「恋模様と友情と小休止」
生徒会長演説会を終え、史弥が健太郎を鼓舞した日から数日後。
既に時間は日付変更線を超え、深夜に差し掛かっている。
稲沢高校から外れた廃工場でとある組織に属する男が一人建物の中に静かに入る。
体格はスラッとしたスマートな雰囲気が漂う男。
周囲の何処かでは梟と鈴虫がこの荒廃とした建造物の中で鳴き声を共鳴させて、妙な調和を作り不思議な空間を作りだす。
「またこんな時間に呼び出して、一体何時だと思っているんですか」
男は誰もいない虚空に向かって大きくも小さくもない適度な清明な声を発した。
いつの時かのように気怠げな声質。
「すまないな。定時連絡はこの時間でないと俺の都合が合わなくてな」
誰もいないと思われた虚空から野太い男性の声が返ってくる。
廃工場内の影からより一際濃い人型の影が浮かび上がる。
虚空へ話しかけた男からはどうしても人のシルエットは認識できるが顔や容姿はサッパリ判別出来ない。
声音だけで男性と認識しているだけだった。
「私の都合も少し考えて頂きたい。それと安月給に激務(諜報活動も含めて)だと云う事を忘れないで欲しい」
不満げな声を上げて男は野太い声に抗議する。
しかし野太い声は気にも留めずに一蹴した。
「フッ、それがお前の任務だ。簡単にこなして貰わなければ底が知れてしまうぞ」
「中々言ってくれますね。私を焚き付けて煽っているつもりでしょうがその手には乗りませんよ。それに他のメンバーでもこのポジションは成り立つ。私がその気になればこの任務降りるのは容易──」
「他の奴では役不足だ。見せ掛けだけ成り立っても最後にヘマをする。完璧には程遠い」
ピシャリと割り込み野太い声は否定した。
素っ気ない口調だが、内容は一定のライン評価している事を表していた。
更に最後に、
「ここまで痕跡を残さないのはお前が初めてだ」
と正直な感想を添える。
「ほぉー、そこまで評価してくれていたとは光栄ですね」
男は芝居掛かった言葉の裏に当然だ、と自信を滲ませていた。
嫌味たっぷりに言われた野太い声の主は若干不機嫌になりつつも話を本題へ戻す。
「これくらいにして話しを戻そう。それであの後天的なニューマンはどうなった?」
「勝手に話しを…………まぁ良いでしょう。彼は今、学内で表向きは風紀委員として扱われています。しかし学校側──主に"ネス"は能力評価テストと位置付けその真価を見定めている、と言ったところですか」
「そうか。で、その能力は一体なんだ? わざわざ回りくどい根回しをして就かせた役職だ。それなりなのだろう?」
「えぇ……。それなりに"厄介"な能力ですよ。特に我々にとってはね」
懐から携帯端末を取り出すと男は影に向かって投げた。ディスプレイが光り、空中をオーブのように照らしながら舞うと、野太い声の主の手元にすっぽり収まった。
野太い声の主は携帯端末のディスプレイを凝視した。
「能力名は“ザ・ノーマル”と普遍的な呼ばれ方をしていても、その実は滅殺の炎です。まさに天敵。脅威に他ならない」
「これは…………真実なのか?」
「えぇ、しっかり確認されています。模擬戦と西条静香の一件で確実に。彼は我々の能力を無力化するある意味鉄壁の盾と矛を両立した存在」
「……奴ら(ネス)はどう対処している」
「沈黙です。公表はせず、秘匿しています。こんな能力が知れ渡ればどんな組織に狙われるか想像したのでしょう。“我々”のような、ね」
「…………」
何かを推し量るように黙り込む野太い声の主。
妙な沈黙が流れる。
だが周囲の野鳥と鈴虫の鳴き声が搔き消し、心地よい音楽を奏でるせいか居心地は悪くなかった。
そんな周囲に関係なく野太い声の主は不快感を露わにした。
「“処理”するべき案件だな」
「おっと、それは早計ではないでしょうか?」
だがスラッとした男は意外にも否定を口にした。
早い内に手を打つべきと判断した野太い声の主は相手が危機感の欠如を起こしていると捉えたが、すぐに考えを改めた。
まだメリットがあったのだ。
「後天的なニューマンの研究材料を消すにはまだ早すぎるか」
「えぇ、その通りです。彼には利用価値が“今のところ“ある。まだその時ではないですよ」
