第39話 精霊の城 3
隣りにいるチェリは、少女が発する言葉に対し、必死に耐えているように俯いていた。
…………ように見えたのだ。
「ーー、ーーー、ーー!」
「えっ!?」
次の瞬間、ボウガは目を疑った。
急に顔を上げたチェリは、お腹を抱えて脚をパタパタと動かし愉しそうに笑っていたのだ。
「ー〜、ー〜、ーー〜……」
チェリは目に浮かんだ涙を拭うが、それは笑い過ぎで出てきたもののようだ。
「もう。チェリ様、笑い過ぎですわ。わたくしが必死にモノマネして罵っていましたのにぃ!」
――――モノマネ!? どういうこと?
オレンジ色のドレスの少女が、笑うチェリに向かってプンプンと怒りだした。それと同時に、後ろにいた者たちまで声をあげて笑い始める。
「ふ、ふふっ、あはっ! ダリア様……もう、そっくりで……!!」
「ふふっ!! だ、ダメ……お腹痛いっ!!」
「もぅっ、皆様もヒドイですわ。ふ、ふふふっ」
オレンジ色のドレスの少女も笑い始め、部屋の中は一気に和やかな雰囲気に包まれた。
「っ……???」
ソファーから立ち上がり掛けたままのボウガだけ、この場で訳が分からず固まっていた。
「ふふ……あぁ、おかしい。わたくしまで笑ってしまいましたわ」
ひとしきり笑うと、少女たち全員がボウガとチェリの前にキレイに並び始める。
「突然の訪問と御無礼、大変申し訳ございません」
オレンジ色のドレスの少女が深々と頭を下げた。
「チェリ様の『婚約者』様。お初にお目にかかります。わたくしの名は『ダリア・アンドリス・カルタロック』と申します」
――――……“カルタロック”?
国の名前が入っているということは……
《ダリア王女は、現女王陛下のお孫さまです》
チェリがボウガにそっと囁く。
平民出身は『外部王族』で、貴族出身は『内部王族』である。
つまり、現女王の孫ならば『内部王族』で、その中でも一番上の地位だと言ってもいい。
ついでにダリアの後ろにいる少女たちも、それなりに地位のある貴族令嬢で『内部王族』の王女たちだ。
「婚約者様。お名前をお尋ねしても?」
「あ……申し訳ありません。オ…………私の名前はボウガといいます」
「家名はありませんのね?」
「はい」
「そうですか」
正直に言うと家の名はわからない。しかし、“有る”という記憶が無いので、最初から“無い”と言っても嘘にはならないだろう。
「ようこそ、カルタロックの王宮へ。チェリ様、そしてボウガ様、わたくしたちはお二人を心より歓迎いたしますわ」
ダリア王女は先ほどの不敵な笑みとは違い、品の良い柔らかな笑顔で言う。そしてチェリの傍まで来ると、両手を握ってさらに嬉しそうに微笑んだ。
「チェリ様が村から出発される直前にくださったお手紙に、“登城の際に婚約者を連れていきます”とあったので、わたくしや皆様はとても驚きましたのよ」
「ーー、ーーー♪」
「チェリ様ったら、詳細をお書きになられていなかったので、どんな殿方をお選びになったのか…………気になって、今日までソワソワしておりましたわ」
「ーーーー♪」
チェリとダリア王女はお互いに笑顔で、とても親しげに会話をしているように見えた。
しかしボウガの中では、まだ周りに対して警戒心が消えない。
――――さっきの…………何だったんだろう?
先ほどのダリア王女から、まるで人が変わったように思える光景だ。
「「「………………」」」
ぎこちなくチェリとダリアを見ているボウガに気付いたのか、他の王女のひとりがダリアに近付いて耳打ちをした。
「え? あ! そうですわね、ボウガ様は分からなかったですね!」
ハッとした様子で、ダリアはボウガの方を見る。
「先ほどの『小芝居』はチェリ様のリクエストでして。最近、街の女性たちに流行りのロマンス小説の悪役の真似……といいますか……」
「ーーー、ーーー♪」
ダリアの言葉に瞳をキラキラとさせるチェリ。
普段、王都に居ないチェリに、ダリアは定期的に王都での流行りなどを手紙に書いてやり取りしていたらしい。
そしてチェリの登城を聞いて、それらしい悪役を演じてくれたみたいだ。それを聞くと、ダリア王女はかなり面白い人物である。
「うっ…………まぁ、モデルにしたお方もおりましたが……あくまでも、雰囲気だけを参考にしていただけで……」
「「「ぷふーっ!!」」」
少し目を泳がせたダリアに、後ろの王女たちが吹き出した。
――――もしかして、さっきの台詞や声色にそっくりな人物がいるのか……?
