第65話 晩餐会での再会
若い王族の紹介はダリアから始まりチェリで終わった。どうやら、登場した順番のようだ。
しっかりと練習していたチェリの淑女の挨拶に、ボウガがちょっとほっこりしていた時、パパパーッ! と急にラッパの音が響き渡った。
「皆様、どうぞ宴をお楽しみください!」
従僕が中央で叫んでお辞儀をした。堅苦しい行事はここまでのようだ。
その合図と共に、女王が静かに立ち上がった。
高齢である女王はここで広間から退場するようだ。スパイクたち聖騎士も立ち位置を変える。
《皆、今日はゆっくりしていきなさい。ダリア、あなたも楽しんでいらっしゃいね。ミラ、行きましょうか》
「はい。陛下」
「ありがとうございます。陛下」
ダリアに続いて王子王女たちが一斉に女王へ礼をし、女王とミラが見えなくなるまでその場に静止する。
女王が完全に見えなくなってから、全員がそろそろと頭を上げた。
「さぁ皆様、ここからは自由です。思い思いにお過ごしになって!」
若い王族たちがワァッと歓声をあげた。それと同時に、広間にいた貴族たちの多くが王族に向かって来るのが見えた。
「来ましたわね……」
「来たな……」
その様子にいち早く気付いて、アロとダリアが顔を顰めた。
ダリアがサッと片手を顔の前へと上げると、数名の騎士たちが立ち塞がるように並ぶ。
アロがその隙間から、少し離れたところにいたボウガに手招きをした。
「ボウガ、お前さっさとチェリのところに行け! 他の貴族が来ると厄介だ!」
「あ、うん」
急にこちらへと来る貴族は挨拶はもちろん、目当ての王族へダンスを申し込みに来ようとしていた。
早い者勝ちと言わんばかりに、目が怖い人たちも大勢いる。
――――こんなに鬼気迫る感じでくるものなのか?
王侯貴族のパーティとはもっと優雅なものだと考えていたが、実際は野心や欲に満ちた戦いなのかもしれない。
「……チェリ!」
「ーー!」
ボウガが近付くとチェリは嬉しそうに出迎える。
そこで礼儀として覚えていた言葉を言う。
「えっと……チェリ、オレと一緒に踊ってもらいたい。いいだろうか?」
「ーー♪」
一応、疑問形で言うが、最初のダンスは婚約者が踊るのが当たり前だ。
しかし、チェリが笑ってボウガの手を取ると、遠くで小さな舌打ちが聞こえてきた。誰かわからないが『【クリア】のクセに……』などと言っているので、婚約者のボウガを無視してチェリを掻っ攫う気だったとわかって怖くなる。
………………
チェリが無事にボウガとホール中央へ向かったのを見て、アロとダリアはホッと息をついた。
二人は最初に押し寄せる貴族たちの突撃を予測して、数名の騎士をすぐ近くへと配置していたのだ。
「ったく、チェリに婚約者いるのが見えねぇのかよ……」
「えぇ、まったく。おぞましいですわ。欲に駆られると、こうも醜く見えてしまうとは……」
騎士によって興を削がれた貴族は、今は落ち着いて周りを彷徨いていた。
――――サーセンデス家も、さすがに昨日“謁見出禁”を食らってるから、今日の晩餐会には出てこられないだろうな。
とりあえず、ハゼロやレーシブの姿が見えなかったのでホッとしていると、ダリアが恐る恐るアロに声を掛けてくる。
「あ、あの……アロ様? も、も、もし宜しければ、わたくしと最初のダンスを……踊っていただけないでしょうか?」
「ん? ダリア様、俺でいいのですか?」
「もちろん!! いいい、いいのですっ!!」
「ふむ…………」
最初のダンスは親しい者同士が踊ることが多い。
ダリアとはチェリを通じて仲は悪くないし、何よりも王女の中で一番影響力のあるダリアと踊っておくのに損はない。
――――どうせ『外部王族』を誘おうとか思う貴族令嬢もいないだろうし、下手にわからない奴に誘われたら断るのも面倒だな……
アロは頭の中で色々と今後を見据えていた。
そして、最低でも二回踊れば、あとは休んでいても文句を言われないのが普通だ。
「それなら、そのまま二回目もダリア様とご一緒させてもらって良いですか?」
「えっ!? 二回目もっ…………はい! 大丈夫です! お願いいたしまぁすっ!!」
「良かった。嬉しいです」
「はいぃっ!」
ダリアがかなり喜んでいるので、アロは『利害が一致したんだな』と考えて満足する。
「ダリア様、良かった……」
「頑張ってほしい」
「応援いたしますわ!」
アロの背後で、ダリアの友人王女たちが密かにエールを送っていた。
………………
中央ではペアが決まった者から曲に併せて踊り始める。
ボウガとチェリも今日のために練習したかいもあって、周りから浮くことなく踊っていられた。
「チェリ、大丈夫?」
《はい、楽しいです♪》
ここ最近は会うことも、指輪の力で話をすることもできずにいたのでこんなに近くにいるのも久しぶりだ。
――――そういえば、今日以外で会ったのって……あの日以来じゃないか。
チェリが酔っ払って寝込んだ時。
寝惚けたチェリが首に抱き着いてきて、ボウガに言ってきた言葉が思い出されてしまう。
「…………………………」
《ボウガ? どうかしましたか?》
「え、いや! なんでもないっ……!」
危うく呆けるところだった。ただでさえ、ダンスは戦闘以上に気を遣うというのに。
――――そ、そうだ、明後日から『御前試合』も始まるんだ。チェリのためにもそれに勝たないと……
楽しそうなチェリを見ながら体を反転させた時、視界の隅の群衆の中に黒っぽい姿が過ぎった。
「え……?」
もう一度回ると、今度ははっきりと判る。
華やかな衣装がひしめく中で、全身を隠すような黒いフードコートはかなり目立っていた。
――――あの人、試合の申し込みの時にいた……!