二人は冷徹に分析し、夜風の寒さとあいまった冷酷な言葉を連ねた。
まるで物のように扱い、ただ天秤にかけただけに過ぎない。
「なら処分は保留にするとしよう。奴の生体データはキッチリ取っておけよ」
「はぁ~私は貴方の部下になったつもりはないのですが……まぁ、この際良いでしょう」
呆れたのかもうあまり気のない素振りでスラっとした男は返すと、満足した野太い声の主は「次が楽しみだ」と言い残し闇の中に消えて行った。
一人取り残された男は誰にも聞こえない大きさで一言呟く。
「愉しませてくれそうだ」
思惑は別のところにあった。
純粋な好奇心と言う趣があった。
つまるところゴールは一つだが、その過程でどのような観測ができるか期待していた。
これから何かが起こるような得体の知れないワクワク感。
ただ同時に杞憂もある。
「私のESP Abilityが通用しないニューマンがいるとしたら……」
残された男は暗がりで表情の起伏は分からい。
しかし声色からは何かを恐れるような声だった。
だがその言葉さえ飲み込む闇夜は答えを返すわけもなく、男は溜息を吐くと虚空の闇が広がる空の下に歩みを進めた。
◇◇◇
クラスメイト達が傲然として様々なグループを形成してお喋りに興じている放課後の1-Å教室。
まだ帰りのHRが終わったばかりでクラスメイト達が席を完全に離れるのはしばらく先だ。
いつもとなんら変わらない景色のはず、だった。
出入口付近の扉に座る一人の男子生徒が立ち上がるまでは。
そんなに驚くべきことではない。
ただ立ち上がっただけ。
でもそれはこの教室に至っては新鮮で普段とは違う異質な状況でもあった。
周囲の生徒達は普段その男子生徒がずっと席に座っている姿しか見た事がない。
正確には殆どのクラスメイトが1-Aの教室を出る瞬間まで座っている姿、だが。
立ち上がった男子生徒は周囲の奇異と好奇心の眼を掻い潜り、平然と窓際の席へ移動してくる。
目的の場所までたどり着くとピタリと立ち止まった。
「史弥、たまには一緒に帰らないか?」
「おぉ、良いぜ健太郎。とゆうか帰り道一緒だっけ?」
「一緒に帰った事ないから分からないと思うけど実は僕も電車通学なんだ。それで駅までどうかなと思って」
「そうなのか、じゃあ一緒に帰るか! それで……その……どうかされましたか……? 可憐さん?」
「いえ、別にどうもしていませんよ」
気付けば可憐が史弥の横に立っていた。
二つ返事で健太郎に返したのが原因なのか何故か嫣然とした面持ちで史弥を直視している。
その笑顔の裏に沸々と何か滲み出ているのは恐らく気のせいだろう。
少し顔を引き攣らせた史弥は作り笑顔を向けてお茶を濁す。
「どうしてそんなに恐──いや、凄みがあるんですかねえー……」
言いかけて寸でのところで言い直す。
かなり危なかった。
「凄みなんてそんな。私はただ友達の史弥くん“達”と一緒に帰ろうかと思いましてここにいるんです」
「さ、左様でございますか……」
「史弥くんこそなんで敬語ですか?」
「そんな事ないよ、はははッ~」とよく分からない乾いた笑い声を史弥は上げて目を逸らす。
途端に健太郎は怪訝な面持ちでまだ慣れない空気を過敏になんとか感じ取り史弥へ耳打ちする。
「そ、その可憐さん怒ってない……? 僕、邪魔だったかな……?」
「ばぁっか……! そんなはずないだろう。そんなはずは……」
言葉を口にして何故か自信が小さくなってしまう。
窺い見るように可憐へ視線を向けると彼女と目が合ってしまう。
「史弥くん、何を話しているんですか?」
「なんで俺だけ!?」
追及は史弥へ集中した。なんとも理不尽で不可解。
そこへひょんな助け船が現れる。
それは吉田 日向だ。
「よお、史弥! うおッ!? な、何してるの三人で……?」
不穏な空気を読み取り慎重に神妙に切り出した日向が現れたおかげで史弥は窮地を脱する手段を見つけたのだ。
「おぉ、日向! ど、どうしたこんなところで!」
可憐が頬を少々膨らませてジッと抗議の視線を史弥へ送るが気付かぬフリでヒラリと躱していく。
妙な圧力が史弥の顔にぶつかっている気さえしてしまう。
──インビジブルブロック使ってないか、これ?
