第35話 婚約指輪の色
馬車が用意できると聞いてから30分後。
カフェの前の通りに、想像とはだいぶ違ったものが停車した。
「うわぁ! でっけぇし、すげーキレイな馬車だなぁー!」
アンクスが嬉しそうに目の前の馬車を見上げる。
白銀の紋様が辺りに施された美しい車体はかなりの大きさで、十数人は余裕で乗り込めそうだ。
車を引くのは大型のユニコーンが四体。ユニコーンは普通の馬よりも扱いが難しく、個体数もずっと少ない希少種だ。それだけで、この馬車は普通ではないと周囲に知らせるようなものである。
全員でポカンとその馬車を見ていると、そこに初老の『エルフ』男性が近付いてきて会釈をした。
「こんにちは。この度、この馬車で皆さまをお世話させていただく『スティ』でございます。道中、何なりとお申し付けください」
「…………コンシェルジュ付きかよ」
「馬車って、座ってるだけだよな?」
御者とは別に召使いもいるらしい。
ボウガだけでなく、アロやチェリもそんな馬車がこの世に存在するのを初めて見た。
「さ、どうぞ中へ……」
「は……はい」
「お邪魔します……」
スティの丁寧さに恐縮して頭を下げながら乗車すると、馬車の中は高級宿の一室かと思うほど美しい装飾が施されていた。
「ーーー♪」
「うん、すごいね」
「うわー! 床もイスもフカフカだー!! 気持ちいー!!」
「ブラザー、いきなり寝るんじゃねぇ……」
「いや、確かに座席も良いぞ」
中はソファーのような席が並び、そこに一人ずつ寝ても良いくらいだ。
「えぇ、こちらはベッドにもなりますので、移動中や夜間お休みになられるのなら毛布も御用意致しますよ」
「あ、ありがとうございます……」
外も中も煌びやかだが、ちゃんと実用性も兼ね備えているようだ。
…………………………
………………
「すぴぴぴーーー……」
「……もう寝やがった。しょうがねぇなぁ」
「疲れてたんだろ。寝かせてやろう……」
馬車が走り出して早々、一番端っこのソファーでアンクスが寝落ちた。
やはり、この馬車は性能が良いし、王都が近くなるにつれて街道も整備されていた。揺れも心地良く、昨日から夜通し歩いたのだから眠くなるのも十分に解る。
「じゃあ、おれも休ませてもらうかな……」
スティからもらっていた毛布を取り、バグナもアンクスの隣りのソファーに横になった。
ボウガは馬車の前方のソファーに座って落ち着いた。
ここの席は外を見るために幾分窓が大きく、何かあれば御者台にいるスティとやり取りができるためだ。
「……俺も寝とこうかな。二人は?」
「オレは、まだ眠くないから外でも見てる。チェリも休む?」
「ーーー」
チェリはぶんぶんと首を振って、ボウガの隣りに座った。毛布を持って座っているあたり、眠くなっても席を移動する気は無いようだ。
「そっか。じゃ、俺はそこで寝てる。何かあったら起こしてくれ」
「うん。おやすみ」
「ーー」
そう言って、後ろのソファーに寝転がろうとしたアロだったが、毛布を被る前に「あっ」と小さく声をあげて荷物を探り始めた。
「王都も近いから、もう着けておいた方がいい…………みんなが寝てるうちに済ませとけ」
チェリに差し出したのは小さな箱。
「ちゃんと、着ける前にボウガに説明するんだぞ? 今なら……引き返せるんだから……」
「ーーー」
「じゃ、おやすみ……」
箱を渡すと、アロはそそくさとソファーへと移動して頭から毛布を被ってしまった。
「…………?」
「ーー……♪」
何だかアロの様子が変だ。ボウガが首を傾げていると、チェリが笑いながら箱を開けた。
《……たぶん、兄様も気恥ずかしかったのだと思います》
「あ……」
開かれた小箱に入っていたのは、二つ並んだ金色の『婚約指輪』である。旅に出る前に一度だけ見ていたものだ。
「これ……」
《みんなが見ていないうちに、婚約を済ませた方がボウガが気楽だと思ったのでしょう》
「へ……?」
《説明、しますね》
チェリは小箱から指輪をひとつ取り出し、自分の薬指にはめて見せる。しかし、指輪はチェリの指よりも遥かに大きく、ボウガの親指にはめたとしてもブカブカだろう。
《このままでは婚約指輪にはなりません。ここから、簡単な『婚約の儀式』を行って正式な婚約になります》
指から指輪を抜き取り、チェリはボウガの顔を正面からじっと見つめる。
《前にも兄が説明したと思いますが、この指輪を着けて正式な『婚約者』となれば後には引けなくなります》
確かに以前、アロから簡単に説明をされていた。
一度でも指輪をはめて『婚約者』となれば、それを外して婚約を解消するのは難しいと。
《婚約で魔力の込められたこの指輪は、結婚式で結婚指輪に交換するまで着けています。外す時は“婚約解消”をする場合。女王陛下に申し出なければなりません》
つまり、婚約もそれを破棄する時も、全ては女王陛下に筒抜けになる。それはチェリが次期女王になるにあたっての採点にもなるのではないだろうか?
