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異能で無能な俺!?  作者: グラハム・A
入学編<下>
30/32

「やっと終息。でも問題は山積みで先行きは不透明で──」

 

『おい、まだかよぉ』


『予定時刻超過しすぎじゃなーい?』


『なんかトラブルでもあったのかな?』


『もしかしてこれって中止とかじゃない』


 講堂内は暗い暗雲が立ち込める雰囲気で充満し、生徒達は刻々と遅れていく開演時刻に憶測で口を開いていた。

 先程からアナウンスは流れているが三百人近くの人間が差異はあれど、痺れを切らして同じ感情を抱いている。

 開演時間から三十分も遅れ、生徒一人一人の時間を拘束しているのだから致し方ない。

 もちろん参加者だけでなく主催者側も混乱していた。

 見守る教師陣も急な事態に驚き、時間が経つにつれ公演中止を検討して生徒会役員と話し合うが、役員側がなんとか引き伸ばしていた。


「ふ、副会長、ど、どうしますか〜!?」


「どうすんの」


 舞台袖、垂幕の内側で打ちひしがれる二人の影。

 前者はあたふたして涙目の梓と後者はこんな状況でもつっけんどんで若干の切れ目を向ける鹿乃だ。

 二人は充満する負の感情を嫌でも感じ取り、現最高責任者に指示を問うたのだ。

 緊張感が張り詰めている最中、その重い唇を柳瀬は開く。


「よし、鹿乃。今から壇上でその慎ましい裸体を披露…………」


「ぶち殺すぞわれ」


 真面目腐った表情で検討外れな回答を鹿乃に答えて、鹿乃は無表情で即座に汚物を見るような目で応えた。

 柳瀬はその表情を見て臆するどころかそのまま喋り続ける。


「では、俺の百八ある一発芸を披露する時がきたか…………」


「行ってよし、責任は自分で取ってね」


「あわわっ、ふ、副会長が壊れた…………」


「ふっ冗談だ」


 梓は二人のやりとりを傍目から見て、驚愕と動揺を織り交ぜた表情になっていた。


「全く、訊いた私が馬鹿だった!

 梓、こんな奴ほっといて私らで先生達にもう少し講演会を引き延ばしてもらえるように話してこよう!」


「か、鹿乃先輩、待ってください!」


「…………」


 柳瀬は場を和ませるために冗談を言ったつもりで本気でやるつもりは微塵もなかった。その方向性は鹿乃を逆撫でする効果しかなかったが。

 言葉とは裏腹に思考は冬月が戻ってくることを疑わず、時間の引き延ばし策を練っていた。

 しかし、どう見積もってもあと十分引き延ばせれば良いところ。

 鹿乃が壇下へ降りて教師陣と交渉して長く引き延ばすのを柳瀬は願うばかりだった。

 悪態を突きながらも結局、自分達に出来ることが無策にもただ待つしかないと鹿乃も分かっているはずだ。そのために時間を出来るだけ稼ぐことしかないと。


「会長、もうあまり時間がありませんよ…………」


 ただ関係者用の扉が開かれるを待つしか柳瀬には出来なかった。


 壇下(だんか)ではいつでも開始の準備が出来ている司会進行席で瑞樹が会場を見渡しながら感情の読めない表情を向けていた。

 壇下へ降りた鹿乃は司会進行席へ近づくと瑞希と視線が交わる。


「どうやった柳瀬は?」


「くだらない事しか言ってませんでした。あんな人もう知りませんよ」


「てことは柳瀬も打つ手なしなんや。鹿乃、あんまり責めんといたり。

 あいつやて歯痒い思いしとるんやから。うちらかてこうやって待つこと以外何もできへんのやし」


「…………ですが瑞希さん……これじゃあ……」


「イライラしたってしゃーないやろ。柳瀬見てみ。

 あいつかて不安やしこの場離れて探しに行きたいよ。でもそんなことしたらどうなるか分かる? この場で指揮する人間がいなくなったらそれこそこの講演会は終わるで。

 それでもああやってドシっと構えて愚痴も溢さずに耐えてるやろ。あいつから学ぶこと沢山あるで鹿乃。よく観察しときぃ」


「あんな人から学ぶことなんて──」


 そう言って鹿乃は柳瀬を瞳に捉える。

 表情一つ変えず、照明で照らせれた卓を見つめている。

 その視線は来るべき人をじっと待ち続ける意思の表れのように固いものを感じさせる。

 司会席からでも動かないという意思さえ伝わってくるようだった。


「……ふん、次期会長は私がなるんだからそのための糧になってもらうわ」


 憎まれ口を叩きながら鹿乃は静かに柳瀬の後ろ姿を眺める。

 そんな鹿乃の後ろから梓は顔を出すと尋ねる。


「時間の引き延ばし交渉はしなくて良いんですか?」


「たぶん、今それを教師陣に話すと変に時間へシビアな裁定が下される気がするわ。

 それこそ逆にこっちが締め切りの催促を促すみたいに墓穴を掘る。だから今は静観して触れずにいるのが最も時間の引き延ばしになると思うわ。向こうが痺れを切らした時に最後のあがきで譲歩してさらに時間を引き延ばすのよ。その方が一番良い」


