第61話 スタートは不利から
パァンッ!! ドンッ!! ドドンッ!!
その日は朝から決まった時間に花火の音が響く。
市街のあちこちでは道に沿って臨時の市場ができたり、広場があればほとんどの場所で大道芸や見世物が活動していた。
それらを愉しげに見物するのは【精霊族】だけではない。
【魔神族】や【獣人族】の『人種』も大勢歩いている。
本日より、ここ『王都カルタロック』では五年に一度の【盟友の祭典】が開催されていた。
………………
「う〜わ〜っ!! こんなにいっぱいの人、おれっち見たことねぇよぉ〜っ!!」
「おい、ブラザー。見張りなんだから怪しヤツとか、ちゃんと見極めんだぞ?」
王宮の見張り用の塔で、アンクスが双眼鏡を持ってはしゃいでいる。美味しそうな食べ物の店や、パレードを見付けてはとても羨ましそうに眺めていた。
今の時間はアンクスだけでいたので、たまたま来ていたバグナもこっそり見張り台にいる。
「そういや、兄貴が仕事してる宿屋は忙しくねぇの? いっぱい人、泊まってんだろ?」
「忙しいっちゃ忙しいけど、休みが無いわけじゃねぇ。それに、おれはアロやケンティ様に『情報』を渡す役目もあるからな!」
「ちょーほー活動ってやつだよな!」
「諜報活動な。お前も勉強してるな」
「へへへぇ♪」
ガシガシと頭を撫でられて、アンクスは機嫌良く笑って再び双眼鏡を覗く。
「でも、今日はアロとチェリも朝からお役目だって言ってたし、ケンティ様も今日はまだ見掛けてないよ。兄貴も会えなかったんじゃない?」
「あぁ。でも、おれは『報告書』を持ってきただけだから、さっきそれを騎士団に預かってもらった。【祭典】期間中は簡単には会えないだろうな」
ついでにボウガの顔くらいは見ておこうと考えたが、そのボウガも今日は『御前試合』の申し込みで出掛けていると言われた。
「みんな、おれらとは違って忙しいんだよ」
「そうだよなー。でもみんなで会える時は嬉しい!」
「ハハッ、おれらもすっかり和んじまったなぁ」
最初はボウガを狙ってついてきた流れ者だった。それが今や仲間意識を持って接している。
「…………試合。絶対に応援しに行こうな」
「うん! ボウガが勝ったら、チェリやアロもいっしょに、みんなでお祝いしてやろーぜ!!」
「おう、いいなそれ!」
兄弟は笑って賑やかな市街を見下ろした。
…………………………
………………
カルタロックの街、やや南西の位置に巨大な『コロッセオ』がある。
【盟友の祭典】の後半にある『御前試合』は毎回ここで行われていた。
『決勝戦』と『本戦』の会場は表の競技場だ。
天井の無い開放的な闘技場はすり鉢状で観客席が置かれ、普段はスポーツ競技や魔法の練習場として使われている。
地下にも王宮騎士団の訓練場と同じ空間が広がり、かなり大勢の人間が入ることができた。
この地下空間では試合の『予選』が非公開で行われることになっている。
「受付け初日でこんなに人がいるんですね……」
「初日だからよ。本気の者ほどさっさと出場登録して、会場の出入りができるようにするの。『御前試合』当日まで情報の収集がしやすいようにね」
「へぇ……」
ボウガはケンティと一緒にコロッセオの入り口に並んでいた。早朝から長蛇の列で、ボウガも二時間経ってまだ順番がこない。
「っ!! さっきから押すな!! これだから豚は嫌なんだ!!」
「んだとぉ!! お前もしっぽくらい下げろよ!! 引っこ抜くぞ!!」
少し後ろの方で『オーク』と『人狼』が言い合いをしている。だが、この二時間でこんないざこざは珍しくなかった。
「また喧嘩……」
「いちいち反応しちゃダメよ。落ち着いていられない同族だと思われたくないわ」
「……フード被ってきて良かった。こんなんじゃ、絶対に絡まれそうだし」
念の為、ボウガは出かける際に【クリア】だと隠すためにフード付きコートを着てきた。ここで目立っても何の得もないからだ。
しかしここでケンティ(いつもより服装大人しめ)と一緒にいるので、実はボウガも密かに注目されているのには気付いていない。
――――こんなに沢山……みんな『御前試合』の出場者なんだ。やっぱり凄いんだなぁ。
ボウガは並びながら、【祭典】で一番盛り上がるのが『御前試合』だということを実感して、内心気持ちが高揚するのを感じていた。