“お互いに『本戦』で会えるといいな”
終始落ち着いた雰囲気を持っていた人物だ。ボウガが予選では当たりたくないと思った人。
その人物は壁際に立っていたが、側に小さなソファーがあってそこにも誰か座っている。
ケンティから、ある『人種』の王太子のお付らしいと言われたのも思い出す。
――――じゃあ、隣りにいるのが……?
ソファーに脚を組み少し斜めに腰掛けていたのは、ボウガと同じような背丈の男性だ。
頭から耳、顔の下半分が布で隠れていて、見えるのは目と鼻筋だけだが、目元は凛々しくて鼻も高い。それだけ見ても容姿が整っているのが判るが、フードの人物と同じく『人種』までは判別できない。
その王太子は黒い軍服のような衣装を着て、頬杖をついてホールの中央をジッと見ていた。
――――あれが、あの人を“代理”にしている王太子?
凛とした雰囲気は他の貴族よりも洗練されているように思える。しかし、
――――なんかあの王太子、ずっとこっちを見てる…………まさか、チェリのこと見てるのか?
移動しながらチラッと盗み見するが、あまり顔を向けると目が合いそうになる。つまり、王太子はボウガたちを目で追っているのだ。
「………………」
せっかくのチェリとのダンスだったが、視線を浴びながら複雑な気持ちになった。なるべくチェリを隠すように踊ったのだが、気付かれてはいないだろうかと心配をしてばかりだった。
………………
「お。やっと終わったか」
「ゆっくりされたようですね」
チェリの手を引いて中央から戻ると、数名の騎士が並んでいる背後のテーブルを囲んで、アロとダリア、それと友人の王女たちが待っていた。
「チェリ様、お飲み物をどうぞ。楽しまれましたか?」
「ーー、ーーー♪」
「ふふ。良かったですわ」
ダリアからジュースを受け取り、チェリは紅潮した顔でニッコリと微笑んだ。
「チェリ様、こちらのお菓子も」
「イスをご用意しました。どうぞお掛けになって」
ダリアだけだはなく、友人王女たちも次々にチェリの世話を焼く。ボウガも飲み物を渡されて、疲れただろうとアロの近くへと座らせられた。
「なんか皆、お世話が…………」
「あぁ。ここは安全地帯だからな。“暇がないアピール”だよ。ほら、あっち見てみろ」
「ん……?」
こちらのテーブルから少し離れた壁際。数名の『魔人』の少年たちがこっちへ不満そうな顔を向けている。
「あれは?」
「さっき、俺がチェリの兄だと知って、チェリとダンスをさせてほしいって言ってきた奴ら。もちろん、婚約者がいるのだから無理だって答えた」
本当に無理やりである。中には「【クリア】との婚約なんて無効だ!」とまで訴えてきた令息もいた。
ダリアも含め王女たちは、完全にあの令息たちに向けて威嚇しているのだという。
「まったく、ふざけてるよ。あいつらの中にも『御前試合』に“代理”を出してる奴もいるんだぜ。面倒臭いのはサーセンデスだけかと思ったけど、あいつらも大概だよ」
「………………」
――――アロには言っておいた方がいいかもしれない。
「あのさ、アロ。そのことなんだけど……」
「うん? 何だよ、神妙な顔して?」
「実は試合の受付けに行った時に―――」
ボウガはそこであったフードの人物と、ケンティたちが警戒している『人種』がいることを説明し、そして彼らがこの会場にいた場所を指差す。
「それで、あっちの壁際に…………」
「今は、それらしいのはいないな?」
「あ……ほんとだ……」
フードの人物と王太子らしき二人はいなくなっていた。念の為、見える範囲で見回したが、確認はできなかった。
「帰ったんじゃねぇの? 晩餐会には義理で顔だけ出す貴族もいるから……」
「うん……」
それでも、あの王太子のジッとこちらを見る目は、どこか必死ささえ感じるものがあった。
