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第44章

 苦痛ばかりだったピアニストとしての時間の中で俺が唯一、俺を表現できた演奏がそれだった。結果、県で一位になった。あの時が俺のピークだった。


「まさか、あんなのを聴いてたとはな」

「わ、私が音楽に憧れたきっかけだったんだよ。ほんとだよ」

「俺が、きっかけか」

「きっかけ、だけじゃない。今日だって……私、私ね、ずっと滝本くんが、あ、あ、あ憧れで、だから今日どうしても歌いたくて、歌えたら、死んでも、いい、って」

「大丈夫だ。泣くな。それから死ぬな」

「ひぐ、う……今日の私、ちゃんと、ちゃんと歌えてた?」

「ああ。世界中に響いてた」


 そう言うと、和木坂は少し安心したのか泣き止んだ。胸に手を当てて深呼吸を二回、俺の眼を見た。


 その表情も初めてだった。強さを感じる表情。


「……ち、違うの」

「どうした?何が違うんだ」

「世界の、他の人たちじゃなくて……あ、あ、あの、滝本くんに聴いてほしかったの」


 俺は下手な言葉にするのをややこしく思ったので、黙ったまま和木坂を自分の胸に引き寄せ抱いた。少し強引だった。


 制服から香水の匂いがして、竹田叶に無断で借りたままだったことを思い出した。また怒ってくるだろうな。まあ別にいい。

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