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異能で無能な俺!?  作者: グラハム・A
入学編<下>
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31/32

「失った時間と戻ってきた世界」

「わざわざ呼び出して一体何の用だよ」


 相変わらず目は死んだ魚のように覇気は無く、不機嫌を億面もなく出して健太郎は迎え側に立つ史弥へ言葉を放つ。

 放課後の教室。

 授業も終わり生徒達はとっくにほとんどが下校している時間。


「いつも遅くまで残っているからちょっとくらいは良いじゃないか。たまには俺とお喋りに興じてもさ」


 迎え側の史弥は微笑みながら調子のいい事を言って誤魔化そうとする。

 史弥は知っていた。健太郎は授業終了直後にすぐには帰らない。

 他の生徒達と下校時間が被るのを避けているからだ。

 だから読書に興じるため居たくない教室を出て図書室で時間をズラして遅くまで残っているのを史弥は知っていたからこそあながち間違ってはいないのだが、

「本来なら僕はこの時間もう帰っている。遅くてもこんな時間までは残っていない」

 やはり素気無くあしらわれてしまう。


「まぁまぁ、そんなに言わなくても。それよりこの前はありがとうな」


「なんの事か身に覚えがないけど」


「旧校舎の存在を教えてもらって凄く助かった。アレがなかったらどうなってたか…………とにかくありがとな!」


 合わさっていた視線を逸らして健太郎は真意を表情から汲み取られないよう小さな抵抗を見せるとすぐに話題を転換しにかかる。


「……あれか。別にただの気まぐれだから。

 それにしても随分あの時は大変だったそうだね。生徒会長が行方不明になって開始時間が大幅に遅延したって後から聞いたよ。まぁその原因は生徒間による監禁拉致事件だったなんて噂が飛び交っているけどその辺りの真実、君は知ってるんだろ?」