「それじゃあ、さっきと言ってることが……」


「良いの! ちょっと頭が冷えてきて気付いたの! ………………それにあいつも分かってる……」


「鹿乃先輩、いま最後に何か言いましたか?」


「何も言ってないわ!」


 理不尽な声を上げた鹿乃に梓は困り顔で横の瑞希へ視線をスライドさせる。

 視線に気付いた瑞希はウインクで梓へ返すと振り回された梓は深く嘆息を漏らすのだった。


 ◇◇◇


「ひとまず、急いで講堂へ向かおう」


 旧校舎内から出て、正面玄関前で戦国は二人に向かって言葉を掛けた。

 校舎内に転がる生徒達は後で他の風紀委員が処理するとして、後回しで外へ出てきた史弥達は麗華に肩を貸しながらやっとことで外に出ていた。

 もう既に戦国は迅速に風紀委員用端末で応援を呼ぶのを済ませている。

 ついでに確認した時間はとっくに公演時間を超過していた。


「でも、こんな状態じゃ急ぐなんて無理ですよ」


 麗華に戦国と史弥が肩を貸している時点で麗華は既に満身創痍だった。


「あぁ、分かってる。それについては俺に考えがある」


 そう言い放つと立ち止まるように史弥へ促し、戦国は立ち止まると空いた片手で茫々と生い茂る草むらに放置された廃棄された鉄板を指さす。

 野晒で晒された鉄板は雨や大気に晒されて錆だらけで腐蝕している。

 一見しただけでは最早、何に使うものだったのか分からず、注意深くみないと理解できない状態だ。実際、その年季の入りようは誰が見ても頷けてしまう


「え? あれを何に使うんですか?」


「史弥、あれは工事用の敷設用鉄板だ」


「はい、それは知ってますけど………………」


 怪訝な顔つきで史弥は戦国へ返事を返す。

 工事現場で一昔前まで利用されていた敷設用鉄板。

 工事車両や作業員が不整地で泥濘ぬかるみに脚を取られないために敷設する代物だ。

 簡単に整地できるうえ、重い重機が通る事を想定して、古くから鉄板を好んで現場作業員達は使用していた。

 しかし近年では強化ポリエチレンなどの頑丈で軽量、腐食しない新素材製品が市場に出回ると主流になりめっきり成りを潜めてしまう。

 一昔前に建設されているこの旧校舎設立だからこそお目にかかれる訳だ。。


「御伽話に出てくる魔法の絨毯じゅうたんは分かるか?」


「それも知ってますが……まさかッ…………」


「いま想像した通りだ。冬月会長を動かさず、最短で尚且つ迅速に講堂へ急行する方法だ」


「あれで俺達を乗せて、と、飛ぶんですか!?」


 史弥は驚嘆の声を上げた。

 戦国は不敵な笑みを漏らすと何処か悪戯心を持った楽しさをその表情に滲ませる。


「あぁ、まぁ三人も載せたことはないけどな」


「……えぇぇー…………!? 本当にそれって大丈夫なんですか?」


「多分、大丈夫だろう!」


 戦国はさらに人の悪い笑みを浮かべ始めると今度は史弥がジト目で戦国へ痛い視線を送った。信じないわけではないが、曖昧な返事に対する相応の対応だ。


「落としたら覚えておけよ戦国」


 今度は間で耳を傾けていた麗華が恨みがましい声音で肩を貸す発案者を睨むと戦国は乾いた声をあげて誤魔化した。

 しかし、一番良い方法も今のところそれしかない。

 やはり不安は残るが先ほどの戦国の技量からして正確に安全に運んでくれるのを信じるしかない。

 そこまで逡巡すると史弥は最早何でもありの状況に順応している自分に驚きつつも「やりましょう」と同意して放置された敷設用鉄板へ三人で向かう。


 敷設用鉄板まで来ると麗華に鉄板の上に腰を下ろさせ、自分も平らな鉄板の上に乗る。戦国も後に続いて乗り込む。


「史弥も腰を下ろすか落とした方が良い。直立していると空気抵抗が掛かって振り落とされるぞ」


 そう告げた戦国は腰を低く落として前屈み気味に屈んでいた。

 史弥も戦国に倣って同じ状態になると問いかける。


「空気抵抗って……そんなに早く動かせるんですか?」


「測った事はないが、およそ時速六十キロ以上は出せるはずだ」


「は、速いですね。でもこれって鉄板の上に乗らずに直接俺達を浮遊させて三人で飛べば問題ないんじゃ……」


