第64話 登場と“あだ名”
早朝、というか明け方。
王宮内のとある部屋に、ボウガと兄妹は寝起き直ぐにメイドたちによって連れてこられた。
その部屋にはケンティが待ち構えていた。
「うふふふっ!! ついにこの日がやってきたわっ!!!!」
「ケンティ……目が怖ぇよ」
「お、お手柔らかに……」
「ーーー……」
ボウガとアロは顔を引き攣らせながらケンティを見上げ、チェリは半分眠ったままボウガの服の裾を掴んで立っている。
「今夜の『晩餐会』は一分の隙もなくいくわよっ!!」
この日の午後、王宮では若い王族を紹介するお披露目を兼ねた『晩餐会』がある。
そう。午後からの行事のために、三人は夜明け前に叩き起されているのだ。
「さぁて、今からお風呂とマッサージで磨いてぇ……あ、チェリ様は特に念入りにね♡♡♡」
「「「はい! ケンティ様っ!!」」」
いつの間にか、三人の後ろには『エルフ』やら『獣人』やら、様々なメイドたちが30人近く並んでいた。
「さ。チェリ様、参りましょうねぇ」
「……ー……ー?」
「ボウガ様とはあとでお会いしますからねぇ」
最初にチェリがメイドたち数名によって、そぉっとボウガから引き離され、丁重に担がれて奥へと消える。
「なぁ、ボウガ……?」
「うん」
「覚悟決めてくぞ……」
「うん……」
そういえば、ケンティの本業は“ファッション専門の騎士”だったことを思い出す。いつもさり気なく、お茶会の時などに服を選んでもらっていたのに忘れていた。
「あなたたちも、王女たちに負けないくらいにキラッキラにしてあげるわ♪」
「「………………」」
――――初めて王宮に来た日を思い出すなぁ。
あの時よりは、だいぶ王宮のやり方にも慣れたと思う。しかし、
「さぁ、ボウガ様もまずはこちらへ!」
「徹底的にやりますよー!」
「お任せ下さいっ!」
「……お願いします」
――――記憶はないけどわかる。オレ、絶対に貴族の生まれとかじゃない。
事ある毎に張り切るケンティやメイドたちに、ボウガはつくづく自分が“平民”なのだと実感させられていた。
…………………………
………………
その日の夕方。
【盟友の祭典】も終盤に入り、市街では明後日に控えた『御前試合』の話題で持ちきりだった。
王宮ではその前に『晩餐会』が行われ、この時に14才から18才までの王子王女がお披露目される。
しかしこれが『御前試合』の前であることで、貴族たちの間では“賞品にされる王女の品定め”などという皮肉が飛び交っていた。
………………
『晩餐会』の会場は王宮で一際大きな広間で行われる。
すでに夕方になってから会場には【魔神族】や【精霊族】の貴族や、その他の『人種』の代表たちが集まっていた。
【精霊族】の王族は先に年上や年少のものが入り、次に今回お披露目の王族、そして最後に女王陛下という流れである。
そして現在。
王族が登場する扉の前には、アロとダリアを先頭に若い王族やその連れが並んでいた。
「では、アロ様。扉が開きましたら、わたくしたちの『名』が読み上げられますので、それを聞いたら歩き出します。良いですね?」
「は……はい……」
ダリアのエスコート役になったアロだが、いつもの彼にしては珍しくガチガチに緊張している。
――――やっぱりアロでも一番は緊張するのか。
王族の登場は地位、年齢などを考えられて広間に入る順番が決まっていた。
ダリアは現女王陛下の孫であるため、他の王族の中では地位が上になっている。その彼女の相手であり王子でもあるアロも最初の登場になってしまったのだ。
その後ろは公爵出身の王女ロベリアがいて、前から四人目の王女までは王子がエスコート役になっている。
その次からの王女は一般の貴族や、若い騎士たちが相手として並んでいた。
チェリを含め少数だが、婚約者がいる王女の相手はその人だという。しかし、その婚約者もどこぞの貴族だったりするのだが。
「えっと……オレ、婚約者ってだけで特に何もないけど……大丈夫かな?」
「…………」
腕を取って並ぶチェリが、ボウガの言葉に何も返さずにただニッコリと笑っている。
何故かいつもは可愛らしいとしか思えない笑顔に、どこか圧のようなものを感じるのは気のせいだろうか?