「でも、お前がそういうのを警戒するのも初めてだな。そのフードの奴、『予選』で当たらなきゃいいな」
「……あぁ。そうだな」
アロと『御前試合』の話に気を取られていた時、
「まぁ、どちら様でしょうか?」
「ここには王族だけだと知っていていらしたの?」
急に王女たちがざわめいた。
「あ、あ、あのっ、すみません、ごめんなさい、私はっ……そのっ、あのっ!」
やけにたどたどしい話し声が聞こえた。
「あれ、あいつって……」
「あっ!」
ボウガとアロが気付いて立ち上がった時、チェリがその人物へと近付いていく。
「ーーー!」
「あら? チェリ様のお知り合いですの?」
「ーーー」
「まぁ、城の外のお友達で?」
チェリが笑って客人の手を取った。
「ーーー♪」
「チ、チェリ王女! はい、お会いしたかったですぅ!!」
「お前、ソニアじゃん!」
「アロ王子もお元気そうでー!」
テーブルに来たのは、図書館でチェリと仲良くなったソニアだった。
相変わらず頭にはヴェールを被っているが、今日は化粧もしていて女性らしいドレス姿だ。
そのドレスも紺色で装飾は少ないものの、背の高いソニアにはよく似合っていてとてもキレイである。
「ーー、ーーー」
「私は一族の代表で来ていまして。遅くなりましたが、チェリ王女様たちにご挨拶を……と」
ソニアは先ほどとは別人のように、ハキハキとチェリに話していた。やはり、彼女は人見知りが強いようだ。
「あのっ、それで……厚かましいかと思ったのですが、その……ダンスの申し込みをさせていただきたく……」
「はっ! まさか、アロ様にダンスのお誘いをっ!?」
「へ? い、いいえぇぇぇっ!! ち、違いますよぉっ!!」
ソニアの提案にダリアがすぐに反応したが、ソニアは首と手を思い切り横に振る。
「あの、私……チェリ王女と、踊りたくて……」
「チェリと踊るの? ソニアも女だろ?」
「えぇ。でも、今の時間ですと、皆さま結構お友達と踊っていらしてますよ? ほら、あれを……」
ホールで踊るペアの何組かは女子同士だ。懇意にしている異性と踊ったのは最初だけで、あとは友達と仲良く楽しむ令嬢が多くいるらしい。
「私……ほら、背が高いから……男性とは、その……踊りにくくて……」
ソニアの周りの空気がずうぅぅぅんと重くなっていく。本人は身長のコンプレックスが強そうである。
「ーーー♡」
「えっ? いいのですか!? あ、でも……」
何故かソニアはチラリとボウガの方を向く。
「チェリがいいなら、オレも別に構いませんが」
「そうですか! ありがとうございます!」
ソニアはチェリの手を取ってホールへと進んでいく。二人の後ろ姿に、見送る王女たちがちょっと声をあげる。
「まぁ。ソニア様、スタイルがよろしいわ」
「おキレイですね。可愛いよりも美しいです……」
「けっこうチェリ様とお似合いでは……」
「ちょっ……ボウガ様がおりますのに!」
「はっ! ごめんあそばせ!」
王女たちがちょっと楽しそうである。
「コホン。あー、申し訳ありません、わたくし少し化粧を直してまいりますね」
チェリが行ってしまい、ダリアがちょっと寂しそうに席を立つ。そして小さな声で「次はわたくしが踊りますわ!」と呟いていた。
「……俺らは休もう」
「うん……」
ボウガとアロは傍観者に徹することに決めた。
だがその時、立っていた騎士が道を譲るように横へ退けた。
「へぇ。お友達同士で踊るのも楽しそうですね?」
「「っっっ!?」」
ボウガとアロの前に見覚えのある顔がいる。
「アロ様、ボウガ様、ご無沙汰しております。街道以来ですね」
整った金髪の『魔人』の少年。
クロスは二人に爽やかな笑顔を向けていた。




