第36話 王都到着
馬車で移動を始めて6日後。
馬車にある左右の大きな窓に、全員が外を見るために張り付いていた。
「……何か、前方に大きな森があるけど」
「街道もあの中へ入ってるな」
馬車の進む先には街道をすっぽりと飲み込むような、まるでそびえ立つ壁の如き巨大な森が広がっていた。
ボウガとバグナで地図を確認すると、やはり地図上にもかなりの範囲で森の表示がある。
王都は森の真ん中にある。
あれは『王都カルタロック』を象徴する『精霊の森』と呼ばれる場所だ。他にも『迷いの森』とも揶揄される。
「あ、あの森への侵入許可が出れば『王都カルタロック』に入ったことになるぞ。普段は手前の関所から、魔法で結界が敷かれて王都への不法侵入を防いでいる」
いつもは森中に迷路の結界やら、魔法の罠やらが仕掛けられていて、関所からちゃんと街道を通ってこない輩が遭難するという物騒な場所だ。
祭りの期間中だけは森の一部結界を解いて、関所も簡単なやり取りで通過できるようになっている。しかし、普段の関所は検閲がかなり厳しく、身元の確認ができないと森の手前で自主的に野宿を強いられる可能性すらあるという。
「ふぃ〜……やっぱ、お前たちについてきて正解だったな。おれらじゃ、関所で足止めされそうだもんよ……」
バグナが複雑な顔で前方の森を見ている。確かに、身元があやふやな冒険者のリザードマンには厳しい審査になるかもしれない。
森を見ながらボウガが首を傾げる。
「でも、祭りの期間中こそ人の出入りが多いのだから、それこそ関所の検閲を厳しくしたりしないのか?」
確かに、不特定多数が祭りを見に来るのだから、怪しい人間が入りやすくなるのではないのか?
「見るからに怪しい奴は、ちゃんとその先の王都の門で弾かれて森の外に送還される。それよりも、森の検閲を避けようとして街道から逸れて遭難される方が面倒なんだ」
「うぅ、王都が目の前なのに森で遭難なんて、おれっちならヤダよぉ」
「変な入り方しなきゃ大丈夫だ。出たい奴は、森が勝手に追い出すし」
『精霊の森』は不法侵入を惑わすが、森から出ようとすれば、案外すんなり出されるらしい。
「じゃあ、最初から森に入れて、怪しい奴を追い出してもらえばいいじゃん」
一度入れて、王都の門で帰すよりも楽だろう。だが、その案は引きつったアロの表情で引っ込む。
「……王都から出てきた人間は外に出してくれるけど、森の外から入った人間は喰われるらしいんだよなぁ。それをソフトに“遭難”と呼ぶ」
「「「………………」」」
――――『精霊の森』、怖い……
これ以上、森に関しては話をしない方が良いと判断する。
「こういうところにも魔法が使われているんだな……」
「使われているというか、【精霊族】の周りは魔法に囲まれてる。魔法を使えない人間でも、簡単に魔法を生活に取り入れてるのが『王都カルタロック』って所だ」
聞けば、他にも一般的な家庭であっても、家で使われている灯りがランプやロウソクではなく魔法石を用いたものだったり、料理屋でもウェイターが魔法生物だったりと、けっこう身近に魔法が使われていたりする。
「わぁー! 街の中とか見たら楽しそうじゃん!」
「うん、ちょっと観光とかしてみたい」
子供らしくウキウキしているアンクスにボウガも頷く。どうやら、王都では他の地域とは生活の“質”が違っているらしい。
「ま、それは魔法第一の【精霊族】が多い『王都カルタロック』ならではだけどな……」
思った以上に【精霊族】というのは魔法に精通している。
魔法を使えないボウガとしては、王都の話を聞くだけでも楽しいと思った。
しかし、
「……だから、『御前試合』では魔法が禁止されているんだよ」
アロがポツリと言った一言に、世界の現実とやらに引き戻された。
「魔法を生活の一部に使うのは【魔神族】の都市部でもそうだ。それどころか、あっちはもっと文明が高いとさえ言われている」
だから、大昔の戦争では魔法中心に戦った【精霊族】に対し、魔法以外に『カガク』とやらの兵器も使われたという。
「魔法が使えない人間にも、魔法に対抗できる手段があるんだと。それが『中央都市』で暮らす【魔神族】の強味らしい」
「そうか……」
――――魔法以外の……全然想像ができない。
『御前試合』に、そんな武器を使われたらどう対処しようか?
