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火輪の皇国  作者: es
一章
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2/16

【一】皇都、その地下

 


 作業の手を休め、ふう、と息を吐く。

 ゴーグルをずらして汗を拭った。

 そのついでに、隣で作業してる親友の頭に、さりげなく、ペタリとくっつく。


「あーぁ、今日はホントあっちいなー……」

「おい、くっつくなよ、おれも暑いんだよ!」

「だってさー、レンの髪、青っぽい銀色で氷みたいじゃん。めっちゃ涼しそー」

「見た目だけの話だろ!」


 親友の後頭部にほっぺたをくっつけ、わざともたれかかる。

 レンは不機嫌に「うざい」と呟き、俺をひっぺがすと、ぐいっと向こうに押しやった。


「バカソラ。ふざけてないでちゃんとやれ。監視のジジイに睨まれるぞ。──つうか、さっさとノルマ達成して、サボりに行こうぜ」


 親友の声は後半、小声になった。

 まわりに聞こえないように、という気遣いだろう。


「おう、それもそーだな」


 俺も小声で応じて、からりと笑う。

 レンはやっぱりいい奴だ。


 俺とレンは、数年来の親友だ。

 大体一緒にいるし、仕事場でもこうして毎日隣で作業してる。

 親友に対する俺の態度は、育ての親に言わせれば、飼い主にじゃれつく大型犬にそっくりらしい。

 飼い主、もとい親友本人にも、「もう少しおれを疑うことを覚えろ……」と呆れられたりするが、別にいーじゃんね。

 親友を疑う理由なんてねえんだし。

 あと犬はかわいい。そこは譲れない。


 ちなみにレンの渾名(あだな)も犬系だ。

 お揃いで大変よろしい。

 ……と言いたい所だが、あっちはあんまりかわいくない。

 "狂犬"──それがこの親友の渾名だ。

 すごくね。"狂犬"って。


 なんでそんな渾名がついたかといえば、レンは本気で怒らせたら一切の容赦がなくなるからだ。

 ちょっかいをかけてきた相手が失神するか、泣いて謝るまで、あいつは攻撃の手を緩めない。

 死ぬんじゃねえかっつーくらいまで追い詰めることもしばしばあるから、こんな渾名がついちまった。


 たしかにレンは狂暴な奴だ。

 でも、自分から手を出すような性格ではない。

 大抵は相手の自業自得なんだよな。

 レンを外見で侮り、身の程知らずにも手を出して返り討ちにあう。そんなのばっか。

 ボコボコにされても同情できねえわ。

 それでもやりすぎだと思った時には、俺が止めに入る事もしばしばあったが。


 ただ、ここだけの話、相手がレンを舐めてかかるのもわからんではない。

 勿論、本人には絶対言わねえ。

 言ったら確実にぶっ飛ばされるもん。

 ……レンってパッと見、すっげえなよっちいんだよな。

 色白で細身、おまけにめちゃくちゃ顔が良い。

 まさに理想の王子様。完全無欠の美少年だ。

 下は幼女、上は老婆に至るまで、女という生物をことごとく虜にする存在。もはや魅了の天才と言っても過言ではない。

 しょっちゅう絡まれてんのも、半分は男のやっかみだ。

 あれだけ顔が良けりゃ、妬む奴も出てくるんだよ。


 ちなみに俺はフツメンだ。

 完全に引き立て役だが、別に気にしてない。うん。


 話を戻そう。


 俺らが生きる"地界"は、何より力が物を言う。

 レンのような見た目はマイナスにしかならねえし、理不尽に対して相応の礼をしなければ、やられる一方となる。


 俺の親友は、そんな"地界"のルールを極めて忠実に実践した。

 向かってくる奴を片っ端から叩きのめし、反撃する気が起きなくなるまで、完膚なきまでに痛めつけた。

 そんでめでたく"狂犬"という渾名がついたってわけだ。


 まあ、"狂犬"つっても常に狂暴なわけじゃない。

 普段はむしろ冷静だし、俺のくだらないバカなやらかしにも付き合ってくれる。

 要するに俺は、そんなレンをとても気に入っていた。




 ──さて、俺達が住んでる国についても一応説明しておくとしよう。

 大陸中央に君臨する、ガルノール皇国。

 この大国が俺らの国だ。

 この国を治めているのは、皇王と"ノール"の貴族たち。

 皇王のお膝元、皇都テトラヴィータは大陸有数の大都市であり、皇国の栄華の象徴であった。


 だが、テトラヴィータには裏の顔がある。

 都市の下層には、猥雑な地下街が広がっている。

 それが──"地界"と呼ばれるもう一つの街。

 俺とレンは、その"地界"居住区、最下層の住人だった。


 ────ガルノール皇国の国家宗教、白火(ハクビ)教によれば、皇都は建国当初から上層と下層に分かれていたらしい。

 それを定めたのは、皇国の初代皇王。

 上層民ノールは、神に近い場所で祈りを捧げ、下層民シグマは地下で与えられた役割を果たす。白火教は、これを役割分担だと説いている。


 で、白火教の定める下層民シグマと、"地界"の役割とは、皇国の主たる動力源、魔石の産出だ。


 "地界"居住区のさらに下。

 地下最深部にある、巨大な魔石採掘場。大勢のシグマがここで採掘に従事している。

 白火教の教えによれば、シグマの手で掘り出さなければ魔石は力を失ってしまうという。

 本当かどうかは知らん。採掘場で働いてるのはシグマ以外いねぇからな。


 そんで今、俺達が汗水たらして働いてるのが魔石採掘場、つーわけだ。


 俺とレンは十歳からここで働きはじめ、今年で五年目。

 二人とも学校には行ってない。レンはともかく、俺は勉強にはちっとも向いてなかったんだ。俺らみたいなガキは、ここじゃ珍しくも何ともねえ。


 ま、そんなしけた話はどうでもよくて。


 ──今日はほんと暑い。地熱がヤバい。


「クッソあちぃな。あーーだりぃ……!」

「おい、黙って働け!」

「へーい」


 近くの大人に注意され、おざなりに返事をする。

 レンをチラッと見たら、涼しげな顔で目配せした。多分呆れてる。こいつは要領が良くて、真面目にやってるふりが上手い。


 ゴーグルを嵌め直して作業を再開する。

 トロッコに積まれた岩から手頃な大きさの物を選び、金槌でカチ割って、魔石が入ってないか確かめる……その繰り返し。


 採掘場の仕事の流れはシンプルだ。ほっそい坑道の奥から岩を砕いて運び出し、その岩を丁寧に割って、魔石を取り出す。魔石は集めて上層に運ぶ。それだけ。

 きついっちゃきつい仕事だけど、体力以外に取り柄のない俺には合ってる。難しい事を考えるのは苦手だ。


 採掘場の給料は、毎月決まった日に、決まった額払われる。そして隣には一緒にバカをやる友人がいる。

 給料はべらぼうに安いが、子供でも雇ってくれるのは採掘場くらいだ。……というか"地界"自体、採掘場中心に回ってる。働きたいなら一番ハードルが低いのがここ。


 まあ、俺は雇って貰った恩があるわけで、大っぴらに仕事に文句を言う気はない。

 じゃあ小声ならいいかっつーと、これがそうでもない。

 皇国でもっとも重要な事業である、魔石採掘に文句をつけると──白火教の犬がやってくる。


 "地界"は、そういう世界だ。



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