【一】地底の悪魔
────我は、ただ待っていた
────深い地の底で
────いつか来るだろう、その時を
++++++
気がついたら、俺は深い闇の中にいた。
「うう……ってぇー」
小さく身動ぎする。その途端、全身バキバキに折れそうなほどの激痛が走った。
体中が大音量で悲鳴を上げてる。痛いです先生。ていうか誰よ先生。痛みのせいで、思考がエラーだらけだ。
フー、フー、と痛みを逃がすように深呼吸する。気が遠くなりそうな激痛に耐えて、暫くじいっと動かずにいた。
──どれくらい時間が経っただろうか。
ひたすら耐えてじっとしてたおかげか、死ぬほどの痛みは若干和らいでいた。
いや、我慢できる範囲になっただけで痛いものは痛えんだけど、さっきよりかなりマシにはなった。
まあ余裕ができたのはいいんだが…………今の状況がさっぱり分からん。
ここはどこなのか、今は何時なのか。近くに助けを求められる人間がいるのか。
だがそれらを確かめるには、俺は満身創痍で、ここから動ける気がしなかった。
こんなんじゃ、にっちもさっちもいかない。このまま死んじゃうのかな……と内心焦る。
今できるのは、考える事くらいだ。頭使うのはものすごく苦手だが、それ以外にする事もない。とりあえず、俺はここに来た経緯を振り返る事にした。
よし、順を追って確認しよう。
意識が途切れる直前、火輪騎士に俺は背中からザックリやられた。そして"裂け目"に投げ落とされた。
そこまでは覚えてる。
とにかく気がついたらここに横たわっていた。深傷を負って、底無しとも言われる深い穴に落とされたんだし、万が一にも助かったって事はねえだろう。
なら、自分は死んでしまったのだろうか。
そうするとここは死後の世界……?
絶望と僅かな好奇心に押され、俺はそっと瞼を開けた。死後の世界とはどんな感じだろう……と微かな好奇心を抱いて、瞼を持ち上げた。
だが、俺の期待は外れた。
おかしい。何も見えん。目を開けたはずが、全く変化が見出だせない。
何度か瞬きする。次にゆっくり瞼を閉じて開けてみる。が、どっちも真っ黒。
どういう事だ。
少し考えて、俺はするっと答えに辿り着いた。俺は能天気だが、周りの人間が思ってる程バカではない。多分。
要するにこには──目を開けたのかどうかすらわからない、深い暗闇の中なのだ。
今の俺は指一本動かせないが、仮に動かせたとしても、おそらく自分の指を見る事も出来ない。「一寸先も見えない闇」ってやつだ。
だが、そうするとさっきの疑問に逆戻りする。
…………やはり、自分は死後の世界に来てしまったんだろうか。
肉体が滅び、魂となって闇を彷徨ってる……とかなら多少ロマンを感じなくもねーけど、残念ながらここはそんないいもんじゃない。ゴミ捨て場より酷い臭いがするしな。
何より、魂だけの存在になったんであれば、肉体の苦痛から解放されんじゃねーのか。
全身バッキバキに痛えんだけど。
次々と浮かぶ疑問を連想ゲームのように繋げていく。しかし相変わらず全身痛いし、暗闇で何にも見えない。時間の感覚もおかしい。
永遠にこの状態で居続けるんだろうか、と不安になってきた頃────変化は訪れた。
俺が横たわってる場所の、少し上。黒く塗り潰された闇の中。ふわりと、二つの赤い光が灯った。
炎のように揺らめく、深紅の光。それが現れるのと同時に、低い男の声が木霊した。
『…………ほう。お前は生きているのか。生きた人間に会うのは五百年ぶりだな』
──誰だ。ていうか、何だ。
内容も突っ込みどころしかねえ。
一瞬痛みからくる幻覚かと思ったが、いや違う、と俺は即座に否定した。
恐怖に似た、総毛立つような感覚が、これは幻覚なんかじゃないと告げている。
"裂け目"の奥底の闇に潜む、圧倒的な力の存在。
その獰猛な気配がすぐ側にいる。
地獄の使者だろうか。
少なくとも、天国に連れてってくれる天使とかそういう存在ではなさそうだった。
なんつうか、纏う空気が狂暴すぎるんだよな……迂闊に近寄ったら全員ぶっ殺す、みたいな。
まぁ、俺が地獄行きでも文句は言えない。信心とか何それだし、誇れるほどの善人でもないからな。地獄で苦しむのは嫌だなぁ……とは思うけど。
そこで俺は、おや、と瞬きした。
フワフワと宙に浮かぶ、二つの赤い光。よく見るとそれは、爛々と輝く一対の瞳だと気づいたのだ。
明らかに人間じゃない。やっぱここは死後の世界なんだろうか。
何が面白いのか分からんが、人ならざるそいつは、滴る血のような赤い双眸で、瀕死の俺をじっと見下ろしていた。
「…………お前は、悪魔、か?」
疑問が口を突いて出る。ふと、相手が首を傾げる気配がした。
『悪魔? まあ、そうとも言えるな』
赤い目をした何かは、楽しげにくつくつと嗤う。
『人間は、我をいろんな名で呼んでいた。悪魔、禍津神、神使。我は呼び名にこだわらぬ。お前も好きに呼ぶがいい』
……他はともかく、禍津神なんて初めて聞く。響きからして蔑称だろうか。
だがこいつに一番相応しい呼び名は、やっぱ「悪魔」じゃねえかな。
白火教によれば、悪魔は禍々しい赤い瞳で人を魅了し、魂を奪う契約を持ちかけるという。こいつは、その悪魔にそっくりだ。
そもそも俺は、白火教の教義なんぞにさっぱり興味がなかった。全て眉唾だと思ってたけど、悪魔に関しては違ったらしい。
悪魔は実在したらしい。俺は初めて、白火教の言うことを信じる気になった。




