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第67話 自分の考えと思い

「アロ様、少し失礼致します……」


 顔色を悪くして座るアロの前に、ソニアがそっとしゃがみ込んだ。


「あの方がクロス様なのですね」

「……ソニア、知ってるのか?」


「ええ。私は直接お会いしていませんでしたが、私の母が王都に向かう旅の途中で会っていまして…………彼から『握手』を求められております」

「…………握手を……」

「あのクロスという方は、あちこちの国を訪問されていることで有名なんです。おそらく、相手の様子を探れる『能力』をお持ちなのかと……」

「まさか…………」


 自分の手を見詰め、顔を顰めたアロにソニアは話を続けた。


「もしかしたらお気づきかもしれませんが、私は【魔神族(ジーニー)】の田舎のとある『人種』です。訳あって公には晒せませんが…………私たちの里でも、あの方のことは【祭典】に来る前から噂はありました」


「……噂って?」


「【魔神族(ジーニー)】の特に『魔人』貴族たちの間で、能力のある【精霊族(スプライト)】を引き入れようとしている。今回の【祭典】に来たのは、女王陛下退任の前に仲間になりそうな人間を『カルタロック』内部に作ろうとしてる……と」


「なんですって!?」


 ダリアがもアロの隣りで顔色を変える。

 これは聞きようによっては、国内に【精霊族(スプライト)】のスパイを作ろうとしていると捉えられる。


「……まさか、『魔人』は再び『種族間戦争』でも起こそうとしているのですか!?」

「あくまでも噂です。しかし、あなた方にはおもしろい話ではないのは当たり前でしょう」


 ダリアとソニアも焦りながらも、周りの目を気にして小声で話していた。ボウガや他の王女たちもこの話を聞いて、思わず周囲を警戒してしまう程に内容は重い。


 幸いにも次のダンスの曲が流れ、それに紛れたお陰で他には聞こえてはいないようだ。



「アロ様、お気を付けください。たぶん、あなたは気に入られてしまっています。『魔人』って、気に入った相手にはかなり執着するみたいですから」


「うっ……」

「ーーー!?」

「アロ様っ!」

「大丈夫か!?」


 口元を押えてよろめいたアロをチェリとダリアが支える。目の前のソニアも心配そうに顔を覗き込んだ。


「アロ王子、大丈夫ですか? あちらで休まれては?」

「ごめん、大丈夫……」

「そうですか。すみません、こちらも変な話をして……」


 顔を伏せたソニアは本当に落ち込んでいるように見えた。


「……ソニア様でしたね。あなたが【魔神族(ジーニー)】側だと仰るなら、なぜ『魔人』の情報をわたくしたちに提供されるのです?」


 いつも温厚なダリアにしては鋭い視線でソニアを見据えている。


「それは…………私が【魔神族(ジーニー)】側でも関係ないことです」

「関係ない、ですか?」


「ええ。あなた方【精霊族(スプライト)】でも『エルフ』と『ドワーフ』では、考え方も習慣も違うことがあるでしょう? 特に【魔神族(ジーニー)】なんて『人種』で個別に国も別れてますから、いくら『魔人』が中心でも『エルフ』に肩入れしないという訳ではないのです」


「つまり、あなたの一族は代表者が『エルフ』と仲良くしても、特に何も言われない……と?」


「そうです。たぶん、里長である母も気にしないと思います。私が誰と仲良くして“噂レベルの話”をしても問題にはなりません」


「確かに。“噂レベル”なら、咎められませんわね」


 ダリアがホッとしたように息をつく。やはり、王女の立場としてはソニアに対してかなり警戒していたのだろう。


 ソニアがニッコリと笑って、チェリとアロ、そしてボウガの方へと視線を向けた。


 ――――ソニアさんは、チェリと仲良くなったから教えてくれたんだ。


【魔神族(ジーニー)】でも友好的な人間はいる。それが少し救いに思える。



 ………………



 アロの顔色が少し良くなってきた頃、ソニアが立ち上がって一礼した。


「では、私はもう戻りますね」

「あら、もう少しわたくしたちとお話しされていても良いのですよ?」


「いいえ。実はチェリ王女と踊りたいと、母に無理を言って来させてもらっていたのです。それに、家族が『御前試合』に出ることになっているので、あまり長居してはよろしくないかと思います」


