第42話 物理的に行動開始
旅で癖がついていたせいか、ボウガはほぼ夜明けと共に目が覚めた。
「ふぁ……おはよ……」
ポツリと言った独り言が空間に消えた。
三人は余裕で並んで眠れるベッド。
部屋の真ん中には円卓の大きなテーブル。
質の良い造りのタンスや大きなクローゼットが四つ並んでいる。
入り口とは別にあるドアの向こうには、いつでも温かいお湯が出てくるシャワールームまで備え付けてあった。
寝惚けていたので、あてがわれた広い個室で自分だけだということに気付くのに数秒掛かった。
――――やっぱり、落ち着かないな……
一人では持て余すほどの良い部屋で、今まで誰かの気配が近くにあったことに慣れていたボウガには正直寂しい空間だ。
ベッドの上で小さくなって座っていると、左手の指輪が視界に入る。
《ボウガが困ったら、すぐに助けに行きます。いつでも呼んでくださいね》
昨夜、寝る前にチェリから言われた言葉が頭に過ぎる。
「……いや、ダメだ。チェリだって大変なのに」
パンパンと自分の頬を叩いてベッドから降りた。クローゼットから訓練場に着ていく服を掴んで、すぐに着替え始める。
――――とにかく、ここに慣れないと……
ちょうど支度が終わった時、部屋の扉から控え目なノックが聞こえた。
…………………………
「おはようございます。朝食をお持ちいたしました」
「「おはようございます」」
昨日も見掛けた若い獣人のメイドが三人、丁寧な挨拶と共に銀色のカートを押しながら入室してくる。
メイドたちはキョロキョロと辺りを見回し、部屋の隅の壁にピッタリとくっつくように座っていたボウガを見付けた。
「おはようございます……」
「あら……なんで、そんなに隅っこにいらっしゃるんですか?」
「広くて、落ち着かないもので……」
勇んで身支度をしたが、やはり広すぎる部屋には慣れていない。
「では、お食事用のテーブルはこちらにいたしましょう。今、ご用意しますのでお待ちください」
「では、カートをこっちに」
「はーい!」
メイドたちはボウガの心中を察してくれたようだ。部屋の中央にあった大きな円卓のテーブルではなく、壁に近い所にあった四角のテーブルに白いクロスを広げた。このテーブルでも一人分には広いが、それでも円卓よりは落ち着けそうだ。
朝食の用意を素早く済ませ、まだ環境に不慣れなボウガの傍に控えていてくれる。
「どうぞ。今日明日はここで食事になるので、ある程度は慣れていただかないと」
「はい……すみません」
「謝られなくても大丈夫ですよ」
「はぁ……」
――――まだ【祭典】も始まってない。ちゃんと慣れないと……
内心焦っていると、三人のメイドは揃ってにこりと微笑んでボウガを見ていた。そのうちの一人、犬耳のメイドが口を開いた。
「でも、どうしても部屋が落ち着かなかったら、遠慮なさらずにお申し付けください。チェリ様の婚約者であるボウガ様には、万全のコンディションで『御前試合』に挑んでいただくよう言われておりますので」
やはり自分はチェリの護衛役なのだと、ボウガは改めて実感させられた。
「皆さんはチェリが……チェリ王女が次期女王になるのに賛成なんですか?」
チェリの話題に思わず言うと、メイドたちは顔を見合せてから前を向く。
「もちろんです!」
「私たち、チェリ王女様をお慕いしております!」
「あの方が一番相応しいのです!」
三人があまりにはっきりと言うので、ボウガはポカンとそれを眺めてしまった。
ボウガの視線に気付いた犬耳のメイドがハッとした表情をする。他の二人も遅れて気付いていた。
「あの…………本当は一人の王女様に贔屓などはしてはいけないので、このことはご内密にお願いします」
犬耳メイドが申し訳なさそうに言う。
「あ、そうなんですか。でも、ケンティさんとかは……」
「ケンティ様は、アロ王子様とチェリ王女様の専属になってらっしゃいますから」
「私たち下々の召使いは贔屓など表に出せません……」
この者たちは、あくまで城に使えている人間。全ての王子王女の立場や能力に関係なく、奉仕して使える対象なのだ。
「ボウガ様。もし私たちに会話を振られる際は、周りを気にされた方が良いかもしれません。何かあった時、あなたが召使いを引き入れて他の王族に嫌がらせを仕向けた……などという噂を立てられたりしますので」
「……わかりました。忠告、ありがとうございます」
