第47話 【魔神族】、動く
「あー、風が気持ちいい……やっと休憩できる」
壁の一部にもたれかかって、アロは屋上に吹き抜ける風に当たっていた。その横でボウガも何かをする訳でなく佇んでいる。
「スパイク団長、アロが来たから張り切ってたなぁ。宮廷魔術師が来た時はそんなに騒がなかったのに……」
「そりゃあ、王族が来るのは稀だからな。王族の魔法使いは、宮廷魔術師よりも魔力の質が高いから高度な訓練ができるんだ」
「王族の方が、宮廷魔術師よりも強い?」
「【精霊族】はな。『王』になるのは血筋じゃなくて“実力”って言っただろ」
「あ、そうか……」
ポツポツと会話をする二人の後ろから、双眼鏡を手にしたアンクスが話しかけてきた。
「なー! 二人ともー、おれっち仕事中なんだから気をつかえよー!」
「がんばれ。あと1時間したら交代だろ?」
「おう、今日は居眠りしないで励め。あとでお菓子やるから」
「むぅ……がんばる……」
ボウガとアロに励まされ、アンクスはしぶしぶ持ち場のイスに座って辺りを見回し始める。
今のアンクスは『見張り』の勤務についている最中だった。
王都に到着してから三週間ほど経った。
今日は昼過ぎまで騎士団にて魔法を使った訓練があり、訓練の指導役側としてアロが呼ばれていた。その後、ボウガと一緒にアンクスの仕事を見に来ていたのだ。
現在は城門が見える高台で、ボウガはアロ、アンクスと一緒に城から町にかけての通りを眺めている。
先ほどから見ているだけでも、十数分に一台のペースで豪華な馬車が城へと通されていた。普段は一日二台くらいらしい。
馬車が通る度に、数名の騎士たちが通路脇に整列しているの見てボウガが口を開いた。
「城門担当の騎士が、今日はみんな休みだったんだ」
「そうそう! おれっちずっと見てたけど、なんか馬車がたくさん城に来てたぜ!」
「城門を見てるだけじゃダメだぞ。向こうの通りとかに怪しいのがいたら、ちゃんと部隊長に報告するまでが見張りだ」
「おう! それくらい分からぁ!!」
昨日から、アンクスは見張りの勉強のために高台に配置されている。「座って見てるだけなんて楽だな〜!」と気を抜いていたのを心配して、今日はボウガとアロも様子を見に来ていたのだ。実際に、昨日はうっかり居眠りをしていたようだ。
「それにしても、馬車での訪問客が多いな。みんな、通路に整列するために行ったんだ」
「あぁ、謁見する貴族の出迎えだな。そろそろ【祭典】のために【魔神族】の貴族が本格的に王都入りしてくるからな。代表者だけで女王陛下に挨拶に来てんだよ」
もちろん、予め約束を取り付けて訪問してくるので、今日のこの時間に次々と訪問客を受け入れている。
「今日、いっぺんに呼ばれた奴らは貴族でも低い地位だな。もっと上の奴は【祭典】が始まる直前に入国してくるから、本当に偉い【魔神族】はまだ来ていないはずだ」
偉い【魔神族】ほどカルタロックでの滞在期間は短い。
【祭典】が始まる数日から1週間前に来て、終わったらすぐに帰ってゆく。
「遅い奴なんて到着が前日だ。でも、そういう奴は前もって下の人間を多く送り込んでいる。高位貴族は自分の時間を削らないように、情報は他の奴に集めさせている」
「そんなギリギリで来れるもんなんだ?」
「あいつらは“馬車よりも速いもの”で飛んでくるからな。たぶん、俺たちがひと月掛かる道のりも一日と掛からないと思う」
「えっ……!?」
ボウガたちは徒歩が多かったせいか、王都まで来るのに三ヶ月近く掛かってしまった。
全て馬車を使ってくる貴族なら、アロの村くらいの距離ならひと月くらいで王都に到着する。
「馬車より速いって? どんな動物……まさか魔物が引いてる乗り物?」
「違う違う。動力が魔力で、特殊な魔法で動く乗り物だ。確か……『飛空艇』とか言ったかな」
よく『魔人』の貴族が使っているのが、馬車の何倍の速さで移動ができる『飛空艇』という空を飛ぶ乗り物だ。
見た目は海を走る船に似ていて、動力には魔力が使われているが、操縦士は魔法を使うことなく運転できる。
「山があっても、あっという間に飛び越えるみたいだぞ。渡り鳥みたいに真っ直ぐ、目的地へ飛んでくるんだって」
「へぇ……【魔神族】ってそんな技術を持ってるのか……」
陸地では障害物だらけだが、それらを無視して空を飛んで移動できるのは彼らの技術力だけである。
「但し、うちの『迷いの森』の結界が上空から来た奴でも王都に入れないから、やっぱり森の入り口で馬車とかに乗り換えてもらう」
「あ、そこは厳しいんだ」
「当たり前。それが無かったら【精霊族】は、とっくに大昔の戦争で【魔神族】に滅ぼされてる」
