第49話 『図書館』の館長
『イシュタル国立図書館』
国の管轄でありながら王都から離れており、法律の範囲内で独自の規則を確立させて運営している。
図書館という施設なのだが、建物内には宿泊設備や店舗、医療機関なども備えており、まるでひとつの町のようになっている。
学者や魔法使い、果ては王族が年単位で滞在することもある。王宮の優秀な人物のほとんどは、ここに長期で学びに来ると言われた。
故に、こんな大きな施設を束ねる『図書館館長』は唯一、女王陛下に意見を言える人物である……という噂さえあった。
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「初めてご挨拶申し上げます……」
アロとチェリの後ろで、ボウガは恭しく挨拶をする『館長』を見ていた。
――――この人がここの図書館の館長さん? なんか、思っていたより若いなぁ。
館長のアテュスの見た目は『エルフ』の20代前半といったところだろう。こんな大きな公の施設を任せられる割にはかなり若い。
金髪、黒縁の眼鏡に、とても几帳面そうな印象を受ける整った容姿。服装は老齢の魔法使いを彷彿とさせるが、立ち姿と話し声はちゃんと若者のそれだ。
「は、初めまして……よろしくお願いします」
「ーーー」
「滞在中、迷惑を掛けることもあるかもしれないけど……」
丁寧な挨拶に少し遅れて頭を下げる。それを見て、アテュスの表情がほんの少し穏やかになっていくのがわかった。
「アロ様、チェリ様、それとボウガ様でしたね。よろしくお願い致します。どうぞおかけください」
三人はアテュスに促されて席に着く。
すると、彼らの目の前に『図書館利用案内』と書かれている折りたたまれた紙が置かれた。
「早速ですが、皆様にここの利用について説明させていただきます。以前の利用も数年前かと思いますので……」
確かにアロとチェリがここを利用したのは前回の【盟友の祭典】以来だし、ボウガに関しては初めてだと思われた。
「ここにいらした方々にはこの図書館におけるいくつかの『ルール』に従って過ごしていただきます。それさえ守ってくだされば、滞在中の安全と快適さは保証致します」
「……ルール?」
「えぇ。初めて利用される方や長期で滞在される方には、その都度説明致しております。詳細はこちらに一覧にしてあるので、どうか私の説明と共に目を通していただくようお願いします」
「「「………………」」」
アテュスはテーブルの『利用案内』を指差して読み上げ始める。中に記された『館内利用上の注意』には以下のことがつらつらと書かれていた。
………………
・本の貸出は一般閲覧室の本のみとする。
・閲覧室の利用は図書館の利用時間内厳守である。
・夜間は宿泊施設内は散策可能。図書館施設の夜間利用は基本的には不可。
・『特別閲覧室』扱いの部屋は、館長の許可及び職員同伴の下で入室可能。貸出は不可。
・『危険魔法図書保管室』『禁書保管室』『特別資料保管室』などの保管室の立ち入りは原則禁止。
・何人であれ、来館者同士の争いや他に害を及ぼす行為を禁止する。
……………………
かなりの内容の多さに全ては読まず、大まかなところを抜粋してくれたようだ。
「……だいたいは禁止事項が主になります。なにぶん、旧い図書館なのでどこかしこに“魔法”が掛けられているのです」
魔力を有する書物も多く、それに関する魔道具なども保管しているという。
「まぁ、床や壁に書かれている順路に沿って歩けば迷うこともありませんが……数年に一人くらいの割り合いでルール違反をされる方がいらっしゃいます。例えば―――」
数年前、ある『魔人』の貴族子息が数日間行方不明になったことがあった。
原因は禁止されていた『特別資料保管室』へ無断で入ったためである。
「……そこにあった『生物捕縛』の魔法書に捕まってしまったみたいで、当時はまだ見習いの職員だった私が偶然にも部屋を見学して発見して助けました。いやはや怖いものですね。ふふ」
