第43話 早急な対応
その日、騎士団の訓練場は静寂に支配されていた。
正確には、ある一点を囲んだギャラリーからざわめきの類が一切消えている。
全員がその中心を見詰めて立ち尽くしていた。
先ほど……だいたい10分くらい前に始まった『模擬実戦』と呼ばれたものは、すでに予定していた戦闘の半分が過ぎた。
『ギャッ……!!』
そして、たった今投入された3メートルほどの『アイアンサーペント』が、首元へのダガーの一撃を食らって地面に伏していた。
「…………次……」
ボウガは『アイアンサーペント』からダガーを引っこ抜き、少しも顔色を変えずに振り向く。
「あっ……ちょ、ちょっとお待ちください!! 今、次のに魔力を流し込んでますのでっ!!」
「に、2分ほど待って……!!」
コートのライン端では魔術師らしいエルフとノームが、顔面蒼白になりながらガラス玉に手を当てている。
「ふぅ……」
目の前で倒された魔物が、ズブズブと蒸気を立てて元の黒い液体を撒き散らしている。コートにはそんな水溜まりのような染みがあちこちにあり、その遺骸は場外にうず高く積まれていた。
片付けを命じられた下っ端の兵士が、動かなくなったアイアンサーペントを引き摺って遺骸の山に放り投げる。
身動きもできずに背景に溶け込んでいた見物の騎士たちは、この小休憩のような間で我に返って次々に口を開き始めた。
「おい……始まってから、まだそんなに経ってないよな?」
「最初の『デスハウンド3体』は2分掛かってない。『グール10体』はそれよりは掛かったけど……」
そして『アイアンサーペント』もわずか1分ほどで倒された。
「あの【クリア】の人、何者なんだ?」
「普通は部外者にここは貸さないはずだ」
「新しい騎士候補じゃないか?」
「あ、だから団長やケンティ様もいるのか」
「それなら、有望な人材だな……」
見物人たちはボウガのことをヒソヒソと予想しあっている。
「あらあらあら……聞いていたよりもスゴいじゃないの!」
「……うむ。ただ単に力任せじゃなく、ちゃんと相手の弱点も突いて最小限の動きをしているな」
ケンティと団長のスパイクも、まるで入団試験の受験生を見定めるような目で動きを追っていた。
「つ……次、いきますっ!!」
「『コカトリス』出ますっ!!」
ノームの魔術師が砲丸投げの要領でガラス玉をコートの中央へと放った。落ちたガラス玉は地面に接触すると、一瞬光ってから真っ二つに割れて中の液体を散らす。
『ケェッ、ケケケェエエエッ!!』
流れた液体がみるみる高さを持って形を造っていく。それは大きな像くらいある茶色の鶏になり、その尾っぽが巨大な蛇になってボウガの方に顔を向ける。
「………………」
ボウガは黙ってショートソードを抜くと、コカトリスの真っ正面から突っ込んでいった。
当然、コカトリスも馬鹿正直に目の前に来た獲物に狙いを定める。
鶏の鋭い嘴と、蛇の頭が同時に襲いかかってきた。
「うわっ、危な……」
「ひっ……!!」
周りのギャラリーが顔を背けそうになった瞬間、コカトリスがバランスを崩し、前のめりになって地面に転がった。
コカトリスが倒れ伏したと同時に、ゴトンッ! と重い音がした。その後すぐに、
『ケェーーーーーッ!!』
鶏の断末魔が響き渡ったかと思うと、叫びをあげた頭が胴体を離れて落ちる。
「………………」
本当に一瞬の出来事だった。
一瞬で、大蛇の尾っぽは落とされ、すぐに鶏の方も倒されたのだ。
「「「……………………」」」
「えっ!? もう、終わったの!?」
「ほう……」
再び静まるギャラリーの横で、ケンティとスパイクも驚きの表情でコートを見詰める。
剣の血振りをして振り向いたボウガは少しも息があがっておらず、それどころか何事もなかったかのように無表情だった。
「次…………は、無理?」
「無理です! 今、箱から出してたところです!!」
「三分待っててくださいっ!!」
淡々と尋ねられた魔術師たちは、ややキレ気味にボウガへと叫んでいた。
「うん……」
ボウガがため息混じりの返事をし、またもや小休憩が間に入る。
その間、ボウガは黙って周りを見回していた。
…………………………
………………
