【二】光と陰
────皇都テトラヴィータ。白耀宮をいただく、華やかなりし、大陽の都。
……それはあくまで上層民ノールにとっての話だ。
俺達の街は果てしなく粗暴で、猥雑で、埃まみれの、悪い意味での別世界。まさに「地下世界」だ。
テトラヴィータの地下は、巨大な空洞──いびつな逆円錐型の大穴が空いている。
この大穴は"裂け目"と呼ばれていた。
テトラヴィータの市街地は、上層と下層に分かれ、この"裂け目"の上下に伸びるように広がっている。まるで鉢植えの植物が根っこと茎を上下に伸ばしていくように。
"裂け目"の上に蓋をするような形で地上に築かれたのが、上層の街"天州"。
"裂け目"の断崖に段差を削りだし、その上に作られた下層の街、"地界"。
地上と地下の間は物理的に区切られていて、基本的に、二つの街の住民が交わる事はない。
また、"裂け目"と"地界"を塞ぐように"天州"が築かれているため、"地界"には自然の光が射しこまない。この街は、下層民シグマを"地界"に閉じ込める構造になっていた。
そうまでしてシグマを囲い込むノールは、ほんっとーに意地が悪いと思う。
俺らシグマの先祖は、傾斜の少ない"裂け目"の岸壁を無理やり削って、人工的に段差を作り、その上に街を築いた。
"裂け目"の周縁に作られた、歪な円環の街。それが"地界"だ。
この円環の街は、現在七層まである。
魔石採掘場は一番下の第七層。第一層から第六層は、魔石を取りつくして放棄された地区を再利用している。だから、街の壁側には、坑道だった穴がぼこぼこ無数に空いている。
下層は街さえもリサイクルなのだ。
一応、居住区と商業区で分かれてるけど、その境界は曖昧だ。
幅の狭い街だから、そもそも土地が足りないんだよな。蟻の巣のような坑道跡を広げて、住居にしているシグマもいるくらいだし。
"地界"の街は、どこもかしこも埃っぽい。
時には上層からゴミやらなんやら落ちてくる。
まさにゴミ溜め。
だけど俺は、"裂け目"の断崖の端っこに立って、円環の街を眺めるのは嫌いじゃなかった。
闇に浮かぶ七つの輪。目をこらせば、円環は光の集合体で、小さな光の粒は呼吸をしているかのように瞬いている。
それを見ていると不思議と心が落ち着いた。
さて、繰り返しになるが、"地界"の真ん中は、底の見えない大穴──"裂け目"がぽっかりと口を開けている。その"裂け目"を塞ぐように、上層民ノールの街、"天州"が存在する。
"天州"のてっぺんには、白耀宮という立派な城があるらしい。
本の挿し絵かなんかで見た限り、「力を誇示するやつが好きそうだな」って印象の城だった。勿論僻みも入ってるぜ。
そういや、テトラヴィータが出来る前、この地には"常闇の女王"の宮殿があったらしい。
ホントかどーかは知らんけど。
"常闇の女王"とやらは、シグマの起源とも深い関連がある。
いわく、古くからこの地は、邪悪な"常闇の女王"に支配されていた。だがある時、一人の男が女王に立ち向かった。
男は白火神の祝福を授かり、勇敢に闘った。そして遂に"常闇の女王"と眷属を打ち倒した。
ちなみに白火とは大陽の事。白火神は大陽の神で、白火教会は大陽崇拝を奨励している。
男と女王の戦いは激しく、大地に穴をあけるほどだった。それが、"裂け目"だという。
男は女王の勢力を地上から一掃し、ガルノール皇国を興した。そして初代皇王として即位した後、"裂け目"の上に街を築いた。
一方、女王を信奉し、最後まで抵抗した土着の民は、一族郎党、魔石採掘で罪を購う事とされた。
これが、シグマの起源。
おかげで俺達は子々孫々、暗い地下で、ひたっすら魔石採掘をやらされてるわけ。
まーふざけてるよな。先祖は先祖、俺は俺だ。血の繋がりが何だっつーの。
そんな風に思うのは俺が親に捨てられた孤児だからかもしんない。けど、やっぱおかしーもんはおかしーだろ、と思う。
でも、それを大っぴらに言えば、どこからともなく聞きつけた白火教の犬──火輪騎士団が現れ、キッツいお仕置を食らう。
いや、お仕置ですめばいいが、下手すると殺されちまう。ここでは奴らは"最悪"と同義だった。
俺達シグマは、実質、奴隷みてえなもんだ。
ほとんどが何らかの形で魔石採掘に関わってて、みんな貧乏で、街の治安も悪い。俺の住んでる第六層とか、なかなか最低だ。
上の連中ノールが下々の民を気にかける事はなく、魔石がきちんと確保されるなら何の問題もないと思っていやがる。
あいつらにとっては、シグマの命なんか魔石や宝石以下なんだ。クソだよな。
こうまでして皇国が魔石採掘にこだわるのは、魔石から取り出した魔力が、あらゆる機械の動力源になるからだ。
移動用のトロリーもエレベーターも、この国の機械は全て、魔石から取り出した魔力で動く。裏を返せば、魔石がないと、なーーーんも動かない。
金銀より魔石の方が大事とか言われるのは、そういう理由だ。
"地界"の底に眠る、巨大な魔石の鉱脈。
皇国は、シグマにひたすらそれを掘らせる。「魔石は幾らあっても足りない」と上の連中はのたまう。
そして、「魔石を掘り出すのはシグマでなければならない」と白火教会は偉そうに言う。
本当かは知らない。魔石採掘するノールなんていねえもんな。
どのみち、俺達は"地界"から出られない。抵抗したって無駄。
不穏分子と見なされたが最後、火輪騎士団が光の早さでやってきて、殺されるのが落ちだ。
だからシグマは従順を装うしかない。
だが、何事にも例外ってやつはある。
噂レベルでしか聞いたことはねえけど、この"地界"のどこかに、教会や騎士団に抗争を仕掛け、シグマ解放を目指す連中がいる、らしい。
そいつらの目的は七つの階層を纏めて、自由を手に入れる事だとか。
纏まりのない各階層を一つに、なんて、至難の技だと思う。ま、俺には関係のない話だ。
──太陽の光のない、魔光の燈が照らす街。
偽物の小さな太陽で満足してる俺らは、本当の意味で人間だと言えるのだろうか……
闇に浮かぶ光をボーッと眺めてると、時々、そういう哲学的な疑問が浮かぶ。
だが俺は難しい話を考えるのが苦手だ。ちっさい脳ミソが秒でフリーズして、再起動に時間がかかる。それで結局、考えるのを止める。
シグマはみんなそうして、痛みから目をそらしてるのかもしれない。