確かに、今思えば言動が大袈裟でコミカルだった。もしもその人物を見付けたら、種明かしをされた今なら笑ってしまうかもしれない。
「はいはい! 皆さま、この演技はもうお終いですわよ!」
恥ずかしそうにしながら、ダリアはパンパンと手を叩いて他の少女たちを黙らせる。
「コホン……まぁ、今のはほんの挨拶代わりのお遊びだと思って――――」
「なんだ。かなり良かったのに」
「ア、アロ様ぁぁぁぁぁぁーーーっ!?」
いつの間にか、ボウガの背後に現れたアロに、ダリアは驚愕の表情で絶叫した。
「い、い、い、いつからお部屋にいらっしゃったのですかっ!?」
「“国境の村より、遠路はるばる……”ってあたりから」
「ほぼ最初から、見てらっしゃったのではありませんかっっっ!?」
悪役の小芝居を見られていたことに、ダリアはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「面白かったよ。さすが、ダリア王女は何をされても上手にこなされますね。チェリが貴女とお会いする時をとても楽しみにしていたので、俺も嬉しいです」
「あ、あう、アロ様……あり、ありがとうごじゃいますぅぅぅ……」
たまに見せるアロの“王子様オーラ”を前に、ダリアは湯気が出そうなくらいに顔を真っ赤にして口をパクパクとさせる。
――――あぁ。これ、もしかしてダリア王女ってアロのこと…………
いくら鈍感なボウガでもこの状況には気付く。
「王女、分かり易いわ……可愛い♡」
小さな呟きが聞こえて振り返る。
アロのさらに後ろには、ケンティと獣人のメイド数名が立っていた。他の王女たちも含め、全員が「わかってますよ」と言わんばかりに、ダリアとアロのやり取りを温かく見ている。
「王宮、意外と楽しそう……」
「ーーー♪」
最初に会った王族がダリア王女で良かった。
チェリの笑顔を見ながら、ボウガは内心ホッとしていた。
…………………………
………………
「と、ととと、とにかく! 皆様のご準備ができたみたいなので、中央の謁見の間へご案内致しますわっ!!」
顔の赤みが全く引かないまま、ダリアは兄妹とボウガを連れて扉を開けた。
「みんな、頑張ってねぇん♪」
ケンティがメイドや王女たちと手を振って見送っている。
「あれ? 他の王女様たちは……」
四人だけが中央への廊下を進む。ケンティやメイドたちが行かないのはわかるが、ダリア以外の王女まで部屋に残っていたのが気になった。
「本日、謁見の許しが出ているのは、ここにいる御三方だけですわ。わたくしも、謁見の間には入りません」
「王族でも、そんなに頻繁に陛下に会う訳じゃない。本当に用がある時だけ……」
孫であるダリアでさえ、公務中の女王に会うのはひと月に一度有るか無いかだ。
「今日は俺たちが登城したから挨拶に行く。次に陛下に会う可能性が有るなら、それは【盟友の祭典】の『御前試合』にお前が優勝した時かもな」
「そうなんだ……」
女王は多忙な上、かなりの高齢だという。
王族や貴族だとしても謁見の回数は少なく、国に関わるような重要な話ではない場合は会うことは難しい。
「だからこそ、本来なら『王族』同士で助け合わなければなりません。それなのに、余計な派閥を作ってチェリ様の足を引っ張る輩の多いこと…………」
ダリアが顔を顰めながらため息をついて、後ろにいるボウガの方を振り返った。
「ボウガ様、先ほどわたくしがチェリ様に向けて演じた“嫌味”の類は本当にあったものですの。チェリ様たちが国境付近の村の出身であることを知って、嬉々として“田舎者”と罵ってくるのです」
「えっ……」
確かにダリアは『モノマネ』と言っていたが、それをわざわざ再現するのは嫌なのでは……?