ガタンと扉が開かれると、広間から楽団の荘厳な曲が流れ始めた。
「“女王陛下親愛の王女”ダリア・アンドリス・カルタロック殿下!」
最初にダリアの名が高らかに呼ばれる。
やはり、ここは王女の方が優先される国だな。と思っていると……
「並びに、“若き清流の賢者”アロ殿下!」
――――ん…………?
家名がないので名前だけだが、聞いたことがない“二つ名”のような文言がアロにくっ付いていた。
「アロ様、王子通り越して“賢者”にされたよ……これはキツい……」
「うはぁ……こそばいわぁ。やめてくれへんかなぁ……」
前方の他の王子たちがヒソヒソと話しているのが聞こえる。
歩き出すアロの後ろ姿を見ると、少し見える長い耳の先が真っ赤になっていた。
「え? チェリ、これ……」
《何の“あだ名”を付けられるかは、私もわかりません》
「あだ名?」
チェリがすっかり悟ったような顔をしているので、これは恒例行事なのだとわかる。
「“岩に咲く花の淑女”ロベリア・ホップ・カルデーラ殿下!」
「ちょ……もう少し、可愛らしい感じにはならないのっ!? “岩”ってなに!?」
従僕が読み上げる“あだ名”に抗議をあげる者もいるので、本当にあちらが勝手に決めているようだ。
そこで、ボウガはあることに気付いてしまった。
ボウガとチェリもみんなに倣って並んでいるが、二人の後ろには誰もいない。
「…………オレたち、最後?」
「………………」
チェリは黙って微笑んでいるが、心做しか顔色が悪くなっている。
――――もしかして、一番目立つんじゃ……
そう考えている間にも、ボウガとチェリの出番はどんどん近付く。そしてついに、扉の前にと辿り着いた。
「「………………」」
少し間がある。
他の王族より長い。
緊張のあまり喉が乾いてくる。
《……大丈夫です》
「え?」
《ボウガが怖いなら、私についてきてください》
腕を掴んでいる手に力が入った。
チェリは時々、逞しいことを言ってくれる。
「うん……頼もしい」
《はい♪》
守るために一緒にいるが、守られていることを実感するととても嬉しい。
ガタン……
やっと扉が開いて、目の前に広間の全容が広がった。
「“聖王都希望の王女”チェリ殿下!!」
――――希望の王女……合ってるかも。
そして、続いて読み上げられたのは……
「“透明の騎士”……婚約者ボウガ様!」
「透明……って」
中央の絨毯を進んでいく。両脇を沢山の人々が二人に向かって拍手を送っているが、微かに冷ややかな笑い声と【クリア】という言葉が混じっているのが聞こえた。
――――オレが【無色透明の民】だからか……
段々、拍手よりも嘲笑が大きく聞こえてくるような気がして足が止まりそうになる。
すると、チェリがボウガの腕を強く引いた。
《そのままのあだ名で、ひねりがありませんでしたね?》
「あ……」
その通りだ。ボウガが【無色透明の民】だという事実は変えようがないし、バカにされようとも実害がないのだから放っておけばいい。
そしてよくよく見れば、周りの人間もそこまでボウガに奇異な目を向けている者は少なかった。笑われていると思ったのも気のせいだったかもしれない。
《“透明の騎士”って良いですね》
「オレ、騎士の称号ないけど……」
《私だけの騎士様だもの。問題ありません》
「そっか。じゃあ、いいかな」
――――自分はチェリのことだけ考えればいい。そのためにここにいるのだから、他の人間の評価は気にしない。
エスコートするはずの自分が、チェリに半歩引っ張られているのが可笑しくて、良い意味で肩の力が抜けていった。
………………
広間の奥には他よりも二段は上になっている『玉座』が置かれていた。
その下で玉座を真ん中に、左右に並ぶ若い王族たちが見えた。アロとダリアが玉座にほど近い場所にいる。
