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第40話 精霊の城 4

「皆様、さぁ……陛下の前へ」


 最初に出会した、紫色のシックなドレスを着た女性が三人を促した。


「……あの人はこの国の『宰相』。女王陛下の実の妹だ」

「宰相……」


 アロがコソッとボウガに教える。


 謁見の間には女王と、この宰相の姿しか見えない。護衛の人間は誰もいないのだろうかと思わず見回してしまった。



 女王は十段程ある階段の上に座っていて、ボウガたちはその階段の数歩手前で立ち止まった。

 宰相はそのまま階段を上がり、向かって玉座の左側へ立つ。


 ダリアから聞いていたが、目の前の女王は『エルフ』であり、かなり高齢であるのが判った。


 透けるように真っ白な髪の毛を綺麗に頭の上にまとめた、想像よりもずっと細身で華奢な女性。着ているドレスやマント、装飾がとても重そうに見えてしまう。


「「………………」」


 宰相が動きを止めたのを見て、アロとチェリが二人に向かって挨拶の礼を執った。アロは頭を下げ、チェリは片脚を下げて膝を曲げる。


 ボウガもアロに習って頭を下げると、女王が黙って片手を挙げた。それを見て、宰相が「お直りなさい」と静かに告げる。それと同時に兄妹がその場に片膝をついたので、ボウガもすぐに二人と同じ動きをした。



「ようこそ。アロ王子、チェリ王女。そして、初めましてチェリ王女の『婚約者』様。私はこの国で女王の手足となる者。『ミラ・エウテルペ』と申します。お見知り置きを……」


 宰相は軽く頭を下げると、ボウガに向かってにこりと微笑む。


「貴方の名前をお聞きしても?」

「……ボウガといいます」

「「………………」」


 ミラと女王は顔を見合わせると小さく頷く。そして女王が口を開いたが……


「ーーー……」


 パクパクと口を動かすだけで何も聞こえない。


「はい。息災でした。道中も何事もなく順調でしたので……」

 《お心遣いいただき、ありがたく存じます……》


 しかし、アロとチェリはその様子に頷いて答えている。


 ――――え……まさか……?


