第46話 平穏と不穏
夜。城のとある一室。
ここはチェリとアロ、そしてボウガが好きに使って良いと与えられた部屋である。
テーブルには寝る前に飲むためのハーブティーが用意されていた。
「はぁ……隠し事って意外と難しいもんだな」
皮肉を言いつつアロはため息をつく。
今日一日であった、アンクスのうっかり暴露やケンティとスパイクに詰め寄られたことを話した。
ボウガは黙って話を聞き、その隣りにはドレスから動きやすい普段着に着替えたチェリも居る。
ここではアロも気を遣わないで良いので、長いソファーに手足を投げ出して寝そべっていた。
「それで、二人に全部バレたんだ?」
「結局そうなっちまった。まぁ、あの二人なら大丈夫だろうとは思う……」
「ーーー、ーー?」
「いや。チェリたちが『偽装婚約』だってのは言ってない。あくまでも婚約は本物ってことで通した」
「大丈夫かな……」
「正直わからない」
もしかしたら、二人はボウガが何者かわからない状態での婚約に疑問を持っているかもしれないが、アロたちの立場を考えてそこは追求しないでくれているのではないか。
ガバッとアロが身体を起こし、ちゃんとソファーに座り直す。どうやら、ここからが話の本番のようだ。
「念の為、二人から【盟友の祭典】が終わるまでは、お前のことを王族と同じように守るっていう確約は取った。でも、お前の記憶が無いことに関しては、ケンティと団長で意見が分かれてる」
ボウガに関してケンティとスパイクは身元は大丈夫だろうと判断したが、それから『記憶が無し』のままにするか『記憶を戻す』方が良いかと議論になった。
「……ケンティは隠したいなら隠して良いと言ってる。でも団長は思い出した方が不安要素が無くなるのでは? って言うんだ」
「不安要素……」
もともと、ボウガの記憶は【祭典】が終わった後に治療すると決めていた。
「ボウガ、お前はどう思う? このままで良いか、それとも思い出したいか」
「オレは……」
無いなら無いで、今の状況が酷いものでないから気にしない。
チェリもアロもボウガに対して差別もないし、旅の間も、そして城に着いた時も、それほど嫌な思いをしてはいないからだ。
――――思い出しても、大したこと無さそうだけど……
思い出した事といえば、川に突き落とされたことと自分が魔物を倒す訓練をしていたこと。あとは旅慣れていることなど、意外と自活ができていると思っていて不便はない。
それ以外は―――
“【無色透明の民】のお前が、表舞台にでてくるんじゃねぇよ!! お前など日陰で消えてしまえ!!”
「っ……!?」
急にスッと指先から血の気が引いて冷えてゆく。
時々、頭に思い浮かぶ台詞だ。もちろん、誰が言っていたかはわからないが、記憶を失くしたボウガの脳裏にこびり付いていると思われる言葉。たぶん……いや、絶対に思い出したくない経緯がここにあるような気がする。
ボウガは兄妹に悟られないように、深く息を吸って気持ちを落ち着けた。
「オレは…………このまま、全部終わるまで思い出さなくていい。最低でも『御前試合』で余計な気を回したくない」
「そっか。でも、今から【祭典】が終わってからの治療の相談と、お前の……持ち出し制限の魔法が掛かってる荷物……あれのこととか見てもらわないとなぁ」
ボウガの記憶喪失は魔法によるものが大きいらしい。そして荷物に掛かっている魔法も、それがわかる魔法使いに見てもらわなければならない。
「ここには王宮魔術師がいるけど…………俺としてはあんまり信用してないんだ」
「何で?」
「あいつら、ほとんどが貴族の言いなりだからな」
王宮で働く魔術師の一部は『内部王族』の王子王女たちと接しているために、その家族たちとも通じていることが多い。
家族たちは、自分の子供たちが優遇してもらえるように城へ多額の寄付などをするので、その恩恵をより多く受けているのが王宮魔術師たちだ。
「【精霊族】は魔法重視だからな。城では魔法を多用できる人間は強いんだよ。魔導具を作ったり、魔法での治療ができる魔術師を味方につけているとさらに優位になる。城からの仕事以外に、貴族から個人的に報酬を受けている魔術師も少なくないから結び付きも強い」
