第63話 王宮の王子たち
【盟友の祭典】が始まり、周りが慌ただしく動く中で、全く動かなくとも最高に忙しい者たちがいる。
………………
王宮内の『謁見の広間』。
しかしこの部屋には女王陛下ではなく、現在の王子王女たちが交代で座り、やってきた貴族たちと挨拶を交わしていた。
「お初にお目に掛かります。本日はアロ王子に拝謁賜り、恐悦至極に存じ上げます……」
「遠路はるばる、我が王国にようこそお越しくださいました。ぜひ、最後まで【祭典】をお楽しみください……」
アロは王子様らしい笑顔を浮かべて、決まりきった台詞を流れるように口にする。
【祭典】が始まってから毎日、同じことを言っているので慣れたものだ。
ここに来る貴族は、そこまで階級の高い一族ではない。女王に謁見できない代わりに、少しでも王族と接しておこうという考えだ。
――――あー……正直、朝からウゼェ。早く終わんねぇかなぁ。まだ事務仕事やってる方が楽……。
朝の早い時間から昼前までは、主に『王子』たちが広間へ出てきている。何故なら、王女に比べると王子たちは身支度が早いし、午後からは別の公務を行うからだ。
…………………………
………………
――――やっと終わったか。毎朝だと、やけに長く感じるなぁ。
アロは昼に解放され、簡単な服に着替えて遅めの昼食を摂っていた。
ここは謁見の広間から少し離れた王族用の談話室だ。
大きなテーブルで、謁見の当番が終わった王子たちが座って各々休憩をしている。
「アロ様、本日も魔術師師団の方へ参られますか?」
食事をしているアロの右隣り、同じく食事中の『エルフ』の少年が話しかけてくる。
名前は『シュロ』という南方の街の伯爵の次男で、14才の『内部王族』だ。『光のエルフ』で髪の毛は淡い金髪、全体的に線の細い印象である。将来は魔術師師団に入りたいようだ。
「いいや。今日は騎士団の方に。団長たちが『御前試合』の仕事にかかりきりになるから、通常の業務と【祭典】で増えた書類の手伝いに行く。帰りは遅くなるから、夕食はここではなく部屋でもらおうと思う」
――――ボウガにも会っておくか。あいつ、昨日からチェリと指輪での会話ができなくなったっていうし……
先ほど、謁見の広間を出る時にチェリとすれ違った。目が合うとニコリと笑ってはいたが、どことなく疲れた感じが見えていた。
たぶん、寝る前に少しだけ会いには行けると思う。だからせめて、ボウガの様子くらいは伝えておこうと考えた。
「アロ様、昨日も魔術師師団の仕事で遅くなってましたね? 今朝も早かったし……大丈夫ですか?」
「きちんと合間に休憩もしているし、毎日遅いわけではないよ。大丈夫」
アロがそう言って食事を終え飲み物を頼んでいると、前方から大きなため息が聞こえた。
「はぁあああ…………毎朝毎朝、なんでオレらばっか早起きせんといかんのやろ? たまには王女さんらにも早朝に謁見回しはったらええのに!」
アロの左斜め向かい。黒い短髪の王子が椅子に仰け反って文句を言う。背が大きく、耳がある場所には大きな魚のヒレが付いていて、首の周りにも所々ウロコが見える。
彼も『内部王族』だ。名前は『エンジュ』という17才の『ローレライ』で、東にある海域都市の公爵の長男である。実家は姉が当主になるので、将来は王宮で騎士として働くつもりだ。
「エンジュ様……そんなことを王女様方の前で言ったら、また“デリカシーに欠ける”とか怒られるよ……」
そのエンジュの隣りで『ニレ』という名の『土のエルフ』の王子が彼の言動に呆れていた。
年は16才。濃い茶髪の髪の毛で、ちょっと大人しめな雰囲気がある。こちらは王都にある豪商の三男で一応平民ではあるが、貴族の子息と同じ学校に通っていたため『内部王族』の扱いになっている。将来は財務の仕事で主計官を目指すらしい。
現在、外部と内部を含め、この王宮にいる王子は5人。それに比べ、王女は50人以上はいる。
この王国は女王と相性が良いと言われているので、自然と王女の比率が多くなるのは仕方がない。
