【十一】秘密
パン、パン、と乾いた破裂音が響く。
同時に、空気を切り裂くような物凄いスピードで、小さな何かが飛来した。
「ぐうっ……!」
視認不可能な速度で飛んできたそれが、俺の右肩と左の太股に深く食いこむ。
激痛と共に、鮮血が飛び散った。
だが俺と違って、"狂犬"は驚くべき勘を発揮し、初撃を横に飛んで回避した。すげえな、シックスセンスかよ。
だが続く攻撃は、さすがに避けきれず。
再度、破裂音。
何かがレンの脇腹に命中する。古びた作業服が、血で赤く染まった。レンは苦悶に顔を歪め、傷口を手でぎゅっと押さえる。
だが、レンは痛みを忘れたかのように、焦りを浮かべて俺に向かって叫んだ。
「ソラッ、危ねえっ!!」
俺はハッとして振り返った。
「死ねぇっ、クソガキがっ!!」
下っ端の騎士が、よろめいた俺に襲いかかってくる。
胸を狙って繰り出された剣先。それを一歩下がって躱す。
着古した作業服の胸元を、鋭く研がれた刃が切り裂いていく。服の下に隠してた、レンがくれた御守りにも小さく傷が入った。
だが、俺も避けられたのもここまでだった。肩と太股の痛みが邪魔して、どうにも動きが鈍い。
「ぐうっ」
蹴り倒され、地面に伏したところを、固い靴で容赦なく踏まれた。地面に押さえつけられ、俺はくぐもった呻きを上げた。
「っ、触んなッ!」
顔を上げると、レンも別の騎士に後ろから羽交い締めにされていた。だが、ブン、と勢いよく頭を振って、頭突きを食らわせる。
拘束が僅かに緩んだ隙に、強引に振りほどく。
「くそったれが」
レンは振り向きざま、相手のずれたフードから覗く耳を噛みちぎった。さらに、袖に隠し持っていたペンで、仮面の隙間から眼球を抉った。渾身の力で突き刺したそれが、半分ほど奥まで埋まる。
「ぎゃあぁっ!!!」
騎士は耳と目から血を撒き散らしながら、絶叫を上げて倒れこんだ。ペンは相当奥まで刺さったんだろう。騎士は何度か痙攣して動かなくなった。
気絶か絶命かわからねえが、さすが"狂犬"。手が自由なら、拍手の一つでも送ってやりたいところだ。
「クッソまず」
レンは、血まみれの耳をペッと吐き出した。足元に倒れた騎士を一瞥し、こっちに駆け寄ろうと足を踏み出す。
だが、腕を折られたリーダー格の騎士が、レンに静かに忍び寄っていた。
「レン、後ろだッ!」
「ぐっ……」
ガツッと剣の鞘で頭を殴られ、間髪入れず肩にも打撃を受け、"狂犬"はガクリと膝をつく。
「お前ら、よくもやってくれたなァ、ガキの分際で」
粉だらけの素顔を晒した壮年の騎士が、憎々しげに悪態をつく。折られた腕には力が入らないんだろう。ぶらりと垂れ下がったままだ。
それとは逆の手で、剣を収めた鞘を握ってる。
意識を失ったレンを、男が憎悪の籠った濁った目で見下ろした。
「離せよ! レン、逃げろ!!」
拘束から逃れようと身を捩る。だが。
「──お忘れですか。"聖女"はなるべく傷つけないように、との命令ですよ」
リーダー格の騎士を止めたのは、神父服を纏った若い男だった。灰色の髪と眼鏡をかけたそいつは、長いコートの裾をゆったりと捌きながら、暗がりから姿を現す。
レンの頭部を狙って振り上げられた鞘を、騎士が舌打ちしながら下ろした。
「…………ハッ、銃撃した貴様がそれを言うのか」
「私の銃では、動きを止めるくらいがせいぜいです。急所に命中しない限り致命傷にはなりません」
右手に持っていた金属の機械──あれが銃と呼ばれる物だろうか──を胸の辺りまで持ち上げ、神父は軽く肩をすくめる。
だが、二人の会話を聞いてた俺は、ピタリと暴れるのをやめた。何か、聞き捨てならん単語が、あった気がするんだが。
──こいつ、レンを"聖女"とか呼んでなかったか……?
聖女っていえば当然女だろ。だがレンは男だ。
レンやナダル爺さんが襲われたのは、何かの間違いだったとでも言うのだろうか。そんな理不尽な話、あってたまるかよ……!
頭にカッと血が上る。気がついたら、俺は神父に向かって叫んでいた。
「……待てよ! 聖女っつったら女だろ? そいつは男だぞ。お前ら、なんか勘違いしてんじゃねえか!?」
「貴様は黙ってろ!」
頭にガツンと衝撃が走る。上から押さえつけてた騎士に、頭を蹴られたらしい。しかし俺は「ふっざけんじゃねーぞ!」となおも叫んだ。
だが灰色の髪の神父は、こっちに一瞥すら与えず、さらりと無視しやがった。
「確認します、彼女を押さえていて下さい」
神父に命じられ、リーダー格の騎士が舌打ちしながらぐったりしたレンを引き起こす。神父はその正面に屈みこみ、作業服の前を開いていった。
やがて、埃まみれの作業服の下から現れたのは──白い肌の上に浮かびあがった不思議な紋様と、サラシがきつく巻かれた胸。
────。
俺の思考が止まった。
おかしいぞ。サラシの下になんかある。




