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異能で無能な俺!?  作者: グラハム・A
入学編 〈上〉
5/32

【ECT】

 ECTがある午前中の日程はあっというまだった。

 待ち遠しい行事があると、人はそれまでが長く感じたりする時がある。いつもは長く感じ、時計の針を気にしていた授業もなぜか短く感じ、終っていた。だがその短さに感じる要因はECTで間違いはないのだが、待ち遠しさからくる短さではない。やりたくない気持ちからくるものだ。前日に可憐からもらったメールでやる気は出してみるものの、今日の摸擬戦自体は乗り気ではなかった。さらには嫌な相手と当たってしまった。向こうは入学式の腹いせも兼ねて攻撃してくるだろう。

 憂鬱な気持ちのまま午後を迎え、授業説明されたECT専用スーツを渡されたのが今だ。

 現在はECTを行う武道場に設置された更衣室で着替えをしている。


「能力制御実習って能力の使えない俺は何すれば良いんだ………?」


 周りは親しい友達と思い思いにこの授業への意気込みを話しながら、和気あいあいと着替えている。史弥はその中で一人ポツンと着替えていた。

 元々一般人の学校に通っていたため、ニューマン専門課程の教育知識には乏しいものがある。ましてや能力制御実習などというものが何なのかはさっぱりだ。

 そんな事を聞ける親しき友人作りに失敗した結果がこれだ。正確には友人は一名いるが、その一人は別の更衣室────もとい男子には入れない聖域で着替えを行っている。

 この空間は所為、ボッチという奴だ。故に問うても返してくれる者はいない。


「流れに身を任せるしかないか。まずは着替えだよな」


 スーツの着用方法は事前に説明を受けている為、その通りに着込んでいく。

 ECT専用スーツは紺色を基調とした着色がされており、頚部から胸部にかけて縦一線のファスナーが伸びている。ここから足を入れ、レザースーツのように着込んでいく。そのためスーツを着た感想は体への密着感が高いの一言だった。動きやすく、胸部、背部、四肢の各所には僅かなふくらみがあり、資料に記載されていたエアバックシステムが内蔵されている事が伺える。全体的なフォルムは男性用という事もあり、マッシブだ。


 さらに史弥はコンタクトレンズ型ウェアラブルコンピューターを装着し、補助用ナノマシン点眼薬を打つ。

 すると同時に視覚に直接情報が投影された。

 自身の心拍数、スーツステータス、他の物体との相対距離表示、時計機能等々、普段視覚では得られない情報が視覚化される。

 まるで一時期風靡したVR(仮想空間)ゲームのように自身がゲームキャラクターとなっているのではと錯覚してしまう程だ。だがこれは現実。どちらかと言えばAR(現実拡張)というべきだ。

 最後に頭部保護用のヘッドマウントを装着する。動きやすさを重視しており、大きすぎず、頭部をしっかり保護する形状、眼球保護の為に透過性の高いバイザーも備わっている。

 すべての装備を装着し、動きに違和感がないか軽く弾んだり腕を回したりしてみる。


「特に変な違和感はないな」


 元々サイズと自分の体格がしっかりあっていることもあり、一切の違和感を感じられない。

 すると、突然声をかけられる。


「よう、史弥。楽しそうにしてるじゃん」


 明らかに今の一人の状況に嫌味を込めて放たれた言葉。顔をその人物に向けるが、向けなくても相手は何となく分かっていた。

 相手は鈴原 涼。

 彼は相手を下に見た余裕の表情を見せ、小馬鹿にした雰囲気を醸し出していた。

 その一歩引いた両後ろには浩介とケイもいる。


「中々似合ってるじゃん。でも褒めてくれる奴がいなくて残念だな──特に春山さんがいなくてさぁ」


「わざわざそんな下らない事を言うために声をかけてきたのか?」

 明らかに安い挑発だ。だが、史弥は特にこんな安い挑発に乗るつもりもなければ、心を乱されるようなこともない。


「連れない事言うなよ。ただの挨拶みたいなもんだろ。摸擬戦前のさ」


「安い挑発をしに来たのなら無駄だぞ」


「そんなつもりないって! ただ──どうやってニューマン教育課程に一般人の紋無し君が紛れこんだのかその理由が知りたくてさ」


 言葉の一つ一つが、小馬鹿にした言動に辟易としつつも、返事を返した。



「今は使えないだけで、絶対使えるようになる」


「ふーん、あっそ。何にせよ俺より強いESP Abilityじゃないと意味ないけど。

 それと入学式の時は世話になったな。今日はしっかり礼をさせてもらうから」


「その礼は返すことになるかもな」


 あの入学式の廊下を思い出す。

 この自分の気持ちだけは曲げたくなかった。

 例えあの廊下でやられる結果になっても、後悔はしないだろう。


「どうやら向かってくるつもりだな。まぁ、そうじゃなきゃ面白くないけど」


「周りの生徒達を見て、思っていたが、お前のそのやり方は不快だ。力で相手を屈服させて服従させる。そんなことして周りと親しくなることなんて出来るわけない。ただのうわべだけ。お前はそれで満足なのか?」


 この言葉に鈴原はイラつきを見せ始める。


「あぁ? 無能の分際で俺に説教か??

