
割り札なので、それぞれの番号の下にはちゃんとボウガの名前が書かれていた。確か三桁の番号は『予選』から出た者のはずだ。
他に質問が無いなら、受付けはこれで終わりだという。受付けは丁寧に頭を下げた。
「……では、これで受付けの全てを終了します。ボウガ様、ご検討お祈りします」
「ありがとうございます……」
全員が言われるであろう挨拶を終え、今度は武器防具を引き換えに行く。
「なー、もう引き換える武器は決めたのか?」
「もちろん。一応、決勝までの作戦は立ててる」
「さすが。じゃあ、早くとっかえてこようぜ!」
三人で引き換え所へと向かった。
………………
試合開始まであと少し。
「…………マジか、お前……」
「おぉ〜、これで全部なのか?」
「うん。予選はこれでいい」
武器防具を引き換えた後、会場の脇で簡単に身支度を整えた。
ボウガが着てきた服の上に身に付けるのは、胸当て、すね当て、篭手、そして兜替わりの頭を隠すフードのようなもの。これで11ポイントだ。
「ボウガ、頭隠すの? 視界とか大丈夫か?」
「意外と大丈夫。ちゃんと会場側にも確認取ってるし。これで兜扱いになるから2ポイント掛かるけど」
兜とは要らないと思ったが、ボウガが【クリア】だというだけで試合外での言い掛かりを少しでも避けるためだ。
「全部バラで取り替えたの? 全身鎧の方がポイント低くねぇ?」
「差が1ポイントだけだし、こっちの方が良いんだ。試合によって、パーツごとに取り外したり付けたりできるっていうから」
「へぇぇ〜!」
アンクスが熱心に質問するので、面白くてついつい話し込んでしまう。
しかし、その横でバグナが顔を顰めてボウガを見ていた。
「ボウガ……本当にこれで予選って……?」
「うん。団長や騎士の皆と決めたんだ」
「いやいや、いくらなんでも…………」
ジャラ……
バグナはボウガから預けられた箱を見る。
「防具を差っ引いた残り9ポイント…………全部『小型ナイフ』じゃないか!?」
箱の中には1ポイントのナイフが9本入っている。ボウガはそこから2本だけ取って腰に付けた。
「ナイフは一度に5本まで持てるけど、今はこれでいいや」
「だっ……だから、お前のいつも使ってる『ショートソード』は!? あと、試合終わってからの『ポーション』とかは……!?」
ボウガは「あぁ」と言った後ににこりとする。
「うん、要らない。怪我しなければいいし、一試合にナイフ一本で仕留められればいいから」
「仕留めちゃダメなんじゃないのかっ!?」
突然不穏なことを言うボウガに、バグナは顔を青くして言った。




