第57話 久し振りと初めまして
豪快に扉を開け、『魔人』の公子『ハゼロ・クーズ・サーセンデス』は数名のお付きの者と共に部屋に入ってきた。
チェリを見つけると、片手を前に掲げて恍惚の表情を浮かべた。
「チェリ王女ーーー♡♡♡ お会いしたかったですぅぅぅ!!」
「ーーーーっっっ!?」
ハゼロの顔を見た途端、チェリはボウガの腰にしがみついて後ろに隠れる。ボウガも怯えるチェリの視界に、くねくねと動くハゼロが入らないように遮った。
さらにボウガたちの前にダリアとアロが割って入り、ハゼロに向けて笑顔で丁寧に頭を下げる。
「まぁ、これはこれは、サーセンデス公子様。ようこそいらっしゃいました、どうぞお帰りくださいませ」
「サーセンデス公子、ご無沙汰しております。またお会いできて不愉快の極み、ご尊顔を拝することができ蹴り飛ばしたいです」
「これはご丁寧に…………って!? 丁寧に罵倒してくるなぁぁぁっ!!」
「あら? 気づかれましたね」
「チッ……言葉を理解してきたか。ミジンコ以下が」
意外にも、ちゃんとアロたちの台詞を聞いていたハゼロが吠えた。
「またあんたかアロ王子ぃっ!! 僕様を馬鹿にするなんて、後で悔やんでも遅いからなぁっ!!」
「てめぇも、仮にも王族にこれ以上の舐めた口きいたら不敬で牢にぶち込むぞ」
「まぁ、アロ様ったら容赦ないですわ♡」
以前に最悪の面識がある二人の会話に遠慮はない。そして、すっかり素になっているアロを、ダリアが嬉しそうに眺めている。
――――なんか、相変わらずで気が抜ける……。
チェリを隠しつつ、ハゼロに呆れた視線を向けているとバチリと視線が合った。
「………………」
「……?」
「……あっ!? お前は!!」
一瞬、ハゼロがボウガに不審な表情をしてから声を上げて睨み付けてきた。どうやら、正装したボウガがあの時の【クリア】だとはすぐに気づかなかったようだ。
「ふ、ふんっ!! たかが平民の【クリア】風情が、チェリ様の婚約者気取りで着飾っていい気になるなよ!!」
いい気も何も、ボウガはハゼロに何も言っていないし何もしていない。
「……着飾っても中身って大事ですわねぇ」
「チェリ様とお似合いのボウガ様と比べたら、あの公子様の見劣りが酷いですわ」
「お顔の造形の差がとても残念なのよ……」
「見てくださいまし。あの方の落ち着きのない服装……あれでよく、エルフの王女を狙えますわねぇ」
「おい! そこの淑女諸君たちぃっ!! 陰口は僕様に聞こえないように叩きたまえぇっ!!」
部屋の隅で友人王女たちがクスクスと笑いながら囁いている。完全に聞こえる声量なので、ハゼロも突っ込みに忙しい。
「……それで? 貴殿は何をしにここへ? 申し訳ないけれど俺たちは今、私的な理由でここに来ている。そこへ何の約束もなしに客人が来るのは無礼ではないか?」
アロがハゼロの真ん前に立ち、完全に喧嘩を売り買いする態勢に入った。ダリアは後ろへ来てボウガとチェリの傍にいる。
「しかも【祭典】に来ている貴族が、理由もなしに王族へ接触するのは禁止されているはずだ。特に貴殿に関しては、以前の妹への無作法を女王陛下に報告させてもらっている。ここでこちらから被害を申し出たら、王宮に居られなくなることも覚悟の上での行動か?」
しかしそんな臨戦状態のアロを見て、ハゼロは不敵な笑みを浮かべてきた。
「ふっ、確かに直接約束はしていないが、チェリ王女への面会許可なら女王陛下と宰相からいただいている。これが許可証だ!」
バッ! と勢いよくハゼロが掲げたのは、女王とミラのサインが書かれた『面会許可』の紙だった。
「今日のこの場所、この時間であれば、僕様とチェリ王女との面会を許すと仰られた!」
「「「………………」」」
全員でその『許可証』とやらを凝視する。
ダリアが小さくため息をついて、ボウガとチェリにそっと囁く。
「……お祖母様もミラ様も、今日はチェリ様の近くにアロ様とボウガ様がいるのを見越して許可したのですわね。わたくしたちだけの時よりは安全ですが、お会いするのは嫌でしたよね。申し訳ありません」
「ーーー、ーーーー」
謝罪するダリアにチェリはぶんぶんと首を振った。
王宮に来た『魔人』の貴族に対する、仕方のない扱いの範囲なのだろう。ここで完全に突っぱねるのは難しいと判断し、チェリの護りをアロとボウガに託してきたのだ。
表立って『魔人』の貴族の意見は聞いているが、単に好き勝手にはさせないという意図が見えている。
ボウガはハゼロを見ながらちょっと考え込む。
――――でも、これって言ってしまえば、オレとアロで直接対処して良いってことだよな?
