第66話 ダンスでの戯言
「……クロス様……でしたね?」
「あぁ! 覚えていてくださったのですね! 嬉しいですアロ王子!」
ニコーッと光を放たんばかりの笑顔。
「あの時は街道で助けていただき、改めてお礼を言わせていただきます」
「いえ。それを言ったら、俺たちの方こそ馬車を貸してもらった礼を言わないといけません。しかも、優秀なコンシェルジュまで付けていただき……」
「それこそ礼には及びません。私が勝手にあなた方の力になりたいと思っただけですので……」
お互いに礼を言い合うが、アロはどこか納得のいっていない表情だ。
「それに今は【盟友の祭典】の期間中です。お互いに【種族】などは関係なしに尊重するのが趣旨。私も皆さんと仲良くしたいと思ってご挨拶に来たのですから」
「「………………」」
クロスの見本になりそうなくらいに礼儀正しい態度が余計に不安を誘ってしまう。
「…………挨拶、承りました」
「はい。では、一緒にダンスでもいかがでしょうか。私と踊ってくださいませんか?」
「「…………は?」」
ヒュッと周りの温度が2℃くらい下がった。
近くにいた王女たちと騎士が、一斉に驚きの表情でボウガとアロを振り返って見ている。
「あの、でも……俺たち、男だし……」
「だって、チェリ王女や他の令嬢も女性のお友達と踊っていらしてるでしょう? ここで男性ばかり何か言われるのは不公平というものです」
「あ、いや、でも…………」
「私は皆さんとお友達になりたいのです」
ニコーッ。
これはまったく悪意のない笑顔である。真正面から見ている二人にはそれがビリビリ伝わってきた。
「どうです? アロ王子でもボウガ様でも、お二人のうちどちらか私にお付き合いいただければ嬉しいです」
「「………………」」
素性は判っていないが、おそらくクロスは『魔人』の高位貴族だ。ここで下手に断るのは、後々チェリにも影響を及びかねない。
「アロ……それならオレが……」
「いや。お前はダメだ」
ボウガは『御前試合』が明後日に控えている。それこそ、何か細工などをされてしまえば取り返しがつかない。
「わかりました。俺がお相手致します……」
「やったぁ、嬉しいです! 行きましょう!」
顔を青くして立ち上がるアロとは対照的に、クロスは驚くほど無邪気に喜んでいる。
「アロ、気をつけて……」
「解ってる」
アロは完全に警戒をしていたが、クロスはそんなことお構いなしにパシッと手を取って歩き出す。
「さぁ、次の曲でいきましょう!」
「うわっ、ちょっと……!」
半ば引き摺られるように、アロはホールの中央へと連れていかれた。
………………
クロスに連れらてホール中央へ来ると、そこにいた『魔人』の貴族たちが目に見えてざわついているのがわかった。
「…………?」
「さ、踊りましょ♪ お手をどうぞ!」
「………………」
――――ああ、なるほど。『魔人』連中はこいつの正体を知っているのか。
知っていて、そんな『魔人』が『エルフ』の王子を引っ張り出したことに反応している。
本来、あちらから見るなら『魔人』と『エルフ』は同等ではない。戦争の遺恨はまだ存在するし、『エルフ』が『魔人』と同じ場所に立つのさえ嫌う者も多い。
いつもの『魔人』なら思う様に引っ張り回して、自分たちの優位性を見せつけようとするはずだ。だから、『魔人』の貴族令息が【精霊族】の王女を侍らせようとするのも権力の誇示。
――――男王の治世が多いあっちでは王女よりも王子が格上。王女ではなく、王子を連れてきたことに政治的な見方をしているのなら…………
笑顔で差し出された手をアロはジッと見る。
「踊る前に、ひとつお願いがあります」
「はい、なんでしょう?」
「クロス様。あなたの“本名”を教えていただきたい」
「私の?」
「はい。踊る相手の名前くらいは知っておきたいので……」
「………………」
クロスから笑顔が消えて、手を出したままで黙り込んだ。
――――仲良くなりたいなんて、やっぱり立場的に優位になるためのポーズか……
踊らないなら立ち去ろうかと考えていた時、楽団が次の曲を奏で始めた。
