第56話 “代理”と『彼ら』
世界中を巻き込んだ『種族戦争』が集結して来年で100年になる。
【盟友の祭典】は異種族での争いの無い世界のためにと、5年に一度『王都カルタロック』で行われる祭りであった。
主催者は【精霊族】で、そこに多くの【魔神族】の権力者たちが協力するという形で行われ、普段はどちらにも属してない【獣人族】も参加を歓迎された。
【祭典】は一ヶ月という長い期間で祝われ、その間はどの『人種』も争いはしないという決まり事もあるという。
末永く平和を望むための行事だと歌われている。
…………………………
………………
「…………と表向きは云われているけど、この根本的な狙いは解ってる?」
図書館から戻ってきて数日。
訓練場の一角で休んでいるボウガに、ケンティが【祭典】の歴史を説明をしてきた。
「【魔神族】の【精霊族】への監視と牽制……だと」
以前、アロから聞いたことがあった。
『平和の祭典』とは名ばかりの、相手の本拠地への探りが本題だと。
「ほぼ正解。本当に『平和の祭典』だと思えば、それはそれで楽しく過ごせるものなの。でも私たちからしてみれば、主催者として経済が潤うことと、前後の準備や片付けで疲弊させられることがどっこいどっこいねぇ」
大変なのは【精霊族】の王侯貴族である。それでも、彼らは国民に奉仕する精神を表に掲げているので、楽しむ雰囲気の中で疲れた顔を世間に向ける訳にはいかない。
「そして『御前試合』はチケットを買えば一般の人間も観戦できる【祭典】の一大イベントになるわ。優勝すれば“主人”も“代理”も全てから称賛されて、それが次期国王候補なら国民の後押しが物凄いことになるのが通例だと言われているわ」
聞けば二十年前にスパイクが優勝した時、その“主人”になっていた『内部王族』の王子は現在の魔術師師団の師団長だ。
「どうりで……騎士団と魔術師師団がよく合同訓練している訳だ」
「あの師団長、自分の後釜にアロ様狙ってるみたいだけど、あの子は宰相の位置狙いだから無理でしょうね」
「アロなら、どっちでもできそうだけど……」
宰相として女王の隣りに立つ姿も、魔術師として活躍する姿もアロだったら想像がつく。
「そして今回、あなたに是が非でも優勝してもらいたいのは、チェリ様の無理やりな結婚のためだけじゃなく、一番の女王候補を国外に渡す訳にはいかないから」
「……はい」
今年の『御前試合』はいつも以上に重要だ。何故なら、現女王陛下が次の【祭典】までには退位する意思を示しているからだ。
遅くても三年以内には、次の『王』を立てなければならないと言われている。
「チェリ様は今14才だから、三年後の17才で女王になるわね。周りの支持が大きければ、即位するのに問題はないわ」
エルフは15〜6才で大人と同じ仕事を任されることが多い。チェリを支持している若い王族たちは、すでに彼女が即位した時を考えて動いている。
「オレが試合で優勝することは、オレやチェリだけの問題じゃないってことですね」
「そういうこと。でも……ここで意地悪を言うと、あなたが優勝できなくても、他の【精霊族】側の人間が勝てばチェリ様は一応助かるのよ」
「そっか。【魔神族】に渡さなければ……」
「そう。国に留まれば何とかなるけど…………その時の優勝者次第では、チェリ様が女王になれないか、あなたが婚約解消になるパターンもある」
敵は【魔神族】の貴族だけじゃない。
チェリを押し退けて『王』の地位を狙う【精霊族】の王族もいる。
チェリが女王になる前提で『王配』、チェリの配偶者の立場を狙っている者もいる。
「チェリ様の『女王候補』の位置は、アロ様やダリア様が守ってくださるとは思う。気をつけないといけないのは、あなたの『婚約者』の立場になるわ。正直、こちら側でもチェリ様に本気で恋しちゃってる輩もいるからね」
「………………」
チェリはまだ幼いが、現女王陛下と同じ素質を持つ。そして、他の王女たちより明らかに美少女である。少なくともボウガにはそう見えている。
「私としてはチェリ様が女王になれないよりも、嫌な結婚させられる方が不幸だと思うのよ! だから、ボウガくんには死ぬ気で優勝してもらわないとこまるの!! もしも優勝できなかったら、どこかの文化にあった“切腹”とかいう刑に処されると思いなさいっ!!」