目立つことは好きではないと思っているが、ここで自分が頑張ればチェリの将来に貢献できる。
――――優勝できたらチェリに言いたいこともある。だから、絶対に勝たないと……
ひとりで奮起していると、隣りにいたケンティが列の遥か前方を見ながらため息をついていた。
「本当なら、あなたは『本戦』から出場してもおかしくなかったのに…………」
「ケンティさん、その話は大丈夫です」
「あら、ごめんね。つい……」
ケンティは苦笑いをして、黙って列に並び続けた。
…………………………
………………
話は【盟友の祭典】が始まる数日前。
「はぁっ!? ボウガの出場が認められないってどういうことだよっ!?」
騎士団団長室にアロの怒号が響く。
団長室にはスパイクとケンティがいて、『御前試合』について話があるからとボウガとアロが呼ばれた。
「いえ、出場自体は問題なかったのですが…………彼の出番は『予選』からになると言われました」
「予選!? 何言ってんだ、ボウガはチェリの“代理”だぞ!? しかも婚約者で、団長も推薦者になってたんだろ!? 他の王侯貴族と同じく『本戦』からじゃないのかよ!!」
『御前試合』は参加資格を満たし、参加料を払えば誰でも出場できる仕組みになっていた。
それこそ王侯貴族だけでなく、腕に覚えのある一般人が“主人”と“代理”を兼ねて出場しても良い。
故に本気や悪ふざけも含めて、かなり多くの出場者が予想されるので、それをふるいにかけるために『予選』が設けられていた。
だが、そのふるいは一般人のためのものであり、王族や客人である『魔人』の貴族たちは『予選』をスルーして『本戦』からの出場になっていた。
だから、本来は『外部王族』のチェリが“主人”となっているボウガは『本戦』からの出場になると思っていたのだが……
「団長……何があったか、詳しく教えてくださいますか?」
「うむ……」
つい先日、王宮内では『御前試合』の事前受付けが開始されていた。
これは王侯貴族用の登録で、人目に晒される『本選』に出場する“代理”に不正などが無いか厳しく審査されるものである。
スパイクがその受付けに書類を提出したところ、翌日になって『不受理』を言い渡されたのだ。
「簡単に言ってしまうと、ボウガが平民の【クリア】であることに文句を言ってくる王族や貴族がいた」
「は? そんなの、貴族が立てた“代理”にだって平民の……なんだったら奴隷だって奴もいたりするだろう!?」
「私もその点は指摘をしました。しかし……“代理”が問題ではなく、ボウガがチェリ様の『婚約者』であるのが問題だというのです」
“『外部王族』は自由に婚約者を選べる。だからこそ、普通の婚約者よりも厳格に扱うべきだ”……と、言われたという。
「どういう理屈だよ……」
「理屈ではなく難癖ですよ。ボウガの噂はすでに広まっている。少しでも不利にしてやろうという魂胆です。ボウガが簡単に勝つような位置にいると、チェリ様を狙う【魔神族】の貴族からの反感を買うからでしょう。ボウガはただでさえ身元を明かしてませんから……」
「身元か……確かに厄介だな」
“ボウガの噂”というのは、騎士団で見せた強さの他に記憶のことも言っているかもしれない。
図書館でも館長から“記憶の治療に関する問い合わせ”があったと言われている。それは、ボウガの弱味を握るためのものだった恐れがあるのだ。
「「「………………」」」
アロたちが険しい表情のまま固まる。この状況をどう覆そうか考えているのだ。
しかし一人だけは、この話を聞いても絶望など微塵も感じていない。
「……オレ、大丈夫です。『予選』から勝ってみせます」
「「「えっ!?」」」
「そこから優勝したら、難癖をつけてきた人たちは何も言えなくなるでしょう?」
「そりゃ、そうだけど…………何で、お前だけ不利にされなきゃいけないんだよ」
「いや。『予選』も『本戦』も……戦う数は問題じゃない」
これまでも理不尽に邪魔をされたり、権利を取り上げられたりしたことがある。嫌なことだが、それらも予想できるくらいになってしまった。
「たぶん、オレが全員に勝てるくらいじゃないと納得してもらえない。少しでも有利にすれば、それを理由にまた蹴落とそうとしてくるはずだ……」