 調子に乗るなよ。その減らず口を言えなくしてやる。

 今日、お前は間違いなくこのECTで病院送りにしてやる」


 その発言に史弥は一つの疑問が浮かぶ。

「勝負に負ける事はあっても怪我は絶対にしないだろ。そういう仕様(ECT)のはずだ」


 ESPDチョーカーで守られている以上、肉体への直接攻撃はありえない。故に鈴原の発言は矛盾していた。


「何事にもアクシデントはあるさ。それが今日たまたま起こる事だってある。た(・)ま(・)た(・)ま(・)な」

 語尾をやたら強調して、鈴原は嘲るように、ニヤつきそう言ってみせる。

 後ろにいる二人も気味の悪い笑顔を浮かべている。

 表情には出さないようにするが、何とも言えない、嫌な予感を史弥は感じた。


「じゃあまた後でよろしくな、紋なし君」

 最後にそう言って三人が立ち去る。

 残された史弥はこの後の模擬戦で何かある事を感じ、一瞬考えを巡らせる。


「一体何をするつもりだ………?」


 しかし、考えても答えはでない。それもそのはずだ。

 ESPDチョーカーにより攻撃はすべて遮断される。肉弾戦になったとしてもこのECT専用スーツが守ってくれる。


「………あーもう! 考えても分からない!」


 結局、余計な事を考えてもどうにもならないので、考える事をやめた。

 何か企んでいる事は分かるが、内容が分からなければ対処のしようもない。

 しかし、気付いた時には手遅れという気がする。

 せめて警戒だけは怠らないでおくことにしよう。

 ここで杉田の言葉が史弥の頭をよぎる。

 思い出しながら小声で独り言を呟く。

「相手は力に絶対の自信を持っているタイプ…………。力に過信している者は必ず油断が生まれる。そこを見定め、意表をつければ勝機はこちらにある。先生の言いたかった事はこういう事だよな」


 杉田先生は多くを語らない人だ。

 だから一から十まで教えるタイプの人ではない。実際にやらせて覚えさせるタイプだ。スポーツにおいてもそうだが知識を持っていてもいざ実践できるわけではない。

 一つの技を完璧に使えるようになるまで常に繰り返しのトレーニング。そして、一定のレベルに達して初めて技と認められるのだ。

 故に先生は多くを語らず実践させる。

 すべてが実践というわけではなく、口頭でのアドバイスもあるが、最小限だ。

 あくまでも何がダメだったか、何が原因なのか自身に考えさせ、気付かせる。

 その方が技の習得が早いと知っているからだ。

 おかげで自分はここまで体術を極めてこれた。

 長い時間一緒にトレーニングを積み重ねてきたからこそ分かる。言葉を交わさなくても先生が伝えたいことは汲み取れる。

 史弥は一息吸って吐く。息を整え、精神を研ぎ澄ます。


「考えても仕方がない。冷静に相手の動きをみて、状況を把握し、行動しよう」


 史弥は更衣室を出てECT専用フィールドへと歩みを進めた。




 ◇◇◇

 武道場内、ECT専用フィールドは広く、天井は遥か上にあった。

 実際に見ると中はかなりの広さを有している。広さは市民体育館一つ分の大きさはあるだろう。中は四つの区画が設けられ、一つ一つに立方体の強化ガラスが囲んでいる。強化ガラスの外壁には大きくアルファベットがペイントされており、A・B・C・Dと一文字振られ、内側には白砂が敷かれたフィールドが広がっている。

 ただECT説明を受けた際には、話しになかった素材不明の正方形・長方形の大小さまざまなブロックが置かれていた。位置もバラバラで散りばめるように置かれている。

 そして、そこから少し外れた、A・B・C・Dの中央に位置する広場に生徒達は整列していた。

 最前列、前方にはECTの教習を担当する教師陣が数名立っており、その中の一人である人形が前に出て生徒達に指示を出そうとしている。


「皆さん全員揃いましたね。ではこれより実習を始めたいと思います。

 もうすでにカテゴリー別に整列は出来ていますね?」

 既に皆がそのように並んでいる事もあり、無言の了解で、異論を唱える者はいなかった。

 人形はそれを感じ取ると続けた。

「大丈夫なようですね。これより、カテゴリー別に各フィールドに入り能力制御実習を行いたいと思います。装備に不具合がないか各自点検。問題があるものは直ちに申し出て下さい。問題なければ各フィールドに入るカテゴリーを発表していきます」