「は、はいっ……!」
切腹というのがどんな刑なのかは知らないが、負ければケンティに殺されるというのは伝わった。
「ふぅ……つい力が入ってしまったわ。とにかく、あなたが優勝すれば問題は一気に解決。めでたしめでたしよ☆」
「もちろん、そのつもりです」
何のために自分がいるのか。ボウガは充分に理解し、確実に役割を果たすつもりでいる。
「そうそう。その返事が聞ければいいわ♪ でもね、実は今回の『御前試合』……簡単じゃないかもしれないの」
「え……?」
「今回、初めて【祭典】に招待された【魔神族】側の『人種』がいるのだけど……ちょっと厄介でね」
ケンティは辺りをキョロキョロと見回し小声になった。
「あなたは試合の出場者だから、詳しく教える訳にはいかない。でも、頭の片隅にでも入れててほしい」
「はい……」
「もしかしたら、その『人種』はスパイク団長の『オーガ』よりも強いかもしれないということ……」
スパイクは『オーガ』だ。彼らは王宮の騎士団にも多くいて、ボウガが対人訓練をする時に一番気を抜けない戦闘力の持ち主たちである。
「実はあなたたちが図書館へ行っている間に、その『彼ら』が女王陛下に謁見していたのを見たのよ。謁見していたのは、そこの王太子とお付きの者一人だけだったけどね」
『彼ら』は全体でも20人くらいの少数で王都へ来ていた。
これは他の【魔神族】の貴族から見ればかなりの少数。普通は『田舎者』などと馬鹿にされるくらいなのだが……
「あなたたちが警戒している『サーセンデス公爵』が、彼らの戦士を一人雇ったと聞いたわ」
「サーセンデスが?」
「たぶん、あなたに対抗できる『人種』と判断したからだと思う。他にもその『人種』が来ていることに気付いて、雇用しようと許可を取ってくる貴族が出てきたみたいね」
試合に戦士を出すつもりだったのなら、本来は【魔神族】の貴族はすでに“代理”を連れて来ていたはずだ。しかし、それを覆して『彼ら』を雇おうとしているのなら、それは『彼ら』の戦闘力が【魔神族】たちの間では知れ渡っているということ。
「“代理”の戦士を急遽代えるくらい、そんなに強い人たちなんですか?」
「…………強いわ。スパイク団長が『御前試合』で優勝する前だったかしらね。そこの兵士の一人と手合わせしたのを見たことがあるの。結果は……団長の惨敗だった」
「団長が負けるって……想像できないです」
スパイクは40代半ばだが、未だに10代20代の若い騎士にも負けないという。
ボウガもスパイクとは何度か手合わせしたが、気を抜くと倒されそうになる。だから、スパイクに『優勝候補』というお墨付きをもらって嬉しかった。
そのスパイクを叩きのめした者がいることが信じられない。
「そうなのよねぇ。見た感じは『魔人』みたいな体型で、『オーガ』みたいに筋骨隆々じゃなかったのよね。見た目の問題じゃないのだろうけど……」
「………………」
目の前の筋骨隆々の『エルフ』がため息をつく。
確かにそこまで強さが広まっている『人種』ならば、見た目は抜きにして警戒していきたい。
――――どの『人種』でも甘く見たらダメなんだろうけど……
「まず、あなたは自分が勝つことだけ考えて。とりあえずサーセンデス公爵はじめ、あの『人種』を雇った貴族が優勝することはないから」
ケンティはやけにはっきりと断言する。
「……? なんで、そう言えるんですか。あっちも、その『人種』を雇ったんですよね?」
「だからよ」
「?」
「その『人種』の王太子も“主人”として“代理”を立てて『御前試合』に出るって言ってたからよ」
「え? あっ……!」
考えれば分かる。自分のところの王太子の“代理”よりも強い戦士を他に貸し出すわけがない。
「つまり、ボウガくんが倒すべき相手は、その『人種』の戦士だけ。他は雑魚よ雑魚!」
たぶんスパイクと同じ『オーガ』や、腕っぷしの良い『獣人』や『ドワーフ』などもいるので、一概に雑魚とは言えないはずである。
しかし、そう言い切ってしまえるほどに、その『人種』は戦闘に特化しているのだろう。
――――そんなに凄いと思わせる人たちがいるなんて……
「……気をつけます」
