【一】皇都、その地下
作業の手を休め、ふう、と息を吐く。
ゴーグルをずらして汗を拭った。
そのついでに、隣で作業してる親友の頭に、さりげなく、ペタリとくっつく。
「あーぁ、今日はホントあっちいなー……」
「おい、くっつくなよ、おれも暑いんだよ!」
「だってさー、レンの髪、青っぽい銀色で氷みたいじゃん。めっちゃ涼しそー」
「見た目だけの話だろ!」
親友の後頭部にほっぺたをくっつけ、わざともたれかかる。
レンは不機嫌に「うざい」と呟き、俺をひっぺがすと、ぐいっと向こうに押しやった。
「バカソラ。ふざけてないでちゃんとやれ。監視のジジイに睨まれるぞ。──つうか、さっさとノルマ達成して、サボりに行こうぜ」
親友の声は後半、小声になった。
まわりに聞こえないように、という気遣いだろう。
「おう、それもそーだな」
俺も小声で応じて、からりと笑う。
レンはやっぱりいい奴だ。
俺とレンは、数年来の親友だ。
大体一緒にいるし、仕事場でもこうして毎日隣で作業してる。
親友に対する俺の態度は、育ての親に言わせれば、飼い主にじゃれつく大型犬にそっくりらしい。
飼い主、もとい親友本人にも、「もう少しおれを疑うことを覚えろ……」と呆れられたりするが、別にいーじゃんね。
親友を疑う理由なんてねえんだし。
あと犬はかわいい。そこは譲れない。
ちなみにレンの渾名も犬系だ。
お揃いで大変よろしい。
……と言いたい所だが、あっちはあんまりかわいくない。
"狂犬"──それがこの親友の渾名だ。
すごくね。"狂犬"って。
なんでそんな渾名がついたかといえば、レンは本気で怒らせたら一切の容赦がなくなるからだ。
ちょっかいをかけてきた相手が失神するか、泣いて謝るまで、あいつは攻撃の手を緩めない。
死ぬんじゃねえかっつーくらいまで追い詰めることもしばしばあるから、こんな渾名がついちまった。
たしかにレンは狂暴な奴だ。
でも、自分から手を出すような性格ではない。
大抵は相手の自業自得なんだよな。
レンを外見で侮り、身の程知らずにも手を出して返り討ちにあう。そんなのばっか。
ボコボコにされても同情できねえわ。
それでもやりすぎだと思った時には、俺が止めに入る事もしばしばあったが。
ただ、ここだけの話、相手がレンを舐めてかかるのもわからんではない。
勿論、本人には絶対言わねえ。
言ったら確実にぶっ飛ばされるもん。
……レンってパッと見、すっげえなよっちいんだよな。
色白で細身、おまけにめちゃくちゃ顔が良い。
まさに理想の王子様。完全無欠の美少年だ。
下は幼女、上は老婆に至るまで、女という生物をことごとく虜にする存在。もはや魅了の天才と言っても過言ではない。
しょっちゅう絡まれてんのも、半分は男のやっかみだ。
あれだけ顔が良けりゃ、妬む奴も出てくるんだよ。
ちなみに俺はフツメンだ。
完全に引き立て役だが、別に気にしてない。うん。
話を戻そう。
俺らが生きる"地界"は、何より力が物を言う。
レンのような見た目はマイナスにしかならねえし、理不尽に対して相応の礼をしなければ、やられる一方となる。
俺の親友は、そんな"地界"のルールを極めて忠実に実践した。
向かってくる奴を片っ端から叩きのめし、反撃する気が起きなくなるまで、完膚なきまでに痛めつけた。
そんでめでたく"狂犬"という渾名がついたってわけだ。
まあ、"狂犬"つっても常に狂暴なわけじゃない。
普段はむしろ冷静だし、俺のくだらないバカなやらかしにも付き合ってくれる。
要するに俺は、そんなレンをとても気に入っていた。
──さて、俺達が住んでる国についても一応説明しておくとしよう。
大陸中央に君臨する、ガルノール皇国。
この大国が俺らの国だ。
この国を治めているのは、皇王と"ノール"の貴族たち。
皇王のお膝元、皇都テトラヴィータは大陸有数の大都市であり、皇国の栄華の象徴であった。
だが、テトラヴィータには裏の顔がある。
都市の下層には、猥雑な地下街が広がっている。
それが──"地界"と呼ばれるもう一つの街。
俺とレンは、その"地界"居住区、最下層の住人だった。
────ガルノール皇国の国家宗教、白火教によれば、皇都は建国当初から上層と下層に分かれていたらしい。
それを定めたのは、皇国の初代皇王。
上層民ノールは、神に近い場所で祈りを捧げ、下層民シグマは地下で与えられた役割を果たす。白火教は、これを役割分担だと説いている。
で、白火教の定める下層民シグマと、"地界"の役割とは、皇国の主たる動力源、魔石の産出だ。
"地界"居住区のさらに下。
地下最深部にある、巨大な魔石採掘場。大勢のシグマがここで採掘に従事している。
白火教の教えによれば、シグマの手で掘り出さなければ魔石は力を失ってしまうという。
本当かどうかは知らん。採掘場で働いてるのはシグマ以外いねぇからな。
そんで今、俺達が汗水たらして働いてるのが魔石採掘場、つーわけだ。
俺とレンは十歳からここで働きはじめ、今年で五年目。
二人とも学校には行ってない。レンはともかく、俺は勉強にはちっとも向いてなかったんだ。俺らみたいなガキは、ここじゃ珍しくも何ともねえ。
ま、そんなしけた話はどうでもよくて。
──今日はほんと暑い。地熱がヤバい。
「クッソあちぃな。あーーだりぃ……!」
「おい、黙って働け!」
「へーい」
近くの大人に注意され、おざなりに返事をする。
レンをチラッと見たら、涼しげな顔で目配せした。多分呆れてる。こいつは要領が良くて、真面目にやってるふりが上手い。
ゴーグルを嵌め直して作業を再開する。
トロッコに積まれた岩から手頃な大きさの物を選び、金槌でカチ割って、魔石が入ってないか確かめる……その繰り返し。
採掘場の仕事の流れはシンプルだ。ほっそい坑道の奥から岩を砕いて運び出し、その岩を丁寧に割って、魔石を取り出す。魔石は集めて上層に運ぶ。それだけ。
きついっちゃきつい仕事だけど、体力以外に取り柄のない俺には合ってる。難しい事を考えるのは苦手だ。
採掘場の給料は、毎月決まった日に、決まった額払われる。そして隣には一緒にバカをやる友人がいる。
給料はべらぼうに安いが、子供でも雇ってくれるのは採掘場くらいだ。……というか"地界"自体、採掘場中心に回ってる。働きたいなら一番ハードルが低いのがここ。
まあ、俺は雇って貰った恩があるわけで、大っぴらに仕事に文句を言う気はない。
じゃあ小声ならいいかっつーと、これがそうでもない。
皇国でもっとも重要な事業である、魔石採掘に文句をつけると──白火教の犬がやってくる。
"地界"は、そういう世界だ。