「ははっ、ちょっとその話題については口外出来なくて……」

 空笑いする史弥の顔はそれ以上触れないでくれと書かれているようだった。


「フン、まぁ僕もそれ以上詮索するつもりはないけど。それに旧校舎の情報が役に立ったのなら“何”絡みだったのかは察しが付く」


 興味なさげに言い捨てた健太郎は、今度は目で訴えながら本題を催促した。


「それで結局ここに呼び出した本題はなんだ。下らないことなら僕は帰らせてもらう」


「いや、もう少し待ってくれ、あと少し……」


 史弥は教室に掛けられた時計を気にしながら「あともうちょっとのはずなんだけどな……」と小声で呟く。

 健太郎に届いたその小声に、何が? と疑問を抱くが好奇心より忍耐心の方が先に限界を迎えそうだった。彼は待たされるのがあまり好きではないのだ。

 ただ健太郎は少しずつ苛立ちが募っていくのを覚えながらこの場所に留められる。


「今日は健太郎に合わせたい人がいるんだ」


「僕は別に誰も紹介して欲しい相手なんて────」


 言いかけて健太郎は喋るのをやめる。

 見覚えのあるしっかりとした面影をまじまじと見せつけられたことで言葉が出てこなくなっていた。

 教室の扉が開かれ、日向と可憐に連れられて入ってきた一人の少女。

 小柄で弱々しく、嗜虐心を煽る雰囲気を纏っている。


「二人とも待たせたな」


「史弥くん遅れてごめんなさい」


「こっちは大丈夫だ。健太郎こちらの人は──って今更紹介する必要はないか。三河(みかわ)杏艿(あんじょう)さんだ」


 健太郎は教室にゆっくりと入ってきた杏艿をよく知っていた。

 別に仲が良い友達とか恋人とかそんな間柄の人間では勿論ない。

 だから赤の他人──というわけでもない。

 鮮烈に記憶に残っている。

 忘れるはずがない。

 彼女は中学の時に虐められていた少女。

 健太郎が助けた女の子だ。

 救ったことで自らが犠牲となった少年と犠牲から助けられた少女。

 お互いが複雑な感情を抱くのは当然だ。

 言葉を失った健太郎を他所に小柄な少女は小さな口を開いて健太郎に話しかける。


「健太郎くん…………覚えてる……よね? …………忘れるはずないか。だって健太郎くんがみんなに酷いこと言われる原因を作った張本人だもんね……」


 歯切れ悪く、か細い声で、それと後悔が入り混じった弱々しい少女の声は健太郎の顔をより一層曇らせた。

 既に健太郎から生気は失せ、最早どうすれば良いのか分からず固まっている。

 相対する杏艿も健太郎との距離感を測れずにいる。

 彼女の足は僅かに震えていた。

 相手と会話することに怯えているからだ。

 杏艿にとって自分が間接的にした仕打ちは健太郎にとって苦痛であり、堪え難いものだったと理解できる。

 それは自分も体験したことのある痛み。

 そんな痛みを不本意にも与えてしまった杏艿は健太郎に接する事を怖れてしまう。

 二人が萎縮していると、その仲を取り持つように史弥は健太郎へ話しかけた。


「今日、彼女がここに来てくれたのには理由がある」


「……突然呼び出したかと思えば…………。

 もう終わった話しを今更掘り返して何を話そうって言うんだ…………!」


 前触れもなく健太郎は声を荒げていた。

 健太郎の胸の中で心の奥底に植え付けられた嫌な記憶が逆流してくる。

 それは健太郎にとって清算したい過去。

 過ちの始まり。


「落ち着けよ健太郎」


「何が落ち着けだ! 今日はもう帰らせてもらうぞ!」


 自分の因果から目を背け、振り切るように教室を出ようと史弥達の横を通り過ぎかけた。


「待って、健太郎くん…………!!」


 小柄な身体から発せられるとは思えない大きな声が急に健太郎へぶつかり、健太郎は少しビクッとすると静止した。

 彼は瞳を決して合わせない。

 そんな健太郎に杏艿は勇気を振り絞ったのか、スカートの裾をギュッと強く握り締めると、意を決して声を上げた。


「ありがとうッ!!」


 何の脈絡も無く感謝を示された健太郎はさらに表情を強張らせると杏艿は畳み掛けるように「それから……ごめんなさいッ…………!」と続けた。


「ッ…………!?」


 健太郎は絶句していた。

 発した声の大きさとは裏腹に杏艿の表情は今にも泣き出しそうで、その心はどんどん小さく萎(しぼ)んでいくようだった。


「…………ずっと言えなかった。たった一言を伝えるタイミングも、しっかりとした本当の気持ちを伝えることも、何もかもが遅くなって…………!」


「それは三河さん自身が大怪我してそれどころじゃなかっただけで…………」


 言いかけた健太郎を彼女は掻き消されそうな声量で否定する。


「うんうん……!そんなことない。もっと早くに言わなければいけなかった……! でも健太郎くんが皆んなに色々言われるようになって、それを私は見て怖くなった。私が目の前に現れたら恨まれるんじゃないかって…………」


「それは勘違いだ…………! 恨んだりしない! そんなことするわけなんてない! それに三河さんを庇ったのは僕の自己満足で庇っただけで別に恨むなんてお門違い。ただ僕は偽善で────」


「それ以上自分のこと悪く言わないで下さい……!!」


 ピシャリと否定された健太郎は言葉を失う。


「健太郎くんの自己満足じゃない……!私は間違いなく助けてもらってすごく感謝してる! ……私知ってるの……! 健太郎くんが私のこと気にかけてくれてたことッ!」


「それは三河さんの勘違いだ……。僕はそんなお人好しなやつじゃない……」


「勘違いじゃない……! いつも私が西条さん達に嫌がらせを受けた時、気にかけて声かけてくれた……! 庇ってくれてたじゃない!」


「それはたまたま僕の見える範囲で見つけただけのことだよ……。常に気にしていた訳じゃない」


「じゃあ何で旧校舎のこと知ってたの…………?」


 全てを頑なに否定する健太郎の前で問い掛ける。

 その瞳から一筋の粒が流れ落ちるのを史弥達は見た。

 事前に史弥から彼女は聞かされていた。

 詳しくは話せないが、と前置きした上で健太郎が情報を共有してくれたお陰で西条を取り締まれたと。


「私知ってるよ……。彼処(旧校舎)に連れて行かれた時に追いかけて来てくれてたこと……。気付かれないようにしてたけど私は健太郎くんが追いかけてくれていることに気づいてた。だっていつも健太郎くん読書を途中でやめるときは必ず栞をしっかり挟むのに、私があそこに連れて行かれた日は必ず栞を挟まずに本を閉じて机の上に置き去りにしてた…………それって栞を挟むのも忘れて慌ててたんだよね……? その度に席を外れていたフリをして私より後から教室に戻ってきて、やり過ぎないように言葉やさり気無く気を遣ってくれて………いつも酷いことされて解放されて自分の鞄を取りに教室へ戻る度に置かれていた本を見て、私元気を貰ってた……」


