第36章
「……じゃあ、今からオーディションやるぞ。軽音部のボーカリストを正式に決めるためのオーディションだからな。候補者は三人。一人一曲ずつ歌うから、一番相応しいと思った奴の番号を紙に書いてから帰れ。わかったか」
言うだけ言って全員、一旦舞台袖に引っ込んで幕を閉じた。和木坂が心配だった。
「おまえら、よくやった。竹田、楽しいか」
「うんっ」
「まあ全員ミスだらけだったが、音楽は楽しけりゃいいんだ。だから全員合格だ」皆でハイタッチを交わした。
「そんじゃオーディションだ。竹田は一番手だからな。フルートとピアノのあいつらにも準備させろ」
「わかった。もう来てるだろうし呼んでくるね」竹田叶の声は弾んでいる。吹奏楽部と合唱部からサポートを呼んで練習していたのだ。
はっきり言って竹田叶の完成度はまだまだだが、さっき俺が言ったように音楽は技術じゃない。俺が負ける要素は十分にある。
後は山田と菅山に任せ、俺は和木坂を探した。掃除用具の隣で壁にもたれるようにうずくまっていた。
「和木坂」
「あ、あ、あ、来ないで」
「どうした」
「お願い、だめ」
和木坂は怯えているのか、俺さえ拒絶している。そのことに多少いらついたので無視して歩み寄った。やっと意味が分かった。和木坂は失禁していた。
そんなことで俺を拒絶するな。
「あ、あ、すいません」
「……大丈夫だ。和木坂、すまなかった」
「あ、え?な、なんで謝るの?」
「おまえをこんなになるまで苦しめてる」
「ち違うよ、私が、私のせいで」
憔悴しきった和木坂を俺は両腕で包んだ。和木坂の体は前に抱き上げた時より骨っぽかった。
「もういいんだ。苦しいのはやめだ。舞台なんか上がらなくていい」
「……でも、せっかく滝本くんがくれたチャンスなのに」
「和木坂、俺は口下手だ。だからおまえにうまく伝わってるのか分からない」
「滝本くん、私、もし歌えなかったら、滝本くんは」
その時、不意に竹田叶の声が遠くで響いた。
「滝本ー、準備できたよ」
「……ここにいろ。寝てていい」俺は和木坂を残し、竹田叶の声がする方向に戻って行った。




