【十】戦闘
暗闇から現れた三人の騎士。俺達は奴らに待ち伏せされてたらしい。ご苦労様だわ。
舌打ちして身構える。
一歩踏み出した騎士達は、流れるような動作で剣を抜いた。鈍い銀の刀身が街灯を反射して、不吉な光を放つ。
「銀髪の方は傷つけるな」
「はっ」
一番偉そうな、教会の紋章入りのマントを羽織った騎士が、残りの二人に指示を出す。
奴らの狙いはやはり、レンだったようだ。しかし今の会話からすると、俺の親友を殺すつもりはないらしい。
万一俺がどーかなったとしても、レンが傷つけられる心配がなさそうだ。それは救いだな。
そんな事を考えながら、奴らの動きに集中する。
思考が後退し、頭がすっと冷えていく。隣に立つレンの纏う空気も、ふっと入れ代わるように変化した。
"狂犬"と呼ばれて久しい友人が、牙を剥き、本気になった時の合図だ。
二人の騎士が剣を構えて、ジリジリと左右に広がる。その動きを油断なく視界に入れながら、深く息を吐く。
示し合わせたように、騎士達が俺達に向かって走り出す。同時に、俺とレンも地面を蹴った。
初撃。右の騎士が、俺に向かって剣を繰りだす。それを間一髪でかいくぐった。
剣が頭を掠め、髪を数本持っていかれた。ひやりとしたが、びびってる場合じゃねえ。レンも腕を掴まれそうになったのを、一歩横に飛んで躱す。
俺達は、地面の上を滑るように低くスライドし、勢いに任せて立ち上がった。
更に走る。下っ端に構う事はせず、俺とレンは、格上だと思われる男との距離を一気に詰めた。
──相手が集団で来た場合、まず、頭を潰せばいい。それが喧嘩のセオリーだ。
俺は、隠し持ってた小麦粉の袋をそいつに向かってぶちまけた。小麦粉には唐辛子の粉が混じってる。少しでも目や喉に入ろうものなら、激痛で戦うどころじゃなくなるやつだ。
レンの家から逃げる時に用意してきたものが、早速役に立ったぜ。備えあれば憂いなしだな!
俺の不意打ちに、男は反撃どころじゃなくなった。急いで仮面を投げ捨て、仮面の隙間から入り込んだ唐辛子入りの粉を、必死で払い落としてる。
「小癪なぁっ……!!」
目から涙を流してる男は、こっちがはっきり見えてないんだろう。闇雲に剣を振り回した。
その雑な動きを、俺の親友がごく冷静に追う。
隙を見計らって、レンは、騎士の片腕を掴んだ。相手の体重を利用し、体格差をものともせず、男を地面に引きずり倒す。
「よっ」
同時に、俺は地面を強く蹴って、ほとんど垂直に跳びあがった。
レンがあえて少し浮かせた肘の関節。そこを狙って、膝を真下に突き落とす。
跳躍した勢いと、全体重が乗った俺の膝が、伏せた男の腕に強烈な一撃を加えた。
バキッという、関節が破砕される音。薄い闇を裂くように、野太い絶叫が響き渡った。
「ぐぁぁああっ!!!」
梃子の原理を利用した、逆関節。それをピンポイントで狙う。いかに鍛えられた騎士といえど、関節をキメてしまえばこっちのもん。
今この瞬間は、俺達の完勝だった。
「よいしょーっと」
立ち上がると、レンに押さえつけられた男の肘は、ありえない方向に曲がっていた。はっはー大成功!
とにかく戦意喪失させたい場合、別に致命傷を負わせる必要はねーんだよな。手足の一本か二本、使い物にならなくすればいい。
武器がなくても、それなりの闘い方っつーもんがあるわけで。
呻きながら暴れる男を押さえつけ、素早く剣を奪い取る。
「それ頂戴」とレンが手を差し出したから渡してやると、親友は垂直に剣を構えた。
「まだ死にたくなければ動くなよ」と警告し、うつ伏せに倒れた騎士の首筋に、ピタリと切っ先を当てる。すると、何か悪態をつきながらも男は大人しくなった。
上司を人質に取られた二人の騎士は、反撃すらできずに呆然と突っ立っている。あまりにボケた顔してるんで、俺はつい笑いそうになった。
シグマのガキにしてやられるとか、欠片も思っちゃいなかったんだろう。いやぁ実に気分がいいっすね。
実際、"地界"のシグマの大半は、すっかり飼い慣らされちまってる。だからこそ火輪騎士団は、好き勝手に、暴虐の限りを尽くすことが出来たわけでさ。
レンは冷めた目で足元の男を見下ろし、そいつの頭を、固い靴先でガツガツ小突いた。
「こいつ殺しちゃおうぜ、ソラ」
「アホかお前。こいつは人質じゃん、ていちょーに扱えよ」
「冗談だ」
「"狂犬"のお前が言うと、冗談に聞こえねーんだよ…………つーか、こっからどうしたもんかね」
俺は、うーむと唸る。
形勢逆転は今だけで、安全な場所に逃げこまなきゃ意味がない。
キリアが言ってた何とかっていう酒場なら匿ってくれるのかもしれねーが、そこに辿り着くまでに、何度もこうして騎士団とやり合わなきゃなんないと考えたら、命が幾つあっても足りなかった。
思わずため息が漏れる。
まあそれでも、つかの間の勝利だ。……俺達の緊張がほんの僅かに緩んだ。
その時、続けざまに、耳慣れない破裂音が響いた。
同時に────街灯が当たらない暗がりの奥から、矢のような何かが俺とレンに向かって飛来した。