圧倒的に多い王女の中で、この歳の近い4人の王子たちは若干肩身が狭く、なにかあれば一緒に行動させられているのが現状だ。
――――険悪な仲じゃないだけマシか。そこそこの付き合いだとお互いわかっているし……
アロは出された紅茶をゆっくりと手に取る。
「ほやけど……早朝からの謁見って意味あるん? 来るのは混むんが嫌な、早起きのじいさん貴族くらいしかおらんやん」
「確かに謁見が多いのは昼前くらいですね。あ、でもここ毎日、アロ様に会いにいらっしゃる『魔人』の貴族様がいらっしゃいますよね?」
「ああ……たしか、サーセンデス公爵家の次男……」
「ぐっ!?」
三人の王子の会話に、アロは飲み物を吹き出しそうになった。必死に落ち着こうと冷静を装う。
「…………何のことか?」
「ほら、その顔や! 毎回、自分が恐ろしく無表情で対応してはる貴族さんや!」
「アロ様が愛想笑いもしないなんて……」
「相当、お嫌なのですね」
アロ以外の三人が苦笑いをして顔を見合せた。
サーセンデス家の次男『レーシブ』は【祭典】が始まり、王宮での王子王女への謁見が始まると必ず午前中に来ていた。いつもアロに挨拶するだけで害は無いように見えた。
「ほんな嫌なら、一度ガツンとクレームいれたり。裏に連れてって王族から直にキツぅ言われたら、普通は折れてくれはるものやろ?」
「いつもの、アロ様の塩対応でお仕置すればいい……」
「そうですよ! やっちゃいましょう!」
「ダメ。それが一番やっちゃいけないやつ」
彼らはレーシブを普通の帰属令息だと思っているので、冷酷な対応ほどご褒美になってしまうことを知らない。
「けったいやなぁ…………あ、そや。それの兄貴さん……ハゼロやったか、昨日“謁見出禁”にされてはったで?」
「え? ハゼロが?」
「あ、それ聞きました! チェリ王女にしつこく挨拶してくるって!」
「他の王女に『出禁の嘆願書』を出されてたね……」
「何やってんだ、あのバカは……」
おそらく、事情を知るダリアたちがチェリを守ってくれたのだろう。
「兄は弟に狙われ、妹は兄に狙われる……なんや、気の毒やわ」
「それは嫌ですね……」
「おかわいそう」
「憐れむんなら、俺のこと守ってくれる?」
「「「いやいや、無理無理」」」
同情の視線を向けるだけの三人に抗議したが、彼らは揃って首と手を振る。
「アロ王子、この中で一番魔力多くてお強い……」
「そや。【魂の利き手】まで持ってはるやろ?」
「チェリ王女の次に『次期王候補』じゃないですか」
「俺は『王』になる気はない」
今のところ『一番の女王候補』がチェリならば、次はアロだと密かに噂されている。
【精霊族】の王子王女の地位は、各地から優秀な子供たちが認められて与えられたものだ。だが、やはり将来は国の中枢を担ったり、城でそれなりの役職を与えられるために貴族出身の者が多く推薦される。
アロやチェリのように王都から離れた場所で一般人として育ち、何の後ろ盾も無い状況で推薦されて認められるのはかなり稀なケースだ。
「王宮があっさり認めたのですから、それくらい兄妹そろって凄いという証拠です!」
「「そうそう」」
「……まぁ、俺たちも努力はしてるけど」
改めて同じ王子たちに言われると少し照れる。
「あ! 認めたっていえば、チェリ王女の婚約者の方が『御前試合』に出場されるのですよね? しかも『予選』から勝ち上がるつもりの“猛者”だって噂ですけど!」
「ボウガ……そんな感じに噂されてたのか」
シュロがキラキラした瞳で話題を出してきた。どうやら、ボウガが嫌がらせで『予選』からにされたとは知られてはおらず、自ら進んで出場したと話題になっていたようだ。
「こらまた、えらい戦闘狂やね。そりゃ、オレが勝たれへんかったのも仕方なしやわ。ははは。はぁ……」
エンジュが笑いながらため息をついた。
「あぁ。王子の身分隠して手合わせして、ボウガにボコボコにされたんだっけ?」
「ボ……ボコボコやあらへん……」
「あー、ぼく見てたけど、エンジュ様一撃で瞬殺されてました……」
