第45話 協力と密告
「あ、『暗殺術』って…………」
スパイクの言った言葉に、アロはどう答えようかと迷っていた。
どんなに誤魔化そうと考えても、戦闘や戦術においてはアロよりもスパイクの方が断然格上である。下手な言葉を紡げば、ボウガの状況が最悪なものになるのはわかりきっているからだ。
「ねぇ、アロ様。これは…………」
「……………………」
沈黙は金……ではないが、アロからは言及を控えるのが賢いと判断した。ケンティが困惑したようにチラチラ見てくるが、それも視界の端に入れながらも無視する。
しかし、オロオロとするケンティと俯いて黙りこくったアロを見たスパイクは、小さく「あぁ」と発した後に苦笑いをした。
「もしかして、勘違いさせてしまったのなら申し訳ない。別に『暗殺術』と言ったから悪だと言っているんじゃない。この騎士団にも『暗殺術』を習っている者は少なくありませんから」
「「っ……?」」
アロとケンティが顔を上げてスパイクの方を向いたので、彼は大きく頷いてにっこりと笑う。
「では、話が長くなりますので、そちらのソファーへどうぞ」
「あ、あぁ……」
「そうね……」
動揺していた二人だが、応接用のソファーに座るとホッとしたような表情になる。スパイクは二人の様子を確認してから、向かい側に腰掛けて話を始めた。
「一般的に、魔法が主なエルフの方々には馴染みないものだとは思います。私共の言う『暗殺術』というものは“戦闘スタイルの一種”や“特殊な学問”のようなものだと思ってください。説明致しますと――――」
『暗殺術』
主に接近戦を得意とする『種族』が好んで身に付けることが多い。
字のごとく“暗殺者が使う戦術”とだけ思われがちだが、暗殺が出来るほど“奇襲”に長けている技術。あとは、その奇襲に対抗出来る“防御”としての役割りもある。
それ故に、最初に相手への切り込みに行く者や、要人の最側近の者が多く使える技である。
「……と、いうことです。かくいう私も、多少なりとも『暗殺術』を嗜んでおりまして……要人の護衛の際には、痴れ者が犯行に及びそうなパターンを考えるのにも役に立っております」
「「へぇ〜……」」
スパイクの話にアロとケンティは感心し切っている。
「あ、はい。じゃあ、『王族の剣術』は?」
「『王族の剣術』についてですが、これも別に“王族だけが使える剣”ではありません」
『王族の剣術』
対人戦闘用の剣術の一種。特に【魔神族】の間で護身用やスポーツとしての剣術の試合などに好まれて使用されることが多い。
動きが洗練され美しく見られることから、多くの王侯貴族が嗜みとして身に付けている。商家の子息が大金を出して家庭教師を付けて習うことも少なくない。
だからといって、魔物相手に通用しないかというとそれは間違いである。
多種多様な規則正しい動きは、どの様な攻撃にも対処できる判断が身に付く。それは人でも魔物でもだ。むしろ、無駄のない動きをすることで最小の力で最大の攻撃を生むという。
「ほとんどの王族や貴族の子息は、幼い頃から師匠を招いて鍛錬します。まぁ、向き不向きもありますし、全員が全員とも習得出来るかと言えばそんなことはありませんが…………とにかく、『王族の剣術』は特別な理由がない限り、ある程度の裕福な家庭でなければ教わることは難しいでしょう」
スパイクの話が終わると、アロの身体からスゥッと力が抜ける。
「……別にボウガがどうとかじゃないんだな?」
「えぇ、もちろん! それどころか、あの若さであの技をきちんと身に付けていることに驚いていたところです!」
「そっかぁ……」
暗殺などという物騒な言葉に血の気が引いたが、二人はボウガを責め立てにきた訳じゃないことにアロは心底ホッとした。
しかし、二人が自分のところに来た時のケンティの迫力を思い出し首を傾げた。
「え……問題無いなら、何で……」
「あっ!! そうよ、わたしは問題にしてたのよっ!! ちょっとアロ様っ!?」
「うわっ!?」
真横からガッチリと肩を掴まれ、完全に逃げ場を失ってしまう。
「アンクスがポロッとこぼしてたのよ。ボウガくん、記憶が無い……って? どういう意味なの?」
「そっ……それは……」
アンクスの馬鹿野郎ーっ!! と、アロは頭の中でアンクスに対して襟を締め上げて文句が止まらない。
あれがうっかりしていることは解っていたが、まさか初日に言ってしまうとは。
「アロ様、どういうことなの? ボウガくんは何かあるの?」
「確かに気になりますなぁ」
「………………はぁ」
ケンティもスパイクも根が真面目で実直だ。
ここまできたら彼らに嘘や誤魔化しは通用せず、不誠実な態度は信用を失ってしまうだろう。
