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第44話 精神的にも行動開始

 チチチ……


 柔らかな陽光に照らされ、小鳥が庭に置かれた小さな手洗い場で水浴びをしている。


 建物に囲まれた一角は花壇や散歩道が完璧に整えられ、一日過ごすにも快適な環境を作り出していた。



 今は昼前の穏やかな時間。


「お〜ほっほっほっほっほっほっ!!」

「「「ほほほほほ……」」」


 しかし突然響いた“なんか、どこかで聞いた事ありそうな”高い笑い声と、こだまするように追従する笑い声に、小鳥たちが一斉に歩道から木の上へと飛んで避難する。

 逃げなかったリスも木の根の陰から、その笑い声の方を向いて固まっていた。


「あらあらぁ、これはこれは『外部』からいらしたチェリ王女ではありませんか〜? 遠路はるばる、わざわざ時間と旅費を掛けて来ていただいたこと、本当に大変だったと……ワタシをはじめ、一同心配しておりましたのよ〜?」


 城の中央にある中庭のひとつ。


 綺麗に整えられた人工池を背に、濃いピンク色のドレスを着た少女が奥義で口元を隠しなが長椅子に腰掛けていた。

 先ほどの笑い声も、この少女から出てきたものだ。


 その少女の後ろには、バックダンサーよろしく6人ほどの地味な色合いの少女たちが並んでいた。


「これは…………『ロベリア』様。貴女とこんな所でお会いするのは珍しいことですわ……噂にされるほど、チェリ王女を心配してくださるなんて普通にお優しい面もおありなのですわね。わたくしとても感激致しましたわ」


 ダリアが顔を引き攣らせながら挨拶をする。

 少女たちの目の前、黄色と黄緑のドレスを着たダリアと、友人の王女4人組が堂々とした態度で立っていた。

 さらに後ろには桃色と黄緑のダリアとよく似たドレス姿のチェリと、王子らしい様相のアロが、笑う少女たちをジッと見つめている。



 ダリアたちは旅の話を聞きたいと、チェリとアロをランチを兼ねたお茶会に誘って中庭に来たところだった。


「ごきげんよう、ダリア王女。そして…………あらヤダ!! そういえばワタシ、チェリ王女とアロ王子とは初めてお会いしましたわねぇ!! なんだか〜、貴女様の()()をしょっちゅう聞くものだから、初めてお会いする感覚がありませんでしたわぁぁぁ〜!!」

「ーーー……」

「………………」


 アロとチェリは特に表情を変えずに、目の前の相手に丁寧な会釈を返す。


 この『ロベリア』という少女は貴族出身の『内部王族』で王女のひとりだ。


 ロベリアは見た目としては背が低く、少しふくよかな体型をしていて、一般的な『ノーム』という人種であった。

 いつもは王都から少し離れた領地に住んでいる。周りに立っている少女たちも同じ『ノーム』であり、体型も似たり寄ったりで、明らかにロベリアのお付の者たちだと判る。



「では、もうご挨拶はよろしいですね」


 ダリアはチェリを後ろに隠すように立ち塞がり、目の前の同じ『内部王族』のロベリアにすかさず言い返す。


「申し訳ないのだけれど、わたくしたちはこれからお二人のためにささやかな歓迎会をしますの。ミラ様より、この中庭の使用許可も頂戴しております。貴女は特段、このお庭に拘りは無いと思っておりましたのに…………準備をしたいので、そこを退いてくださるかしら?」


 今までこの中庭を使う者はダリアたち以外はあまりいなかった。だから、この集団はどこからかチェリたちが使うと聞きつけて、嫌味を言うために先回りしたのだとダリアは考えている。


「まぁぁぁ! ダリア王女、ワタシだってチェリ王女にお会いしたく思って参りましたのに…………何か貴女の気に障ってしまったかしらぁ? ワタシは、チェリ王女にご挨拶だけしかしていませんでしたのにぃ?」


「ーーー……」


「ですが、チェリ王女はワタシにはご挨拶はしてくださらないのかしらぁ? いくらお話にならないとしても、行動を見せてくださらないとワタシ分かりませんわぁ〜!」


 マウントを取っているつもりのロベリアは、満足そうに微笑みながらダリアとチェリを交互に見ている。

 大袈裟な口調、挨拶をしながらも座ったままでいる態度に、相手への気遣いなどはあまり感じられない。


 今日が初対面であるチェリは、先ほどから《挨拶》はしているが、話をロクに聞こうとしていない彼女には声は届いていない。

 ちなみにアロは最初の礼だけはして、後は白い目でロベリアたちを見ている。



 そんなギスギスする空気の中、ダリアは最上級の笑顔を浮かべて丁寧に言葉を発した。


「挨拶が長過ぎではございませんこと? チェリ王女たちは昨日、王宮においでになったばかりですのよ。簡単にご挨拶をされて、あとはゆっくりしていただくのが気遣いではなくて?」


