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第41話 それぞれの夜に

 すっかり陽も落ちて外が暗くなった時間。


「ここが普段、所属の騎士や一般兵士たちが使っているところよ。今は時間外だから誰もいないわ」

「広い……」


 謁見用の堅苦しい服から動きやすい服に着替えたボウガは、ケンティに連れられて騎士団の建物の屋内訓練場へと来ていた。

 屋内と言っても広さは小さな家なら一軒入るほどであり、天井は建物二階分くらいの高さがある。


「他にはすぐそこの出口から屋外の訓練場があるし、剣術や体術はもちろん、弓矢や馬術、場所によっては魔法の練習もできるわ。今は真っ暗だけど、申請すれば灯りを置いてくれるから夜の訓練もできるのよ」


 ボウガが遅くに連れて来られたのは、誰もいないうちに自分が使う施設を落ち着いて見て回れるようにケンティが配慮してくれたからだ。


「すごいですね。オレ、本当にここを使って良いんですか?」

「もちろん。言ってくれれば、好きな時間に好きに使って良いわ。でも、ここまであなたが優遇されるのは、チェリ様の『婚約者』だからでもある……『御前試合』の出場者としての」

「はい……」


 ちなみに、同じ敷地内で寝泊まりするアンクスは、見習いの兵士たちと一緒に訓練や雑用もするという。このままでは、王族の小間使いとして礼儀に欠けると言われたそうだ。

 もしも、ボウガが護衛のみで二人に付いてきた場合はアンクスと同じ扱いとなり、ここまでの自由行動は許されなかっただろう。


 ――――オレもアンクスを笑えないから、自分でも少しは勉強しないとな……。


 まだ【盟友の祭典】が始まるまで日数がある。だが『御前試合』までには全てを整えなければならないので、きっとアロたちほどでなくとも忙しくなるはずだ。



「今日はもう遅いから明日ね。この通路を真っ直ぐ行った先に、あなたが寝泊まりできる部屋をお願いしていたから。明日はわたしもいてあげるから、朝食を済ませてからここに来なさい。わかった?」