アロはケンティにまっすぐ向き合う。そしてスゥッと目を細める。
「……そうだよ。あいつ、自分自身に関しての記憶が無いんだ。自分が何処から来たのか、元の種族もわからない。でも――――」
ボウガはチェリや村の恩人だ。
それに加えて、今現在もチェリのために自分を後回しにして『婚約者』を演じ、危険も責任も伴う『御前試合』に出ようとしている。
「あいつはチェリを守ってくれている。だから、俺とチェリもあいつの保身はしなきゃいけないんだ。二人に事情を話すことで、あいつが不利になるようなことがあるのなら、俺は何も話す気は無い……!」
睨むように見据えるアロの顔から、ケンティは目を逸すことなく見詰めていた。そして大きくため息をつく。
「アロ様は昔からコレはお変わりになりませんものねぇ……」
「……?」
「そう、コレはいただけませんわ」
「っ!? 痛ぇっ!?」
ケンティが人差し指でアロの眉間をぐりぐりと突く。
「せっかくの美少年がコレで台無しなのよねぇ……」
「いでででででっ!? やめろって!!」
アロは堪らずソファーから立ち上がって距離を取った。ケンティは突いていた指を、今度は自分の眉間に当てる。
「貴方はすぐにココにシワを寄せて一歩も引こうとしない。そういう時のアロ様は、自分の立場がどうなっても良いと考えてるの。まるで、敵から皆を守るのに自分を囮にするみたいに………………ふぅ……」
ケンティはアロの前で床に膝をついて頭を下げた。
「わたしはアロ様とチェリ様にとって不利になることは一切致しません。例えそれが“大きな嘘”をつくことになろうとも、あなた方の身を守ることを第一に考え、それを真実として語ることも厭いません。もちろん、ボウガくんのことも一緒に考えて協力します」
まるで誓いの言葉だ。
“嘘”は【精霊族】にとって忌み嫌うことだが、それを一緒に抱え込むと言っている。
「ケンティ……もしも、陛下が俺たちの嘘を嫌ったら?」
「その時はその時でしょう? ここに居るスパイク団長も巻き込んで、何とかする道を模索してみましょうよ♪」
いきなり名前を出されたスパイクが後ろで苦笑している。ケンティを膝をついたままの姿勢で後ろのスパイクを見た。
「ははっ、私はもう逃げられないということですかな?」
「わたしから逃げる気でした?」
「無理だ」
「でしょう?」
ケンティとスパイクが顔を見合せて笑っているのを見て、アロは少しだけ鼻の奥がツンと痛くなった。
「ケンティ、ごめん……」
「謝らなくてけっこうですよ。アロ様、今はわたしたちを少しでも頼ってください。もしかしたら、今みたいにアロ様が分からなかったことを、わたしや団長が知っているかもしれません」
確かに、スパイクはボウガの戦い方だけで特徴を見抜いた。
…………………………
………………
そこから、アロはボウガが村に来た時や旅を始めた時、旅の道中の話を簡単に説明した。
「……嵐の川に落ちて……いや、落とされた?」
「村に流れ着く直前の記憶で、本人が辛うじて思い出したのはそれなんだと」
「よく生きてたわねぇ。よっぽど頑丈な『人種』なのかしら」
「それは俺たちも思った」
他には荷物に『失せ物の魔法』や『取り出し制限の魔法』が使われていたこと、それなりに身なりや所作が悪くなかったことなども話す。
「家柄も良さそうだが、ギルドの尋ね人に該当なしとは……」
「その取り出せない袋に、身分証とか入ってる?」
「たぶん。他にも財布みたいな袋もあったかな」
「ふむふむ。旅の準備もしていた……旅の知識もある…………アロ様の村の川より、上流に住む『種族』となると…………彼は【魔神族】の可能性が高いですね」
「やっぱ、そうなるよな」
アロの村が国境付近だったので、それより先は【魔神族】の国のひとつとなる。
「チェリの婚約指輪の石の色が“赤”だったんだ」
「赤……月並みですが、もしも【精霊族】なら『ドワーフ』『オーガ』『レプラホーン』など…………【魔神族】なら『魔人』『鬼人』『竜人』。【獣人族】にも多いですね。やはり“火”や“土”の魔法属性に親和性のある『人種』だろうか」
三人は同時にため息をつく。
「珍しいけど『エルフ』にも“火”を使える子はいるわね。正直言うと…………もっとヒントが無いと、探すのは途方もないわ」
「うん。それもあるし、俺としては別にこのままでも良いかなぁって思ってる」
「何でです? ボウガくん、可哀想じゃないの」
「それなんだけど…………」
一番懸念していたのは嘘がバレることだったが、二人が協力してくれるのであれば次の不安材料は『裏の手配書』のことだった。
その不安を言うと、ケンティとスパイクが顔を顰めた。