そう思っていたが、ボウガの考えに気付いたアロが笑って首を振る。
「お前、今どうしようか悩んだだろ? でも『御前試合』には『中央都市』に住んでるような偉い奴は出てこないと思うぞ。そこにいるのは『王族』だけで、わざわざ【精霊族】の姫を娶りになんてこない。だから安心してルール内で暴れていいぞ」
「あ…………うん……」
良いのか悪いのかわからないが、一先ずは力押しで戦えるらしい。
「まぁ、頑張れよ。応援してやる」
「大丈夫、大丈夫! ぜってー優勝できるって!」
「うん。頑張るよ」
ここで言っていても仕方ない。
割り切って、王都へ入る覚悟を決めておこうと思った。
…………………………
………………
色々と話をしているうちに、急に馬車の速度が遅くなってきた。いつでも止まれるような速さだ。
コンコン!
いよいよ森が近付いた時、御者台の小窓からノックが聞こえた。スティが小窓を開けて顔を覗かせる。
「皆さま。一度馬車を停めて、関所へ手続きに行って参ります。アロ様、私とご同行をお願いしても宜しいですか?」
「わかった。一緒に行こう」
馬車が開けたある場所で停ると、すぐに兵士らしき金属の胸あてと槍を装備した者たちが近付いてきた。
「お。なんかゾロゾロ来たな」
「こんな豪華な馬車が停まったら来るだろうよ。よし、俺の出番だな……みんなは中で待ってろ」
まず、スティが兵士たちと話している途中で、アロが馬車から降りて話に加わる。
すると、兵士たちは横一列に並び直し、アロに敬礼をするのが目に入った。
「さすが……ちゃんと分かってもらえたみたい」
「ーーー、ーー……」
外を見ながら、チェリもホッとしたように息をついた。
「このまま、王宮まで送ってくれるってさ。市街の真ん中を通るから、ちょっと目立つのが気になるけど……それは仕方ないな!」
アロが馬車に戻ってきた。ホッとしたような、ちょっと機嫌の良い顔をしている。
ズラっと並ぶ徒歩の旅人や普通の馬車たちを横目に、ボウガたちの馬車は森の関所をスルーして街道を進んでいく。
「街じゃなくても、みんな見てたなぁ……」
「やっぱり、この馬車目立つかも」
「いいんじゃねぇ? この馬車だから、話が早くてすぐに通してもらえたんだしよ!」
森を通るだけで目立つのだから、市街に入ったらもっと見られるだろう。
「えっ、あれ? もう森が終わるぞ?」
ずっと窓に張り付いていたアンクスが驚いている。森に入って数分しか経っていないのに、すでに先が明るく開けているのがわかった。
「魔法が掛かってるっていっただろ? 身元がはっきりしてると、森が最短で通してくれるんだ」
「その逆は喰われ…………」
「言うな。なんか怖い」
全員がちょっと黙り込んだが、森を抜けた途端に馬車の中が明るくなって歓声があがる。
「あれが『王都カルタロック』……」
一言で言うなら“城塞都市”が当てはまるだろう。
森以上に存在感のある巨大な壁が見えるが、その奥にとても高い塔のような建物がいくつも見えた。
「見えるのは王宮の一部だ。王都の中央にあるのが、ここでこの大きさで見えるんだから……間近で見たらもっと凄い」
「確かに……」
王都だけで、旅の間に寄った街が幾つ入るのか想像がつかない。
さすが【精霊族】を束ねる『女王』が住む都だと痛感させられる。
…………………………
………………
壁に設けられた入り口で、アロとチェリが簡単に馬車の窓から顔を出すと、鎧の兵士やローブを着た魔術師のような『エルフ』たちが興奮した様子で手を振っていた。