覚悟も無く着けることは死活問題になるはずだ。
《もちろん、この指輪をすることで得することもありますよ》
ボウガが黙って指輪を見ていると、チェリが微笑みながら説明した。
指輪を着けた者は通常時よりも魔力が増大し、魔法による攻撃を緩和したり、回復や防御などの効果を強化する。
指輪に魔力を込めて上手く操作すれば、お互いの居場所が判ったり、短時間であれば会話も交わすこともできる。
「オレ、魔法は使えないけど……それでも、指輪で会話とかできるの?」
《魔力は誰にでもありますから。生活できる程度あれば、あとは指輪で増えた分で使えるようになると思います》
「そっか。いつでもチェリと話せるのは嬉しいかも」
《え……?》
ボウガの言葉にチェリが目を見開いて驚く。しかしボウガは特に他意はないので、彼女が自分の顔を凝視していることに首を傾げた。
「……チェリ?」
「ー、ーーっ……」
声を掛けられ、チェリは慌てて首を振った。よく見ると耳まで赤くなっている。
《あ、あの…………》
「うん?」
《本当に、私と……婚約してくださいますか?》
赤い顔を下に向け、膝でグッと拳を握っている。
これはチェリの最終確認だ。もしかしたら、ここにきてボウガに断られる可能性も考えているのかもしれない。
「婚約するよ。オレは、最初からそのつもりだから断る理由がない」
《…………っ》
即答である。ボウガにもこれ以上の返答はなかった。
――――オレができる事で、チェリを助けられるならこれで良い。
《ありがとうございます……》
「…………うん」
チェリが感謝を伝えて顔を上げた。
目を潤ませながら微笑んでくるので、反則級に美少女さが増してしまっている。思わず、他の男が見ていなかったことに安堵するボウガ。
《では……始めます。私が先にしますので、ボウガも同じようにしてください》
「わかった」
チェリはブカブカの指輪をボウガの左手の薬指へとはめた。
…………………………
約3分後。
チェリが婚約のための『魔法の誓い』を立て終わった。
ボウガの左手の指輪は、誓いと共にピッタリのサイズになった。指が熱くなり、指輪が淡く光っているように見える。
これでチェリの方は終わり。
次はボウガの番だ。
《はい。では、今と同じようにお願いします!》
「……………………………………」
自分の作法が終わって、キラキラといい笑顔で左手を差し出すチェリを前に、今度はボウガが顔を真っ赤にして俯いている。
《……?》
「その……」
《難しくはないはずですが…………魔法の誓い、紙に書きましょうか?》
「い、いや! 簡単だし、覚えてる!」
魔法の誓いは短いので、魔法をよく知らないボウガでも間違えはしないだろう。
――――同じように……同じようにするだけ。でも、問題は“最後”なんだけど……
指輪を手に、覚悟を決めて口を結ぶ。
チェリがめちゃくちゃ期待の眼差しを向けてきている。
「じゃ、じゃあ…………その……」
《はい。どうぞ》
「………………」
差し出された手に、ブカブカの指輪をそっとはめて口を開いた。
「こ……『此処に、この者との縁の誓いを交わす』……!」
何とか声を裏返さずに言い、チェリの左手を取るとボウガは指輪がある場所に口付けた。
「………………」
唇に冷たい金属と、その周りの温かい皮膚の感触が伝わってくるのがはっきりと判る。
さっきチェリが自分の指輪に口付けていたのを思い出して、ボウガはちょっとだけ胸が苦しくなった。
――――あんなに恥ずかしったのに……今は離れ難い……。
口付けて10秒くらい経った時、指輪が熱を持ち始めた。
気付いてすぐに顔を離すと、指輪が光っている。見ているうちに指輪はどんどん縮んで、チェリの指のサイズピッタリに収まった。
「あ……!」
指輪の表面にも変化が起きて、古代文字か魔法文字のような模様が浮き出てくる。
そして、チェリの指輪の中心には小さな『赤い石』がはめ込まれていた。
「チェリの指輪が変わった……!」
《ボウガのも変化してますよ》
「へ?」
ボウガが自分の薬指に目を向けると、先ほどまで何も無かった指輪の表面にチェリの指輪と同じ模様が現れている。
チェリのものと違う点は、ボウガの方には石は付いておらず、文字と共に淡い緑色のラインが指輪を一周していた。