 貴女に構ってる暇は無いです。

 疲れているんだからさっさと消えてください。



 この内容を穏やかに言わなければいけないので、高位の女性たちは大変だなと、後ろに控えていたアロはしみじみと思った。

 ロベリアはそんな後ろで黙って立っているアロをチラ見する。


「それをおっしゃるのなら、ダリア王女も同じではありませんかぁ? いくらアロ王子の前だからと張り切り、チェリ王女に構い過ぎなのではないのかしらぁ?」


 ダリアの顔が一気に紅潮した。


「っっっ!? べ、べ、別にアロ王子の前だからとか、張り切ってで構い過ぎでいる訳ではありません! チェリ王女とは良きご友人だからですわっ!! アロ王子も一緒に旅のお話を聞きたかったから、お茶とランチにお誘いしたまでですわっ!! わわわわたくしはっ……」

「本日だけ、お二人揃ってお茶をする機会があったからです」

「えぇ。お二人は今後はお暇ではないので」

「私たち皆で、お誘いしたのです」

「準備の時間が惜しいです」


 アロの名前を出され少し動揺したダリアを、横にいた4人の王女たちがフォローして持ち直すように時間を稼ぐ。


「皆さまっ……! そ、そういうことです。準備もありますので、その場を退いていただけますか?」

「あらあら、ごめんあそばせぇ!」

「ー……?」


 変な嫌味をずっと聞いていたチェリだが、ロベリアが話す度にキョトンとしていた。

 そして周りにいた王女たちに首を傾げる。何故か初対面のロベリアに対して、その特徴的な言動にとても既視感があったからだ。


「ーーー?」

「「「………………」」」


 チェリに首を傾げられ、後ろの4人の王女たちは無表情ながらもこくこくと頷いた。皆、口の端をヒクヒクと引き攣らせている。

 その様子にアロがハッとした表情をした。


「あ!『元ネタ』か」

「「「ぷふーーーっ!!」」」


 思わず呟いたアロの台詞に、4人の王女が一斉に吹き出してしまった。


「あ、アロ様っ!」

「いや、だって、あれ昨日の……」

「今はお忘れくださいましっ……!」


 ダリアがアロに向かって小声で抗議した。

 どうやら、昨日ダリアが真似をしたという『悪役令嬢』は、このロベリアがモデルだったようだ。



「……な、何ですの? 笑っておられるようですが、ワタシ何故か嫌な気分になりますわっ!!」


 ダリアたちがふるふると笑いを堪えているのを見て、ロベリアが気付いて盛大に顔を顰めた。

 だがここで、チェリがロベリアに向かって駆け寄り、勢い良く彼女の両手を握ってぶんぶんと上下に振る。


「ーーーーっ♪」

「へっ!? な、何ですのぉっ!? 何で、そんないい笑顔でワタシを見てきますのぉっ!?」


 まるで『ファンです!』と言わんばかりの、キラキラした瞳で嬉しいそうなチェリの表情。


 今のはいわゆる“歓迎の小物嫌味”である。チェリは演劇で流行りだという『悪役令嬢の元ネタ』のロベリアをめちゃくちゃ堪能できたのだ。


「もう、チェリ様ったら……」

「こういうの、チェリはまったく気にしないんだよなぁ」


 ダリアや他の王女たちが苦笑する。

 時々見せる妹の『鋼のメンタル』に、さすがのアロも少し引き気味になった。




 ロベリアがチェリの手を急いで振りほどく。


「なっ……何か馬鹿にされている気分になりますわっ!! まったく、これだから平民出身は――――」

「これは王女様方、ご歓談中に失礼いたします!」


 言いかけた言葉に被せるように、低く太い声が庭に響いた。


 全員が廊下への入口へと視線を向けた。

 そこに居たのは、騎士団団長のスパイクとケンティである。


「お取り込み中、申し訳ありません。少しだけ、アロ王子にお話がございます」


 ケンティがダリアとアロの前に膝をつく。


「ケンティ、何だ?」

「いえ、ちょっとこちらでは…………ダリア王女、ランチの前にアロ王子だけ私どもと行動することをお許しくださいますか?」

「えぇ、アロ王子がよろしければ」

「ありがとうございます。では、アロ王子はこちらへ」

「わ、わかった……」


 こちらへと、アロを促したケンティの顔に妙な迫力があった。


「ロベリア王女様も申し訳ございません。淑女のお話中にとんだお邪魔をして」

「いいいいぇえぇぇっ!! スパイク様もご公務、大変でございましょおおおおっ!!」

「労い、ありがとうございます。ロベリア王女も皆さまと楽しくお過ごしになられますように……」

「は、はいぃ…………」


 スパイクがロベリアに一礼すると、彼女は消えいれそうな返事をして扇で口元を隠し耳まで真っ赤になってしまった。さらにジッとスパイクを見つめる目元は、うっとりと垂れているように見えた。