「まぁ。お身内が『御前試合』に?」


「はい。里を出る前は一族の代表となることに、本人はかなり渋っていたのですが……今はちゃんと覚悟を決めてくれたみたいでホッとしています」


 どうやら、ソニアの身内はソニア以上に慎重な人物のようだ。それを聞いて、アロが複雑な顔でボウガを見上げる。


「お前なんて『御前試合』に出ること自体はあっさり決めたもんなぁ」

「うん。優勝しなきゃってプレッシャーはあるけど、試合で戦うのは特に抵抗なかった」


「ふふ、お強いんですねぇ。ボウガさん、明後日からの『予選』頑張ってください」

「はい。ありがとうございます」

「それでは……」


 笑って手を振りながら、ソニアは出口の扉へと向かっていった。



 ………………



「………………あれ?」


 ソニアが居なくなった後、ボウガは首を傾げた。


「ーー?」

「あ、いや……オレが『予選』から出るって、ソニアさんに言ってないなぁ……って」


 というか、ソニアとはまともに会話をしたことがない。『予選』から出るのが決まったのも、彼女と出会った図書館から帰ってきてからだ。


「チェリ、言った?」

「ーーー」

「言ってねぇよな。普通に出たら『予選』からだからじゃないか? きっと、ソニアの身内も出るんだろ」

「う〜ん……そうかな……」


 確かケンティに教えられたのは『予選』に出るのは一般人であるということ。『貴族』は『本戦』からの登場になるはずだ。


 ――――ソニアさんがこの『晩餐会』に出られるような身分なら、身内も『本戦』からになりそうなんだけど……?


 “田舎のとある『人種』”と言っていたので、もしかしたらソニアの身内も一般人扱いされてしまったのかもしれない。実行委員はとことん身分には厳しいようである。



 ………………



「もう少ししたら、あとは年上の王族に任せて俺もチェリも部屋に戻ろうと思う……」

「ーー、ーーー?」

「大丈夫だ。今日はもうクロスとかレーシブとかとは会わないと思うし……」


 嫌な気持ちを思い出したのか、アロは再び顔色を悪くする。


「ー、ーー……!?」

「オレがチェリと一緒に部屋まで送るから」


「悪い……明日はちょっと休むって、ケンティに…………あ、しまった。明日は魔術師師団に行くつもりだったんだ……」


 アロは【祭典】期間中も、騎士団や魔術師師団の仕事を手伝っていた。王子としての仕事だが、明らかに他の王族よりもやることが多いのはアロが優秀だからだ。


「騎士団も魔術師師団も『御前試合』の準備でかなり忙しいから、猫の手も借りたいくらいなんだよ……王子は王女よりも、将来のために今から仕事回されるから……」

「それでしたら、僕がアロ様の仕事を代わりにしましょう」


 急に背後から声が掛けられた。

 振り向くと、小柄な『エルフ』の少年が立っている。金髪で線が細く、年上の女性が喜びそうな可愛い系である。


「あ、シュロ王子……?」

「先ほど、チェリ様に連れられていたので心配していました。声を掛けようかと今まで迷っていまして。魔術師師団のお話になったので、お力になれないものかと思いました」


 シュロは『内部王族』で魔術師師団にはよく顔を出しているという。今回も師団の手伝いを中心に仕事をしている。


「では……お願いできますか? 使いをやって、シュロ王子が代わりに行かれることを言っておきますので……」

「はい! お任せ下さい!」

「あ……でも、結構仕事量が多いかも……」

「大丈夫ですよ、ウラジ王子も一緒に行ってもらいますから!」

「ウラジ様? シュロ王子は彼にお会いしたのですか?」


 ウラジはアロが世話になった『内部王族』だ。

 今回の『晩餐会』には出ていたとは思うが、アロがどんなに周りを見てもそれらしい姿は見られなかった。


「ええ。お会いしましたよ。ちゃんと会場にいらっしゃいましたので」

「…………そうですか」


「では、明日はゆっくりお休みになってくださいね! では!」


 シュロは元気に走って行ってしまった。


「大丈夫かなぁ……」


 アロが去っていくシュロを見ながら不安そうにポツリと呟く。


「今の方は『内部王族』……?」

「そう。チェリと同い年で……まぁ、頑張ってる方かな」

「シュロ王子はちょっと幼くて無邪気ですが、そこが良いって王女たちにも人気なのですよ」

「…………へぇ」


 ――――ダリア王女たちは紹介されたけど、王子は誰もしらなかったなぁ。


 今更だが、ボウガはアロ以外の王子たちとはあったことがない。

 正確には騎士団にエンジュという王子が紛れているが、ボウガには王子とは名乗らずに度々手合わせをしている。(ボウガはいつも彼を遠慮なく倒している)


