第34話 影響力の違い
アロとチェリは『外部王族』ということで、王宮から指定された専用の馬車を使う予定だった。
しかし……
「何でその専用の馬車が無いんだ? アロとチェリが乗るために取り置かれてたのに」
王宮から予約されていたはずの、アロとチェリが乗る馬車が出払ってしまったそうだ。
「一昨日……【魔神族】の富豪の娘が、王都へ行く途中に買い物し過ぎたからって、荷物乗せるために三倍の値で借りていったらしい…………貸す方も、俺たちがこんなに早く来るとは思ってなかったみたいだ……」
「「「………………」」」
ボウガたちは呆れて声が出ない。
本来、曲がりなりにも『王族』であるアロたちのためのものを、ただの『富豪』に貸すなど有り得ないはずだった。
「元々、貴族用のレンタル馬車だから、空いている場合は貸すこともあったらしいけど…………」
「お前ら、ちゃんと王族だって訴えたか?」
「言った。きちんと証明だって見せた」
バグナにそう言われて、アロは懐から金色の懐中時計を取り出す。
中央に王冠、周りには花や樹木、鳥などのレリーフが細かく細工され、所々に宝石が埋め込まれていた。
チェリも同じ細工がされたペンダントを下げている。一目見て高価な物だと判る代物で、これは『カルタロック』で王宮の旗にも描かれている図案だ。
「これを出しても、俺たちは後回しにされた訳だ……みんな、ゴメン……」
「ーーー……」
相当ショックだったのか、いつも強気なアロが落ち込んで謝っている。チェリも一緒に項垂れていた。
「いや、アロとチェリが謝る必要ない……」
「そうだぞ、おかしいのはあっちだ!」
「そのフゴーとやらに貸したのが悪い!」
ボウガとリザードマン兄弟は、アロとチェリが苦労する羽目になったことに怒りを覚えた。
おまけとして、アンクスは勢いよく言った後に「フゴーって何?」と言い、バグナから「ただの金持ち」と教えられていた。ちょっと違うとは思ったが、ボウガは特に訂正せずにいた。
…………………………
………………
「……はぁ……どんなに怒っても、ここに一週間も足止めを食うのはツラいなぁ」
「…………ーー……」
朝食代わりに頼んだメニューが運ばれてきた。
パンケーキを二人で分け合いながら、アロとチェリはため息が止まらない様子だった。
「チェリ、元気だせよぉ。おれっちのイチゴあげるから!」
「ーー……」
アンクスが励まそうと、食べかけのケーキからイチゴをチェリに分けようとしたが、頭を撫でられてから逆にパンケーキを半分もらっている。
「滞在の間、ゆっくり休むつもりでいれば?」
「まぁ……それも仕方ねぇか……」
「…………ーー」
二人とも、すっかり気が抜けてしまっている。
だがここで、バグナが単純なことに思い至った。
「じゃあ、待ってるのが嫌ならさっさと歩いて行っちまえば? お前らほとんど徒歩でここまで来たんだろ?」
「あ! そーだよ、ボウガが走った方が馬車より早ぇんじゃねーの?」
「…………さすがに馬車には負ける」
三人の言葉にアロが苦笑いをした。
「そうだなぁ、それができれば行っても良いけど……やっぱり、王都に入る時は専用の馬車じゃねぇと。今後の威厳に関わるんだよな」
例え元が平民出身でも『王族』が王都へ入るのだ。徒歩で都の門を通るのは体裁が悪く、後で変な噂や良くない輩について回られてしまうと懸念される。
だから、王都の手前の街ではアロとチェリ用に、王宮から馬車が用意されているはずだった。
「じゃあ、やっぱり遅くても馬車の方が良い?」
「見栄えの問題も大きいけど、他にもいい点は有る」
一週間待って専用の馬車で行った場合は、城門ですぐに通されて直接王宮へと行ける。並ぶ手間もないし、何よりも安全に市街を走り抜けられるのが利点だ。
通り際に「王族が通る」と見に来る平民も多い。意外に、直に見た『王族』を自分の“推し”にする者もいたりするので、普段は王宮に居ない『外部王族』にはアピールの機会になったりもする。