《文字以外に出ているのは、相手の『魔力の色』です。“緑”は私の色です》
「そうなんだ」
そう言われて見ると、指輪からチェリの髪の毛の色や全体の雰囲気が伝わるような気がする。
「それじゃあ、そっちの石は……」
《はい。ボウガの『魔力の色』は赤なのですね》
「……赤……」
――――“赤色”なんて、ずいぶんと自分から掛け離れた色だな。
“赤”という色には、派手、熱意、激しさのような活動的なイメージがある。
いつも淡々として、自分でも感情の起伏に乏しいと思っているボウガとは真逆だ。
「う〜ん……」
改めて、自分や身の回りを思い返す。
ボウガの髪や瞳は茶色で、初めから持っていた持ち物にも“赤”が使われているものはほとんど無い。例え“赤”が使われていても、それは単なる付属品だったり模様の一部で、そのものを象徴するには至らなかった。
「魔法が使えなくても『魔力の色』って関係ある?」
《はい。育った土地の魔力とか、家柄とかの影響も大きいです。それに、意識していなくても色があります。村にいた獣人の子供にも、調べれば“色”があると思いますよ》
聞けば、生きている人間であれば誰にでも微弱に『魔力』があり、もちろんそれには必ず“色”が付いてくるという。
「そっか。じゃあ、別に性格で判断されている訳じゃないんだ……」
これが自分の『魔力の色』だと言うのなら、何かしら自分に関わりがあるのだろうと思った。
《私、赤色も好きです。髪の毛にもありますし》
そういえば、チェリとアロには一部だけ触角のような赤い髪の束がある。
《綺麗な指輪で嬉しい……》
チェリは自分の指輪をうっとりと眺めている。
――――チェリが喜んでいるなら良いか。オレの髪の色の“茶色”とかじゃ、指輪には地味だし嫌だもんな……うん、前向きに考えよう。
装飾用の宝石に相応しい色で良かったとひとりで納得していると、不意にボウガの片側に重みが掛かった。
眠気が襲ってきたのか、チェリがボウガに寄り掛って目を擦っている。
「……ー、ーー……」
「あ、いいよ。おやすみ」
「…………」
やはり疲れていたのか、チェリはすぐに寝息をたてて眠ってしまった。用意していた毛布をチェリに掛ける。
「…………」
ボウガは少し考えてソファーの端に寄り、チェリに膝を提供する形で横に寝かせた。チェリは完全に安心しきった顔ですやすやと眠っている。
――――『婚約者』なら、寝顔を見るくらいなら大丈夫かな?
ついついじっと見てしまったが、苦笑いして窓の方に顔を向けた。いくら本当の『婚約者』でも、見られているのは嫌だろうと考える。
――――このまま一週間くらいで王都か。意外にあっという間だったな。
けっこう楽しかった旅を振り返っているうちに、ボウガも座ったままウトウトと寝始めた。
…………………………
………………
「……ェリ……チェリ、起きろ」
「…………ーー、ー……?」
「スティさんが、ここで休憩入れるって言ってた」
アロがチェリを静かに起こしてきた。
気付けば馬車は停まっていて、何処かのキャンプ場の前に居るのがわかる。
チェリが身体を起こすと、目の前にはソファーに座ったまま眠っているボウガがいた。
「もう少し寝かせてやろう。こいつが休んでるのも珍しいし……」
「ーー……」
ボウガは二人を優先して、自分が休むのを後回しにする。だから、こうして休んでいるのを見るのはあまりない。
チェリがボウガの寝顔をニコニコと眺めていると、アロが二人の手元を見て口を開いた。
「あぁ、ちゃんと『婚約』が済んだんだな。おめでとう」
「ーーー♪」
穏やかに祝福したアロだが、次の瞬間には少し厳しい表情をする。
「これで、俺たちも本格的にこいつを守らなきゃいけないな」
「ーーー、ーー」
「しかも『魔力の色』が“赤”か……」
「………………」
きっと、アロも同じように考えているだろう。
魔力の種類にある“赤”は『炎』『光』『エネルギー』など、強さに関係するものである。
絶対ではないが、草花や水を多く司る魔力を持つ【精霊族】では“赤色”は見掛けない。
“赤色”は【獣人族】にもいるが、一番“赤”の魔力を保有するのが多いのは【魔神族】だった。