「はい」

「うん、期待してるわ。明日は団長たちの驚いた顔を拝めるわよ~♪」

「………」


 何故かケンティは嬉しそうだが、これからのことを考えるとボウガはちょっと頭が痛くなりそうだった。


「ふふふんっ♪ じゃ、わたしはこれで…………あ、そうだわ! ボウガくん!」


 ケンティは鼻歌混じりに元来た通路を引き返そうとした。しかし、何かを思い出したのかボウガの方を振り返る。


「……毎日寝る前に、ちゃんとチェリ様に“おやすみなさい”って言いなさいよ? 忙しいって言って細かい連絡を怠る男は、すぐに愛想尽かされるんだからね!」

「は、はい」

「あなたって考え込むと、余裕の無い男だって感じが顔に出るからね~!」

「………………はい」


 ――――余裕の無い顔……って……。


 完全に気持ちを読まれていた気がする。

 ボウガはケンティの後ろ姿を見送りながら、少しは表情にも気を付けようと心に刻んだ。





 …………………………

 ………………




 同時刻。

 寝るには早いので、アロは久し振りに城の中を散策していた。廊下もまだ、通る人間のために特別な灯りを点して昼のように明るい。


「あら? アロ様。どうかなされました?」

「あ、ダリア様……」


 そろそろ戻ろうかと思っていた時、偶然にも途中の廊下でダリアと会った。

 二人とも、何となく立ち止まって話を始める。


「わたくし、今までチェリ様とお話ししていましたの。積もる話もあって、すっかり遅くなりました。ふふっ」

「そうですか。いつも妹の話を聞いてくださり、ありがとうございます」


 ダリアは何かとチェリを気にかけてくれていた。それをわかっているので、アロはダリアに対しては態度が常に丁寧である。


「お礼なんて……チェリ様はわたくしにとっても、可愛い妹みたいな方ですので。あ……………………べ、別に変なっ、い、意味はございませんのっ!」


 急に顔を赤らめ、ダリアは「暑いですわね!」と言って、持っていた扇を広げてパタパタと扇ぎ始めた。

 それを見ていたアロは『女子ってドレス着るから暑いのかなぁ』くらいにしか思っていない。


「いえ、正直に言うと助かってます。これから、『精霊』だけじゃなく『魔人』の貴族とか、面倒なのも増えて気を張ってしまいそうですし……」

「そうですね。まだ、今回の『御前試合』で勝者が求めるものが、チェリ様とは決まってはいませんが…………魔人の貴族たちの反応を見ていると、あまり良くない方向に行きそうですわ」


 まだ【祭典】は始まっていないが、高位貴族の中にはかなり前から王都に来てくつろいでいる輩も多い。それは決まって『魔人』貴族の道楽者たちで、娯楽として『御前試合』の景品にするための『王女』をリサーチしている。


「……『内部』じゃ、うちの妹を魔人の貴族に推している奴が多いとか聞きましたけど?」


 以前、村に来た貴族のハゼロが言っていた。

 祭りを楽しむために【精霊族(スプライト)】の王子王女の情報が伝わっているようなことを。

 それはつまり、こちら側の者がある程度の情報をあちら側へと流した可能性が高い。


 はっきりと『内部王族』が流したとは言ってなかったが、アロは軽く()()()()()()つもりでダリアに聞いた。


「お恥ずかしい限りです。わたくしも、その者たちには何度も『王族』に内も外もないと言って聞かせていましたのに…………わたくしが制御できなかったせいです。申し訳ございません……」

「いや……ダリア様のせいではありません」


 否定がないところを見ると、情報を『内部』で流した者がいるのを把握していたようだ。

 さすがにこれはダリアのせいではない。おそらく、チェリを『生け贄』にしようとしている者たちは、ダリアとは別の派閥の貴族出身者たちだろう。



「【精霊族(スプライト)】の王は真の実力が伴ってこそ。わたくしはチェリ様ほど次期女王に相応しい方はいないと思っております。ですから、わたくしができることなら何でも仰ってくださいませ!」