「わからないことがありましたら、私たちもこっそりですがお手伝いしますね」
「他の使用人がいなければ大丈夫です!」
――――これは、いよいよ気を遣う場面が増えそうだ。
自分の言動が、あらぬ誤解を招かぬようにしないといけない。
…………………………
………………
訓練場へ行くと、ケンティとアンクスが待っていた。そして、その隣りにケンティよりも筋肉が発達した大柄な男性が立っている。
見た限りだが、年齢は五十代前半といったところだろうか。
黒髪で浅黒い肌、頭には牛のような二本の角。しっかりと着込んだ騎士の制服は、見事な筋肉ではち切れそうになっている。
「私は『王宮騎士団』騎士部隊団長の『スパイク』だ。ボウガ殿の滞在を歓迎する!」
「よろしくお願いいたします」
やはり大きい。ボウガよりも頭二つ分くらいは背丈がある。
「スパイク団長は『オーガ』よ。王都ではそこそこいる人種だから、ここの騎士団でもよく見掛けるかもね」
「へぇ……」
『オーガ』という呼び名は【精霊族】の中に住んでいる者の総称。彼らは【魔神族】の所属にもいて、その時の呼び名は『鬼人』となるそうだ。
「はっきり言うと、ここの【精霊族】の騎士たちは魔法を併用する人種が多い。純粋に力での強さを鍛えるなら、ぜひとも私を頼ってほしい」
「はい。よろしくお願いします」
「うん、久しぶりに鍛えがいのある人間が来てくれて嬉しいよ。さて……ボウガ殿の力量だが……」
スパイクはチラッとケンティを見て首を傾げる。その様子にケンティは仰け反って顔に不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ。アロ様の言ってた通りなら、スパイク団長はその地位を危ぶまなきゃならなくなるわよ。覚悟はよろしくて?」
「ほぅ、それは面白い。私もそろそろ自分の後任を育てなければならないところだったから、将来の団長候補が来てくれるのは願ったり叶ったりだ」
「うふふふふ……」
「ははははは……」
――――自分のことを話されているのに、置いていかれてる気がする……。
笑い合う二人を薄ら寒い気持ちで眺める。
その時、ボウガの服の裾をアンクスが引っ張った。
「ボウガ、気をつけろよ。あの団長、優しいけどすっげー厳しいらしいからな?」
「部隊の団長をするぐらいの人間なら、みんな優しいし厳しいものだ。団長になるぐらいなら人望があるんだと思うよ」
「そっかー。やっぱ、すげぇ人なんだな」
「………………」
ボウガは自分で言って、“部隊の団長”がそういうものだとすんなり出たことに驚く。
記憶を失った後に、そういったものに所属したこともないのに納得して理解していたのだ。
――――以前はどこかに属していたのか。オレはどこに居て、何をしていたのだろう?
ふと疑問が浮かんだが、余計なことを思い出す前に頭を振って打ち消す。今は記憶が戻ったら都合が悪い。
思い出すなら、チェリの『婚約者』としての役割りを果たしてからだ。
「今日はね、魔術師師団から“コレ”を貰ってきたわ。見たことあるわよね?」
「これ……」
とぷん。
手のひらサイズのガラス玉の中に、真っ黒な液体が揺らめいている。
「魔法でできた魔物……」
「そうよ。アロ様から聞いて、街道に出たっていう奴らをここに一通り持ってきたわ」
ケンティが指差した床の上には、ケースに入ったいくつものガラス玉が見えた。
「それと、これを」
「あ、オレの……」
じゃらりと、ベルトとそこにぶら下がった武器の数々。それは昨日の謁見前に着替える時に預けたボウガの剣や短剣である。
「悪いけど、全部改めさせてもらったわ。魔法や呪いの類は無し。手入れもいき届いている。特別高価なものではないけど、ちゃんと職人が手掛けた鋼素材で安物ではなかったわね」
「ほほぅ? ショートソードとダガーはいいとして、ソードブレイカーにメイルブレイカー、そして簡単な投擲ナイフもあるのか。随分と多彩に使っているものだな」
ケンティが武器の付いたベルトをボウガに手渡す。スパイクはボウガの武器を興味深そうに見ていた。
「あなたが言ってくれないから生まれはよく分からないけど、決して貧しい家庭の出身じゃないでしょ? これだけの武器を揃えられるくらいは余裕があったわけよね」
「え、え〜と……」
「まぁ、いいわ。必要なのは実力だもの」
ボウガが言い淀むと、ケンティはすぐに話を打ち切って訓練の準備を始める。やはり、彼女は生まれや人種には拘らないようだ。