思わずアロとチェリを見ると、二人は笑いながら首を振る。
「俺たちは気にしない。だって、自分たちが“田舎者”なんて解りきってるし」
「ーーー、ーーー♪」
「え!? でも……」
「どんなに馬鹿にされても、出自は変わらない。俺もチェリも、あの村の平民出身であることを恥じたりしていない」
アロもチェリも少しも悔しがったり、卑屈な気分になど微塵も無いように笑う。
「それでも、俺たちは女王陛下から『外部王族』って認められたのだから、それを馬鹿にするってことは陛下への侮辱になると思わないか?」
「そう、だな……」
女王の公認。それ以上の肯定があるだろうか。
「だから、たまにいじり倒して差し上げて、この愚かさを再確認させておきましょう♪」
「そうそう。所詮は負け犬の遠吠えだ。いつまでもネタにして“黒歴史”にしてやろうや」
「ーーー♪」
「………………」
愉しそうに顔を見合わす三人。
やはり、この王宮内ではこれくらい強い精神力が無ければやっていけないのかもしれない。
………………
そんな会話をしているうちに、四人は廊下の突き当たりの木製の扉の前へと辿り着いた。
しかし、今度の扉は雰囲気が違う。
明らかに他の扉よりも倍は大きく、表面にも細かい模様の入った両面開きの造りをしていた。
「ここからは王宮の“中央塔”になります。謁見の間はもう少し進んで大階段を昇った先。わたくしはそこまでご案内いたしますわ。では、参りましょうか……」
ダリアが静かに大扉を開くと、目の前には巨大な庭園のような広間があった。
広間は三階分天井まで吹き抜けで、天井部分は綺麗に丸く膨らんだような形の天窓が取り付けられている。そのおかげか、広間は外の庭園のように自然の光で溢れていた。
「……噴水?」
庭園広場の中心には大きな噴水がある。
まるで全てが氷でできているように、噴水の台自体が透明で噴き出している水が、天井からの光を反射して全体的に虹色に輝いていた。
「この広間の中心のモニュメントは、歴代の女王の魔力によって変化するのです。現女王陛下は『水のエルフ』ですので、クリスタルの噴水が出現している状態ですね」
全体的に『水』を象徴するものだ。
「水なら、アロと一緒ですね」
「そうだな」
「えぇ。でも、もしもアロ様が国王になった場合、これと似たものが出現するかどうかは分かりません」
魔力の質は系統が一緒でも、指の指紋と同じで個人で全く違うという。
「基本的には魔力の多い『エルフ』が王になっていますが、過去には『ノーム』や特別魔力の多い『ドワーフ』が王になったこともあり、その時は『石像』や『機械の歯車』などでした」
歴代の王のモニュメントの記録は絵画にされて遺されているというので、後で見に行くと良いと教えられた。
「きっと『花のエルフ』のチェリ様が女王になれば、モニュメントは美しい花壇になるでしょうね」
「ーーー♪」
ダリアは嬉しそうに語ってチェリを見ている。
「ダリア王女はチェリが女王になるのに肯定的なんだ?」
「うん。俺たちが王宮に来た時にはいつも助けてくださる。余程、チェリのこと気に入ってくれているみたいで本当にありがたいよ」
「………………」
――――絶対にアロも要因に入ってるよな?
意外にもアロは、ダリアから自分へ向けての好意には触れてこない。気付いているのかいないのか、チェリと仲が良いだけだと言う。
きっと、自分のことよりもチェリを優先しているのだ。アロらしいと言えばそうだろう。
………………
広間の中央にあった特別大きな階段を上ると、そこには真っ直ぐに伸びる、奥に行くほど真っ暗な廊下があった。
「「ダリア王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」」
廊下の入り口の両端には『ドワーフ』の兵士が立っており、ダリアを見付けると揃って敬礼をする。
「「アロ王子様、チェリ王女様も、王宮へようこそおいで下さいました」」
二人の兵士は双子のようにピッタリと声が揃う。
そして、二人揃って後ろについてきたボウガと目が合った。
「そちらの【クリア】の御仁は」
「どちら様でしょうか?」
まるで示し合わせたみたいだ。ひとつの台詞を二人で分けて発する。
「このお方はチェリ王女の『婚約者』様です。この度、陛下と初の対面をされることとなりました」
「「はっ! 承知しました!」」
ダリアの説明を受けて、二人の兵士は改めてボウガに向けて敬礼をしてきた。
「本日、この御三方が女王陛下にご挨拶をされます。通していただけますね?」
「「どうぞ、お進み下さい!」」
兵士の声と同時に廊下が明るくなる。
廊下の先には赤と金で装飾された大扉があった。
「…………では、わたくしはここで。謁見が終わりましたら、別の者が案内すると思いますわ」
「ダリア王女、ありがとうございます」
ダリアに礼を言い、三人は明るい廊下を進んで扉に向かう。
近付くと扉は勝手に開いて、正面には落ち着いた色のドレスを着た年配のエルフの女性が立っている。
アロとチェリが女性に頭を下げたので、ボウガもそれに習った。
「ようこそ。さ、女王陛下の前まで……」
女性は微笑んで手で先を促す。
謁見の間のさらに奥。
大きな玉座に静かに座る、高齢の『エルフ』女性がいる。座っているだけなのに、存在感が並の人間と違うのが解った。
【精霊族】の現女王陛下である。