近くで案内をする従僕に促されるままに、チェリをダリアの近くへと連れていくと「婚約者様はこちらへ」と言われてその場から離れることになった。
玉座の周りに集められた若い王子王女こそ、今日ここにいる貴族たちに“お披露目”される者たちなのだ。
「“聖王都の太陽”であり我が王国の誉れ、ライラ・ヴェスタ・カルタロック女王陛下! 並びに“厳粛なる星”にして女王陛下の支え、ミラ・エウテルペ宰相!」
玉座のすぐ近くの入口から、女王がミラに手を引かれる形で歩いてくる。
高齢の女王はゆっくりながらも優雅な動きで玉座へと着き、その後ろにはスパイクをはじめ数名の聖騎士が整列した。ミラは女王の右側に背筋を伸ばして立っている。
「皆様、静粛に願います!」
従僕が言うと、静かに奏でていた楽団の音楽が止まった。同時に広間のざわめきの一切が消える。
「只今より、女王陛下のお言葉を宰相ミラよりお伝え致します!」
女王の足下にいた王子王女も、女王の方へ向き直りその場に跪く。
《本日はようこそお越しくださいました。【盟友の祭典】も残すところ僅か…………》
「本日はようこそお越しくださいました。【盟友の祭典】も残すところ僅か…………」
女王の『魔法の声』に少し遅れて、宰相ミラの口から同じ台詞が発せられた。ボウガは女王の声も聞こえているので、ミラの声も合わせて二度同じ言葉を聞く。
――――そうか。陛下の声も全員が聞こえている訳じゃないんだっけ。
現在、ボウガがいる位置は玉座から見て前方の端の方で、少し視線を動かすと広間全体の人間が見回せる位置にいる。
――――だいたいの目線で、女王かミラ様を見てるか判っちゃうのがなぁ……
人間というものは自然と、声や音を発するものに視線が向く。
たぶん、女王の後ろにいるスパイクたちもそうだが、対人戦闘の経験がある者は相手の目線で出方が判ってしまう。
だから【魔神族】側にいる者の多くが、ミラの方を向いているのに気付いてしまった。
半数近くは真面目に聞いているが、もう半数はまるで馬鹿にしたように笑いながらミラを見ている。
ボウガがチラリとスパイクを見ると、スパイクは目を細めながら【魔神族】が多くいる場所を見詰めているようだ。
――――やっぱり、団長もそっちを警戒してる。将来、チェリも同じような感じになるんだろうな。
チェリは現女王と同じ性質をもっている。きっと、今の状況と同じような光景を見ることになるだろう。
そんなことを考えながらも、若い王族たちの中にドレス姿でちょこんと膝をつくチェリが可愛い。
――――でも……意外に王子王女って多いんだな。
今回、お披露目される王族はチェリとアロを含めて30人ちかくいる。ボウガが見知っているのは、チェリと関わりのある5、6名くらいだ。
兄妹を馬鹿にしてくる王族とは距離を置いているが、それ以外はそのうち挨拶をしなければならなくなるだろう。
「……では皆様。今宵はどうぞ楽しくお過ごしになってください」
ミラの声で挨拶が終わりになり、チェリたちが立ち上がって広間の客人全員の方へと向き直る。
――――……あれ? 今の……
一瞬だった。振り向く王族たちの中、少し不自然な動きをした者がいたのが見えた気がする。これは女王や広間にいた人間には見えなかっただろう。
「………………」
これは、後で聞いた方がいいのか?
ボウガが少し不穏な気持ちになったところで、広間では若い王族たちの紹介が始まっていた。
【作者からのお願い】
※登場人物の口調に関しては架空の『〇〇弁』として、現実のものとは別物としてくださいますようお願いします。(そのキャラの雰囲気に合いそうな言葉使いにしております。)
ファンタジー的お国言葉だと思ってくださると助かります。作者は田舎で訛っております。




