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火輪の皇国  作者: es
一章
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7/16

【六】火輪騎士団

 


 ──ドアノブだったものが、ひしゃげた金属の塊に変わっている。誰かの手で、故意に破壊されたのは明白だった。

 扉を開けようと伸ばした手を無言で下ろし、レンが慎重に一歩下がる。


 俺は、目まぐるしく色んな可能性を考えていた。

 強盗か空き巣だろうか。ここではけして珍しくもないが、身内のようなレンや、ナダル爺さんにそれが降りかかったんだとしたら平静ではいられなかった。


「……爺さんは?」

「今日はずっと家だ」


 レンの声が固い。

 無事でいてくれよ爺さん、と祈るような気持ちで、俺は切り出す。


「……侵入者がいたら、鉢合わせになるかもしれねえ。裏に回ってこっそり中を確かめよう」

「……ああ」


 青ざめたレンが頷く。

 ナダル爺さんはレンの祖父だ。矍鑠(かくしゃく)とした頼りになる老人で、俺とキリアもしょっちゅう世話になっていた。

 爺さんに何かあったら、と思うと、俺も堪らない気持ちになる。


 物音を立てないように裏手へ回る。心臓がバクバクとうるさい。

 裏口の横にある小窓に近寄って、俺達はそっと室内を覗きこむ。


 そして息を飲んだ。


 ──最初に目に飛びこんだのは、鮮やかな赤。

 踏み荒らされた床の上に、白髪の老人がうつ伏せで倒れている。ピクリとも動かない老人の腹の辺りからは、蜘蛛の巣のように、赤い血が広がっていた。

 顔こそ見えねえが、体格や服で、誰なのかはすぐに分かった。

 ナダル爺さんだ。


 部屋の中には、他にも誰かがいた。

 床に伏した爺さんを冷たく見下ろしてるのは、十字紋の仮面をつけた火輪騎士団が四人。うち一人は、血に濡れた剣を握っていた。


 疑うまでもない。この凄惨な光景を作り出したのは、こいつらで間違いなかった。


「………何なんだ」


 友人が呻くように呟く。

 強烈な殺気に背筋が冷たくなった。次の瞬間。

 レンが動いた。

 裏口を蹴破るつもりだ、と気づいて、反射的に体が動く。俺は親友を羽交い締めにする事で、とっさにその行動を阻止した。

 何の策もなく奴らに刃向かっても、返り討ちにあうだけじゃねえかよ……!


「バカ、よせ!」


 相手は、シグマを人とも思ってない火輪騎士団で、無類の喧嘩強さを誇る"狂犬"といえど、十五歳の子どもが勝てる相手じゃない。

 だが、レンは血まみれの爺さんを見て、頭に血が上ってる。俺はそれをどうにか宥めようとした。


「レン、落ち着け!」

「あのゴミカス共、ブッ殺してやる!!」


 "狂犬"が暴れ狂って吠える。

 窓の外で揉み合う俺らに気づいたのか、騎士団の一人がこっちを向いた。するりと肌を撫でるような冷酷な視線に、鳥肌が立つ。


「逃げるぞ!」


 レンの手を掴み、走り出す。


「いたぞッ!」

「あの銀髪を捕まえろ!!」


 騎士団が一斉に動き出した。

 俺は暴れる親友の腕を無理やり引いて、家に背を向け、懸命に足を動かす。


「離せ!」

「アホか、戻ったら死ぬだろ!!」

「でもじいちゃんを助けないと……!」

「その前に、あいつらを家から引き離さねえと爺さん助けらんねぇだろ! つうかお前も狙われてんじゃん。銀髪ってお前のことだろーがよ!」

「ならソラだけ逃げろよ!」

「そんなんできるわけねーの分かれよ! お前を見捨てるくらいなら、俺もお前と一緒に捕まってやるからな!!」


 そう叫ぶと、レンの顔がくしゃりと歪んだ。


「なんで、赤の他人なのに……」

「バカ、友達だからだろ」


 そう言うとレンは押し黙った。

 俺は、レンの腕を引っ張りながら、頑固な友人に、さっき思いついた作戦を伝えた。


「まずあいつらを撒こう。その後でこっそり戻って、爺さんを助けるんだ。そんで二人で身を隠せ。いいな?」

「…………わかったよ、くそッ!」


 友人が悔しげに同意する。

 騎士団の目的は分かんねーけど──血塗れの爺さんを冷たく見下ろしてたあいつらに捕まったら、爺さんを助けるどころじゃない。自分達もどうなるかわかるものか。


 親友が同意したとみて、俺は掴んでた腕を離した。

 それから俺達は、命懸けの逃走を開始した。




 ──第六層西区。ここは"地界"有数の複雑に入りくんだ路地で知られ、迷路のように訪れる者を惑わせる。

 だから西区に初めて来る人間は、例外なく迷う。だがここで育った俺やレンからすりゃ、自分ちの庭みてーなもん。

 ためらう事なく、右、左、と角を曲がり、疾走する。


 しかし…………背後から、ガチャガチャとうるせえ金属音がして、俺は走りながら振り返った。

 そこには、二十メートルほど後ろまで追いすがってきた騎士団がいた。


「ちっ、思ったより速いな」


 このままだと追いつかれそうだ。


「撒くならこっちだ」


 冷静になったレンが、俺を先導する。

 この辺りだと、小さなあばら家が減って、三、四階建ての集合住宅が増えてくる。その一つの外階段を駆け上がり、屋上に出た。


 そのまま、俺達は助走するように勢いをつけた。

 端に向かって全力で駆ける。屋上の縁ギリギリに最後の一歩を乗せ──跳躍。

 体が空中に躍り出る。一瞬の浮遊感。路地を飛び越え、靴の裏が、隣の建物の屋上を捉えた。

 ──だが視界の横で、レンが足を滑らせてバランスを崩し、落ちかけたのが見えた。


「………ッ!」


 ぐっと腕を伸ばし、レンの腕を掴んで、放り投げるように前方の床に転がす。同時に、自分も前のめりに転がった。

 二人とも、回転を利用し、勢いを殺さないように跳ね起きる。そしてまた駆け出す。


「助かった。ありがとう、ソラ」

「気にすんな」


 短く会話を交わしながら疾走。再び路地を飛び越えて、隣の建物に移る。今度は二人とも問題なく着地した。


 屋根づたいに走る、走る。


 さっと背後に目をやると、最初の建物の屋上で、騎士団の男達が忌々しそうにこちらを睨み、外階段へと引き返していくところだった。

 紋章入りの重そうな剣と、ローブのようなヒラヒラした服じゃ、路地を早く走れても屋根づたいの移動は難しいんだろう。


 予想通りの展開に、俺は安堵した。まだ気は抜けないが。


 奴らを置き去りに、ひたすら屋根づたいに移動する。かなりの距離を稼いで、最後は壁の配管づたいに、滑り落ちるように路地に降りた。

 騎士団がすっかり見えなくなったのを確かめ、俺達は急いでレンの家に戻ったのだった。



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