ちゃんと、アロとチェリが『王族』であることが認められたようでボウガは安心する。
門を通り、街に入る直前にアロがチェリに指示を出した。
「よし、チェリはこっちの窓側に座って外見てろ。こっちは街の歩道があるから、しっかり顔見せておけ!」
「ーーー!」
『了解!』と言う感じで、チェリはいい笑顔で窓際に腰掛ける。
――――そういえば、街中を移動するのって『外部王族』には市民へのアピールになるって言ってたな……
「んじゃ、おれらは奥で毛布被って隠れとくぜ!」
「えっ!? せっかく街の中が見れると思ったのに!」
「バカヤロ、リザードマンの愛想笑いなんて見せたら、チェリたちに迷惑だろーがっ!!」
バグナがアンクスに毛布を被せて、馬車の後方へと引きずって行った。けっこうバグナは気遣いしいだ。
「そんなに卑屈になんなくても…………いや、何かゴメン……」
「おうよ。気にすんな!」
見事に空気と化した兄弟を見て、ボウガもアロの方を見た。
「……オレも、引っ込んでた方が良いよな?」
「え? でもお前は、チェリの……」
「いや、あの『手配書』のこともあるし……」
「あぁ、そういや……」
頭を過ぎるのは、まるでボウガが犯罪者のような扱いをされていた『手配書』のことだ。
しかし、旅の間にそれを目当てに近付いてきたのはバグナたちだけだった。
「結局何だったんだろーな。特に何かあった訳でもねぇし……」
「…………うん」
「心配なら、王宮に着くまで奥に座ってろよ。どうせ後から、チェリの『婚約者』として出ていかなきゃいけないし」
「うん。そうする」
バグナたちのように毛布は被らないが、前の大きい窓から隠れるように後ろのソファーへ腰掛ける。
街の大通りに馬車が進むと、外から徐々に歓声のようなものが聞こえてきた。
それに合わせたように、チェリとアロが窓越しに手を振っているのが見えた。
――――そうか、王族の馬車だとわかったんだ。
ふと、横の窓に視線を向ける。小さな窓から見えたのは、どこからともなく空中に舞っている花びらだ。どうやら、この馬車に向けて撒いているようだ。
「やっぱり、チェリは王女様なんだよな……」
歓迎されているチェリを眺めながらポツリと呟くと、後ろの毛布が少しめくれてバグナが顔を出した。
「……何言ってんだよ。お前、将来は女王の夫だろ? 未来の“王配”になるなら、お前もこうなるんだからな」
「…………」
言われた言葉に頷くことができない。
本当は『偽装婚約』である。
みんなを騙すのは良くないが、今回の【盟友の祭典】が終われば自分は用無しになるのだ。
――――チェリは王女で、オレは……何者なんだろ?
改めて、自分が記憶喪失であることを思い出す。しかも『手配書』に載るくらい、何かをやっていたかもしれない人間。
【祭典】が終わったら、記憶の治療も受けさせてくれるとも言っていた。だが、そこで自分の出自が分かっても、彼らとの付き合いはできるのか?
――――もしも、このまま婚約を続けていたら……チェリが王女じゃなかったら…………
外に手を振っているチェリをぼんやり眺めながら、浮かんできた考えにハッとする。
自分の考えに怖くなって、ボウガは下を向いてしまった。
「お? 何だよ、今から恥ずかしがるなよ! ぎゃははっ!」
「べ……別に……」
――――今、オレはとんでもない事を……!?
下を向いた顔が熱い。からかわれたから赤くなったのではない。
「オレ……どうしよう……」
思ってしまったのだ。
――――『本当の婚約者』だったら良かったのに――――と。