 思わずボウガが女王を見ると、パチリと目が合ってしまった。すると、女王はにっこりと微笑んで再び口を開いた。


 《初めまして。私の声、聞こえるかしら?》


 今度ははっきりと女王から“声”が聞こえる。


「は……はい……」

 《あら、初めてなのに大丈夫そうねぇ。ふふふ……》


 とても親しみのある老女の声だ。


「まぁ。初めての対面なのに……ボウガさんは陛下の声が聴こえたのね。アロからの報告にあった通りだわ」

「はい。ボウガはチェリの声も初対面で聴こえていました」

「それは……チェリをお任せするのにピッタリのお方ね」


 急にミラの口調が砕けた。まるで、親戚の子供に接するような雰囲気に変わったのだ。だが、アロとチェリは姿勢を崩すことなく、女王とミラの方を向いている。



 《挨拶が遅れましたね。私の名前は『ライラ・ヴェスタ・カルタロック』。この国で女王をしております》


 女王も柔らかく微笑んで三人を見ていた。


 《この王宮で不便なことがあったのなら、すぐにミラへお言いなさい。私はあなたたちを歓迎致します》

「《ありがとうございます。陛下」》

「ありがとうございます……」


 頭を下げながら、ボウガは半分混乱した気持ちでいた。

 色々と聞きたい事はあるが、たぶん疑問はこの謁見の間を出てからになるだろう。



 それから30分もしないうちに、本当に挨拶だけを済ませるような形で謁見の間を出たが、女王とミラはニコニコと三人を見送ってくれた。




 …………………………

 ………………



 謁見の間を出ると、エルフの兵士が三人をある一室へと案内した。

 そこは三人が滞在する間、好きに使っても良いという歓談室であった。



 近くに居たメイドにお茶と軽食を用意してもらい、三人以外に人がいなくなったところでやっと解放された気がした。


「はぁ〜〜〜……やっぱ、疲れる……」


 アロがソファーにずぶずぶと埋まってゆく。


 《陛下がお元気そうで何よりでした》


 緊張の糸が完全に切れたアロと違い、チェリは背筋を伸ばして座り、淹れてもらった紅茶を静かに口にする。


「相変わらずミラ宰相は隙がねぇなぁ。ボウガが常識のある挨拶ができて良かった……」

「そりゃ……普通の挨拶くらいはできるよ」

「《……………………」》


 兄妹が顔を見合わせて困ったような表情をする。


「いや……ずっと前に、ミラ宰相が気安いからって無礼な態度を取った奴がいたんだよ。そいつ、俺たちと同じ『外部王族』だったんだけど…………どうなったと思う?」

「ど、どうって……?」


 アロは薄く笑って、片手を自分の首の前で横に滑らせる。


「いわゆる“クビ”ってやつだ。王族だって不適切な奴は任を解かれる場合がある」

「………………」

「世間じゃ『魔人』も怖いって言われるけど、礼儀を知らなければ『エルフ』の高官もおっかないぞ。今日はアンクスを連れて行かなくて良かったかもな」


 アンクスは自由にものを言ってしまう。女王に会うのなら、徹底的に礼儀を叩き込まないと難しいだろう。バグナの苦労がちょっとだけ解る。



「さて。ボウガ、俺たちに聞きたいこと……あるんじゃないか?」


 紅茶を飲んで落ち着いてきたのを待っていたのか、アロがボウガの顔を覗き込んだ。


 そう、さすがに女王の目の前では聞けなかった事がある。


「女王陛下は……チェリと同じ?」


 女王は言葉を発しなかった。いや、言葉は出ていたが、音として聞こえてこなかったのだ。チェリと同じように『魔法の声』を出していた。


「そうだ。言ってしまえば、女王もチェリと同じ身体強化魔法の“会話補助”を身に付けて話していらっしゃる」


 《私が身に付けた時に、陛下が興味を持ってくださったのです》

「じゃあ、チェリの方が先?」

「そう。経緯を話すと、俺たちが王族になった時の状況から説明になるけど……」


 兄妹は笑って頷いた。

 そして、続いて『王族になる特典』を話す。



 六年ほど前。


 アロとチェリが育ての親のエペに連れられて登城した。

 この時、二人は周りの推薦により『外部王族』となることが正式に決まった。



 子供たちは王子王女と認められると、国から贈り物がある。


 どんなものが良いかは自分たちで決めることができ、新しい王子王女のために職人や知識人など、多くの物作りのプロや優秀な教師たちが呼ばれる。


 ドレスや宝石はもちろん、高価な本や魔道具でも良い。技術を身に付けたければ、師を紹介してくれるという。


 但し、物品の場合はそれらを換金したり譲渡することは許されず、祝福の象徴として持っていなければならない。



「俺たちは宝石には興味無いし、記念品をもらっても管理もできないからいらない。魔道具だって同様だし、俺には【魂の利き手(ソウルアーム)】があった。だから、物じゃない魔法とかにすることになった」


 とりあえず二人とも、形の無い『技術』や『人工魔法』の習得を希望した。

 そこで国が呼んだのは『教師』『職人』『魔法技師』などである。



 そこで偶然にも、その場で魔法を造ることのできる『人工魔法技師(エンチャンター)』が来ていた。


「そいつはさ、チェリを一目見て『声、出ないでしょ?』って言ってきたんだ」


 チェリが声を出せない原因は『膨大な魔力量』のせいだった。


 魔法は呪文や言霊など、声に関するもので発動することが多い。故にあまりにも多い魔力では、喉に負担が掛かって声にならないのだという。


「人工的に喉から出る魔力量を調節すれば、音じゃない方法で“声”にできるって言ってたな。身体強化なら簡単に付与できるって……」



 その技師があまりにも簡単に言うので、最初は二人とも怪しんでいた。


 しかし、失敗したらお代は要らないし、王宮からの贈り物も選び直せるというので、二人はその技師に()()()()()()()()もらった。



「それで、今これ」

 《はい。成功しました》


「しかも、上手く使えば人間を見極める条件として使えるしな。これを見て、陛下も『欲しい』って仰ったんだよ。陛下の声が出ない原因も、チェリ同様に魔力量の多さだったから……」


 確かにチェリの『魔法の声』は言葉を届けるだけでなく、信用できる人間を分けるのにも便利だ。

 女王だって普段の生活だけでなく、政治的にも便利なものを使わない手はない。



「……あれから王都であの技師は見てないけど、結構名のある奴になってんじゃないかなぁ。あいつ、その場で便利な魔法をすぐに造ってくれたから」


 魔法技師の造る『人工魔法』はそれなりの値段がする。だからアロは、出世した時にその技師にまた会ったら、別の魔法も頼んでみようと思っているらしい。


 《兄様もその人の腕を認めて、良いものを見繕っていただいたのです》

「アロも『人工魔法』を買ったの? 何を?」


 尋ねるボウガに、アロは口元に指を当ててニィッと笑う。


「秘密。そんなに周りに手の内は言わないだろ? でも、お前ももう見てるよ。日常的に使える簡単な“魔法(もの)”だったから」

「そう……?」


 ――――アロが使う魔法……水や氷だったけど、他には……飛んだり?