「そう、だね……」
確かに、空を飛んで攻撃を仕掛けられるのなら、圧倒的に【魔神族】の方が有利だ。それでも100年前の戦争で【精霊族】が持ちこたえられていたのは『飛空艇』の動力が魔法でできていて、その魔法に対しては【精霊族】が勝っていたおかげである。
「たぶんあと半月くらいしたら、森の入り口付近の上空に見える時もあるんじゃないか。俺は見たことねぇけど、よく見張りの兵士とかから聞いたことがある」
「えっ!? じゃあ、ここで見張りやってれば見られるの!?」
アロの話にアンクスは急に顔を上げた。
「確率は高いんじゃねぇかな」
「うわーっ!! ぜってぇ見るーっ!!」
「どうせなら、今から見張りに慣れておいた方が見つけやすいだろーよ?」
「ほんと!? よし、おれっちがんばる!!」
アンクスが目を輝かせて双眼鏡で辺りを見回すのを見て、アロが苦笑いを浮かべている。
「今はまだ来てねぇけど、来たら肉眼でも見えるくらいには…………」
「あっっっ!?」
突然、アンクスが声をあげてある一点を見つめた。それは上空ではなく、城門のすぐ外の大通りの方角だった。
「あそこ、兄貴がいる!!」
「なんだよ。バグナか」
「あぁ。そろそろ来るとは思ってたけど」
「なんか…………馬車が前に止まってて、数人の……『魔人』と『獣人』に囲まれてるんだけど……」
「「えっ!?」」
その言葉にボウガとアロも通りの方へと目を向ける。さすがに個人の判別ができないが、同じ方向に何やら人集りのようなものが見えた。
「本当にバグナか? アンクス、ちょっと双眼鏡貸せ!」
「おう!」
アロが双眼鏡を取り、バグナがいるであろう集団の方に向ける。
「確かにバグナが囲まれてる……」
「大丈夫なのか? オレ、行ってこようか?」
「いや。なんか言ってるけど、攻撃とかされてる様子はない。それに…………」
アロは双眼鏡をボウガに差し出す。
「見てみろ。たぶんあれ、あいつだ」
「へ?」
ボウガもその方向に双眼鏡を向け、バグナがいることを確認した。
バグナは通りにある建物を背に数人に囲まれてはいたが、表情は顔を顰める程度で落ち着いている。
問題はバグナの正面に立って話している人物だ。
少し長めの金髪に角が見える『魔人』の少年。横向きだが顔貌はよく判る。
「あれって…………街道で合った人?」
「間違いない。あの『クロス』って奴だ」
一度合っただけだがクロスのことはよく憶えていた。
街道でちょっと助けたが物凄く感謝され、王都までの道のりで豪華な馬車まで貸してくれるというお礼をされたのだ。
「あ……」
「なんだ!?」
「なんか、バグナに紙の束を渡してる。それもかなりたくさん」
「なにぃ!? まさか金じゃないだろうなっ!!」
「えっと……金貨とかじゃないけど?」
「紙幣の方だよ。【魔神族】は金貨の代わりに紙でできた金を使う。そのまま使えない場合は、あとで好きな時に金貨とかに換金出来るんだよ」
「へぇ……そうなんだ」
――――なんか【魔神族】って独特なんだなぁ。
記憶はないが、彼らの文化には馴染みがない気がした。ボウガにとってはアロたち【精霊族】の慣習の方が違和感がない。
「マズイぞ。うちのバグナに金を握らせてどうしようっていうんだ!?」
「兄貴、大丈夫かな!?」
「う〜ん、揉めてるけど……」
黙って見ていると、バグナは両腕いっぱいの紙の束をクロスに返そうと焦っているが、クロスは笑いながらやんわりとそれを手で制している。
「結局、受け取ったみたいだ」
「ちょっ……貸せ、バグナが買収されたんじゃないのか!?」
「ヤバいって!!」
再び双眼鏡で様子を見始めたアロとアンクスは、聞こえない叫びをバグナに送りつつ盛り上がっている。ボウガから見れば、男児が偵察ゴッコをしているように思えて危機感は無く楽しそう。
「あ、クロスが馬車に乗った!」
「ひとかげもなくなってくぞ!」
「解散になったみたいだな……」
ボウガはその場所を眺めていたが、バグナを取り囲んでいた集団が引き上げていくのがわかった。
「兄貴、紙抱えて困ってるなぁ……」
「こっち向かってきてる。あのまま来るのかな?」
その後、バグナは裏の出入り口の方へと向かって行った。
…………………………
………………
「いやぁ、参ったぜ……急に走ってる馬車から名前を呼び止められたかと思ったら、魔人や獣人がぞろぞろ取り囲んでくるんだもんよぉ」
あれからすぐに、バグナが皆を訪ねてきた。
経緯を見ていたので待たせることなく通し、今はアロたちの休憩室で男四人でお茶を飲みながら話している。