 各自スーツの点検を行っていく。全員スーツステータスに異常がない事を確認し、人形は異常を申し出る生徒がいない事を確認するとカテゴリー別に指定フィールドを発表していった。

 その中でアストレイはDフィールドを指定される。


「では各自、指定フィールドへ移動して下さい。それでは解散」


 人形はそう言うと、自分が実習を務めるフィールドへと歩みを進めた。

 先ほどまで整列していた生徒達はバラバラに移動を始める。皆、仲の良い生徒同士での移動だ。その中を史弥は、一人離れて移動を開始する。

 すると、後ろから茶髪の美少女が声をかけてくる。


「待って! 史弥君!」


「おわっ! ビックリした! 可憐!?」


 後ろから現れた可憐は、ECT専用スーツをしっかり着用している。

 可憐が着用しているスーツは女性モデルということもあり、全体的に女性のシルエットが強調され、着色は黒を基調とし、周りの景色と対比しやすく、さらにスーツの密着度は高い造りもあって、女性的なラインがよくわかる。

 お陰で可憐のスタイルの良さは一目瞭然だ。

 決して少女のような感じではなく、まさに出るところは出ているそんな感じだ。

 主にお尻や胸が。

 正直な感想としては目のやり場に困ってしまう。


「ねぇ史弥君? 私のこの服装、似合っていますか?」


 その場で体を翻し、回転して見せる。

 私服の可憐であれば、色々な褒め方があっただろう。

 様々な形容詞を用意ながら可愛いと伝えることが出来た。

 だが、今持てる形容できる言葉はセクシー、グラマラス、妖美という言葉でとても本人へ語弊が生まれかねない単語ばかりだ。あくまで(よこしま)な気持ちだと悟られないように言葉を紡ぐ。