何も存在しないはずの空間に壁を作れてしまう能力を持っているだけにそんな気がしてしまう史弥。
二人の異変に日向も気付きつつも敢えて空気を読む。
「いや、一緒に帰ろうかと思ってこっちに来ただけなんだけど……。それより史弥、今日は風紀委員大丈夫なのか?」
「? 今日は俺、非番だから巡回もないはずなんだが」
「だってほら、あっちに来てるぞ?」
「うん?」
教室出入り口付近にいる美少女と目が合う。
そのまま彼女は手をヒラヒラして振るとやっと気付いてくれたかよろしくの要領で笑顔を向けていた。
「麗華先輩…………!?」
史弥の言動に一人眉がピクッと反応した人物が鳴りを潜めるようにいたが、史弥を含む男三人は誰一人気付かない。
そんな事よりも学内で有名人な麗華は教室中の生徒達の脚光を浴び、教室内へ堂々と入場すると史弥が掛ける席の前でまたもやピタリと止まった。
立ち止まったと同時にローズ系の甘い香りが一瞬史弥の鼻腔を擽り、陶酔しかけるがすぐに我に戻って不自然にならないように麗華と近距離で視線を絡める。
そして話を切り出したのは麗華だった。
「やぁ、史弥くん。ちょっとこの前の演説会で上げた公約で色々相談がしたくてね。
それとは別で“個人的”な相談もあるんだがこの後付き合ってもらえないだろうか? 出来れば先日のお礼も兼ねてなんだが……」
周囲に可憐や日向に健太郎というクラスメイトがいるのにその向けられる視線に物怖じせずハッキリと伝えるあたりやはり快活な人物だった。
押しの強い口調で訊かれた史弥は何とも歯切れ悪く応える。
「え? うーん……、申し訳ないんですが今日は先約がありまして、後日で良ければご一緒しますが……」
「むッ……、それは残念だな……」
あまり良い応えが返ってこなかったためか麗華は微妙な表情で何となく落ち込んだような雰囲気だった。
そこでやっと周囲の可憐達に視線を向けて現状を理解したのか麗華は納得顔になる。
「おっと、楽しい談笑中に失礼した。三年生の冬月麗華だ。これからここにはちょくちょく立ち寄るからよろしく頼む」
そう言って麗華は当たり前のように憮然と言ってのける。
「どうもっす……」
「どうも……」
日向、健太郎が重ねて挨拶をしようとした時、割り込むように可憐が声を上げた。
口調は捲し立てるかの如く早口だ。
史弥は直感で理解した。
ほぼ野生の勘とでも言って良い。
不用意な発言が可憐の導火線に火をつけると。
「冬月会長! 個人的な相談ってなんですか!? あとお礼ってどうゆうこと史弥くん!?」
可憐は目を白黒させて思考を停止させたかと思えば、今度は気を動転させる勢いで両手に握りこぶしを作りながら可愛らしく上下にブンブン振っている。
それにしても凄く忙しく表情を変える。
可憐の中で引っかかるワードがあったのだろう。
「ここでは話せないが史弥くんには色々してもらってね」
「ここで話せない…………」
可憐はキッと強く史弥を睨む。
氷柱のような視線がとても痛かった。
「ちょっと待った可憐!? 非常に不本意で何か大きな勘違いをしている気がする!?」
「むぅッ、あんなことをしておきながら勘違いとはなんだ」
「麗華先輩、余計に話がややこしくなりますのでちょっと静かにしてもらえますか……!?」
カオスとなり始めた状況にビクビクしながら史弥は弁明に勤しむ構えを取る。
完全に置いてけぼりの日向と健太郎はポカンと口を開けている状態。
聞き耳を立てていた周囲のクラスメイトも同様だ。
「では次の日曜日は空いているかい史弥くん?」
微笑みながら麗華は多少強引に収束へ傾ける。
絶対この人楽しんでるだろ──
逡巡の後、史弥は答える。
「そうですね……確かその日は予定が何も入ってなかったと思いますが……」
「なら決まりだな。名駅(愛知県名古屋駅の俗称)、金時計に朝の十時しゅう────」
言質を取ったと言わんばかりに強引に集合場所を伝えて誘う麗華に慌てて突然、異論の声が上がる。
史弥の耳に声が強張って聞こえたのだから相当慌てたのだろう。