「「「……………………」」」
笑いながら話すアテュスだが、彼の目が全く笑っていないことに気付いて三人は内心震え上がっていた。
――――魔法も怖いけど、この館長さんを怒らせたらもっと怖い気がする……
禁止事項は厳守していくことを決意する。
他には各階の利用や本の貸し出しについても説明を受けた。最初は小難しいことを覚えさせられるのではないかと思ったが、アテュスの簡潔な説明は最低限必要な部分だけだったので安心した。
「これで説明は終わりですので、私は持ち場へ戻らせていただきます。今日は都合がつきませんが、明日以降の午後ならば時間が作れます。私を呼び出す場合は、遅くとも当日の朝までにお知らせください」
アテュスはにっこりと笑って、アロたちが滞在する間に使う部屋の鍵をテーブルに置く。
「うん、わかった。ありがとう」
「はい。では、ゆっくりお過ごしください」
アテュスは立ち上がって頭を下げた。そして、扉へと下がろうとしたが、急に動きを止めて三人の方へと顔を向けた。
「……申し訳ありません。一つだけ、確認したいことがありました。よろしいでしょうか?」
「ん? 何か?」
「いえ……ここ数日、王宮からの問い合わせがありまして……」
「王宮から?」
「はい。アロ様たちは、王宮の魔術師たちに何か依頼をされていましたか?」
「……いいや。何かあった?」
「そうですか。いえ、実は……」
アテュスが明らかにボウガの方を見る。
「“記憶に関する治療”を尋ねられまして。しかも【クリア】のための」
「「「っっっ!?」」」
“記憶”という言葉に三人はその場に固まった。アテュスはその様子を眺め再び口を開く。
「『過去を思い出す薬』か『記憶喪失の治療薬』という依頼がありました。もちろん、製薬は図書館として管轄外なのでお断りしましたが……」
「それは、誰から……!?」
「王宮魔術師からです。彼らが誰から頼まれたかはわかりません。しかし、王宮に依頼されるくらいの身分の方からきたのは推測できますね」
「……薬を誰に使うって?」
「さぁ。お断りしていますので、そこまではお聞きしていません」
「「「………………」」」
王宮に依頼できるという時点で、魔術師たちに聞いてきたのは王族や貴族。
他人という可能性もあるが、タイミングでいえばその『記憶の薬』を使う【クリア】の患者はボウガのことで間違いないだろう。
――――オレの記憶喪失が他にバレてる? ちゃんと、アンクスやケンティさんたちが秘密にしていたのに……?
しかも、その記憶を取り戻そうと動いている。何のために?
「……館長。早速だけど明日の午後、相談にのってほしい」
「わかりました。昼過ぎに準備ができましたら、誰か職員に申し付けください。またこの会議室で良いですか?」
「うん。ありがとう」
「では失礼します」
パタン。
アテュスが退室した後、三人は無言のまま立ち上がって部屋の鍵を手に取る。お互いに顔を見合せて頷いた。
「「「………………」」」
これ以上の話をするために、すぐに用意された部屋へと急いだ。
…………………………
………………
滞在中に借りた部屋は、ちょっと良い街の宿屋と同じような感じだった。
三人部屋で手前に二人分、奥に一人分の小部屋があり、灯りと冷暖房は魔道具で調節ができるし、平民出身の者には充分なスペースや収納があった。
シャワーなどの入浴施設は地下1階まで行くことになるが、そこにはレストランやカフェなども併設されていて、同じく並んだショッピングモールでは土産品や日用品の買い物にも困らない。
もらった案内図を見ながら、本当にここは図書館かと疑いたくなるほどだ。
……と、本当なら楽しみにしていた図書館。真っ先に散策に行きたいはずだが、ボウガたち三人は部屋のテーブルを囲んで悲痛な表情で俯いていた。
「マジかよ、どこのどいつだ? ボウガ以外に、記憶喪失の【クリア】なんているとは思えねぇし!」
「ーーー…………」