「ん、ん~~? まぁその…………似合っていると思う」


「適当な返事ですね~?」


 こちらの表情から真意を読み取ろうと、顔を覗き込んでくる可憐。

 対して史弥はあまり目を合わせずに、彼女の頭髪を見るようにして、目線を下に向けないようにする。

 周りを見渡せば可憐以外にも女生徒はいるのだが、やはり可憐のプロポーションは同年代に比べて抜群だ。


「か、可憐ならなんでも似合と思うよ!」


「ほんとですか? …………怪しいです」


「可憐、あんまりからかわないでくれ」


 言われた可憐は悪戯な表情で片目を瞑り、軽く舌を出してみる。


「可憐、昨日はメッセージありがとう」


 この状況から逃れる意味も込めて、史弥は可憐にそう呟いていた。


「お礼を言われる程じゃないよ!史弥君が元気になれると良いなと思って!」


 可憐は朗らかな綺麗な笑顔を作る。


「おかげで今日は頑張れそうだ」


「なら良かったです! お互いに頑張りましょうね! でも無理だけはしないでくださいね? 特に摸擬戦で怪我をしないからって無茶はダメですよ?」


「分かったよ、可憐。でもその前にまずはESP Abilityの発現。

 今はそれだけを頑張るよ。じゃないと、今後、この学校じゃ不便そうだしね」


「その意義です、史弥君!」


 こうやって気兼ねなく話せる事はやはり心地良く、他の生徒達と違って異能力が使えないことを馬鹿にしたりしないので、不快な思いをしない。

 それは先ほどの出来事もあるから猶更だ。

 だからこそ感じる。良い友達が出来たとしみじみと。

 そして、これからの課題は能力発現が目標となる。

 勉学も大事だが、ニューマンとなった以上は能力を制御できなければ一般生活に悪影響が出る可能性がある。

 突然能力が暴走し、周囲に被害を与えては元も子もない。

 ましてや自分は発現してもいなければ自分の異能力が何なのかすら分からない。

 まずは能力発現。今日はその第一歩を踏み出さなくてはならない。


「そういえば可憐のデュアルフェイスってどんな能力が使えるの?」


 ずっと聞けていなかった事を思い出し、可憐に疑問を投げかける。

 可憐のもつESP Ability デュアルフェイスが二重人格であること以外、史弥は何一つ分かっていなかった。

「まだ伝えてなかったですね。

 私のデュアルフェイスはちょっと特殊で、人格ごとに一つ異能力を保有してます。

 一つはインビジブルブロック。空間を固定化して足場や障壁として利用することが出来るんです」


「え? 空間を固定化? どういう事?」


「やっぱり分からないよですよね」

 そう言った可憐と史弥はDフィールドの入り口前まで来ていた。

 Dフィールドの自動扉が開き、内側に入ると立ち止まり、彼女は史弥と向かい合う。


「史弥君、そこで止まって。もうここは能力開放が認められているエリア。

 見てもらった方が理解しやすいから見てて。……と言っても見えないんだけどね」


「止まればいいの?」


 史弥は立ち止まり、可憐は真剣な眼差しで史弥との間にある何もない空間を見つめた。

 体感的に二~三秒くらい経ったろうか、彼女はその表情を緩めず、「触ってみて下さい」と言った。


「何もない空間に触ることなんて…………。

 …………嘘だろ?」


 何もない虚空に手を押し付けている。まるでそこに最初から壁があるかのように。

 軽く握り拳で叩いてみるとまるで水族館に張り巡らされているガラス壁を叩いたような音がする。

 ガラス特有の視界が歪むような違和感はなく、完全なクリア。

 何も存在しないかのようだ。


「どう史弥君? 分かってもらえたかな?」


「あぁ……、意味は分かったよ」


「他にもこういう事が出来るんだよ!」


 可憐はそう言うと何もない空間をまるでそこに階段があるかの如く上へ駆けていく。

 史弥より少し高いところまで上ると「凄いでしょ!」と嬉しそうに言ってみせる。

 何も言葉が思いつかない。

 どうやってこんな事が出来ているかさっぱり分からず、ただただ目の前で起きている現象に黙って、見入るしかなかった。


「可憐の能力は分かったよ。でもそろそろ危ないから降りてきな。足場が見えないんじゃ危険だろ?」


 彼女に何も見えない足場で踏み外す危険性を伝える。

「大丈夫だよ! ちゃんと足場は見えてるから!」


「見えるの?」


「はい! 私にはぼんやりとその空間が可視化されて、見えます。

 その証拠にここからここまでは触れるけど、ここからは何もないでしょ?」


 そう言って可憐は、足場に右手を置き、触って見せる。

 次に、空間を固定化していない場所との境目を触って見せた。

 確かに可憐には知覚できている事が伺える。

 さらに彼女がなぞっている形からどうやらブロック状に形成されている事も史弥は見て取れた。


「本当に見えてるんだね。俺には全然みえない。まさに見えない(インビジブルブロック)

 何処に障壁があるのかさっぱり見当もつかない。

 さらに史弥は質問を重ねていく。


「大きさはどれくらいまで広げられるの?」


「中学のECTの時に、大体、教室一個分くらいの体積までなら作り出せたかな。それ以上はどう頑張っても大きくならなかったですけど、あははっ………」

 そう言って軽く笑って見せる可憐。


「それでも充分、凄いと思う。数は結構出せるの?」


「体積に比例した数なら出せますけど、私の集中力が持たなくて同時に複数展開するのはあまり得意じゃないです」


「そうなんだ………………。発動する時のコツとかはあるかな?」

 初めてESP Abilityを目の当たりにして、好奇心で質問は正直尽きないが、そこは抑え、今一番聞きたかったことを可憐に質問する。


 可憐は空中から階段を降りるように歩いてくる。

 その表情は複雑で悩ましく、顎に手を当て思考していた。


「これはアストレイ同士によって能力が共通しないから参考になるかは分からないですけど、私の場合はそこに大きな壁や立方体があると強く意識すると発動します。でもこれは“私”だからであって史弥君がどういった能力を有しているか分からないから、正直、参考にはならないかもしれないと思います」


「能力の違うアストレイ同士だから感覚が違うって話になるか………」


「だから史弥君には、早く自分だけの感覚を知って欲しいかな」


「自分だけの感覚………」


 そう呟いてみたものの、未だ分からぬ能力の感覚を掴むにはどうすればと疑問ばかりが浮かび、難しい顔になる史弥。

 そんな史弥の横顔を元気づけるような笑顔で彼女は話しかける。


「すぐに掴めますよ!」


「…………………………君達、そろそろ実習を始めたいのですが、よろしいかな?」


 気付くとフィールド中央に佇む人形が、こちらを見つめていた。

 周りを見渡せば、二人を残して他の生徒達は人形のもとへ整列し始めている。


「すみません! すぐに行きます!」


 史弥はそう言って小走りに向う。


「可憐! 急ごう!」


「あ、待って! 史弥君!」


 そう言った可憐も後に続く。

 走り際、史弥は自身の能力について華やかなものを想像した。

 鈴原の炎を操る能力や、可憐のインビジブル・ブロック。もしかしたらアストレイではなくベーシックかもしれない。

 なんにせよ先ほどの可憐の異能力を目の当たりにして、胸が高ぶらない男子などはいないだろう。

 それほど現実離れしたものを体感したのだ。


「ちょっとモチベーションが出てきたかも」


 史弥は少し声に張りが出てきたことを実感するのだった。


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