「それは無理だ。レビテーションは使用者自身へ能力を行使できない。俺達はある特殊な波長テレキネシスを能力者から発生させているんだが、波長は外にしか向けられなくて内には向けられない。だから二人を仮に持ち上げても俺が飛べない」


「そうですか……なら仕方ないですね、分りました」


「この方法しかない。──さぁ、理解したところでやるぞ史弥」


 了承とも観念ともとれる史弥の返事を聞くと戦国は真剣な面持ちになりESP Abilityを発動した。

 途端に史弥を浮遊感が襲う。

 正確には浮遊した鉄板に乗っているのだから足は着いているのだが非情に妙な感覚だった。

 スケートボードに乗っている感覚に近い。

 空中数メートルをホバリングしている。


「う、浮いた…………!?」


 物体が浮くのを史弥はもう見慣れている筈なのに自分がいざ浮くとなると胸が高鳴る。

 高さは全然ないが自分が飛んでいるという優越感は飛行機に乗って以来だ。


「じゃあ、横方向へ加速させるぞ。振り落とされるなよ二人とも」


「お願いします」


「頼むぞ戦国」


 麗華は軋む体を預け、史弥は低姿勢のまま戦国が操作する敷設用鉄板の上で身構えた。

 そして横方向へ徐々に加速が始まる。

 最初は緩慢でゆったりした動きが、みるみるスピードを上げていく。

 その速さは速そうから速いへと変わっていく。


「おぉ……!!」


 加速を続ける中、戦国は史弥へ問い掛ける。

「史弥、ここまで来るのにどれくらい掛かった?」


「確か走って十分くらいでした」


「なら半分以下で行けるな。このまま一気に行くぞぉ!」


「えぇっ!? うわっ!!」


 史弥は急加速に伴い、押し付けられるようなG加速がかかり、進行方向とは逆方向である後方へ上体が仰け反りかかる。

 だが史弥の肩にそっと手が回る。

 麗華が反りかかった状態を押し戻してくれたのだ。

 上体を押し戻されると史弥は手を貸してくれた相手に反射的に礼を述べた。


「冬月会長、ありがとうございます」


「…………麗華」


「えっ……?」


「その……なんだ…………麗華って呼んで欲しい。その……君はいちよ恩人だし、これからもいろいろと関わる機会があるだろうし……今のうちに親しくしておいても可笑しなことではない…………だろ?」


 上目遣いで見上げる瞳と汐らしく普段のハキハキとした快活な姿からは程遠い麗華の様相にこれがギャップか、と史弥は一瞬ドキッとする。

 逆にこんな姿を晒してしまうほど今日の事は恐怖を覚えたのだと史弥は勝手に納得してみると、こんな麗華を見ることが出来るのはこの先あるのだろうかと頭を過る。

 だから不謹慎だと思いつつも目に焼き付いていく。

 結局のところ、どういった心情の変化が麗華の中で起きたのかは史弥の知るところではかった。


「確かにこれからいろいろお世話になると思いますのでお言葉に甘えて失礼します、麗華先輩」


「フフッ、まだ固いな君は」


 上級生でも役職でも上位である年上の女性をファーストネームでしかも呼び捨てで呼ぶのは少なからず抵抗があった。

 だから一瞬の内に迷いが生じて言葉を詰まらせると言い直して生徒会長の名前を呼んだ。

 そんな史弥に麗華はほくそ笑む。

 少しずつ麗華に元の調子が戻ってきたことを史弥は何となく感じるとなんの脈絡もなく自然と史弥は麗華へ激励を送っていた。


「麗華先輩、ぜったい講演会成功させましょうね」


「もちろんだ。君と、君達が支えてくれた講演会を誰にも潰させはしない。私はこの学校を変えてみせる」


 強い意志が麗華の瞳に宿るのを史弥は見た。


「あと自分のことも史弥って呼び捨てで呼んでください。なんかそうしないと不公平じゃないですか」


「ははっ、不公平か。分かった、史弥。これからもよろしく頼む」


 麗華は何処か幼い少女のような笑顔を史弥に見せる。


「…………」


 その一部始終をESP Abilityの制御に集中しながら戦国の聴覚は拾っていた。

 ただ一人、唯一この中で彼は違和感を覚えていた。


(君と君達ね。なんでわざわざ言い直した……? それに会長のことファーストネームで呼んでる人、この学校で一人もいないんだけどなぁ。これって会長自身分かってるのかぁ?)