「…………………………」

「……ロベリア王女?」

「はっ!? わ、ワタシ、用事を思い出しましたわっ!! ダリア王女、チェリ王女、失礼いたしますぅっ!! 皆さま、ワタシの部屋に戻りますわよぉっ!」

「「「はい! ロベリア様!!」」」



 ボーッとしていたロベリアは、スパイクに声を掛けられて我に返っていた。そして、慌ててチェリたちに頭を下げると、周りにいた者たちを引き連れて中庭から忙しなく出ていく。



 あまりにも早いロベリアの撤収に、スパイクは首を傾げながら出入り口の方に目を向けていた。


「うむ……何か気に障ることでもしでかしたか……?」

「大丈夫よ、団長……」


 苦笑いするケンティがスパイクの肩に手を置く。


「ロベリア王女は背の高い男性が好みなだけですわ……以前に騎士団の式典で、オーガやエルフの騎士様方のことをずっと目で追っていらしたもの」

「うげ……わかり易いなぁ」


「ーーー……」

「「「…………」」」


 呟くダリアに答えるアロ。しかし、後ろからのチェリと王女たちの憐れむような視線に二人は気付いていない。



「はいはい! アロ様、団長も、遅くなるからダッシュで行くわよ!」

「うわっ!? 何で抱えんだよ!!」


 ケンティがアロを小脇に抱え、にっこりとチェリたちに微笑む。


「それでは、王女様方はティータイムをお楽しみくださいませぇ♡♡♡」

「とりあえず、騎士団の団長室へ。あそこなら、防音も効いていますので!」

「防音……って? うわ、わぁぁぁ……」


 ツカツカツカツカツカツカツカツカ!!

 ガッガッガッガッガッガッガッガッ!!


 盛大な靴音と共に、ケンティと団長はアロを連れてあっという間に廊下の奥へと消えていった。


「アロ様、本当にお戻りになるかしら?」

「ーー、ーーー……」


 ダリアとチェリは呆然とそれを見送った。




 …………………………

 ………………




 バァアアアアアンッ!


「ヒッ!?」


 ケンティが壁に手を思い切りついた。

 スパイクが使う騎士団団長の執務室に着くなり、アロはケンティと壁の間で蒼くなっていく。


「……無礼を承知でお聞きしたいことがあるわ」

「な、何だ!?」

「ボウガくんのことよ……」

「っ……!?」


 しかし、恐ろしいほどの迫力でアロに詰め寄るケンティを、スパイクが肩をやんわりと掴んで引き離す。


「ケンティ殿、少し離れてくださらないか。私もボウガ殿のこと、王子にお尋ねしたいのだ」

「ふぅ……仕方ないわね」


 突然のことに驚いたが、アロは大きく息を吸って何とか姿勢を整える。


「ボウガが何か? あいつは平民だし、初日なんだから多少の礼儀知らずは許してほしいもんだが?」


 この二人が来た時点で、ボウガに関する質問は想定内である。


「それとも、やっぱり【クリア】は認められないとでも……?」

「いえ、それは無いわ。でも――――」

「すまないが、私の質問を先にして良いだろうか?」

「「え?」」


 ケンティを押し退け、強引にスパイクがアロの正面に立った。


「ボウガ殿の出自は何処か?」

「それは、俺もよく知らない村の出身で……」


 アロは事前にボウガと決めていたことを言う。


 “アロたちも知らない片田舎の生まれで、旅をして歩いていたから故郷と呼べる場所が無い”―――と。


 ぼんやりしているので、嘘では無いと思っている。


「それで……あの強さと?」

「たぶん。旅人の強さなんて、俺はわからない」

「…………恐れながら、私は『オーガ』であるので『エルフ』ほど物事の“真偽”は図れません」


 スパイクは静かにジッとアロの顔を見つめる。


「アロ様、“嘘”を仰られてますね?」

「っ!? 何を根拠に? ボウガを……妹の『婚約者』を信用できないのか?」


 アロは話題を“真偽”から“信用”にすり替えようとするが、それでもスパイクは目を逸らさずに口を開いた。


「私たち『オーガ』は戦いにおいて仲間を信頼し、相手を見定めます。命のやり取りをする“戦い方”というものは正直です…………だから、ボウガ殿の戦い方は少し()()に見える」


 奇妙という言葉にアロとケンティは顔を顰める。


「あの方は何処で『王族の剣術』と『暗殺術』を同時に身に付けられたのか?」

「へ…………?」


『王族』と『暗殺』

 想定外の単語に、アロは言葉が出てこなかった。


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