「そんなの、寄付金や仕事を回せる貴族が強くなるんじゃ……」
「…………どこ行っても、財力って強いもんだよ」
そうなれば、貴族の後ろ盾が特にない『外部王族』はかなり不利なのではないか。
アロは深くため息をつく。隣りのチェリを見ると、困ったような微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「それでも金や権力に関係なく、王子王女に公平な魔術師もいるんだけどな。でも、そういう奴は大抵が若手や地位の低い魔法使いだ」
仕事が回ってこないので、特定の貴族に抱き込まれていないだけである。
「王宮内に【祭典】が終わってから、オレの治療を王宮の魔術師に頼んでも大丈夫なのか? もしも、オレのことで二人に迷惑をかけるようなら……」
ボウガは少し不安になった。自分のことというよりも、自分と関わっている兄妹のことが心配になる。
「王宮魔術師が無理でも、治療なら医務室の回復術師がいる。けど、お前の場合は城にいる奴には頼らないでいこうと思う」
「へ? でも……」
「まぁ、少しだけツテがあるんだ……【祭典】が始まる前に数日間、城から出ることになるけど」
そう言ってアロはニカッと笑う。
「俺もチェリも絶対にそこへ行こうとは思ってたから、お前のことを聞きに行くついでに出掛ける予定を組んでおこう!」
何故かアロは嬉しそうに手帳を取り出して何かを書き込んだ。どうやら、アロにとっては楽しみにしていたことのようだ。
「出掛ける……って城の外? また、旅でもするの?」
「ーーー、ーーー」
「え? 森の中?」
チェリが言うには王都から離れるが、森の中に存在する場所だという。
「魔法を使う奴や、学者、教師、学生……とにかく、そこには色々な人間が来るんだ。『カルタロック』に来たら、ここには必ず立ち寄りたいって観光客も多い」
「…………楽しい所なの?」
「俺は楽しいかな。な、チェリ?」
「ーー♪」
アロの言葉にチェリも頷く。
二人は一度だけ行ったことがあるらしい。
「そうと決まればいつ頃が良いかな。再来週……いや、来週には予定入れておこう。それまでに公務は終わらせる!」
「ーー!」
「よーし。俺たちは普段無駄遣いしてないから、小遣い分の予算はしっかりもらう!」
「ーー、ーーー!」
「…………張り切ってるなぁ」
――――魔法の治療とかもする所なんだよな? でも、二人が楽しそうだし……娯楽施設なのかな?
何かはわからないが、楽しそうに計画を立ててる二人にボウガは少し和んでいた。
…………………………
………………
ボウガたちが城で生活を始めて三日が過ぎた午後。
「おーい、アンクスー! お前にお客さんが来てるぞー!!」
「あ、はーい!!」
騎士団の見習いたちが練習している場所で、アンクスは剣術の稽古をつけてもらっているところだった。
練習用の木剣を片付けて、一般人の来客用の出入り口の方へと走っていく。
「客って……」
ボウガなら、同じ敷地にいるのでそのまま会いに来る。
アロやチェリなら、騎士たちが騒ぎ始めているだろうし、簡単にこんな見習いの練習場所までは来られないだろう。
だとしたら、残るのは一人しかいない。
「よう、ブラザー!」
「やっほー! 兄貴ーっ!!」
アンクスの兄バグナである。
「なんだお前、ちょっと見ない間に小綺麗になったな!」
アンクスは騎士見習いとして、練習に着る稽古着などは先輩のお古をもらっていた。それでも、旅で着ていたボロボロの服よりはずっと立派だ。
「兄貴も何か…………町の人みたい!」
バグナはアンクスがいつも見ていた流れの旅人のような格好から、よくその辺で見る普段着になっていた。簡単なズボンにシャツ、シンプルなベストといったごく普通の町人風な感じだ。
「あぁ、ちょっと町での働き口を見つけてな。落ち着いたら連絡するって言ったろ? 今、大丈夫か?」
「うん! あっ……そうだ! 兄貴が来たら教えてくれって言われてたんだ! 兄貴、ちょっとこっち来てくれ!」
「お、なんだなんだ?」
「兄貴に紹介したい女の人がいるんだ!」
「なにっ!? 女だとっ!?」
自分に紹介するのか?
まさかアンクスに彼女が!?