 生徒会役員はおろか、普段から一緒に過ごすクラスメイトでさえも呼んでいるのを戦国は聞いたことがない。

 この事実は史弥が知る由もなければ、戦国も口にしようとは思わなかった。

 本人の麗華も実は気付いていない。

 今、麗華本人は演説会に向けて切り替えているためか変わった様子は戦国から感じられない。


 ──何故だろう。これに触れると何か厄介なことが起きる気がする……。

 戦国は軽く二人に気付かれないように危機察知ともとれるような身震いをすると注意を周囲の空間に向ける。

 自分が鉄板を浮遊させているという意識をより集中させてこの事実から目を逸らして忘れるように自身で仕向けた。

 今は講堂へ少しでも早く着くことを最優先にして余分な思考は捨て去る。


 他者から指摘を受ける程、戦国は自他ともに色恋沙汰には疎い。

 だから色恋沙汰──ラブコメの波動と呼ばれるものの存在を見逃し、厄介ごとから人知れず救われたのだった。


 ◇◇◇


「あと二、三分で見つからなければ講演会は中止か」


 柳瀬は自身で吐いた言葉に溜息をつく。

 痺れを切らした教職員と協議した結果、譲歩できるタイムリミットはとても短いものだった。

 現在、会場の雰囲気はお開きモード一色に染まっており、所々で生徒同士の放課後予定を話し合う声で盛り上がっている始末だ。


「あんたのせいちゃうからあんまり落ち込んだらあかんで」


 気付けば司会進行席から瑞希と鹿乃、梓が壇上の舞台袖に上がってきていた。

 全員が思い思いの顔をしている。

 その中で柳瀬に声を掛けてきた瑞希の表情は励ますセリフとは裏腹に暗いものだった。


「瑞希、いや、でもこんなことって──」


「せやかてうちらじゃどうしよもないやろ」


「そうだが…………」


「私達、頑張りましたよ! 今は会長さんが無事なのを祈りましょう」


「仕方ないは柳瀬。今年度の指針は学校通信で書面でも配布できる。確かに色々なことが水の泡になったけどこれがすべてじゃないわ。気を取り直して冬月会長の安否だけを気にしましょう」