結局、実践訓練は一時間も掛からずにコートの片付けと浄化へと移行していった。
「…………私、ショートソードで『ミノタウロス』を真っ二つにした人間、初めて見たかもしれないわ」
「あんなにデカい『デュラハン』も、ボロ小屋を解体するみたいにバラバラにしていたな……」
部下たちにコートの片付けを命じ、それを眺めながらケンティとスパイクはお互いに感想を言う。
あれからボウガは、次の『ミノタウロス』を2分ほどで倒した。
ミノタウロスが出現し最初の一撃をかわすと、すぐさま背後をとって胴体を一刀両断にした。
最後の『デュラハン』も街道での戦いで倒し方を知っていたせいか、中心の“核”を壊すのに5分も掛からない。以前のように長柄の槍を使わずに、手にした武器はダガーとメイルブレイカーの二本で鎧の中の“核”にとどめを刺している。
………………
「ボウガくん、お疲れ様。申し訳ないけど、武器はまたこちらで預からせてもらうわね」
「はい、構いません」
ボウガがコートから出てくると、ケンティがタオルを差し出してきた。代わりに、ベルトの武器一式を再び預けることになる。
「想像以上だったわよ。やるじゃない!」
「ありがとうございます……」
ケンティが褒め言葉と共にバンバンと背中を叩くが、ボウガは何処か不安そうな顔をしていた。
「……? どうかした?」
「いえ、その…………今の戦い方で、大丈夫だったかな……って」
「え? どういう……」
周りを見ているボウガをなぞるように、ケンティも同じ方を見渡す。
そこにあったのは嬉々として見詰める者、驚愕の表情の者、訝しげに顔を顰める者と様々だった。
「オレは、周りを黙らせられましたか?」
「ボウガくん、あなた……」
ケンティが言いかけた時、数人の若い騎士たちがボウガの方へと近づいて来るのが見えた。
「お疲れ様でした!」
「いやー、凄かったですね! あれだけの連戦をひとりでやってのけるなんて!」
「『デュラハン』なんて初めて見ました! よく倒せましたね!」
他の騎士たちが笑顔で話し掛けてきた。先ほど、ボウガに好意的な視線を送ってきた者たちだ。
「変わった剣術の型ですよね!」
「良かったら、昼まで私たちと剣術の訓練をしてくださいますか?」
「こちらにご教授願いたい!」
取り囲む騎士たちの言葉に、ボウガはチラッとケンティの方を見てきた。
「良いんじゃない? 取り敢えず初日だし、今日の課題は終わりにしましょう。午前中はここを好きに使って、午後からは自由時間になさいな。そうね、チェリ様とお茶くらいしてきなさい」
「……はい!」
チェリの名前を聞いた途端、ボウガの表情が明るくなった。
「じゃあ、オレも片付けてきます」
「はいはい。頑張って♪」
騎士たちと移動するボウガを眺めながら、ケンティは口許を手で隠すように覆う。
「団長。この後、お話よろしい?」
「あぁ、私も気になったことがある」
スパイクも片手で自分のアゴを撫でながら周りを眺めている。
「…………アンクス、ちょっとおいで」
「は、はい! 何だ……何でしょう!」
隅っこに黙って立っていたアンクスか、不意に呼ばれて慌てながらケンティの側へと走ってきた。
「あなた、ボウガと一緒に旅してきたのよね? なら、街道でのあの子の戦い方……見てたわよね?」
「たたかい方……? う〜ん……」
個体差はあるが、身体の大きく血の気の多い『リザードマン』は、幼い頃から戦闘の経験が豊富であることが知られている。
アンクスはまだ子供であるが自分用の武器を持ち、各地を旅していたことはケンティも聞いていた。
「今日のボウガは…………」
腕を組んで大袈裟に考えていたアンクスはコートの方をちらっと窺って、ボウガがこちらを見ていないことを確認しているようだった。
「おれっち、兄貴と違って戦闘とかちゃんと見てないけど…………たしかに、今日のボウガはちょっと違ったかも」
「どの辺が違う?」
「う〜んと…………ちょっと急いでたかな?」
「急ぐ……」
ケンティに詰め寄られ、アンクスはビクッと肩を震わせる。