「ウラジ様、いたなら挨拶くらいできれば良かったのに……」

「ーー、ーーー……」

「今度はこちらから見つけられればいいけど……」


 兄妹が話しているウラジという王子も気になったが、この場にいないので説明されてもわからない。


「王族って多いな」

「ま、お前が全員に会うってこともあんまりないから、気にしなくてもいいぞ?」

「わかった……」

「全部【祭典】が終わってからな。落ち着いたら、在籍する王族を紹介するよ」


 在籍、という言葉に『王族』の称号は永遠ではないと気付く。そういえば、過去に無礼を働いてクビになるくらいだ。


「わたくしたちも、10年後には『王族』とは名乗れませんわ。それぞれ、自分の能力に合った場所へ行きます。『王』になった一人を除いて……」


 ダリアも例外ではない。女王が退位して、自身が王女でもなくなれば『貴族』になるか『平民』になるかは本人の力量しだいだ。


「…………」


 色々と考え込んで黙っていると、アロとチェリがポンポンとボウガの背中を叩く。


「俺たちの将来のことはいいんだよ。全部“自己責任”でいかなきゃいけないんだから。でも、明後日の『御前試合』はお前に任せなきゃならない」


 試合に勝てなければ、この二人の将来に影響は出るだろう。


「ほら、俺帰るから送ってけ。チェリも疲れてるし!」

「うん。わかった」


 アロもさっきより少し元気になっているので、今のうちに部屋まで送ろう。


 ダリアや他の王女たちと挨拶をして、三人は広間を出ていく。


 先にチェリを王女たちの部屋のある塔の入口まで送ったところで、チェリが何か言いたげにしていた。


「ーー……」

「ん?」


 チェリがくいくいと服を引っ張るので、少ししゃがんで耳を傾ける。


 《今日は、踊ってくれてありがとうございます。楽しかった……》

「オレも楽しかった。ありがとう」

 《また……私と踊ってくれますか?》

「もちろん」

 《約束ですよ♪》


 チェリの言葉に何も考えずに即答した。



 そこから塔の入り口の衛兵にチェリを託し、アロと一緒に廊下を歩いていると…………


「お前さぁ、ちゃんと約束守れよ?」

「うん?」

「さっきチェリと約束したろ?」

「あぁ、また踊るって……」

「たぶん、次にダンスの機会があるの……しばらく後だぞ?」

「…………?」

「バーカ。少し考えろ」


 一瞬、アロに言われている意味が解らなかったが、明後日から始まる『御前試合』が終わったら【祭典】も終わりなのだとアロに言われる。


「……次までには、お前の記憶を戻してる可能性が高いからな」

「あ……」


「【祭典】が終わったら二人で少し話しておけ。今後、どうするかとか…………まぁ、決まってそうだけど」


 アロはニヤリと笑って自分の部屋へと入っていった。

 ひとり廊下に残されたボウガは、その場に立ち止まってしまう。


 ――――記憶が戻ったら……いや、戻っても……


 左手の指輪を眺めて口の端を上げた。


 ――――ちゃんと、試合に勝ったら言おう。


 “記憶が戻っても、傍にいさせてほしい”―――と。



 優勝のプレッシャーはあるが、戦うのは苦ではない。

 勝てばチェリとの未来が手に入ると思うと、他人には言えないくらいのやる気が出てくる。


 自分にも欲があったのだと思うとおかしい。


「まずは、勝たないと」


 ボウガはちょっと早足で部屋へと戻った。





 そして、あっという間に『御前試合』の朝が来た。




次回は【番外編】をお送りします。

あとがきで書こうと思ったもので、それぞれ長くなったのでひとつの話にしました。

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