 カリキュラム上、別日へ日程をズラすのはほぼ不可能。

 今日が中止になれば延期にはならず、今年度の行事が一つ減るのみとなるのだ。


「…………くッ」


 柳瀬は苦虫を噛んだような表情で俯いた。

 誰が見ても悔しいのは伝わってくる。この場にいる生徒会役員全員が同じ気持ちだった。

 ざわつく会場の中、舞台袖に沈黙が訪れる。

 不用意に時間だけが流れて。

 しかし、それも幕引きだ。

 不意に関係者用出入口に佇む年配の教員が腕時計をチラチラ気にかけた動作を取った。

 その腕時計に落ちた視線が秒針を追っている。

 定刻に達したことを告げる深い溜息のあと、静かに軽い足取りで、それでも重みをもった宣告を生徒会役員達へ通達する為に近づく。

 重苦しい雰囲気の中、教員は生徒会の面々に口を開く。



「君達、良いかな。今回は非常に残念だが──」


 固唾を飲んで宣告を受けようと全員が身構えた時、勢いよく関係者用出入り口が開かれる。

 慌ただしく開かれた扉に教職員も含めその場の全員が注視する。


「「「か、会長!」」」


 探し待ち望んでいた人物の顔を見て生徒会役員全員が名前を呼ぶ声を同調させていた。

 行方不明で失踪した人間へ生徒会役員達は即座に思い思いに言いたいことは沢山あったが、同時にボロボロな姿に気付くと驚きと心配の声を掛けていた。



「会長! どうしてそんなにボロボロなんですか!?」


「ちょっと大丈夫なん!? それ!?」


「あわわっ、講演会より怪我の手当てをしないと!」


「大丈夫ですか会長!?」


 講演会よりも怪我の具合を心配する声で溢れる役員達に当てられた麗華は「心配かけてすまなかった」と短く、それでも深く頭を下げて謝罪をした。

 その光景を見ていた年配の教員が慌てて口を挟む。


「ふ、冬月君、大丈夫か!? まずは怪我の手当てを──」


 頭を上げた麗華は、

「ご心配お掛けしました。私は大丈夫です。大分遅れましたが予定通り講演会を始めましょう先生」

 教職員の言葉を最後まで聞くことなく麗華は力強く言い切った。

 そこには脆弱さも非力でもない──いつもの凛々しく頼りがいある生徒会長の姿があった。

 呆気に取られた教職員が麗華を見つめる中、史弥と戦国が少し遅れて舞台裏に現れる。


「戦国と須山くん! 冬月会長を見つけてきてくれたのか!」


 後から現れた二人に柳瀬は感謝を滲ませた声音で声を掛ける。

 残りの生徒会メンバーは生徒会室によく出入りしている見知った顔の戦国と新参者である史弥の顔を交互に見た。


「あぁ、なんとか。ここの須山が機転を効かせてな」


 戦国が後輩である史弥の手柄を主張しようとしたが史弥は「よしてください」と一言、戦国を牽制すると、

「それよりもまずは演説会です。会長もこんな状態ですが執り行えるそうですので早速準備を」


 誰よりも冷静に史弥は告げると周囲の人間達も慌ただしかった現状から冷静さを取り戻していく。

 そこで教職員に史弥は向き直る。


「今回の状況説明は講演会終了後に報告します。自分や戦国先輩、風紀委員も関わる案件ですのでまとめて冬月会長と併させて頂きます。今はまず演説会優先で良いですか?」


「わ、分かった。こんな状況だ、他の教員には私から話しを通しておこう」


 端的に史弥は「ありがとうございます」と礼を述べると年配の教員は舞台裏から捌けて行った。

 同時に副会長である柳瀬は現場をつい先ほどまで管理し、把握していたことから先ほど到着したばかりの麗華に代り指揮を執り始める。

 それに合わせて生徒会役員達は自分の割り当てられた役目を果たすべく、迅速に動き始める。


「よし、瑞希会計! 司会進行席に戻って読み上げ準備だ!」


「あいよ~、分かったで~」


「鹿乃庶務! 音響室で照明、舞台装置の指揮頼むぞ」


「言われなくても分かってるわよ」


「梓庶務は…………みんなのバックアップだ」


「私だけ漠然としすぎじゃないですか!?」


「うーん」


 唸り声を上げた柳瀬は麗華を一瞥して軽く目を逸らすと、

「なら、会長のメイクアップを頼めるか? その、今の格好は刺激的すぎる……」


 史弥と戦国は柳瀬を見て苦笑いを浮かべる。

 やはり一男子高校生ならば同じ感想を抱くのだろう。

 断線もとい至るところが破れた黒ストッキングから顕わになる白く透き通る素肌は思春期真っ盛りの男子には毒であり、衆目の面前で些か不適切であった。

 麗華は視線を逸らす柳瀬に何処か挑発的で魅せる様に妙に色っぽく訊いてみる。


「どうしたのだ柳瀬ふくかいちょうぅ~? そんなに私の素肌が気になるのか~?」


 何処かおどけたように含み笑いを作り半眼で柳瀬を見つめると彼はそれ以上のコメントを避けようと「べ、別にそんなことは……」等とはぐらかす始末。

 鹿乃は汚物でも見るような顔付きで「──最低。デリカシーに欠ける」と一言、瑞希は「あんまりいやらしい目で見たらあかんで~」と言いながら二人して舞台袖から捌けて行った。