「もしもあいつが何かの凶悪犯なら、旅の間にもっとそれらしいことがあるんじゃないかと思ってた。でも、それが全然無い」
結局、狙ってきたのはバグナとアンクスだけだし、ボウガ自体にも特におかしな言動などが見られなかった。
「じゃあ、何で指名手配なんてされてるのかしら?」
「だからさ、ボウガは変な奴から勝手に『手配』を掛けられてるんじゃないかと…………」
「依頼主の方に問題があるパターンだな。それにしても、他には誰も来なかったのも気になるな……」
三人は「う〜ん」と唸りながら考え込む。
「とりあえず、ボウガのことは【祭典】が終わるまでそっとしておきたい。ただでさえ『御前試合』に出て目立つことになるだろうし」
例年『御前試合』は予選と本戦、そして決勝で三日に分けて行われる。その間に何かあれば試合を棄権することになってしまう。
「うむ。優勝を狙うのであれば当たり前だな。予選に時間は掛けていられない。だが、そんなに短時間で勝負を決めていく出場者を、他の者だって黙って見ていないだろうな」
本戦、決勝となれば対戦相手以外からも、妨害が行われるのでないかと懸念されるだろう。
「『裏の手配書』は私の方でも調べておきましょう。アロ様たちは他の事でも気を付けなければいけませんし、煩わしいものはこちらにお任せください」
騎士団はギルドなどにも顔が利く。
もしかしたら、何かわかるかもしれない。
「ほんと、どこをつつかれるか分かったもんじゃないわね。記憶が無いってこと、他には話してませんね?」
「あぁ。陛下にもダリア王女にも言ってない。だからあいつは“孤児”ってことで、身元も知らない、わからないで済ませようと思う」
そして『御前試合』が始まるまでは、チェリの『婚約者』であることも普段は言わない。別に隠したりはしないが、通常はただの騎士候補として過ごさせる。
「承知した。ボウガ殿は普通に【クリア】とだけ、他の団員にも特別視も差別もしないよう注意しておこう」
「助かる。正直、俺たちが守らなきゃって、警戒し続けるのもしんどかった……」
「ボウガくんにも、わたしたちを頼るように言っとくのがいいわね」
少しだけ肩の荷が下りた。
「二人に話せて良かったよ……」
「ふふ。その代わり、今度の夜会のコーディネートはキラッキラにさせていただきますわよ♪」
「ならこちらは、アロ様に魔法訓練の協力を願えるだろうか?」
「げ……高くついたな。まぁ、仕方ないか……」
もうアロは二人に頭が上がらない。しかし、城でも屈指のベテランに協力を仰いだので文句ないだろう。
「これで済めば良いけど……」
文句はないが、まだ少しの不安は拭えなかった。
……………………
………………
「あれー? ネズミのおっちゃん、どうしたのー?」
「よう、お嬢ちゃん。また聞きたいことがあるから、ちょっとおいで」
騎士団の敷地の外れ。
庭の清掃をしていた兎頭の子供を、鼠頭の中年の男性が建物の陰から手招きして呼んでいた。
ウサギの女の子はメイドの服を着ているが、お古で丈もあまり合っていない。一目で身分の低い見習いメイドだと判る。
呼んでいたネズミの男性は作業着を着ている。おそらく清掃員だろうと思われた。
「今日は騎士団で面白いことが有ったかい?」
「おっちゃんも騎士団好きだねー。それなら、入団すればいいのに!」
「あっはっはっ! おれは無理だよ。騎士様にはなれない。だから、せめて話を聞きたいんだ」
「そっかー!」
ネズミとウサギで笑い合う。
「そういえばねー、今日はものすっごい強い【クリア】の人が来たよ! 団長が一緒だったのがチラッと見えた」
「ほうほう。それでそれで?」
ウサギが一部始終を話すと、ネズミは嬉しそうに頷きながら質問していく。
「…………で? その人のことで団長たちはどうとか、何か言ってなかったかな?」
「あ、リザードマンのお兄ちゃんが何か言っててー、それで団長たちが早足で…………」
ニコニコとウサギは残りを全て話した。
「ふぅ。今日も楽しい話をありがとう。ほら、これでお菓子でも買いなさい」
「えっ!? 銀貨2枚もくれるの!? 良いの!?」
「おっちゃん、今日は給金が入るのさ。持っていきな、また話を頼むよ」
「うん、ありがとう! じゃ、またねー!!」
ネズミはニコニコと手を振って、走り去って行くウサギの女の子を見送る。
ウサギは視野が広く、耳がとてつもなく良い。
例えば建物の隅に居ても、反対側の会話などは目の前で話をしているように聴こえる。
「『記憶が無い』……ねぇ? 金貨5枚はいけるよなぁ。魔人は金持ってるし……」
銀貨2枚など安いもの。
ニコニコの笑顔が、仄暗い冷笑に変わった。