それと同時にクロスが口を開く。
「踊りながらなら、お教えできます」
「今ではいけませんか?」
「せっかく、楽しく踊りたいのに“イメージ”がついてしまうのが嫌なもので……」
心做しか、クロスが落ち込んだように見えた。もしかしたら、高位貴族故に親しくしようと思う相手もできなかったのかもしれない。
「わかりました。それでもいいので、必ず教えてください」
「はい、ありがとうございます♪」
同情した訳ではない。互いに相手の要求を呑むことで、他の情報を引き出そうと思ったからだ。
仕方なしにクロスの手を取ると、彼は満面の笑みを浮かべて踊り始める。クロスの方が背が高いので、アロがリードされる形になってしまい、本心ではかなり不満ではある。
「……そういえば、俺たちと会った時に街道の調査をしていたようですけど、何か収穫はあったのですか?」
「はい、おかげさまで。街道に出ていた魔物を誰かが倒していてくださっていたので、魔力の残滓を調べるだけで済みました」
初めてクロスとあったのは街道だった。何故かアロたちの行く先々に『人工の魔物』が出現したため、クロスが調べていたのがきっかけだ。
ちなみに、その魔物を倒していたのはボウガだったが、聞き込みをしてきたクロスにはしらばっくれて話してはいない。
「街道を行く旅っていいですよね♪ 魔物の心配以外は浪漫があります。私もいつか本格的にしてみたいです」
「……そうですか。でも、そんなに良いものでもありませんが」
最初はアロとチェリもキャンプ気分だったが、途中から結構過酷なものだと思い知った。
つくづくボウガがいて良かったと思う。
――――『魔人』の貴族の余裕か……気楽なもんだ。
踊りながら、クロスはさらに旅の話を続ける。
「あ、そうだアロ王子。王都まで徒歩や馬車で移動されたと聞きましたが、街道などの旅路は事前に決まっていたのでしょうか?」
「え……まぁ、旅費の関係もありましたし、事前に申請してはおきましたね。何かあった場合の保険にもなりますし……」
遠回りもあったが、通った道のりは比較的歩きやすいものだった。途中、王都へのショートカットでボウガが山を見ていた時は全力で止めたが、今思えばルートから外れたら色々と問題になっていたかもしれない。
「なるほど。それなら、謀るのも楽だったでしょうね」
「え……?」
「本当に、あなたもチェリ王女も運が良い。ボウガ様を旅の道連れにできたのは大きい。それがなければ、街道で足止めをされていたか、もっと大事になっていたはずです」
「……………………」
ここまで言われて、アロもクロスが言いたいことが解ってきた。
「クロス様は…………俺とチェリの妨害をしてきた人間を知っているのですか?」
「……街道にイタズラを仕掛けた人間なら。チェリ王女もご苦労されたと思いますし、宜しければ【祭典】が終わったら一緒に縛りあげませんか?」
「縛り…………えぇ、まぁ」
いい笑顔で物騒である。しかし、本当に犯人が判っているなら、そいつを確認するのも悪くない。
楽団の音楽が一際大きくなった。そろそろ一曲終わる頃なのだろう。
クロスはニコニコと手を取って踊っていて、なかなか自分の『名前』を言おうとしない。
「あの……」
「……約束ですからね」
クロスも察したのか、フッと息をついた。
そして、まっすぐアロの顔を覗き込む。
「基本的に、私は【祭典】期間中は名乗ることが許されていません。『魔人』の貴族たちにはバレてはいるでしょうが、公式に名乗ればそれが脅威になってしまう。だからこれは、ダンス中にうっかり口が滑ってしまったものだと思ってください」
クロスは一際、いい笑顔を向ける。
「私の名は『クリストファー・イクス・ハウワード・セントラル』です」
「……“セントラル”って……」
「はい。実家は『中央都市』にあります」
【魔神族】で『セントラル』と言えば、王都である『中央都市』のことだ。
そして世界の七割と、【魔神族】全ての王侯貴族をまとめる『真の王族』の家名。
女王の孫であるダリアが王都の名前『カルタロック』を名乗るように、『魔人』で『セントラル』を名乗れる家系は『真の王族』ひとつしかない。
