第60話 一つ叶うなら
「……ふむ。これはどう判断しようかしら?」
そろそろ朝食だという時間。
ケンティは目の前の二人を見て苦笑いを浮かべていた。
ベッドではチェリが毛布に包まって平和な顔で寝ている。
しかしその横、床にはボウガが座り込んでベッドに寄り掛かるように眠り込んでいた。
「うんうん。そうね……よいしょっと……」
起こさないように気をつけ、ケンティはいとも簡単にボウガを抱き上げてソファーへと運ぶ。
「ふ〜ん、ボウガくんの寝顔も珍しいものよねぇ。ふふ、けっこう可愛いわぁ♡」
特権とばかりに少し眺めて、再びベッドの方へと行く。
「さて、お姫様はお部屋に戻りましょうねぇ♡」
チェリを毛布ごと抱っこしてそっと部屋を出た。
パタン……
廊下に出ると、部屋の前にはアロが立っていた。
「二人とも、普通にぐっすり寝ていたわよ♪」
「そ、そう……」
「安心して。事後じゃなかったわ♡」
「別に言わなくていいっ! はっ、早く、人が多くなる前に戻る!」
ニヤニヤと笑うケンティに、アロが顔を赤らめ焦りながら手や首を振った。
………………
実はアロはチェリを心配して朝一番に部屋を訪れようとしたが、部屋の前でチェリとボウガを一晩一緒に過ごさせたことに気付いた。
いくら『偽装婚約』だとしても、実のところ二人はお互いに意識している。
今まで、妹もまだ子供だから……と現実から目を逸らしてきたアロだったが、ここにきて急に二人の間に入るのに躊躇してしまった。
表向き二人は『婚約者』なのだから、そういうことがあってもおかしくないと思われているだろう。
………………
「そりゃあ、兄としては最初に発見するのは気まずいわねぇ。わざわざ、わたしを待ってて確認させるくらいだものねぇ。でもチェリ様もボウガくんも、思った以上に純粋でびっくりだったわぁ♪」
「う…………」
チェリを部屋に戻し、アロとケンティは騎士団の方へと向かっていた。
「今時の女の子は大人になるのが早いものねぇ。いつまでも、お兄ちゃんばかりといられないから……ねぇ、アロ様?」
「も、もういい……! ケンティ、もういいから!」
アロは半分泣きそうになるくらいに慌てている。
「ふふふ……ん? あ、そういえばアロ様?」
「な、何だよ?」
アロの反応が楽しくてケンティは色々とつついていたが、ふと先ほどのボウガの寝顔を思い出した。
「ボウガくんって何歳なのかしら? わかります?」
「え?」
はたと、二人は足を止める。
「年齢まではわかんねぇな。身長でかいし……20才くらいじゃね?」
「んー、さすがに10代では?」
「「………………」」
特に考えたことがない。ボウガも記憶がないので本人もわからないだろう。
「何で急に?」
「あ、いえね。さっき寝てるボウガくん見てたら、意外に幼いなぁって思ったのよね。アロ様よりは年上だとは思うけど……」
「ああ。アンクスみたいに、身長でかくても子供ってケースもあるしなぁ」
「ボウガくんって、しっかりしてそうで意外と抜けてる時もあるのよね」
「うん。ボケてる時、あるある」
見た目に関しては『人種』でかなりの違いが出てくるが、性格は年齢というよりボウガ本人のせいである。
「『御前試合』の登録受付けは【祭典】が始まってから、王族のお披露目の『晩餐会』の二日後の試合前日が締め切り。ボウガくんは真っ先に申し込みすることになるわね」
「あー、もうそんな時期か……」
「試合に出る“代理”は16才から出場資格はあるのだけど……年齢、大丈夫よねぇ?」
「う〜ん……さすがに大丈夫じゃないかな」
アロとケンティは首を傾げながら廊下を進んだ。
…………………………
………………
午後。
「私たち『オーガ』から見れば15才くらいに見えます。身長だけ見れば……ですが」
「確かに身長だけなら、ちょっと印象違うわね。わたしたち『エルフ』だと20才前後の子が多いかしら?」
「『リザードマン』から見たら全然わかんねぇや! でも、ボウガとしゃべってると兄貴と同じに見えるから18くらいじゃねーかな!」
「それぞれだなぁ。じゃ、18才でいいか……」
騎士団の団長室。
アロはケンティとアンクスを連れて、ボウガの『御前試合』への申し込みのための書類作成をスパイクにお願いするために来ていた。
今話していたのは書類に書くボウガの年齢だ。ここは軽く流して、ちゃんと判明したらしれっと訂正しようとなった。【祭典】さえ終わってしまえばいくらでも誤魔化せる。
「ふ……今回優勝してくれたら、本格的にボウガをうちの養子にする手続きを……フフフ」
「団長、すっかりボウガくん気に入ったみたいねぇ」
最初、スパイクはチェリの婚約者ということで『ボウガ殿』と読んでいたが、本人からの希望と、だいぶ慣れて気安くなっていたことから呼び捨てになっていた。
最近は記憶がなく身寄りがないボウガを息子にして、騎士団団長の座を託そうと狙っている。ちなみにスパイクは三人の娘がいるが、全員騎士以外に嫁いでしまって王都にいない。来年、孫が産まれる予定である。
「そういえば、今日は肝心の本人は来ないのですか? 色々と説明してあげたかったのだが……」
「今日は休めって言った。本人もなんか疲れてたから……」
「ほら、団長。昨夜はあんな事があったじゃない。だから、今日はチェリ様共々お休みにしておいたのよ」
「ん? でも、ボウガには何もなかったのでしょう?」
「「「………………」」」
少しだけ、妙な間があった。
実は先ほど、みんなで昼食を持って様子を見に行っていた。 そこでのボウガの様子を三人は思い出す。