「秘密にしてもらっているのに、なんで情報が漏れたんだろ……」
ボウガが項垂れていると、アロがため息をつきながら首を振った。
「たぶん、俺たちが気を付けてる以上に、情報の探り合いがあったんだろうよ。もしかしたら、王宮に着いた時点で目ぇ付けられてたかもな…………俺とチェリを疎ましく思う奴なんて腐るほどいる」
アロとチェリは平民出身の『外部王族』だ。貴族出身の『内部王族』とは違い、魔力の強さや賢さで将来国を支えるために『王族』と認められた。
本来“実力主義”を根底にしている【精霊族】からすれば、認められた二人が王宮に入ることは喜ばしいものである。
しかし昨今、生まれ持っての爵位などを重視する【精霊族】が多く、貴族の習慣を身に付けていない『外部王族』を嫌う『内部王族』もいる。
「堂々と“卑しい生まれの者に国は任せられない”なんて言う奴もいるくらいだからな」
「そんな……生まれてからが遅いみたいになったんじゃ、才能も何も関係ない人間ばかりになる……」
それは“実力主義”ではない。
「元々、爵位なんかも【魔神族】の文化だからな。100年前に『種族戦争』で負けたせいで、こちらの生活もだいぶ変わったって言われてる」
【盟友の祭典】もその戦争が終わった後、【精霊族】に【魔神族】の影響を思い知らせるために始まったものだ。
「こっち側……【精霊族】でも【魔神族】の考えになっている人間も多い?」
「そうだ。特に今の若者……あ、主に都会に住んでる奴な。そういう人間は【魔神族】に偏見はあまりないように思う」
アロたちは田舎の村で【魔神族】の文化が入りにくい地域で育った。それに加えて、戦争の話が鮮明に伝わっている年配の世代に育てられたことで、より昔の【精霊族】らしい考えになっていったようだ。実際に、兄妹の育ての親であるエペは【魔神族】を嫌っている。
――――【盟友の祭典】って名前も、皮肉にしか聞こえないなぁ。
現在ボウガは【精霊族】側にいて、チェリの事も【精霊族】の生活も【魔神族】に好き勝手されるのは嫌だと感じる。
「それで話を戻すけど、とにかくお前を狙ってる奴がいる。記憶を戻す薬をって話は、決して善意じゃないと思う」
どこで聞きつけたにせよ、本人やその関係者に断りなく進めようとするのは良くない。
「今オレの記憶が戻るのは、やっぱり都合が悪いよな?」
「場合によっては、な」
「オレが何者でもないなら問題は無いのだけど……」
記憶を戻すことが心配させる要素は、ボウガが『指名手配』にされていることだけだ。
――――もしも記憶が戻って、オレが言い訳もできないほどの悪人だった場合は…………
ボウガを『婚約者』にしているチェリと、それを認めたアロに非難が殺到するかもしれない。
――――そうなれば、オレはもうチェリの傍にはいられない。
ボウガは『婚約者』を降りなければならなくなり、チェリを守るための行動もできなくなると考えたのだろう。チェリを引きずり下ろすために、ボウガを使おうと考えたのだ。
「余程、“チェリを欲しがっている”か“チェリを女王にしたくない”のか……どっちにしても、お前を『御前試合』に出したくないロクデナシだ」
「《………………」》
こういう妨害があることは解ってはいたが、いざ目の当たりにすると薄ら怖く思う。
「とにかく明日……館長に相談してみよう。記憶のことも魔法に関することも、解決策があるかもしれないから」
「うん…………」
やはり、アロがここに来た目的は館長を味方につけることだろう。しかし……
“本当は一人の王女様に贔屓などはしてはいけないので、このことはご内密にお願いします”
ボウガはいつか聞いたメイドの言葉を思い出す。城に仕えている者は一人の王族に肩入れはできないと言われた。
そして、ここは『国立図書館』である。
あの『館長』は“公”の人間だ。
――――あの人、絶対に公私混同はしなさそうだけど……
事務的に相談にのるであろう館長に、ボウガは一抹の不安を覚えた。




