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火輪の皇国  作者: es
一章
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6/16

【五】"裂け目"に凝る闇



 トロリーは"地界"の(ふち)、"裂け目"の崖に沿ってゆっくり走る。

 座席はない。簡素で錆びだらけの、ともすればただの鉄の箱。飾り気も何もないが、この街には似つかわしい。

 乗り合わせた乗客はみんな、言葉少なだ。俺とレンもはしゃぐ事はせず、端の方で大人しく立っていた。


 古いレールの継ぎ目を越える度、ガタンゴトンと揺れる。間違っても乗り心地がいいとは言えない。

 だが、俺はこのトロリーという乗り物が好きだった。


 窓の外の風景はいつもと変わんない。

 街側はそこそこ賑わっていて、魔法式のサインボードが七色に変化したり、派手な蛍光色のひかりを放っている。その下をシグマの人々が行き交う。


 街の反対側は、真っ暗な闇だ。これが"裂け目"。

 闇の向こうには、"裂け目"の対岸の街が見えた。それが七層。いびつな光の輪のようになった帯は、弧を描きながらこっちに向かって伸びている。

 "地界"は、"裂け目"の内側をリング状に一周してるから、崖から反対を眺めるとこういう風景になる。


 "裂け目"の下を覗けば、底無しの闇がぽっかりと広がる。

 神の力で大地を抉った結果、できたとされる断崖絶壁は、全ての闇を凝らせたかのようだ。

 何者も寄せ付けない深淵。白火教なんてちっとも信じちゃいねえけど、そんな俺でさえ、すぐ隣にこういう場所が存在するというのは不思議な感じがする。


 ゆっくり走るトロリーから深い黒を覗きこむ。


 ガルノール皇国の国教、白火教によれば、"裂け目"ができたのは約五百年前。初代皇王が"常闇の女王"を打ち倒した時の爪跡、らしい。


 まあぶっちゃけ戯言だよな。どう考えてもそんなもん眉唾でしかない。


 とりあえず、俺達シグマにとっての"裂け目"とは、ゴミや不用品が最終的に行き着く場所だ。

 みんな何でもかんでもそこに捨てる。皇王とか関係なく、昔からそういうもんだった。


 そして、これほどの深穴が街のそばにあると、毎年何人かは事故で落っこちてしまう。

 ガキの頃、キリアも口を酸っぱくして、俺に「"裂け目"の近くで遊ぶな」と言い聞かせていた。一回悪ふざけで崖の縁から落ちる真似をしたら、本気でしこたま怒られた。

 確かにあれは俺がバカだったと思う。反省。

 実際、"裂け目"に落ちて生還した者はいない。俺が知る限り、一人も。

 ──つーか、あんな所に落ちたら絶対帰れってこれねーだろ。

 黒々とした闇に目を凝らしながら、俺はそんな事を考えていた。




 黙ってトロリーに乗ること三十分。終点に着く頃には、乗客は俺とレンだけになっていた。顔見知りの運転手に軽く挨拶して、トロリーを降りる。

 ふぁ~と欠伸を噛み殺し、俺は歩きながら、親友に話しかけた。


「なー俺達ってさぁ、一生こんなとこで蟻みたいに働くんかな。地上に出て、自由に暮らすとかやってみたーいなぁっと」

「そういうこと言ってると、騎士団にシバかれるぞ」

「大丈夫だろ、今お前しかいねーんだし! あ、空ってのもさ、一回見てみたい。すげえデカくて、果てしなく青いらしいじゃん。想像つかねえわ。

 そういや、俺の名前って『空』から来てんだ……って言ったことあったっけ?」

「キリアさんがつけてくれたんだろ。知ってる。いい名前だと思うよ」

「へっへー、だよな!」


 俺は嬉しくなって、レンの背中をバシバシ叩いた。親友は「痛えよ」と顔をしかめている。


 まあ、「空が見たい」とか言ってみたけどさ。

 地下から出られないのは百も承知だ。別に危険を侵してまで、そうしたいわけではない。

 空を独占してるのは、"天州"のノール達で奴らの特権だ。

 でも親友に言ってみるくらいは許されるだろ、っていう、ただそれだけだった。しかし。


「──晴れた日の空は、ソラの目みたいな青だよ」

「へっ?」


 事も無げにのたまった親友をガン見する。


「何」

「レン、お前……空見たことあんのかよ!」

「まあな」

「マジで! ずるい! いつどこで!?」


 澄ました親友の肩を掴み、思わずグラグラ揺さぶると、レンは俺を押し退けて苦笑した。


「冗談だって。てか、鏡見たらいいだろ」

「自分の目玉見てどうすんだよ!」


 下らない会話をしていると、いつの間にか、レンの家の前まで来ていた。

 今にも倒れそうなアバラ屋だ。でも、この辺りじゃまともな家を探す方が難しい。俺の家も似たり寄ったりだしな。


 ギャーギャー喚く俺を華麗に無視して、レンは「じゃあ明日な」と家に入ろうとした。

 だが──その親友の動作が、不自然にピタリと止まった。怪訝な顔でレンを見ると、手元に目を落としたまま固まっている。


「……どうした?」

「シッ、静かにしろ」


 親友が低く警告する。

 その視線を追って、俺は絶句した。

 ──ドアノブだったはずの金属の塊が、固い紙をくしゃっと丸めかのたように乱暴に壊され、ぶらんと穴に引っ掛かっていたからだ。

 故意で為されたものだと一目で分かる、それ。誰かがこの家に侵入するために破壊したのだと、すぐに悟った。


 レンが、無言で伸ばした手を下ろした。

 俺達は目で合図して、静かに扉から離れたのだった。



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