「小さいことならあったかもよ。ボウガくんたら、チェリ様の話題を振るといちいち赤面して固まるのよねぇ♡」
「ぜってぇ、何かあったよなぁ?」
「やめて……」
浮かれるケンティ、ニヤつくアンクス、そして顔を逸らすアロ。
それらを見回して、スパイクは苦笑しながら視線を『御前試合』の書類に落とした。
「まぁ、婚約者ならば仲睦まじいことは喜ばしいことだ。だが、それが脅かされている事実は何ともやり切れない」
「チェリ様のことに関しては、他が引き下がってくれるのが一番なのだけど……」
チェリの立場や本人を狙う人間が多い。ボウガが優勝できれば一番いいのだが、何が起こるのかわからないとスパイクが首を振る。
「試合だけで見れば、ボウガが優勝候補であるのはまちがいない。しかし問題は“試合外”での話だ」
『御前試合』は一日では終わらない。
始まると『予選』『本戦』『決勝戦』と日を分けて行われる。
「そこで毎回あるのが場外乱闘での資格剥奪だ。試合のない時に刺客に狙われることが多い」
刺客と言ってもプロの暗殺者などではない。
「ああ、毎回あるわね。本戦以上に進出した選手の『タリスマン』の破壊工作」
「たりすまん? 何、それ?」
聞きなれないものにアンクスが首を傾げる。
「アンクス、お前も今は兵士見習いなんだから『御前試合』のルールくらい頭に入れとけよ。説明するとだな……」
こうして、迫る【盟友の祭典】と後半に控える『御前試合』の準備が着々と進んでいった。
…………………………
………………
ゴーン……ゴーン……
遠くで柱時計の音が聞こえて、ボウガはハッとして顔を上げる。
昼にアロたちが訪ねてきて、午後からも休むように言われたので『御前試合』の確認をしていたのだが、気付いたらあまりページを捲ることなく夕方になっていた。
――――何もせずに一日終わってしまった……。
一日、ボーッと過ごしてしまったことに愕然として、ボウガはベッドに突っ伏してバタバタと枕を叩いてしまう。
「ケンティさんがからかうし…………」
昼食を持ってきてくれたケンティは、ニコニコとしながら探りを入れてきた。
『チェリ様と一晩過ごせて良かったじゃないの♡ 本当に何もなかったの? それは残念だわぁ♡♡♡』
絶対に何かあったと確信して話を振ってくるのだ。
あれにはバグナとアンクスもニヤニヤとしていたが、アロだけはいつもよりも口数少なく目を逸らしていた。兄として気まずかったのがよくわかる。
ゴロリと転がって仰向けになる。左手を上げて指輪を眺めると、急にチェリのことが心配になった。
「……チェリ、今何してるかな?」
今朝、ボウガがソファーで起きると、仮眠室にチェリの姿はなかった。ケンティが部屋まで運んでくれたと聞いて内心ホッとしていた。
――――朝、顔を見ていたらどうしようかと……
“好きです。記憶が戻ってもそばに……”
「〜〜〜〜っ……!」
チェリに言われた言葉が一日中頭から離れない。そのせいで何も手につかないくらい、顔は熱いし心臓は早くなる。
「ダメだ……しっかりしないと。オレも【祭典】に備えなきゃいけないのに……」
昨夜は本当に、チェリにあれ以上何もなくて良かったと思う。あんな事があったのだから、【祭典】の期間中は彼女の周りは厳しい警備の目が光っていることだろう。
――――そう。チェリなら大丈夫。オレよりもしっかりしてる子だし。将来は女王になって…………うぁっ!
ぽわん。と、再びチェリの顔が浮かんだ途端、ベッドに顔から飛び込む。もう、今日の自分はダメだと自覚すること数十回。
「うぅ…………ん?」
恥ずかしさにひとりで耐えていると、左手の指輪が緑色の光を放っている。
「あっ! チ、チェリ!?」
『あ……ボウガ?』
チェリからの連絡だ。
ボウガが慌てて指輪に触ると、チェリの声が聞こえた。
「あの、チェリ……その……」
今日一日のことが頭を巡って、チェリに何を言っていいのかわからなくなった。
『ボウガ、昨日は大丈夫……でしたか?』
「え?」
『ダリア様や兄様、ケンティから聞いて……とても大変で、ご迷惑をかけてしまったみたいで……』
「いや、そんなことは…………」
チェリの口調は、昨晩のボウガへの言葉を感じさせないものだった。
――――憶えてないんだ……あのこと。
ホッとしたと同時に、何とも言えない気分になった。
「……チェリは、今日一日何をしてたの?」
『今日は、ソニアさんから教えてもらった本を読んでました。ゆっくりできたので、明日から【祭典】での公務の勉強です。ボウガは?』
指輪で話す内容はその日の出来事が多く、いつもあまり変わらない会話だ。
「今日はオレもゆっくり休んで、明日からまた騎士団に訓練に行く。【祭典】が始まっても『御前試合』まではいつもと同じかな……」
そう。まだいつもと同じでいい。
全部が平和に終わるまでは、油断ができないのだから。
「オレ、絶対に『御前試合』で勝つから。チェリが何の心配もしないで女王になるために頑張れるように」
『はい。ありがとうございます……』
昨夜のことは黙っておこうと決めた。
あの言葉は自分だけで憶えておく。
「試合で勝ったら“代理”は、何でも願いごとができるんだよね?」
『え……そうですね。何か、あるのですか?』
「うん、いっこだけ。勝てたら教える」
『……はい』
その後も他愛ない会話をして、何事もなく一日が終わる。
そして、それを幾日か繰り返した後。
五年に一度の【盟友の祭典】が始まった。