国民から指示の半分は“人気”であるのが現実である。
徒歩で行った場合、天候や体調によっては馬車を待って行くよりも早いかもしれない。しかし王都へ着いた際に検問が敷かれており、他の徒歩の旅人に紛れて城門に並ぶことになる。
「…………そこで王女様って言われても、たぶん誰もピンとこない。そんで、並んでる姿なんて晒してたら後々にマヌケに見られる」
将来の『女王陛下』がぎゅうぎゅうの行列に並ぶ。
行儀は良いが、そこには特別感は皆無。
“気安い”や“気さく”という言葉は、一般人が相手を“上の立場”というのを理解しているから感じるものだ。普段の平民から見て『王族』という立場が遠いからこそ、たまに見せる近い距離に感動を覚えるのではないか。
「めんどくさいけど【精霊族】って“神秘性”を見る奴が多いから……その辺にいる、普通の人間を女王に推さない」
アロは王宮へ行った時のチェリのことを考えてしまう。
困難な道のりだとわかっていても『外部王族』に名乗りをあげたのだ。
王都では生まれ育った村とは違う。偉そうにしたい訳ではないが、ここで一般人とは分けておかないといけない。
「見栄も張らないと舐めて掛かられる…………何か解る気がするぜ。比べるのも悪いが、おれらも態度デカくしてねぇとやってられなかった」
「おれっち、普通に歩いてて魔人の子供に石投げられたことあるぜ。威嚇したら逃げてった!」
どの世界でも、ある程度は強さを表に出さなければならないようだ。
「…………」
アロやバグナの話を聞きながら、ボウガは店の窓ガラスに映った自分の姿が目に入る。
――――【無色透明の民】って、他の人間から見たら何も無い。
ツノや翼のない身体、耳も短く丸い、良くも悪くも癖のない髪や瞳。
自分は運良く、魔物と戦えるだけの戦闘力と旅に困らないくらいの技術があった。しかしそれは、人前で披露して初めてわかってもらえる能力だ。
目の前にいる皆のように、一目見て判る『人種』でも問題が多く出てくる。
「……何も困らない人間って、いるのかなぁ」
「「「へ?」」」
「え、あ、いや……」
思わず呟いた言葉に、全員がボウガを見たので驚いてしまった。
「そりゃ、今の世の中だったら『魔人』だな。あいつらの大半は貴族だ。逆らう『人種』はほとんどいない。『精霊の女王』ですら、『魔人』の貴族とは争わない姿勢を取っているからな」
アロが皆から顔を背けてぽつりと返答する。その横顔を見て、チェリも俯いてしまった。
「昨日助けた人も『魔人』だったな」
「……きっと、あいつは『魔人』の中でも良いとこの奴だろ。まぁ、平民として暮らしてる人間も生活には困ってないけど」
アロが知っている限りでは、特に【魔神族】の領地では『魔人』が優遇されるようだ。
「人類の人口では『魔人』が一番少ないらしいけど、権力のほとんどを持っているのも『魔人』なんだよ。だから、自分たちは“神に選ばれた人間”だと言ってる奴らも多い……」
その“特別な人間”に付き従う者たちも多いからこそ、『魔人』が少なくとも【魔神族】全体が大多数になっている。
「オレたちはそれを敵に回すのか……」
「……『魔人』だけじゃねぇよ。むしろ、王宮に行ったら『精霊』の敵が多くなるかもな」
「内部王族……」
「……まぁ、想像に任せる」
アロは話しながら一口大に切ったパンケーキを口に運ばずに、何度もフォークで刺してボロボロにしてしまっていた。
やはり平気そうにしていても、馬車の一件があって不安になっているのだろう。
「さっきも言ったけど、せっかくだからゆっくり休めばいいんじゃね? ボウガだって、王都に着いたら『御前試合』の準備もしなきゃなんねぇんだろ?」
今はバグナの提案が一番現実的だ。
「そうだな、落ち込んでもいられないか。とりあえず、店出てこの街のギルドでも行く」
「うん。今日から泊まる宿も探そう。この街のギルドで紹介してもらっ…………」
バタンッ!!