「うん……あ、はい。えっと、そんなに焦って倒さなくてもいいのに、早く倒そうとしてたなって。ギリギリでかわしたり、大きな攻撃で一撃で仕留めたり……とか? 前に見た時はもっと安全に倒してた。チェリ……様たちがいたからかもしれないけど」
そして、ちょっと眉間にシワを寄せてポツリと言う。
「ボウガっていつも優しいけど、今日は…………ちょっと怖かったなぁ」
台詞から“怖いくらいに真剣に戦っていた”とも取れるが、アンクスの不安そうな顔からはそこまで深くは考えていなさそうである。本当に怖いと思ったのだ。
「……本当にあの子って【クリア】なのかしら?」
「記憶無いって言ってたもんなぁ」
「記憶無い、か。それって……」
「……はっ! え、あ〜っと、親の記憶が無いって意味です! 別に何も分からないとか…………お、おれっち、あとはよくわかんないですっ!」
「…………?」
ケンティはなんの気もなく「それって孤児とかなら仕方ないわよね」と言おうとしていた。しかし、アンクスが妙に慌てて何かを取り繕っているのが目に付いた。何の変哲もない言葉が一気に不審なものへと変貌した瞬間である。
ケンティが視線を移すと、こちらを黙って見ていたスパイクと目が合ってお互いに無言で頷く。
とんとん。
アンクスの肩をスパイクが軽く叩いた。
「きっと、ボウガ殿もここでの生活に緊張していたのだろう。アンクスも片付けを手伝っておいで。馴染みの君がいれば安心できるはずだ」
「…………そう……ですか?」
「そうそう。いってきなさい♪ あなたも午後は自由時間にしてあげるから☆」
「うんっ! あ、はいぃっ!」
スパイクとケンティに笑いかけられ、アンクスはパアッと明るい表情になった。ほのかに安堵したような気配もする。
「ボウガ〜! おれっちも何か手伝う〜っ!」
アンクスはブンブンと手を振って、ボウガや若い騎士たちの方へと走って行った。
「「…………………………」」
ケンティとスパイクはニコニコと生温い笑顔を作ったまま、すぐに振り返って城の中央へ続く廊下へと早歩きで出ていった。
ツカツカツカツカツカツカツカツカ!!
ガッガッガッガッガッガッガッガッ!!
狭い廊下に、甲高い靴音と重い革靴の音が忙しなく響く。
「よく考えたら、ボウガくんは一言も自分が孤児だって言ってなかったわ。私ったら、勝手に思い込んでしまってた。差別はしないけど、王配になる人間なら身元ってのは大事なのよ!!」
ケンティが険しい顔でスパイクの方を向く。
「ボウガくんのこと、どう捉えますか?」
「悪い人間ではなさそうだが…………あの人材を何処から連れてきたか、ちゃんと素性が分っているのか……正直、何かを隠されるといざという時にかばいきれん。味方になるなら、全部分かった上で対策をねるしかない」
「王女の『魔除け』と言えど、王宮内での隠し事は得策ではないわ!! 必ずボロが出るし、めざとくそれを攻める輩もいる!!」
さっき、アンクスがうっかり漏らした『記憶が無い』という言葉をその通りに受け取るなら、ボウガ本人に聞いても彼の『身元』が真実か嘘かの善悪を判断するのは難しい。
【精霊族】は嘘を見抜くのに長けているが、それは本人が“嘘をついているという罪悪感”を見抜いているため。
どんなに正当な出自でも本人が嫌がれば『悪』と思われ、逆にどんなに世間から卑しい場所の出身でも、本人が何とも思ってなければ『善』と判断されてしまうこともある。
時に『真偽』とは、感情から来る『善悪』とすり変わるのだ。
揃って身長2メートル超えの二人が、競歩で風を切るように廊下を進む。すれ違う者たちは、二人の只事ではない様子に思わず道を譲る。
「お二人同時に聞いた方がいいかしら?」
「いや。ここはチェリ様は無しで。アロ様だけに問い詰めた方が早い気がする。こういうことで画策なさるのはアロ様の方だしな。お二人の今日のご予定は?」
「確か……中庭でダリア様たちと一緒にいたはずだわっ!!」
行く場所が決まり、二人の足取りは一層速さを増していく。
「まったく、アロ様もチェリ様も困ったことが有るなら遠慮なく言ってほしいわ! 私はお二人に命を掛けて忠誠を誓ってるのだから!!」
『忠臣ケンティフォリア・ローズ』は、中庭に向けて力強くヒールを踏み鳴らしていた。




