第26章
旧音楽室は少し賑やかになった。小さい頃ピアノをやっていた俺は竹田叶にキーボードを教え、和木坂は吐いてもいいようにげろ袋を持ったまま歌の練習、山田と菅山はそれぞれメトロノームと睨み合い。
竹田叶は脳がスポンジだけに吸収力はある。俺が和木坂に話しかけるといちいち遮ってくるので鬱陶しいが、それ以外は合格と言っていい。元々見た目だけならテレビのアイドルにも負けてはいない。それがリズム隊のやる気にも繋がってるようだ。
和木坂のほうが可愛いと思うのは多分俺だけ。
しかし、和木坂は歌えるようにならない。声は全く出ないし、通し練習で前奏が流れ始めると必ず、えずくかげろを吐いてしまう。見てられなかった。それにげろを吐くと言っても、いつもほとんど胃の中が空っぽの和木坂は体をひくつかせ胃液のようなものを少量嘔吐するだけで、ただひたすら辛そうだった。何回吐いても解放されなかった。
その度、俺は和木坂と二人で神社に寄って、もう一人の和木坂と相談したり俺のギターで歌ったりした。やはりと言うか、ここでの和木坂の歌声はいつでも人間を超えていた。脳に直接、感動させる物質を注射されているような奇跡だった。素面でも幸せになれた。
ある日、俺は神社での和木坂をビデオカメラに収めようと思い持参、和木坂に向けると瞬時に体を硬直させ「あ、あ、や、つぼえっ」やはりげろを吐いてしまった。
涙目で苦しむ和木坂を見ているとこっちまで苦しくなる。まうたんかわいそう、の意味が今はよくわかる気がした。俺は背中をさすった。
「なあ、和木坂」
「んくふっ、んっ、ぐ、はあ、ふう……ご、ごめんなさい。やっぱり、見られるの、無理です」
「怖いのか」
「……うん」
「どうしたもんか」
「や、やっぱり私、無理なのかな?みんなに迷惑かけちゃうし」和木坂は泣いた。
俺は和木坂に無理させたくないと思った。
「迷惑は別にいい。おまえが続けたいと思えなくなったらやめていい。俺は止めない」
涙を拭いた和木坂はしばらく黙っていた。俺はギターで紫陽花を弾いた。
「……あ、あの」
和木坂は言い辛そうに切り出した。
計画も終わりか。しかし和木坂がどうなっても、俺は受け入れてやろうと思った。




