【十二】落ちていく
「は………?」
どういうこと?
頭が真っ白になった。思考がフリーズする。
ずっと男だと思ってた親友の胸部に、何かある。
何なのあれ。
数秒の空白を経て、俺の絶叫があたりに木霊した。
「…………え、えぇええぇッッッ!!!??」
「うるさいぞッ!」
「ガッ、いって……じゃなくて、え、待って!?」
親友の、はだけた胸元。
心臓の上辺りに浮かんでる不思議な紋様は、いったい何なのか。いやそれも初めて知ったが、サラシの下のかすかな隆起…………あれは、いったい。
アホで能天気な俺でも、男女に性差がある事くらいは知ってる。だとしてもおかしくない?
──いや、おかしいのは自分の方なのか……
と、そこまで考えてハッとした。
待て待て待て。これは凝視しちゃまずいやつだろ!
とりあえず目を逸らしておこう。深呼吸だ。落ち着け。
赤くなった顔を誤魔化すように、俺は若干視線を上げた。
気を失った友人の顔がそこにある。目を閉じていても、王子様のような美形である事に変わりはない。
いや、確かに睫毛とか長えし、繊細できれいな顔だなーって思うよ。
思うけどさ。
つーかこれ幻覚だろ。
だって、六年間も親友だと信じてた奴が、
「女って…………マジ…………?」
容易に受け入れがたい事実を前に、俺は抵抗するのも忘れ、ポカンと呆けていた。
「……いてぇぞ、このカス共……!」
その時、意識を取り戻した少女が、悪態をつきながら軽く頭を振った。だが、自分の服がはだけてる事に気がついて、はっとして顔色を変えた。
レンはすごい勢いでこっちを振り返ったが、呆気に取られた俺を見て、全てを悟ったらしい。
「あーぁ……」と呟いて項垂れた。
「よりによって、今バレちゃうとかありえねえだろ……」
「えっお前、マジで女だったの!?」
「まぁな……」
「ちょっ……いや、裸になるのを異様に嫌がるなぁとは思ってたけどさぁ!」
「お前は気にせず裸になってたよな」
「あーーーそれ、記憶から消せる!?」
「無理だろ」
ポンポンと言葉をかわす。
場違いなのは二人とも分かってる。それでも喋らずにいられなかったのは、一種の現実逃避みたいなもんだった。
だが間の抜けた会話が出来たのはそこまで。混乱してる俺らを完全に無視して、神父は立ち上がって銃をしまいながら、俺を押さえこむ騎士に冷酷な命令を下した。
「……対象を確保したので撤収します。そちらの少年は殺して、適当に"裂け目"にでも放り込んでしまいなさい」
「はっ」
「っ、やめろ、ぐっ………」
俺への死刑宣告に、レンが顔色を変えた。がむしゃらに暴れだした親友を、リーダー格の騎士が再度殴りつけた。
頭を強打され、レンが小さく呻いて地面に倒れこむ。
「てめぇ、俺の親友殴ってんじゃねえよ……!!」
拘束から逃れようと、俺も体を捻った。レンの方へ必死に手を伸ばす。だが──そんな俺の背中に、騎士の剣がまっすぐ突き刺さった。
レンの、衝撃に揺らいでいた紫の瞳が大きく見開かれる。
「……かはっ」
口から血が噴き出る。
背中と胸が燃えるように熱い。剣が引き抜かれるのと同時に、勢いよく溢れた血飛沫が体を濡らしていく。
濁っていく意識の中で、自分がズルズルと地面を引きずられていくのを感じた。
やがて、フワッとした浮遊感が体を襲う。俺は"裂け目"に投げ捨てられてしまったらしい。
『"裂け目"から生きて戻った者はいない』
そのことがふと頭をよぎった。
──レン
別に格好つけるとかではなく、本心から、俺は自分のことなんかどーでも良かった。それより、火輪騎士団に連れてかれる親友が何より気がかりだった。
手酷い扱いを受けないよう祈る以外、なんにもできねーのがひどく悔しい。
──このままじゃ死んでも死にきれねぇよ、一緒に逃げるって約束したんだぞ
後悔が心を埋め尽くしていく。
意識が途切れる寸前、俺の目に映ったのは──遠い"裂け目"の向こうから射す、かすかな光だった。
力を失った俺の体は、吸いこまれるように深い穴底に落ちていった。