急なことにバグナはちょっとワクワクしながら手を引っ張られて行った。
………………
15分後。
「わたしは王宮騎士団に所属している、ケンティフォリア・ローズという者よ…………貴方が、アンクスのお兄ちゃんね?」
「…………………………はい」
とある事務室の一角で、バグナはケンティと対峙した。
ちなみにアンクスはバグナを案内した後、ケンティに言われて彼を一人置いてさっさと練習場へと戻っていった。
「わたしは『花のエルフ』なの。そして騎士だけど、普段は王族の衣装を担当させてもらっているわ」
「そ、そうですか……」
一目見て「いや、コレ女か?」と言いそうになるが、ケンティのあまりの迫力に察しの良いバグナは言ったら殺られると悟って言葉を飲み込んだ。
比較的高身長のバグナよりもさらに大きな身体は、細身だと言われる『エルフ』よりも『オーガ』に近い。
ピタッとして上半身の筋肉が美しく表れる赤いドレスに、有り得ないほどの大きなサイズのハイヒール。
腰まで伸びる何本もの金髪の縦ロールが、力強く揺れている。
ケンティの背後にオーラが見えるのは幻覚だろう。しかしそこから、ゴゴゴゴゴ……と幻聴まで聞こえてくるようだ。
バグナは脳内の恐怖を全て押し殺し、必死で友好的な笑顔を作った。
「は、初めましてぇ……アンクスの兄のバグナと申しますぅ……」
「あら、お兄ちゃんはきちんとしてらっしゃるわねぇ」
「いつも弟がお世話になっておりますぅ……」
「ふふ、そんなにかしこまらなくても良くてよ♡」
バグナの精一杯の丁寧な態度にケンティは気を良くしたようだ。
「あ、あの〜……その、アンクスの上司の方が、おれに何か御用でしょうかぁ……?」
恐る恐る尋ねるバグナに、ケンティは真剣な表情で口を開いた。
「ええ。貴方はアロ様たちと旅をしてきて、ボウガくんの事情も知っている。最初はボウガくんを狙ってきたと聞いたわ。それで、今はアロ様に代わって市街の様子を探ってくれている…………そうよね?」
「っ……は、はい。そういうことに、なりますが……必要な調査はまだ始めたばかりです」
何か重要なことを切り出そうとしているケンティに、バグナはすぐに気持ちを切り替える。
この御仁は自分と何かを取引したい、と。
「おれは、何をすればいいのでしょうか?」
「ふふ……勘の良い子は好きよ。とりあえず、これを読んでくれるかしら」
「ちょうだいします……」
ケンティが差し出してきた巻かれた紙を受け取り、留め紐を外して広げてみた。
「捜査依頼書?」
「これは、騎士団からの正式な依頼と思ってほしいわ。貴方、情報を集めるために町にいるのよね。今は拠点をどこにしているの?」
「王都の東南地区にある、猫耳獣人が営んでいる宿屋です。一昨日から下働きとして住み込みで働いています。店主がギルドにも顔が利いていて、酒場も兼業している所なので、特に今の時期はあちこちから旅人が来ているとか……」
「いいところに目をつけたわね。これは期待しても良いかしらん♪」
ケンティはバグナの行動力が気に入ったようだ。
「あなたに調べてほしいのは、王都に来ている『人種』に関してね」
「【精霊族】以外? 獣人と魔人、それと【クリア】って…………これ、ボウガに関連すること?」
バグナは深く考えずに言う。【クリア】の項目で思い浮かぶのはボウガのことだけだからだ。しかし図星だったのか、ケンティは苦笑いを浮かべて頷く。
「そう。本人が希望するなら隠そうとは思うけど、出自が判ればそれに越したことはないわ。これはチェリ様たちには内密にお願い」
「あいつが犯罪者とかだったらって心配して?」
正式ではないにしろ、ボウガは指名手配として出回っている。だから探っているのかと考えた。
「いいえ。信じたいと思ってるけど、ちょっと気になったことがあってね。これ、今回【盟友の祭典】に呼ばれている【魔神族】側の『人種』の一覧なの」
ケンティはそんなに分厚くない紙の束を懐から出した。バグナはそれを受け取ってパラパラと見て首を傾げた。
「気になる部族とかが?」
「この『人種』を調べてくれないかしら?」
ある項目を指差す。
「これ…………」
「知ってる? あなたたち『リザードマン』って、彼らと同類よね?」
「いやいやいやいや!! こいつらと、おれらを比べちゃダメですって!! こいつらはおれらと違って――――」
バグナは高速で首を横に振る。だが、すぐにピタッと動きを止めたかと思うと、もう一度その『人種』の項目に視線を落とした。
「この人種ってよく同類にされるけど、おれらとは違って『第1種』で…………あーでも、言われてみれば確かにこいつら……」
「あなたも思った?」
「はい……」
「そう、身体的特徴が似てるのよ。ボウガくんに」
二人は眉間にシワを寄せながらお互いの顔を見る。
「この『人種』なら、あの強さは納得するんだけど…………実はこの人たち、【精霊族】からはめちゃくちゃ嫌われてるの」
「マジですか……」
ケンティとバグナの顔色が悪くなる。
「もしも、あんたの考えが合ってたら……」
「下手したら周りの声で婚約解消。『御前試合』が終わるまでは隠し通すのが最良ね」
それからしばらく、部屋には何とも言えない沈黙が流れた。




