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火輪の皇国  作者: es
一章
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【四】"黒犬"と"狂犬"



 エレベーターから吐き出された人波に乗って、トロリーの乗車場に向かう。

 途中の歩道には、ポツポツと街灯が灯っていた。その白々とした光が、灰色の道路や、すたれた建物を照らす。


 "裂け目"を覆う"天州"があるせいで、この街に自然光は届かない。何もしなければ真っ黒な闇に閉ざされる。

 じゃあ何がこの街を明るくしてんのかっつーと、魔法の一種、魔光だ。

 ぶっちゃけ、仕組みとかさっぱりわからねえが、専用の魔法式に魔力を流せば、パッと明かりがつく……とかだった気がする。


 魔法式そのまんまなら、魔光は素っ気ない白。色を変えたいなら、魔法式を改変して使う。

 赤とか青、ネオンカラーとかの派手な魔光は、店の看板なんかでよく見かけるが、ああいうのを"地界"らしい光景、と言うのかもしれない。

 俺達"地界"の住民にとって、光とは、魔光。シグマの大半は、太陽も月も見ずに一生を終えるからだ。


 地下に生きる、シグマ。

 本当にいたかどうかもわかんない"常闇の女王"に先祖が従ったという理由で、俺達は、地下でせっせと魔石を掘らなきゃいけねえらしい。

 一言でいって「ふざけんな」。理不尽で胸クソ悪い話だが、ひとたび禁を破れば教会の手先──火輪騎士団がやってくる。

 逆らったら、拷問の果てに殺される事もあるから従うしかない。


 いつかは地上に行ってみてーな、という子供じみた願望が俺にもないわけじゃないけど、命まで賭けらられない。

 無理に地下から地上に行こうとする奴がいたとして、多分そいつは、余程の怖いもの知らずか、自暴自棄になってるかだろう。

 騎士団の連中はそれくらい容赦ねえ。


 とはいえ。

 皇国や教会に逆らわなければ、シグマはそこそこ自由ではある。


 "地界"内ならどこに移動したっていいし、住む場所も、結婚や職業選択も制限はナシ。

 そーいう制約付きの自由と引きかえに、何事もないかのような、平気な顔をして、腹の底に理不尽を溜めていく。それが、シグマだ。




 ──乗車場に到着する。ちらほら待ち人の姿がある。そのほとんどが、疲れた顔した魔石採掘の労働者だ。

 俺もあんな顔してんのかなあ。干からびた虫みたいだよな……と思ってたら、腹がぐう、と鳴いた。


「くそう、腹減ったぁ。なあ、うちの晩メシ何だと思う? 当ててみて」

「羊のクズ肉と自家栽培キノコ、あと、サプリ」

「せーかい!」

「いつもと同じだろ」

「うっせーわ。でもさぁ、毎日毎日同じだと飽きるよなぁ。たまには違うもん食いたくならねえ?」

「もし何でも食えるってなったら、ソラは何が食いたいの」

「そうだなぁ……うーん」


 軽く伸びをして、俺は少し伸びた髪をかきあげた。黒髪に青い瞳。"地界"ではごくありふれた色。

 髪・目・顔は平凡そのものだが、俺は体格だけはいいんだよな。なんか無駄にニョキニョキ伸びてしまった。

 そんなだから「黙ってたら怖い」とか言われたりするけど、俺は基本的に、陽気でフレンドリーな優しい男だ。

 だからあんまり怖がられる事もない。まあモテはしねえけどな!


 食いたいもん、なんかあるかなあ。と考えて、あっそーだぁ! と閃く。


「俺、牛肉ってのを一度食ってみてーな! 前にババアが言ってたんだ、牛肉はやべーくらいうまいって」

「……ソラ、キリアさんをババア呼びすんな」


 レンが眉を寄せた。

 キリアは俺の育ての親。孤児だった俺を引き取って、家族にしてくれた恩人の女だ。

 俺を拾った時、キリアにはすでに家族がいなかった。女手一つで孤児を育てるなんて、並大抵の覚悟じゃできなかったと思う。苦労が絶えなかっただろうな…………と、頭では理解している。

 だが反抗期に突入した俺は、つい、キリアにひねくれた態度を取ってしまう。良くないのも分かってるから、正面から注意されるとバツが悪い。


 少しふてくされて、親友の横顔を見下ろす。紫の目がちらっとこっちを見た。

 相変わらず、とんでもねー美形だ。

 綺麗な花には棘がある、どころか、ヒトクイ花のような強さを誇る親友だが、別にこいつも最初からケンカが強かったわけじゃないんだよな、とふと思った。




 ──俺が育った第六層は、採掘場のすぐ上。居住区最下層。柄がいいとは口が裂けても言えない地区だった。

 子供同士、大人同士のケンカは日常茶飯事。窃盗とかもザラにある。


 そんな俺らの地区に、ある日、祖父のナダル爺さんと移り住んできたのが、レンだった。約七年前、俺が八歳の頃だっけな。


 住み着いて早々、レンは同世代のきつい洗礼を浴びて、ズタボロにされていた。近所のクソガキどもに絡まれ、蹴る殴るされてたのを助けてやったのが、最初の縁。

 たいそう生意気なガキだったけど、同い年で家が近く、俺達はすぐに意気投合した。


 レンは俺の指導を受けて、メキメキ強くなった。今じゃ、二人でいる時に手を出す人間あんまりいねえな。

 "狂犬"レンと"黑犬"ソラを見かけたら、物陰に隠れて震える人間もいるとか、いないとか。


 俺もケンカは弱い方じゃねーけど、いつのまにか危険物扱いになってたのは、全部レンのせいだと思う。

 だいたい、こいつは手加減ってやつを知らねーからなぁ。

 まあ俺も、やられたらきっちり倍で返す派だけどね。相手に「二度とやりません」と誓わせるくらいしねーと舐められる。それが"地界"だからな。




 ──ギギィーッという耳障りな音がして、現実に引き戻された。見れば、大型トロリーが停車する所だった。


 所在なく佇んでいた大人たちが、錆びた鉄の車にぞろぞろと乗っていく。その波に混ざって、俺と親友もトロリーの片隅に滑りこんだ。



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