 ダリアは現女王の孫ではあるが、自らが次の女王になろうとは少しも思っていない。それは女王の職務を間近で見てきて、それに足る実力が自分には無いと理解しているからだ。

 チェリにとって、これ以上にない理解者であり後ろ盾である。


「では、一つだけお願いしたいことがあります」

「何でしょう?」

「もしも、チェリの婚約者のボウガに関して、あれこれ詮索する者、良くない噂を流そうとする者などがいたら、俺に教えていただけると助かります」


 心配なのは記憶の無いボウガの出自だが、今はそれらを本人に思い出されるのは不都合だ。しかも、それを勝手に調べられて本人に良くない形で伝わってしまうのも怖いと思う。


「ボウガ様のことですか……」

「あいつも平民だから、貴族に色々と調べられるのは嫌だと思って……」


 本当なら、ダリアにボウガのことを全部話して協力を得れば良いが、どこからボロが出るかわからない状況にアロは味方と言えども弱みは晒せない。


「わかりました。怪しい動きをする輩がいましたら、アロ様にお報せ致しますわ」

「お願いいたします」


 ダリアは少しも疑問を口にせずに協力を受け入れる。

 だが不意に、ダリアが口元を押さえて笑い出す。


「ダリア様?」

「ふふ…………あ、失礼。いえ、実は先ほどチェリ様とのことを思い出しまして……」


 ダリアは夕食後にチェリの部屋を訪ね、久し振りのおしゃべりを楽しんでいたという。


「チェリ様ったら、ボウガ様のお話しばかりされますの。まさか、チェリ様から惚気け話を聞かされる日がくるなんて思いもよりませんでしたわ。ふふふ……」

「それは……申し訳ありません」

「良いのですよ。愛する殿方との旅……まるでロマンス小説のようでドキドキいたしました♡」

「…………」


 実は『偽装婚約』だが、チェリがボウガのことを本当に好きなのはアロも気付いている。だから余計なことは言わずに、相手の想像に任せてそのままにしようと考えた。


「旅のお話、また後日に詳細を聞こうと思っていますの。アロ様も大変だったとは思いますが、少しだけ羨ましくもありますわ……」


 王宮でそれなりに厳しく育てられたダリアには、チェリの婚約劇と旅の話は新鮮で、まるで小説か演劇のような気分で聞いていたのだろう。



「そういえば、王都に来られる前も一悶着あったみたいですね。馬車が取れなくなったところを、魔人の貴族の方に助けていただいたとか。魔人にも奇特な方もおりますのね」


 どうやら、クロスの話題も出たらしい。

 忘れかけていたが、アロもそれを思い出してダリアに尋ねる。


「ダリア様。その貴族令息は『クロス』という名前なのですが……何者かわかりますか?」


 やたらこちらに好印象だった記憶がある。アロにはそれが怪しく思えてしまっていた。


「えぇ。少しだけですけど……ふた月前には王宮に部屋をお持ちになっていましたわ。わたくしも一度だけご挨拶をした程度です」

「家名はなんて?」


 クロスは自身の名前しか名乗らなかった。


「家名は名乗られませんでしたわ。わたくしも気になって魔人の貴族名鑑を調べましたが、あの方がどこの家柄の方かはわかりませんでした。陛下もミラ様も、教えてはくださいませんし……」

「家柄が秘匿されている?」

「えぇ。 確実なのは、【魔神族(ジーニー)】の中でも低い身分ではないということですわ」


 王宮に部屋を用意された時点で、クロスが国にとっての重要なお客様であることだけは判る。


「ご自分から名乗られなければ、わたくしたちの知る範囲ではない。そういうことでしょう」

「俺、大変な奴に関わったかも……」


 後から、友好にかこつけて何かを要求されるのではと気が気でない。


「他には、気付いたことはありませんでしたか?」

「うん、そうですね…………ちょっと思ったのは、あの方は『異種族』を好ましく見ている感じでしょうか? 護衛の兵士以外は『獣人』や『エルフ』の召使いを好んで連れていらしたから……」

「異種族好き……か」


 言われてみれば、クロスは『リザードマン』や『エルフ』、そして【クリア】にも何の抵抗もなく握手を求めてニコニコしていた。


「ですから、わたくしはそんなに悪い印象は持ちませんでしたね。握手を求められましたし、とても紳士的で丁寧なお方でした」


 アロから見て、王宮で多くの貴族を見てきたダリアには見る目があると思っている。その彼女がクロスを悪く思っていないならば、すぐに脅威にはならないと判断しても良いかもしれない。


「それに街道に出て、王都への道の安全を見てくださっていたのでしょう? ならば、こちらは感謝しなければなりませんわ。例えそれがただの、女王陛下への高感度アップのアピールであっても……」

「………………」


 ダリアが好印象であるクロスを、完全には信用していないことに少し安堵する。彼女もやはりエルフの王女であり、簡単には魔人に気を許していない。




 ティン、ティン…………


 廊下に置かれていた時計から、小さく時刻を報せる鐘の音が聞こえる。


「あ、もう遅い時間ですね。ダリア様、貴重なお話をありがとうございます。せっかくなのでお部屋までお送りします」

「へ? あ、ありがとうございますぅ! で、でも、手前の廊下にメイドを待たせておりましたので大丈夫です!」

「では、その廊下まで。良いですか?」

「は、はぃいい! よろしくお願いしますぅ!」


 アロが微笑んで提案すると、ダリアは頬を赤く染めて下を向いてしまった。彼女が後ろを付いて来るのを確認し、アロは前方を見ながらスゥッと真顔になる。


 ――――ある程度、王宮と街の情報を集めたら作戦会議だな。【祭典】が始まる前に図書館にも行っておきたい。



 自分でも怖いと思うほど、アロの心中は冷静に今後を考えようとしていた。



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クロス気になるなあ( ˘ω˘ )
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