 泪ぐむ声と共に伝わる感謝の気持ち。

 健太郎の軌跡を皆が初めて知って共感した時、到来する感情があった。

 誰にも人知れず陰で戦っていたクラスメイトに。

 杏艿に暴露され、もう健太郎の内心はミキサーでグチャグチャに掻き回されたように様々な気持ちが入り混じっていた。


「……全部、見透かされてたんだね」


 途端に健太郎は泣きそうな表情になっていた。


「…………でも……僕は入れなかった……踏み出せなかった。あの旧校舎に」


 ポツリと呟かれた言の葉から遣る瀬無さが伝わってくる。

 初めてこの場の皆に心情を吐露した瞬間だった。


「……僕は踏み出す勇気が無かった…………。怖気付いてしまった……。結果、君が大怪我をするまで僕は……僕は……僕は何もできなかった…………」


 健太郎の声は震えていた。

 後悔にも、懺悔にも聞こえてくる声音から悲壮感が空気を伝って場の全員に伝播した。

 可憐は瞳を潤ませ、日向は真剣に、史弥は何一つ表情を変えずに健太郎を見つめる。


「だから結局、僕は他のただ黙って見てた奴らと何ら変わらない……! 君をもっと早くに救ってやることが出来た……! 代わってやることが出来た……!」


 もう健太郎に恥も外聞もない。

 顔はクチャクチャで声は嗄(しゃが)れている。

 まるで抑えていた感情が一気に爆発したように。


「僕は……俺は……君に恨まれることはあっても……! 感謝されることは何もないんだ……!!」


 自身の無力さを嘆き悔しさを滲ませて、懺悔(ざんげ)していた。


「…………!!」


 皆がハッと我に返った。

 杏艿は自分より体格が大きい健太郎を精一杯包むように抱き締めていた。

 それ以上言葉はいらない──まるで言葉では足りないとばかりに感情を表現するかのように。


「もう言わなくて良い。私の気持ちは変わらない。健太郎くんに感謝してる。だから……だから……もう、それ以上自分を責めないで……!」


 杏艿は嗚咽混じりで、その言葉を最後に泣いていた。

 健太郎も俯(うつむ)き、抱き締められながら涙を流す。


 ──健太郎は虐めの標的が自分に変わってから思っていた。

 辛辣な周囲の対応で焦燥にかられ、いつしか心のどこかであれは自分の只の自己満足だったと思うようになっていた。

 そう思い込み自分を追い詰めていた。

 でもそうではなかった。

 確かに救い出せたものが"ここ"にあった。

 自己満足でもなく、あの辛い日々には確かに意味があった。


「余計なこと…………、しや…………がって……」


 目元を盛大に赤く腫れさせた健太郎が恨みがましいような、憎たらしいようなよく分からないセリフを口にしながら史弥へ視線を向ける。

 周りの可憐も日向も思い思いの表情を向けながら、見守り続けている。


「俺は自分が納得行かなくて行動するなんて幾らでもある。今回がまさにそれ」


 健太郎と杏艿を交互に見て史弥は続ける。

 何処か見透かしているように。


「目に見える成果は分からなくて正しいか正しくないかなんて分からない。相手に感謝されてるかなんてもっと分からない。

 確かに独り善がりかもしれない。

 でも独り善がりだったとしても健太郎にはしっかりと自分が何をしていたのか分かってもらいたくて勝手に機会を作った。

 やっぱり後悔だけはして欲しくないから。

 行動しなければ良かったなんて思って欲しくないから」


 そして史弥は苦笑いを浮かべ片手で頭を掻きながら申し訳無さそうに「……でも、今日のことは強引だったと思う。それはごめん、反省する」と最後に謝罪した。


「全く、ホントだよ……君も相当な独り善がりだ……」


 呆れる言葉とは真逆に健太郎は微笑んでいた。

 健太郎の瞳に映る世界に色が戻った気がした。

 暫く失われていた白黒にしか見えない視界にやっと鮮やかな色が戻って気がした。

 死んでいた自分の世界がだんだん明るくなった気がした。

 何処までもお人好しなクラスメイトを眺めながら健太郎は「…………でもお前のそういうところ嫌いじゃないよ」と小さく呟く。


「んっ? 何か言った?」


「なんでもないよ」と太々しくも素っ気なく健太郎は返すと今も抱きつく杏艿がクスッと笑った気がした。


「史弥くんは男、女構わずそういう行動し過ぎです。特に女の子に勘違いされるようなこととか」


 可憐が目元の涙を指で拭いながら指摘する。

 やたら女を強調したような気が史弥はしたが理由はサッパリ理解できていなかった。


「そんなことあったかな……?」


「あります〜!」


 語尾を伸ばしながら不貞腐れる誰が見ても美少女は史弥をバッサリ切った。


「史弥、お前両方いけるクチか…………意外だな……」


 聞いていた日向は珍妙な面持ちで考え込む。


「おいおい、日向! お前は非常に失礼な勘違いをしているぞ!!」


 流石に目に余った史弥は勘違いを止めに掛かると日向は「すまん、俺はそういうのダメなんだ」とか言い始めて余計に会話が迷走しかける。


「フッ…………、フゥハッハハハハハ…………!!」


 初めて健太郎が皆んなの前で笑った。

 目元に涙を浮かべた笑顔で。


「おい、何がおかしいんだよ!」


 史弥が不機嫌気味にお茶を濁すと健太郎は笑いを堪えながら応える。


「いや、会話が如何にも馬鹿っぽくて…………!」


「別に俺はこんな会話したくないんだが」


 明らかに納得いかない様子だが史弥はそんな中、思い出したように健太郎へ問いかける。


「なぁ……健太郎。俺と友達になってくれないか?」


 健太郎に逡巡などない。

 彼の答えは決まっていたのだから。


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