「違うぞ!? これは不可抗力だ!?」


「女はいつだって理不尽だ。分かるぞ柳瀬」


「戦国先輩は自業自得な気がしますよ。見てて」


「なんだと史弥!? 言うようになったじゃないか!?」


「先輩は変なところで茶目っ気がありますからね。

 それと柳瀬副会長、気になさらないでください。勘違いなのは重々承知してます。自分も最近似たような経験がありますので」


「くッ、なぜか釈然としない……」


 妙な親近感を抱かれながら柳瀬の誤解は解けぬまま急ピッチで最後の準備が進んでいく。

 それよりも見せつける態度を取れるくらいの自信があるのに谷間を除かれた程度であんな恥じらう反応を見せた麗華に史弥は一抹の疑問が浮かんだ。

 が、今は目の前の問題を解決するために棚上げして記憶の彼方へ忘却するのだった。


 ◇◇◇


 かなりの遅れを出した演説会は開始した。

 形式的な学長挨拶から始まり、そのままこれまでの稲沢高校の歴史に触れ現代の稲高生のあるべき姿を説きつつ、健全で規律を重んじるように邁進まいしんする事を諭した。

 そのまま関係各所から届いた電報が読み上げられる。


『続きまして、文部科学省 斎藤さいとうただし様より──』


 国営で政府直轄の公立高校であり、国内にそれ程ない有数の学校のためか名を連ねる人物達は著名人ばかりだ。

 しかし麗華の興味は名よりも司会進行である瑞希がマイクを通して流暢な標準語が講堂内に響く方に感嘆と違和感の声を上げ、失笑していた。


「おぉ……! 瑞希が関西弁抜きで標準語を噛まずに話しているぞ……!! しかし、その分、瑞希のアイデンティティが無くなって違和感が凄まじいな……」


 梓の頑張りもあり麗華の身なりは演説会が始まってから並行して急ピッチで整えられ、現在はある程度落ち着いていた。

 乱れていた髪は梳かれ、破れていたタイツは麗華が持ち合わせている予備に履き替えることで身なりを整理する。

 流石に制服の汚れや皺などは如何にも出来ないが、壇上から参加席の距離を考えれば人目にはあまり分からなので諦める事にした。


「再三噛まないように読み上げ練習してましたからね。私もイントネーションの練習に付き合ったくらいですし」


 少し苦笑しながら梓は麗華から見えないスカートに付いた砂埃を軽く払いつつ話す。

 その横で男三人、柳瀬、戦国、史弥達は様子を見守っている。


「戦国先輩、旧校舎の方はどうしますか? 言ってくれれば自分も事後処理に────」


「それなら大丈夫だ。他の風紀委員で会場警備から割ける人員を向かわせた。それに史弥は功労者だ。ここで少し休んだって罰は当たらないさ。それに文句をいう奴は俺が許さん」


「でも自分は下っ端ですから──」


「全く、生真面目だな君は。それよりどうだ? 大分見てくれは整ったんじゃないか?」


 話に割り込んだ麗華は史弥に微笑むと見守る三人にその場で翻って感想を求めた。

 元の容姿が整っているせいもあり、服装になんの違和感もなく感じさせてしまう。


「見つけた時に比べたらだいぶ良くなったよな、なぁ史弥?」


「そうですね…………普通に整ってますよ麗華先輩」


「良い感じです冬月会長」


 三人が口々に返事をする中で何故か麗華は史弥の発言を言及する。


「史弥、そこは“綺麗です”という所ではないのかな?」


「し、失礼しました……!」


 急なダメ出しに軽く驚きつつ、史弥は理不尽にも真摯に謝罪した。


「まぁそこは追々私が鍛えてやるとして、それじゃあ女の扱い方はダメだぞぉ~?」


「はぁ……? あまり自分はそういった事に縁がないもので申し訳ないです」


「全く、これだから天然モノは…………とにかく反省だ!」


「……? す、すみません?」


 年上のお姉さんらしく叱りつける麗華に史弥は何を言いたいのかさっぱり理解できないままだった。

 それでも何故だか失礼なことを言われてる気だけはしていた。

 二人が何処か親しく話している姿を横目で戦国と柳瀬は見て、柳瀬は戦国に軽く耳打ちする。


「戦国。須山くんが会長に尻に敷かれているがあの二人はいつからああなんだ? それに会長があんなに仲良く話してるのを初めて見たぞ」


「いつからだろうな……親しくなったのも…………そういえばいつからだろうな」


 困り顔で答える戦国が嘘をついているようには見えない柳瀬。


「あの二人に何があったんだ?」


「それは俺も知らん」


 史弥と麗華の入り込みづらい空間が出来上がりつつある中で、今日知り合ったばかりの史弥が誰も呼んだことのない“麗華先輩”と呼んだことに柳瀬は怪訝な顔つきにになる。

 梓も同じ感想を抱いたのか史弥へ顔を向けて目をしばたかせていた。

 皆、今まで下の名前で呼んだことはない。ファーストネームで呼ぶことが恐れ多いと考える人間が大多数で、その流れから名字や役職で呼ぶことが定着していたからだ。

 だからかなりの違和感となって耳に残ったのは確かだ。

 が、演説会優先なのでその疑問をすぐに二人は流すことにした。

 そんな事よりも今は、目の前の行事を成功させなければならない。


「よし! これで一先ずは公序良俗に沿った姿で皆の前に立てるな!」


 そこまで麗華は言って今度はチラリと柳瀬を見ると急な矛先に柳瀬はその目をキョドらせながら顔を逸らしてしまう。


「そ、そういえば会長! 校了原稿はどうしたんですか!? 元データも原本も残ってないし──」


 話を逸らしつつ息巻きながら柳瀬は指摘しようとした時、麗華は片手の人差し指を自身の頭に向ける。


「それならすべてここに暗記している。それと元データの類は諸事情ですべて消していてこれが全部終わったら事情を説明するつもりだから許してほしい」


「ならここでは問わないですが原稿全部暗記って……本当に大丈夫なんですか?」


 柳瀬が心配そうな表情で訊いてくるがキッパリと答える麗華。


「問題ない。なんだ、私を疑っているのか?」


「疑ってはいないですが……」


「私はこの特別な能力だけに奢らず、学力面でも手を抜いたことはない。ニューマンとして優れていても勉学をしない道理はないからな。故にあれくらいの原稿など暗記するのは手間ではなかったよ」