「ニレ! 言わんといて!」
エンジュは時折り騎士団へ修練に行っている。ボウガは王子とは知らずに手合わせし、完膚なきまでに叩き伏せて周囲を青ざめさせていた。
「水中戦やったら負けへんやったかもなぁ?」
「じゃあ、本人に頼んで見ようか? あいつなら快く挑ませてくれると思う」
たぶん「なんか、できそうかも」と言って引き受けるだろう。そして勝ちそう。
「……考えときます」
「そう? やってみればいいのに」
「やって負けたら、海の戦士『ローレライ』として立ち直れないもんね……」
「やめぃ……」
騎士でも貴族でもない、一般人の戦士に負けたりしたら、エンジュは二度と故郷に顔向けできないと嘆く。
「はは……最近は『外部』が優秀過ぎて、『内部』の立場があらへんなぁ」
「アロ様たちが特殊な気もするけど……」
「同じ『外部』でも、今日も『ウラジ』様はいらっしゃいませんでしたね?」
「そうだな。でも、俺が王都来てからも一度も見てないような……?」
ここにはいないが、もう一人『ウラジ』という『外部王族』の王子がいる。『木のエルフ』で歳が22才と、他の王子王女よりも年上だ。
「あの人はもういいんとちゃう? 任期も半分明けたようなものやろ? 王子の仕事、これ以上せんでも誰も文句言わへんわ」
「え……?」
「あの人、【祭典】が終わったら故郷に帰って、そこの役所で働くらしいね……」
「王都にもいないんだ?」
「やっぱりアロ様たちは特殊だよ。『外部王族』で将来王宮に残るのだけでも凄いんだから……」
ほとんどの『外部王族』は優秀だが、後ろ盾が無い者は王宮を出て王都で仕事を見つけるか、故郷に帰って役職に就く者が多い。
やはりその点では『内部王族』の方が、将来は重要な役目を任される方が多いのだ。
「なんか辛気臭くなってきたなぁ。ほら、そろそろ休憩終わりやで。自分らもそれぞれの仕事しぃや。明日の午後には『晩餐会』も控えてるんやから!」
「あぁ。んじゃ、みんな頑張って」
「はい! 今日も張り切って行きましょう!」
「みんな元気だよね……」
部屋から出て、王子たちは互いに決まった仕事へと向かっていく。
騎士団に向かう廊下を歩きながら、アロはずっと考え込んでいた。
――――できれば、ウラジ様にちゃんと会っておきたい。昔はかなりお世話になったのに……
王族になったばかりの小さかった兄妹に、王宮や公務のことを色々教えてくれたのがウラジである。同じ『外部王族』だったためか、以前王都に滞在していた時は気にかけてもらっていた。
――――ウラジ様、今何の仕事についてるのかな? あとでケンティにでも知っているか聞いてみよう。
「あ、おーい、アローっ!」
「今日はこっちなんだ?」
「……ん? あぁ、二人とも今からか」
いつの間にか、騎士団の近くまで来ていたらしい。昼休みが終わって戻ってきた、ボウガとアンクスに廊下で鉢合わせた。
「お前、今日も訓練?」
「うん。あと、団長と『御前試合』の武器について作戦会議……」
「ふ〜ん…………ん? どうした、アンクス?」
ボウガと話していると、何故かアンクスがアロの来た方向をジッと見ている。
「なぁ、アロ。誰かと一緒に来た?」
「へ? いいや、俺ひとりだけど……」
アロは一人で歩いてきた。知る限りでは、廊下を他の人間が歩いているのも見ていない。
「誰かいたのか?」
「うん。アロの後ろ……おれっちたちと話してる間に引き返してった」
「なんだ、そりゃ?」
『リザードマン』は空気の中に生き物の熱を感じ取る。どうやら、アロの後ろをついてきて、見つかる前に去った者がいたようだ。
「……気を付けた方がいい。王宮でも色々入り込んでいるって、団長やケンティさんが警戒してた」
「そうだな。気を付ける……」
明日の夜には若い王族を紹介する『晩餐会』がある。
そして、その二日後には『御前試合』が始まる。
――――何もないってことはない……と、肝に銘じておかないと。
アロは後ろを振り返り、誰もいないであろう廊下を睨み付けた。