「今から、実戦用のコートの枠線に結界の魔法を施してもらうから。その間に武器の確認と、準備運動をして身体を温めててね」
「はい」
まずは受け取った自分のベルトを装着し武器を確認する。剣は預けた時よりも磨かれて綺麗になっていた。
「みんなー! 悪いけど、ここのコート一枚分貸してねー! 実戦訓練したいからー!!」
ケンティが周りに大声で叫ぶと、そこかしこで剣の素振りや打ち合いをしていた者たちが一斉にこちらを向く。
「え? 実戦って魔物?」
「久々だな。誰? ケンティ様と団長の知り合い?」
「あの【クリア】と『リザードマン』?」
ヒソヒソと囁かれ、物珍しそうな視線が突き刺さった。
ボウガが居心地悪そうに下を向くと、不意に肩を叩かれる。
「ちょっと、ボウガくん」
「はい?」
ケンティが顔を寄せて耳打ちをした。
「こーゆーのは、最初が肝心だからね。思った通り、みんなあなたの様子を伺っているわよ」
ほとんどの者が、訓練の手を止めてコートの周りに集まりだした。
「けっこうあなた、人見知りするみたいだし……まずは見られることに慣れる。本番の『御前試合』は、もっと広くて何十倍もの見物人がいるわ」
「う……」
ざっと見渡して、この訓練場だけでも200人くらいだろうか。この何十倍と聞いて、ほんの少し目眩がしそうだった。
「魔物との実戦は勝って当たり前。今日のあなたの課題は、ここに居る全員から認められること」
「えっ?」
ケンティの言った言葉にきょとんとしていると、軽くおでこを小突かれた。
「え? じゃないわよ! 昨日は見た目で黙らせたんだから、今日は技術で黙らせなさい。あなたの敵を無くすってことは、チェリ様の敵を無くすことと同義よ」
「チェリのため?」
「そ。あなたが頑張れば、チェリ様は騎士たちにも支持される女王陛下になるわ♪」
ケンティはバチンッと片目を瞑る。
ただのウィンクなのに気圧されしそうになりながらも、妙に納得して気持ちが落ち着いていった。
………………
「じゃ、始めるぞ。ここにあるのは『デスハウンド3体』『グール10体』『コカトリス』『アイアンサーペント』『ミノタウロス』…………あと、先日街道での出現報告があった『デュラハン』も用意させてもらった。君たちは一度、これらを倒していると報告があった。今回はひとりでの戦闘になるが大丈夫かな?」
「………………」
街道のことを報告してきたのは、あのクロスという魔人の少年だろう。
アロは自分たちが倒したとは言っていない。クロスの目の前で倒したのは『デュラハン』だけだ。だが彼はきっと、調査する過程でボウガたちが関わっているという結論に達したのだ。
スパイクには確定で話をされているはずなので、ここで違うと嘘の否定をしても意味がない。
「……大丈夫です。オレひとりでも戦えます」
「そうか。なら、まずは『デスハウンド3体』だ。これを倒したら、休憩を挟んで次に『グール10体』を…………」
「いえ……」
街道での戦闘を思い出しながら首を横に振る。
「休憩はいりません。倒したら、次のを間髪入れずに投入してください。なんなら、一種類につき3分以内に倒せなかったら、次のをすぐに被せてくれても構いません。『デュラハン』まで、全部倒して見せます」
「「えっ!?」」
ケンティとスパイクが驚いて声をあげた。二人は慌ててボウガに詰め寄る。
「ちょ、ちょっと! そんな大見得切って大丈夫なの!?」
「いくらチェリ王女様のためとはいえ、本番は人間相手だしまだまだ先だ。こんなところで無理をしなくてもいいんだぞ!」
「大見得でも、無理でもないんです……」
辺りを見回すと、訓練場には先ほどよりもさらに多くの見物人が集まって来ている。
――――この中に、オレやチェリを認めていない人間、見下している人間はどのくらいいるのだろう?
昨日は見た目で黙らせたが、今日は実力で黙らせる。それなら、こちらを殺すつもりで来てもらって徹底的に叩き伏せれば良い。
「よし、解った。ギブアップの時は教えてくれよ!」
――――ギブアップなどする気はない。疲れる前に全て倒す。
コートに入ると、真ん中のガラス玉が割れて黒い液体が煙のように立ち上がる。
――――早く終わったら、チェリに連絡しても良いだろうか?
困ってはいないが彼女の声が聞きたい。
剣を抜きながら、ボウガはチェリへの話題を考えていた。