なんか手を出してきたら、正当防衛としてやり返しても良いのかな? とボウガは結論を出した。
そんなことを知ってか知らずか、ハゼロはその場に膝をつきアロとボウガの隙間からチラチラとチェリを見ていた。
「本日はダンスの練習をされるとか。僕様もチェリ王女をエスコートするのに、ぜひ共にステップを踏むことをお許し――――」
チュインッ!! バババババッ!!
「うわぉうっ!?」
ハゼロが思い切り飛び退いた。
彼が居た場所には無数の氷の棘が刺さっている。
「なっ、あ゛あぁっ!? 何するんだっ!!」
「踊るんだろ? 一緒に習うなら手伝おう………………ほら、踊れ」
「ひっ!?」
仄暗い表情のアロが【神器】の白い杖を構えていた。
とりあえず、攻撃ではなく練習の一環としているのでセーフである。
「おーい、ボウガ。こいつに男性用のステップ教えようか。期間もないからスパルタで」
「あ、なるほど……」
ジャキィンッ!
ボウガは護身用に持っていた小型ナイフを両手に持つ。アロの魔法よりは数もないし易しいと思う。
「オレは投擲武器だけど良いか?」
「良くないっ!! お前たち、あの村の時から本当に物騒だなっ!? おい衛兵! こいつら、何とかしろっ!!」
「「「………………」」」
ハゼロの後ろに控えていた兵士が、ボウガの顔をチラリと見て目を逸らしている。たぶん、彼らは村に来た者たちと同一人物なのだろう。
未だ、ボウガに鉄製の槍をひん曲げられた恐怖は健在のようだ。
「まったく! お前たちは僕様の邪魔ばっかり……」
「急に来たから、皆さん驚かれているのですよ」
入り口の兵士たちが左右に別れて道を作ると、そこには『魔人』であろう少年が歩いてくるのが見えた。
「な……お、お前は来るなと……!!」
何故か少年の登場にハゼロの顔色が変わる。
少年は部屋にいる全員の顔を見回して、綺麗な仕草で礼をした。
「ボクはサーセンデス公爵が次男、『レーシブ・ヘート・サーセンデス』と申します」
「サーセンデスの次男……?」
上げた顔を見ると、確かにハゼロの髪と瞳によく似ていた。そして態度のせいもあるのだが、ほんの少しだけハゼロよりも顔の造形が整っている気がする。
「レーシブ! お前は部屋で待っていろと言ってただろう!? チェリ王女との面会は僕様だけで……」
「兄上。女王陛下からの『許可証』はボクたち二人にいただいたものですよ?」
慌てるハゼロとは違い、レーシブは落ち着いた雰囲気でにこりと応えている。
「……弟様は、まともそうですわね?」
ダリアが呟くのが聞こえた。確かに、喚き散らすハゼロよりは話が通じそうだ。
「兄が入室した時より見ておりましたが、皆様に対しての御無礼は大変申し訳なく思います。弟として、我が兄の振る舞いに謝罪の弁をお許しください……」
「「「っっっ……!?」」」
ま、まともだ!? この兄にして、弟がまともなことを言っている!?