 飛ぶのは【魂の利き手(ソウルアーム)】の力だと聞いた気もする。あとはあまり思いつかない。


「……さて、そろそろ今日寝る部屋でも案内してもらおう。正直言うと、ちゃんとした部屋で早めに休みたい」


 村から出発して実に三ヶ月あまり。やっとのこと着いた王都だ。


「ここにいる間の世話はケンティとその部下たちに頼んでるから、お前は分からないことはすぐに聞いた方がいい。絶対に分からないまま放置するなよ? 他の奴に隙を見せることに繋がる」

「わかった」


「あと、王宮にいる間は俺たちは王族の仕事を押し付けられる。俺は様子を見に行ってやれるけど、王女のチェリと自由には会えないと思え」

「えっ……」

「『婚約者』って言っても、王宮でベタベタしてたら“平民は礼儀がなってない”って尾鰭を付けて噂されるぞ」

「そうなんだ……」


 記憶を失って村にいた時から旅の間ずっと、チェリと一緒にいたせいで傍にいるのが当たり前になっていた。

 護衛の役目もあると考えていたから、離れ離れになるとは思っていなかった。


 ――――ひとりでいるの……嫌だな。


 記憶は無いが兄妹よりも年上だと思っているので、ここで心細いという本心を口に出すのは恥ずかしい。


「まぁ、会えないのは表面上だけな」

「へ……?」

「お前、精霊の『婚約者』だろ。その指輪、有効活用すればいいじゃん」

「あっ……!」


 ハッとして左手を見る。

 言われてみれば、この指輪は婚約者同士で会話などができるものであった。


 《朝や晩。お邪魔でなければ、その日の事などをお話ししてもいいですか?》

「うん。オレもちゃんと報告する」

 《はい♪》


 微笑みながら向き合っている二人に、アロは「やれやれ……」と呟きながらカップの紅茶を飲み干す。



 その時、コンコンと部屋の扉が控え目にノックされた。


「どちら様?」

『近衛騎士団のケンティフォリア・ローズです。アロ王子様、チェリ王女様、入室をお許しいただけますか?』

「どうぞ」


 返事と共にガチャリと扉は大きく開いた。


「はぁ~~~いっ♪ ご挨拶、お疲れ様でございました~♡♡♡」


 姿が見えた途端、くねくねと筋肉を震わせて入室してくるケンティ。

 最初の呼び掛けから、アロたち以外がいないとわかって通常仕様になったらしい。


「うぉーいっ! チェリ、アロ、ボウガーっ! 見て見て、おれっち近衛兵の服もらったぜーっ!!」


 ケンティに続いて、パリッとした兵士用の服を着たアンクスも部屋に入ってくる。しかし足を踏み入れた途端、アンクスはケンティに首根っこを掴まれて宙ぶらりんにされた。


「ちょっとアンクス。あんたは他の人間がいなくても、アロ様たちに敬語使えって言ってたでしょう? いい、日々訓練よ? 普段から使わないと、絶対に身につかないんだからね!!」

「ひぇええっ!! すんません、姐さん!!」


 脚をバタつかせながら、アンクスはすぐに涙目になって謝っている。この時ほど、貧民育ちのアンクスがちょっと気の毒に思えてならない。



「さて、()()()()()?」

「は、はいっ」


 ケンティに名前を呼ばれただけなのに、ボウガはビクリッとして振り返る。


「お疲れのところ悪いけど、あなたには今日から騎士団の宿舎の部屋に泊まり、訓練をしながら各施設を使ってもらう。わたしや騎士団長様が直々にあなたの世話に当たるように、ミラ宰相様からの命令を受けたわ」


「ミラ宰相から……?」


「えぇ。チェリ様をお護りしたいなら、死ぬ気で『御前試合』に備えなさい……って言っていらしたわ。でもそれが、チェリ様の『婚約者(アミュレット)』である証でしょ?」


 ボウガとチェリの関係は『偽装婚約』だ。

 王宮に入ったら、頑張って周囲を騙さなければならないと思っていたが、おそらく、女王や宰相はそんなことは見抜いていたのだろう。


 ――――これは【精霊族(スプライト)】にとっても重要なことだからだ。


 ボウガの本当の役目が“未来の女王候補”を【魔神族(ジーニー)】に渡さないことだと暗に命じてきたのだ。




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