「……………………」
アロが唇を噛んで俯いている。おそらく、アロやチェリもボウガ以上にそんな嫌な目に遇ってきたはずだ。
「『本戦』前の準備運動だと思えば、そんなに大変じゃないよ。勝ち上がり方によっては、『予選』から出ていた方が得する場合もありそうだし。ほら、ここ……」
ボウガはテーブルに置いてあったルール説明の一部分を指差した。
「あぁ、出場者の『引き換えポイント』か。確かに、試合数と戦い方によっては『予選』を勝ち抜いた方が有利かもしれないな」
「はい。『本戦』から出る人はここは考えてないと思います」
「ポイントか……考えようによっては有りだな」
「ふふ。つい、試合数のことだけ見ちゃったわね。まぁ、少ないに越したことはないのだけど……」
三人とも、ボウガが考えていることを理解する。
「だから大丈夫。与えられた条件で、絶対に勝ちます」
「お前って時々、妙な自信あるよな……」
旅を始めた直後、アロはボウガに崖の上まで一本釣りされたことを思い出す。
“なんか、できると思った”
記憶喪失のボウガのたまに見せる奇行だ。記憶になくとも、行動で何とかできてしまう。
身体に染み付くくらいに、ボウガはどこかで自己研鑽を重ねてきた証拠だ。
「わかった。信じてやるから頑張れ」
「うん。ありがとう」
その『なんか』に、また救われるかもしれない。
アロが認めたので、スパイクとケンティもそれ以上は言わないことにした。
…………………………
………………
さらに二時間。
合計四時間立ち続けて、ボウガとケンティはやっと受付けへと辿り着いた。
「こんにちは。『御前試合』登録受付けへようこそ。出場者はお二人ですか?」
受付けに座る、うさぎ耳の女性がにっこりと笑う。
「いいえ。この子、一人だけよ。身体検査に付き添うのは大丈夫だったはずよね?」
「はい、大丈夫です。では予め書いて頂いたエントリーシートと、この番号札を持って地下一階の待合いでお待ちください!」
番号札を受け取り、他の人たちとゾロゾロと地下へ向かう。
地下の待合いは、だだっ広い空間に雑にパイプ椅子が並べられたものだった。そこには上と同じように様々な人間がいる。
「また待つのか……人、多いなぁ」
「あまりキョロキョロしない方がいいわ。こっちを見てる奴もいるから……」
ボウガとケンティを見ているという人間は、わかりやすいくらいに柄が悪い見た目をしている。
「ああいう、チンピラみたいなのがいるから『予選』って嫌なのよ……」
「なるほど」
確かに誰でも参加できるものは玉石混交にもなるだろう。今はただでさえ、街の中には多くの『人種』がいる。並んでいる時に見た喧嘩もそのせいで起きたのだ。
「「………………」」
ボウガたちはその場で空気になるよう努めていたのだが、明らかにチンピラ連中がこちらを見ているのが視界の隅に入ってくる。
「ヤバいわね。近付いてきた……」
「………………」
三人ほど、どう見ても戦士にも見えない奴らが二人に向かってやってきた。三人はそれぞれ違う『獣人』である。
「おい、あんたらも出場者だよなぁ?」
「そっちは強そうだなぁ!!」
「マジかよ! こっちの坊やもでるのか!?」
「「………………」」
そっちは付き添いで、こっちの坊やの方が本命である。
面倒臭いので無視を決め込んでいたが、よほど暇な輩なのかさらに絡んできた。
「何か言えよぉっ!?」
「今から怯えてんのか?」
「ママ同伴で試合はでれねぇんだぞ!! ギャハハハ!!」
「やだぁ、ママだって♡ どうしよう?」
ケンティが何故か嬉しそうに呟いたが、基本的には視線も合わさずに無視を続ける。
「ああっ!? 人から話しかけられたら、こっち向けやぁぁぁぁっ!!」
「っ……!?」
ひとりのチンピラの手がボウガに伸びた。
さすがにまずいと思ってイスから立ち上がろうとした時、
「ぎゃっ!?」
突然チンピラは腕を捻られ、宙に舞ってドスン! と背中から落ちる。
もちろん、ボウガは何もしていない。
「やめないか。若者に絡むなど見苦しい……」
「うわっ!?」
「誰だてめぇ!?」
倒れたチンピラのすぐ近く。
直前まで誰もいなかった場所に、真っ黒なフードの人物が佇んでいた。