「そうね。ねぇ、ボウガくん?」
「はい?」
「最初にここで人工の魔物を倒した時に、自分は『周りを黙らせられたか?』って聞いてきたじゃない?」
「へ? あぁ……そう、ですね」
そういえば、初めて訓練した日にそんなこともあったかと思い出す。
「あれは、“自分は強い”って自信があったから?」
「えっ!? あ、いえ、そこまでは……」
確かに、ボウガは人工の魔物を秒で沈める自信はあった。しかし、それは“強さ故の自信”から出た言葉ではなく、自分ごと“チェリのことを周りに認めさせたい”という意図が入っていた。
ボウガはそれをそのまま伝えると、ケンティは苦笑いしながら座っているボウガの頭をぽんぽんと撫でた。
「ケンティさん?」
「いえ、ねぇ。昔、私が見掛けた戦士様が似た様なことを言ってたのよ」
「え……?」
「ふふ、あの方は完全に“強さへの自信”で言ってたから懐かしくてねぇ。あなたは控え目なのがちょうどいいわね♪」
「はぁ」
「さて、私は事務仕事でも終わらせてこようかしら☆」
ケンティは少し伸びをすると、ボウガににっこりと不自然なくらいの笑顔を向ける。
「色々と言ったけど、さっきの『彼ら』のことは本当にすこーしだけ覚えてて、気にするのは当日だけにしなさい!」
例の『人種』に関して念を押すように言う。
「まぁ、『彼ら』はこの訓練場は使わなから……試合までは会うこともないわ。大丈夫よ……たぶん」
「はい……」
なんとなく、歯切れの悪いケンティに疑問を持ったが、彼女も【祭典】が近付いたことでの不安が出ているのだろうと思う。
そして、ケンティはこれ以上は『彼ら』について言わずに訓練場から出ていった。
…………………………
………………
さらに数日後。
今日はチェリとの約束で、朝からダリアに晩餐会でのダンスの練習に付き合ってもらっていた。
ダリアが用意した練習室は広く、ボウガの他にもチェリとアロ、そしていつもいるダリアの友人王女たちも来ている。
部屋の奥には王宮に使えている『ブラウニー』の楽団員が一人、ダンスの練習音楽演奏のために控えていた。
「では、足の運びが大丈夫でしたら、わたくしと真ん中で踊ってみましょうか?」
「あ、はい。お願いします」
もちろん相手はチェリなのだが、ボウガとは身長差があるため、少しだけ背の高いダリアに組んだ時のステップを教えてもらう。
簡単な音と共に軽くホールを踊る。
「あら? ボウガ様、ダンスのご経験がおありですか? 思ったよりお上手に踊れてますわ」
「あ、いえ……ちゃんと習ったことがなくて……見様見真似というか……」
咄嗟に言い訳を口にしたが、記憶のないボウガにとってはダンスは初めてだったはずだ。しかし意外にも、少しも引っ掛からずに踊れる。
「我流でしたか。ですが、これくらい基礎ができるのでしたら、今からでもチェリ様と一緒に踊れるでしょう。チェリ様、良かったですね」
「ーーー♪」
「うん。頑張る」
ダリアの言葉にチェリは嬉しそうに笑ってボウガの手を握った。ボウガもチェリと一緒にいられる時間が久しぶりで嬉しい。
ボウガに教えることがなくなったダリアは、壁際で見ていたアロの方に視線を向けた。
「あの、アロ様はダンスの練習は……確認だけでもされますか?」
「そうだな…………練習、お願いしても?」
「は、はいぃっ! では相手はわたくしでもよろしいでしょうかぁっ!?」
「うん、よろし……」
「よろしくお願いしまぁあああすっ!!」
めちゃくちゃ食い気味で答えるダリアに、友人王女たちが『頑張れ!』と言いたげにしている。
そして、二組が和やかに練習を始めようとしていたのだが…………
コンコンコン、バタァアアアアアンッ!!
突然、ノックが聞こえたと思うと、返事をする暇なく扉が勢いよく開け放たれた。
「「「っっっ!?」」」
「うおっほぉおおんっ!! チェリ王女ーっ!! ここにいらっしゃいましたかっっっ!!」
気合いの入った咳払いと共に、目が痛くなるようなキラキラの服装の男性が入ってくる。
「貴女の僕様……貴女の愛しの『ハゼロ・クーズ・サーセンデス』が参りましたよぉぉぉっ!!」
ピキッ……
アロが氷の魔法も使っていないのに、一瞬にして練習室の空気が凍り付くのがわかった。