「……分かりました、会長がそこまで仰るのなら…………」


 柳瀬は若干不安ながらもどうにか納得してみせる。

 彼女がやれると豪語して今までできなかった試しがないからだ。


「さて、そろそろ私の番だ。みんなのおかげで大分緊張もほぐれた」


 まもなく呼ばれることを悟り、麗華は決意を固める。

 そして瑞希が電報を読み終わると生徒会長の名前がアナウンスされた。


「今年度、生徒会長、三年生 冬月麗華さん。登壇お願いします」


 麗華は堂々とした足取りで舞台袖から出て行こうとした。

 張り詰めた空気の中、麗華の顔を戦国、柳瀬、梓、史弥が見つめる。

 その中で少し史弥と目が合うと彼女は優しい笑顔を向け、いつもとは違った女性的な柔らかい雰囲気を一瞬醸し出したかと思えば、すぐにキリッとした表情へ戻った。


「行ってくる」


 短く麗華はその場の皆に告げると生徒達の前に出た。



 ◇◇◇


 遅れて壇上に現れた現生徒会長である冬月ふゆつき麗華れいかを会場内の生徒達は冷ややかな視線で向かい入れた。

 流石に野次を飛ばす程まではいかずとも嫌悪感が漂うほどには場内の雰囲気は麗華にとって無言の圧となって彼女の身体に巻き付くように纏わりつく。

 しかし麗華は物怖じせず、見えない圧を一刀両断して切り開くような勇ましさがあった。

 今日の行事はそれ程彼女にとって特別で、大事な日だったのだ。


 壇上の教卓に向き直ると瑞希からアナウンスが入る。


『では今年度、生徒会長である冬月麗華さん、準備が整いましたら演説を始めてください』


 麗華の手元には原稿などない。

 準備などとっくに出来ている。あとは心構えだけだ。

 麗華は会場全体を見渡すと会場の生徒達の視線を一気に浴びる。

 改めて見直すと全校生徒の人数に圧倒されそうになる。

 少し足がすくんでしまいそうになる。

 それでも麗華は強い意志で自信を奮い立たせて持ち直す。

 気持ちが最高潮に昂る瞬間を待つ。

 そして、

「我々ニューマンがどうあるべきか、皆さんは一考したことがありますか…………?」

 突然、会場内に向けて疑問が麗華の口から放たれる。


 その声音はマイクを通して明瞭に、そして静かに皆の耳に届く。

 大きいだけの耳障りな音では無い。

 だが、その質問自体に会場内の全員が頭に疑問符を浮かべ静まり返る。

 ──何を言っているんだ? どうしたんだ? と。

 しかし逆にこの反応は読み通りだった。

 突拍子も無い一言と、その後に作った間が会場内にいる全員の視線を壇上に誘導出来たことに成功した麗華は端から見て少々したり顔だ。

 静寂を作り出し、視線を釘付けにした麗華はそのまま次の言葉を紡いでいく。


「……私は理不尽な人種だと思います」


 その言葉で会場内は様々な感情で満ちていく。

 更に困惑を覚える者、難色を示す者、怒りを覚える者、その殆どは麗華が何を言いたいのかまだ見えてこず、表層的な言葉の意味だけで判断している。


「敢えてこの場で言わせて頂く。

 我々は理不尽な人種だ。

 科学が発達した現代で私達ニューマンは科学証明が困難な力、ESP Abilityを授かり、一般人には非常識な力と認識された世界。

 持つ者、持たざる者で別れ、二分された世界。

 それでも根底は同じヒト。しかし、力を持たざる者──ここでは旧人類と呼ぼう。

 ただ出来る事、出来ない事、そう捉えればいいものを優劣をつけたがり、判別し、我々の中でさえ優劣をつけるため──己の小さな承認欲求を満たすため、序列を気にする毎日」


 だんだんと会場内に嫌な雰囲気が充満し始め、舞台袖で聞こえてくる麗華の演説に関係者達は焦りを浮かべる。


「か、会長さんがとんでもない事を言い始めました!?」


 梓は両手で口を押さえ麗華と柳瀬を交互に見てオロオロする。

 史弥は真剣な面持ちで視線を送っている。

 戦国は何故か面白そうに半笑いで見ている。

 横で柳瀬は冷や汗を流し博打に投じるような眼差しで見ている。

 この演説の内容について、実は柳瀬だけが知っていた。

 原稿校正を手伝ったからだ。

 故に過激で最後に向かう結末も彼は理解していた。

 もちろん柳瀬は難色を示して大幅な改稿を進言した。

