【序章】
「なあ、ソラ」
「何?」
「これ、やる」
唐突に差し出された掌。
何の気なしに渡されたものを見て、俺は「ん?」首をかしげた。
こいつが肌身離さず身に付けてた、小さな革袋だったからだ。
「おい、これ、お前がいっつも首からぶら下げてたやつだろ。大事なもんじゃねーの?」
「そう。だからやる」
「なんで?」
「ソラは、おれの親友だから」
「えっ……」
そんなことを真っ直ぐに言われて、俺は軽く慌てた。
「えーーーっと…………これ、毎日付けてたよな。ちゃんとキレイにした? くさくねえ?」
照れ隠しで、俺はうっかりバカなことを口走ってしまった。
案の定、相手はキレた。
「……」
「あだっ」
親友は無言で俺の頭をスパーンと叩いた。
相変わらず手が早い。そして容赦ない。
「もういい、バカソラ!」
親友は怒ってそっぽを向く。
無防備に差し出した友情を無下にされて、相当悔しかったんだろう。
眉をぎゅっとしかめ、苦虫を大量に噛み潰したような顔をしている。
「…………」
俺はポリポリと頬を掻いた。
言い訳になるけど、悪気があって茶化したわけじゃないんだよな。
単に、「友情を理由に何かをもらう」という行為に慣れてなかったから、ついふざけてしまっただけ。
この殺伐とした"地界"ではあまり一般的とは言えない行為だったから、ちょっとばかし戸惑ったのだ。
親友はプンスカ怒っている。
しかし、この程度のじゃれあいは日常茶飯事だ。
俺は自分の目線あたりにある親友の頭を、なだめるようにポンポンと叩いた。
「うそうそ怒んなって。なあ、これ、何が入ってんの?」
「…………」
親友は俺をチラッと見て、またそっぽを向いた。
うーん、かなりヘソ曲げてんなぁ。
親友から渡されたそれを掌に乗せ、しげしげと眺める。
人差し指と親指で円を作ったらその中におさまってしまう、小さな革袋。
袋には茶色の革紐が通してあって、首に掛けられるようになっている。
中身は何だろう。見当もつかない。
でも、こいつが大事にしてたものを勝手に開けて見るのも躊躇われた。
不機嫌な親友に謝りつつ、もう一度尋ねてみる。
「悪かったって。んで、中身は何なん?」
親友は俺をチラッと見た。
やっと答える気になったようだ。
引き結ばれていた口許が緩む。
「中身は言えないが、ものすごく強力な御守りだ。開けたら効果がなくなるから、気をつけろ」
「ほわぁ、何だそれ」
「いらんなら返せ」
親友はぐっと手を突きだした。
その口はまたへの字に曲がってる。
機嫌がまた急降下しつつある。
それを敏感に察知した俺は、同じ轍を踏むまいと慌てて首を振った。
「いや、めっちゃいる! いるから!」
「…………」
疑わしげな目で見てくる親友に、俺は誤魔化すように捲し立てた。
「でもさ、そんな大事なもん、俺にあげちゃって大丈夫なのか?」
「構わない」
「俺、礼とかできねえけど」
「別に気にしなくていい。ソラにあげたかったからそうしただけだし」
親友がふいっと顔を背けた。
しかめ面の横顔に、笑いを飲み込む。
こいつも大概、照れ隠しが下手だよなあ。
「んじゃ貰っとく。ありがとな、レン」
俺はそう言って、ニカッと笑いかけた。
───以来、その小さな革袋は、俺の首にぶら下がっていた。
そいつに言われた通り、中身を一度も見てない。
やつが言うと「ものすごく強力な御守り」てのを真に受けたわけじゃないが、親友の気持ちが単純に嬉しかったんだよな。
それから月日が流れて、ずっと後になっても、俺は時々この日を思い出した。
古い写真を眺めるような、懐かしい気分と一緒に。
これは、親友が男だと信じて疑わなかった頃の話。