ボウガたちが席から立ち上がった時、カフェの入り口の扉が勢いよく開かれた。
店の中に入ってきたのは、二人の『獣人』の男女だった。
「あっ!! いらっしゃいました!!」
「よ、良かった!!」
二人の『獣人』は奥にいたアロを見ると、バタバタと近くへ駆け寄ってくる。
「あれ? あの人……」
近付く『獣人』の若い女性にアロは見覚えがあった。つい先ほど、馬車の受け付けにいた犬耳の女性だ。
「「申し訳ございませんっ!!」」
「「「っっっ!?」」」
『獣人』たちはアロの前に来ると、床に倒れるように膝をついて平伏した。
「お、おいっ!?」
「あんたら、何やってんだよ!?」
「か……顔上げてください!」
さすがに、他の人間がいる前でいきなりの土下座はキツイ。全員が血相を変えて、伏してる二人に身体を起こすように言う。
「うぅ、本当に申し訳ございません……」
「だから、何だよ……?」
犬耳の受付嬢と一緒に来たのは、同じく犬耳の初老の男性。馬車の貸し出し所の責任者らしい。
女性との年の差を考えると父娘かもしれない。
「す、すみません……とにかく謝罪しないといけないかと……」
「まず、謝罪の説明をしてくれ。一体何なんだ?」
「あの……結論を言いますと、馬車がご用意出来ました!!」
「へ?」
一瞬、何を言ったのか分からなかったが、犬耳の男性が落ち着いてもう一度言う。
「コホン。アロ様たちの乗る馬車がご用意出来ました。今すぐにでもお使い頂けます」
男性の言葉に、全員が顔を見会わす。
「でもよ、馬車は全部出払ったんじゃなかったのかよ? アロたちの馬車まで出すくらいだし?」
バグナが嫌味混じりで責任者の男性を見下ろす。男性はリザードマンの迫力に少し怯えつつも口を開いた。
「はい。申し訳ないことに、私共の判断の甘さでアロ様たちの馬車を出してしまいました。ですが、ここに来てキャンセルが出まして……」
今朝方、予約で抑えられていた馬車がキャンセルで空いたそうなのだ。
「【魔神族】の貴族の方が王都からお乗りになってきた馬車です。私共の所有の馬車で、王都への往復のためにお使いになられていました。また使うと仰るので、二日前にこちらで取り置きしていたのですが…………それが今日の未明に速達が来て、取り置いていた馬車を“アロ王子様とチェリ王女様のために役立ててほしい”と…………」
ずっと前金をもらって貸し出しされていたものが、急にアロとチェリのためにと返却されたのだ。
その通知が来たのが夜明け前で、直接責任者の所へ来たものだから、受け付けへの連絡が遅れてしまっていたという。
「……その【魔神族】の貴族様の名前は?」
何かを考えながらアロが顔をしかめた。確かに、あまりにもタイミングが良すぎる。
「恐れながら、それをこちらから言う訳にはまいりませんので……」
「言わなくてもいい。そいつの名前、もしかして…………『クロス』っていわないか?」
「「っっっ……!!」」
犬耳たちはわかりやすく耳とシッポがピンッ! と上に伸びた。顔に感情が出なくとも、身体が反応してしまう『獣人』の特徴である。
「やっぱりか……あいつ、しきりに俺たちに礼がしたいって言ってきたもんな」
ニコニコとチェリ以外と握手までしていった『魔人』の少年。
「でも、アロたちは名乗ってもいなかったのに……」
「王都から来ていたなら、王宮で俺とチェリの特徴でも聞いていたんだろ。つまり、王族と会えるくらいの身分の貴族令息だ」
名乗らなかったが、クロスには何か確信できることがあって、アロとチェリにお礼返しをしてきたのは事実だ。
「はぁ……」
アロが軽くため息をついて責任者たちを見下ろした。
「もし、ここで俺たちがその馬車を断って、本来の馬車が来るまで待つと言ったら? やっぱり予定の馬車じゃないと嫌だって思ったら?」
「ひっ……そ、それは……その……」
責任者と受付嬢の犬耳が後ろに倒れ、シッポが身体にピッタリと張り付く。顔面蒼白になりガタガタと小さく震えた。
アロたちが『王族』だというのは理解している。だがそれ以上に、ただの『獣人』にとって『魔人』の要望が通らなかった時を想像して震えている。
その反応を少し眺め、アロはチェリと顔を見合わす。チェリが小さく頷くと、アロは困ったように責任者たちに向き直った。
「…………今すぐに出発できるんだな?」
「っっっ!? は、はいっ!! すぐに!!」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう。その貴族が帰ってきたら、礼を言っててくれないか」
「はいっ!! ご用意して参ります!!」
責任者はすぐに立ち上がると、一番に店を出て行った。
「では、皆さまは準備ができるまで、こちらでお待ちくださいませ……」
受付嬢が深々と頭を下げ、カフェの店員と言葉を交わして出ていった。
「何か、疲れんな……」
聞こえるかどうかの呟きを吐いて、アロが静かに席に腰掛ける。
その時、笑顔のウェイトレスが人数分のお茶を運んできた。
「お待ちの間に、こちらもどうぞ♪」
「頼んでませんけど……?」
「あ、先ほどの方からのサービスです♪」
「「「…………」」」
他のメニューの代金の支払いも持ってくれるようだ。
「手のひら返しがすごいな……」
少し前に腹が立っていたせいか、思わず嫌な言葉が出てしまった。