つまり、クロスは『魔人』だけではなく、【魔神族】の中でも一番の王族である。
「でも、貴族名鑑にも載ってなかったって……」
「はい。残念ながら私は末端の王子で、今年になってやっと認められた存在ですので、他の王侯貴族にはあまり有名ではないでしょうね」
ここにいる貴族の反応を見るに、認知されていないということはない。むしろ、知っているが敢えて黙っている。
「毎回……【魔神族】の『セントラル』からは、誰も来ないと思っていました……」
「実は、毎回一人だけ極秘に来ているそうです。今回はたまたま私が来ました」
アロの質問にクロスは苦笑する。
「【盟友の祭典】という【種族】の平和の祭典なのに、私たちが来ないのはおかしいでしょう?」
「それは…………確かに」
「皆さんに気を遣わせないため。特に【精霊族】側にね」
表向き【魔神族】の『セントラル』が欠席でも【精霊族】側は何も言わない。それだけ『真の王族』の影響力が常軌を逸して大きいからだ。
それこそ、たった一言で全てのルールを無視できる。
例えば『御前試合』などせずとも、王女のひとりにしかすぎないチェリを適当な貴族に嫁がせるなんて簡単だ。
完壁に世論を味方にし、数の力でねじ伏せることができる者たちなのだから。
「でも、私は皆さんと友人になりたい。【種族】や身分など関係なく……」
「………………」
「アロ王子と踊れて楽しかったです。本当なら、チェリ王女とも踊りたかったのですが、それをしてしまうと国に戻った時に色々と聞かれてしまうので……」
「へ……?」
クロスがスゥッと顔を近づける。
「あなたの【神器】……『精杖オベロン』というのですね?」
「―――っっっ!?」
アロが思い切りクロスの手を振り払って距離を取る。
「なんで……杖の名前は身内にしか……」
「“手の内”を読むのが得意なもので」
クロスは振り払われた手を見ながら呟く。
「手……?」
「えぇ。でも、安心してください。読んだのは、友人としての情報ですから……あぁ、終わってしまいましたね」
音楽が止まり、クロスが一歩後ろへ下がってお辞儀をする。
アロが何も言えず立ち尽くしていると、クロスが顔を上げて笑いかけた。
「良いですね…………その、ガチガチに警戒した表情。そのあなたを破顔させるのが今から楽しみです」
「………………っ」
クロスは笑っているのに、アロの背中に氷水を掛けられたような寒気が襲ってきた。
殺気を向けられた訳ではないのに、その場で足が動かなくなる。
「ではアロ王子。ご一緒していただき、ありがとうございました。『御前試合』は必ず観にいきますね」
「…………は、い」
すれ違いざまに囁かれて、アロは返事をするのがやっとだった。
クロスがホールの中央から下がっていくと、話し声や雑音はピタリと止み、その場の『魔人』たちはすぐ脇に避けて道を作った。
「ありがとうございます。皆さまは引き続き楽しんでいってくださいね」
「「「………………」」」
誰一人、気安そうに挨拶する者はいない。道をあけた全員が俯いて、クロスが通り過ぎるのを待っているようだった。
クロスが静かに扉から退室すると、何事もなかったように音楽が流れて人々の話し声が聞こえ始めた。
………………
「な、なんですの…………今の空気は?」
少し前に戻ってきたダリアが、ホールの雰囲気にたじろいだ。それはボウガも同じで、アロに何かあったのはわかっていたが、場の妙な圧迫感にすぐに動くことができないでいた。
「あ、アロっ……!?」
やっと我に返って顔を上げると、チェリとソニアが顔面蒼白になったアロを支えて戻ってくるところだった。
「アロ様っ、大丈夫ですか!?」
「…………たぶん」
ダリアが駆け寄り、すぐにアロをイスへと座らせる。
「アロ、何があった?」
「……別に……でも」
アロはチェリの方を向くと、大きくため息をついた。
「チェリ、あのクロスって奴に『握手』を求められても絶対に断れ……」
「ー……?」
「頼む。絶対に近付いちゃダメだ」
「………………」
チェリは黙ってアロを見詰めて小さく頷いた。