再び頭を下げるレーシブに、全員が驚愕のあまり固まってしまった。
「特にチェリ王女には不愉快な思いを…………アロ王子やダリア王女が怒るのも当然。しかし、うちの兄も本当にチェリ王女のことをお慕いしているのです」
「お、おいっ! 何を勝手に!」
「いいではありませんか。この際、本当にダンスの練習をさせていただきましょうよ?」
そう言うと、レーシブはハゼロの体をぐいぐいと押してアロの前に立たせる。
「さ、アロ王子。先ほどのように、兄に容赦なくお願い致します! アロ様の魔法と、ボウガ様の武器で厳しく!!」
「へ……?」
「スパルタで練習するのでしょう? 遠慮なく、兄の駄目なところを責め立てていただきたい!」
「…………………………」
キラキラキラキラ……
何かを期待するようなレーシブの視線が痛い。
レーシブが怖いくらいにいい笑顔を向けて、兄のハゼロをアロに差し出している……というふうに見えた。
「え〜と…………公子も練習する?」
「し、しないっ……!!」
「うん、わかった……じゃ、帰ろうか?」
「そ、そうします……」
よく見たら、ハゼロが半泣きになっているのに気付いてアロも『何かおかしい』と思ったようだ。
「チッ。兄上……せっかくのチャンスを……」
すっかり大人しくなったハゼロの後ろでレーシブがぽつりと呟いた。その時の彼の目が、さっきとはまるで別人のように冷たい。
「では兄上、用事が無いのでしたらおいとましましょう。皆様の迷惑になります故……」
レーシブがハゼロの首根っこを無造作に掴んで、部屋の入り口へと引き摺りながら歩き出した。
「と、とにかく、覚えてろよォォォォッ!! 僕様は絶対にチェリ王女を迎えに来るからなぁっ……ひゃああっ!!」
廊下へと消えて行く時に、ハゼロが小さく悲鳴をあげていた。全員が無言で見送っていると、彼らに遅れてお付の衛兵たちも一礼をして後を追うように退室していく。
「…………何だったんだろう?」
「わかりませんわ……」
チェリへの脅威が去ったのに、変な余韻を残されたのが怖くて仕方ない。
「弟、まともそうかと思ったけど、俺はあっちの方が薄ら怖い……」
アロは杖を握り締めてぶるりと震えた。
…………………………
………………
ハゼロが去った後。
ダンスの練習はあまり進まずに終わってしまった。
「ーー?」
「わかった。夜に連絡するから」
「ーーー♪」
チェリとは生活する建物が違うので、今日はここでお別れになってしまう。
今日のことがあってボウガは心配したが、解散する時にダリアが他の王女たちと一緒に、チェリを夕飯に誘ってくれていたのを見て少し安心した。
それでも、今日のことは見過ごすことはできない。
自室に戻ったボウガは納得できない気持ちのまま、図書館で借りてきた『御前試合』関連の本を広げている。でも今日は内容が全然頭に入ってこない。
「けっこう、簡単にチェリのところにサーセンデスが来たな……」
いくら他の目があるとしても、やはり『魔人』の貴族の力はここでも大きい。王宮の建物内を自由に移動できてしまうなら、ボウガやアロがいない時を見計らって接触してくる可能性だってあるのではないか。
「……う〜ん…………」
それに野生の勘ではないが、今は何か嫌な予感が止まらなかった。
――――チェリは今頃、まだダリア王女と一緒にいるだろうか?
たぶん、そろそろ夕食を終えてゆっくりする頃だ。
「ちょっと早いけど……」
左手の指輪を眺め、それをトントンと軽く弾く。すると指輪に刻まれた緑色のラインがぼんやりと光った。
「チェリ、聞こえる? チェリ?」
この『婚約指輪』は、離れていても少しの魔力でお互いに会話が可能だ。これまでも幾度となく、時間があればチェリと話をするために使っていた。
「……チェリ?」
指輪は淡い緑色に光っている。それが途切れないので繋がっているはずなのだが……いつもはすぐに聞こえるチェリからの応答が無い。
――――さすがに寝るには早いんだけど……?
「おーい、チェリ。どうし……」
『っ!? ボウガ様ですかっ!?』
「えっ!?」
指輪からチェリではない声がした。
これはダリアの声だ。よく聞くと、辺りからざわざわと複数の声もする。
「ダリア王女? あの……チェリは?」
繋がっているなら、外せない『婚約指輪』をしているチェリ本人はどうしたのか?
『あぁ! 誰か呼ばねばならないと思っていたところだったのです!』
「チェリに何かあったんですか!?」
『実は、チェリ様が―――』
数分後。
指輪から聞いたダリアの話に、ボウガは慌てて部屋を飛び出した。