「……で? 兄貴は何を渡されたの?」
「お金じゃなかったね?」
テーブルにはバグナがクロスから渡された紙の束がゴロゴロを置かれていた。それらは紙幣ではない。
「いや、ある意味『金』みたいなもんだな。これは【祭典】が始まったら、町の市場や店で使える『商品券』だから。」
「そうみたいだな。あいつが『アンクスさんや皆さんでお使いください』って渡してきたんだよ。これと一緒に、祭りでの『おすすめ! 屋台グルメ』なんて観光本も…………」
「うわー、すげー!! 美味そうな屋台が出るみたいだぁっ!!」
アンクスが楽しそうに冊子を眺め始める。
それとは対照的に、バグナは顔を色を悪くしてため息をついた。クロスに対して困惑を隠せないようだ。
「あのクロスって奴、ちょっと怖ぇよ……通りを普通に歩いているおれに迷いなく『バグナさんですよねー?』って名前で呼んできたんだ……」
バグナは『リザードマン』であり、顔貌はオオトカゲそのものだ。『獣人』の中では【第2種】と呼ばれる動物の頭部を持つ人間。
『エルフ』や『魔人』、そして【クリア】などの人間は【第1種】と呼ばれる。
基本的に【第1種】から見ると【第2種】の顔の見分けは、なかなかに難しいと言われていた。
今は慣れたボウガとアロも、最初の頃はバグナとアンクスを瞬時に見分けるのは大変だった。
「町の中でおれの顔を見分けて、さらに名前も憶えてて呼んできたんだぜ? おれの服装も違うし、おれの他にも、町にはリザードマンなんて珍しくないくらいだったのに……」
どうやら、バグナにとっては初めての経験だったらしい。しかも、クロスはアンクスのこともしっかり憶えていたようだ。
「そりゃ、驚くな……」
「あぁ。混乱してあんまり考えられなくなったほどだ……」
驚きのあまり、『商品券の束』と『グルメ本』を渡され、バグナは強くつき返せずに受け取ってしまった。
「あのクロスって奴、何? お貴族様なら、アロは知ってるのか?」
「…………いや……」
以前、アロはダリアに尋ねたことはあったが、クロスの本名はおろか、どんな地位にいる貴族令息なのかも分からなかった。
「わかったのは、異種族好き……ってだけだな」
「ふ〜ん……じゃあ、これはどうすればいい?」
商品券の束を一つ持ってため息をつく。
「貰ってもいいんじゃないか? わざわざ、お前に声掛けて渡してきたんだし」
「これ、大丈夫なのか」
バグナが心配そうに商品券を眺めた。アロもパラパラと束を捲って確認する。
「問題ない。この商品券はちゃんと王宮公認で発行してるものだし。他の貴族も使用人とかに、ご褒美で配っていたりするから」
アロは商品券をバグナの方へと押しやった。
「俺たちは【祭典】期間中は自由に動けねぇから、アンクスと山分けして使えばいい。屋台の美味いものでも買いにいけ」
「うわっ、やったーっ! 仕事ない時に友達と使ってきてもいいか!?」
「ブラザー……友だちできたのか。良かったなぁ」
喜ぶアンクスをバグナは嬉しそうに見つめていた。
「それはそうと、バグナは何か用があったんじゃないのか。商品券を受け取る前に、城の近くに来ていたみたいだし……」
「あ、そうだ! ボウガに報せとこうと思ってたんだ!」
「オレに?」
バグナは頷くと、ポケットからメモを取り出した。
「なぁ、お前たちは『サーセンデス』って名前の貴族は知ってるか?」
「「知ってる」」
ボウガとアロは嫌な思い出と共に即答である。
長男がチェリを狙って村へやってきて、ボウガに返り討ちにされた。認識としては“バカ貴族”である。
「気を付けろよ。今日の昼から明後日まで、うちの宿のスウィートルームにいる予定なんだが…………そこの息子が、チェリと婚約者のボウガのことを他の貴族と話してるのを聴いた」
「…………何て?」
「“僕様のチェリ王女が、婚約者を名乗る男に迷惑してる”って。笑い転げそうになったが、これは無視できねぇだろ?」
「うわぁ、相変わらずちっさい男だなぁ……」
アロが半ば面白そうに呟いた。
「でも顔合わせたら、めんどくさいことになりそう……」
「あぁ。明後日には女王陛下に謁見に来ると思う。サーセンデスも高位貴族だから、王宮に部屋が用意される……」
明後日まで城下町に宿をとるなら、明後日からは登城して客として滞在するということ。
ぱんっ! アロが両手を鳴らした。
「よし! じゃあ明後日の朝に、チェリ連れて一週間くらい逃亡しよう!」
「逃亡って……」
「予定より早いけど……まぁ、大丈夫だろう」
逃亡と言う割には、アロの目が輝いている。
「行くぞ! いざ『図書館』へ!!」