 だが麗華はこのままいきたいと断った。

 渋々柳瀬は了承したがこれは謂わば博打。

 どっちに転ぶかは賽を投じなければ目は分からない。

 柳瀬はかぶりを振って雑念を振り払うと再度舞台の麗華へ視線を向ける。

 ただ事の成り行きを見届けるしかなかった。


「その根源は何か? 私はこの学校に在籍して感じた。

 ──我々が誰よりも優れていると個々が思い上がっている証拠だ」


 基本的に長々と話さず、短く切って話していく。

 しかし、最後の一文でついに会場内がざわつき始める。

 瑞希が場を抑制するため「静粛にお願いします」とアナウンスをかける。

 波紋を呼んだ言動に流石に教師陣までも肝を冷やしたが、なんとか騒々しくなった会場は緩やかにまた静まり返っていく。

 麗華はタイミングを見計らい沈黙の後、畳み掛けるように言葉をつづる。


「校内での能力不正使用。安直な目的で振り回される力。ESPアビリティ上位層の派閥の台頭と抗争。

 これは事実──実際に起きている学内の現実です。

 弱い立場のニューマンはこの現実から目を背け、強者が行う規律と呼ばれる蹂躙に身を任せてしまった。その結果です。

 そして学校の厄介ごとを請け負い、受け皿である風紀委員会が取り締まる。

 それでも限度があり、前年度の検挙率は私が行った取り締まり強化で四割向上させるに留まっています。

 ────ここで一つの問題提起は何故未然に防ぐ手立てがなかったのか?」


 彼女の言葉には重みがあった。

 事実、今まで麗華の行った実績を鑑みれば当然だ。

 さらに彼女は一拍置いて演説に力を入れた。


「我々、ニューマンは軽率にその力を行使するべきではない。

 ニューマンでない者達と弱者に軋轢あつれきを生む原因はこのESPアビリティにある。

 理不尽で超常的な力にある。

 だが生まれ授かったこの力を捨てることもできない。

 だから言える。己の力に──欲に溺れて、自分を見失ってはいけない。

 ここまでで私が何を言いたいか。

 我々ニューマンは、ニューマンである前に、ひとりの人間であることを再確認して欲しい。

 我々は自身の自制で幾らでもこの能力を制御できる。

 人を傷つけなくて済む。有効活用出来る」


 観衆は完全に聞き入っていた。

 確かに面白くないと思う者もいただろう。

 だが、それを今この場で口にする者はいない。

 だから沈黙になり、麗華の言葉は会場内に響き渡る。

 そして深い溜めを作ると麗華はその口から宣誓を告げる。


「────私はこの稲沢高校における思想の自由化…………人種的優越主義に基づく差別及び煽動の禁止を宣言する」



 この宣言は校内に居座るカースト勢力の一掃及び下部ニューマン達の身分救済を意味し、真に校内で伸び伸びとした学校生活を送ってもらうための麗華の公約の一つ。

 麗華がこの学校に在籍してから感じた不条理を是正する一つの誓い。


「手始めにこの伝統ある制服に設けられた紋章の廃止。差別の助長に繋がる視覚的な差を無くす。

 さらに今年は────」


 語句を強めた麗華の口調は最高潮に達していた。


「文化祭を()()からも受け入れ、地域交流を持つことにより、我々、ニューマンをより深く理解してもらう場を新しく設けることをさらにここに誓います!!」


 密かに秘めていた想いを会場内に宣言した麗華の表情は晴れやかで何処か誇らしげだった。

 会場内の生徒達はそんな麗華の艶姿(あですがた)刮目かつもくしている。

 しかし柳瀬を除く舞台袖のメンバー全員はまた違った表情をしていた。

 動揺と驚愕だ。


「「へっ?」」


 ここでお互い舞台を見ていた先輩と後輩である戦国と史弥は波長を合わせながら、なんとも間抜けな声を重ねていた。


「なぁ、史弥」


「言いたいことは分かります」


「俺達って自分達が思ってる以上に…………」


「えぇ、こき使われそうですね」


 戦国と史弥はこの先新たに始まる取り組みに嫌な笑みを浮かべて見つめ合うと嘆息した。

 最後の一文は学校関係者達において後々、波紋を巻き起こす種になるのは言うまでもない。



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