「ダ、ダメですッ!!」
「むぅッ、やはり多少強引だったかな……。と、ゆうかそれは置いておいて、どうして君の許可がいるのかな、春山さん?」
「えッ!? そ、それは…………たしかにそうですが…………」
吃りながら動揺する可憐の目は泳いでいた。
それにしても本当に表現がコロコロ変わる。
目に涙を溜めて唐突に史弥の顔に振り返り直視すると何かを訴える眼差しがヒシヒシと伝わる。
「うううッ……」と何やら可愛らしく唸って、その様は仔犬のように不満を唸り声で表現しているみたいで史弥は不意にそんな可憐の姿が可愛いらしいと思ってしまう。
ここは可憐の沈黙の訴え(?)を受け入れて間を取ることにしよう。
それにしてもこんなに主張する可憐は珍しい。
入学以来初めて見た気がする。
「なら麗華先輩が良ければ、ここのみんなと一緒に遊びに行きませんか? 折角ですし」
ニッコリとした笑顔で突発的に提案する史也に男子二人は驚くも女子二人の反応は違った。
「はぁー全く君という奴は、、、……それでは私の個人的な相談が出来ないじゃないか…………」
最初は聞こえたが最期の方は何を言っているか声が小さ過ぎて聞き取れない麗華と、
「むぅッ〜……!」
何処か不服な可憐。
総じて何か不満な様子の二人だった。
そんな女子の反応に男子陣の顔を見渡しながら史也は挙動不審になっていく。
「え? え? 俺なんかマズイこと言った??」
「史也ってなかなかエグい提案するよな……」
さらに日向は付け加えて「いちよ空いてるけどさ……」と補足した。
何となく女子二人の機微を汲み取れた日向からよく分からない辛辣なコメントが史弥に飛ばされる。
勿論史弥にそれが響くわけもない。
「僕もたまたま空いてるけど…………。全く、君は自分のことになると本当にポンコツなんだな」
健太郎も日向と顔を見合わせ、便乗して溜息をつく。
恨みがましく親の仇を睨むようなジト目の美少女転校生と物静かに微笑みながら目が笑っていない綺麗な先輩に板挟みになりながら戸惑いを隠せない史也。
周囲のクラスメイト達も一風変わった光景に目を丸くして釘付けで注視している。
『おいおい、どうなってるんだよ? 生徒会長がわざわざこんなところに。しかもあの紋無し(史弥)に会いに来たって……』
『風紀委員だからその用事だろ。それにしてもあそこにいるの里中だよな。アイツずっと虐められて大人しかったのにどうゆう風の吹き回しだ? 紋無しと親しくしてるし』
『え、麗華先輩と可憐さんが親しそうに話してるけど、どうゆう関係なのよ!?』
『えーあの二人ヤバくない!? 凄く絵になるっていうか!?
うん? あそこにいるの隣のクラスの日向くん? なに?? なんか異色のメンバーじゃん!』
周囲のクラスメイト達から微かに聞こえてくる会話。
美少女二人の占有率は高いが少なくともそこには普段見せない男子生徒の笑顔も含まれる。
史弥を中心に向けられる周囲の視線も少し変化していく。
嗜虐心や嫌悪から好奇心へと──
彼が無意識下で周りの意識改革を自然に、違和感なく、誰も気付かぬ程、成し遂げつつあった。
「全く無能なのか異端なのか分からん奴だよ君は。でも嫌いではないよそういうところも」
「わ、私だって…………!!」
「褒められているのか、貶されているのかどっちですか…………。それと麗華先輩に張り合うように同意しないで可憐……」
史弥は苦笑いを作りガクッと肩を落とす。
高校生活は始まったばかり。
短くも長く、険しい高校生活は嫌でも続く。
その所々でニューマンならではの障壁や思春期特有の困難にぶつかり、仲間達と呼べる存在と助け合っていくだろう。
そして彼は爪弾きにされ、除外されようとする虐げられる者達に手を差し伸べていくだろう。
でも史弥の行動に全ての人間が快く思わないかも知れない。
それでも彼は言い続けるだろう。
独善でも、偽善でも、思い違いでも何だっていい。
それは少なくとも善なのだから────
入学編<下> 完




