「波乱と信念」
稲沢高校の敷地内には廃校舎が存在する。
何故そんな校舎が存在するのかと問われれば、ニューマンのインフラ整備が関わっているというのが背景だ。
ニューマンが出現した二十世紀初め、彼らは世間に浸透していない人種であった。
人とかけ離れた奇跡とも呼べる能力は異質で、差別的に奇異の目で見られた。
そんなニューマンが社会に当然受け入れられる体制は整っている訳もなく、民衆は特別な力を持つ者達へある感情──羨望ではなく、恐怖を抱くようになる。
現在にもまだ根強く残るオールド・ショックと呼ばれる新人類に対する危険視は、当時苛烈なものとなった。
未知の存在への恐怖が、ニューマンへの迫害へと繋がってしまっていたのだ。
しかし、未知の存在とはいえ、人であることに変わりはない。
政府は最低限度の人権を確保するため、社会整備を敢行した。
その一環でニューマンの保護を目的とし、守るために社会から切り離したのだ。
中でも未成年者達は国が用意した施設へ保護された。
そして急造されたのが稲沢高校にある廃校舎、当時の生徒達からは皮肉の意味を込め、通称"家畜舎"と呼ばれる場所だった。
この家畜舎呼ばわりされた校舎は、臨時的な意味が強く、設備は不十分であり、最低限度の設備しかなく、生徒達が満足出来る水準には達していないものだった。
木造建築の古き校舎と呼ぶに相応しい急ごしらえの佇まいをした粗末な建物。
保護という名目の隔離施設であり、人目から切り離すように稲沢高校敷地内の森林付近に建ってられていた。
七年前からニューマンに対する世論の風当たりは良くなり、さらにESPアビリティの解明が進んだことにより、オールド・ショックは殆ど緩和され、迫害の危険性が殆どなくなったことで閉鎖され、現在の新設校舎が建てられた。
今は家畜舎の存在は在校生にはあまり知られておらず、ごく一部の生徒と教員により認知されている状態だ。
「だいぶ酷い有様だな」
麗華は蔦が生い茂った苔まみれの外観をした三階建て木造校舎を見つめて呟く。
正面玄関の扉は荒れ放題で、片側の扉が風化して外れていた。
もちろんガラス扉は割れ、割れたガラス扉の向こうには生徒用の机に教卓、椅子がドカ積みされ、書類は散乱、様々なオブジェは辛うじて原型を留め、朽ち果てていた。
麗華は正面玄関を潜ると指定されて場所へ足を運ぶ。
三階にある視聴覚室を目指して。
階段を登る際に木製の床が軋み、麗華の不安を煽った。
床が抜ける程まではまだ腐っておらず、なんとか三階まで上がる。
そのまま校舎の端にある目的地へゆっくり進んでいく。
「…………静かだ」
人気の無い廊下に足音だけが反響する。
ヒンヤリとした空気が麗華の周りを漂い、肌を刺激してくる。
そして、視聴覚室と書かれた表札が扉の上に貼り付けられた引戸の前に立つと、扉を開けた。
しかし中には誰もいなかった。
「誰もいない? とんだイタズラを──」
『校内にいらっしゃる冬月 麗華さーん、至急放送室へ来てくださーい』
室内に備え付けられたスピーカーから人の心を逆撫でするようなふざけた女性の声色が響く。
麗華はその声に驚いたが、電力や古い機材が生きていたことにさらに驚くとすぐに呼び出した正体不明の相手に不快を露わにする。
「こんなふざけた真似をしてどうゆうつもりだ!」
彼女は何もいない空間に誰何していた。
少しの間をおいて返ってこない返答に、何をしているのだろうか返ってくるはずないのにと馬鹿らしく感じた麗華は部屋を出ようと出口へ歩みを進めた時、
『そんなことは放送室に辿り着けたら、ぜーんぶ答えてあげまーす』
聞こえていないと思っていた正体不明の相手から返答が返ってくる。
「どこで聞いて……それより一体こんな場所に呼び出して何がしたい。意味が──」
言いかけた麗華の意識が自然と出口に向かう。
途端に勢いよく扉が開かれ、数人の男達が雪崩れ込んでくる。
様相は稲沢高校指定の制服を着込んでいるところを見ると当校の生徒だった。
全員、薄気味悪い笑顔を麗華へ向けて見つめている。
「いよいよもって実力行使というわけか。
こんな回りくどいことをしなくても正面切ってこればいいものを…………いいだろう、全員まとめてかかってこい!!」
力強い宣誓にも似た迫力で声を張ると麗華の黒く艶やかな長い髪が靡き、制服がはためく。
この視聴覚室は密室で、窓は全て閉じられていた。
それでも確かに吹き荒れた。
嵐のように荒々しく、"風"を巻き起こし、耳元に纏わりつく風切り音が響いた。
◇◇◇
酷く史弥は後悔していた。
外へ飛び出してみたものの麗華が居そうな場所の当てなんてものは見当もつかない。
大見栄切ったが情け無い有様だと史弥は悔いていた。
「何処から行けばいい、当てなんて……」
自問自答を繰り返す史弥はそこで独り言が詰まる。
自分で言っていて気づいてしまったのだ。
「…………廃校舎」
大事になりつつある状況に戦国が話していた西条の情報と重なり、健太郎がの意味深だったセリフが今繋がる。
この事態がさらに後押しになる。
「でも、どうする。外れていたら……」
仮に山が外れていたら時間のロスになる。
講演会まで時間はもうない。時間の浪費だ。
しかし、広い敷地を端から端まで探すのは実質無理でもある。
「…………ここ一番、テストで山を外した事がないんだ。行ってみるしかない」
テストもそうだが、常に最悪の事態を想定して行動する癖が付いている史弥は、楽観的に考えることが出来なかった。
何気ない日常で育んだ史弥の思考パターン。
だがそれでもやはり最後は考えてしまう。
──外れていて欲しいと。
府の感情が渦巻く中、振り払うように史弥は携帯端末をポケットから取り出し、学内のMAPを表示する。
取り出した端末は学内ネットの閲覧や風紀委員同士の連絡ツールとして利用できる風紀委員用の携帯端末だ。
個人端末の持ち込みは校則で禁止されているため、学校側が用意した端末が貸与されている。
この端末には学内の風紀委員権限で様々な情報を閲覧できるようになっている。
とはいえそれは生徒の範囲での、という意味ではあるが。
史弥はMAPを隅々まで確認していく。
「ここだよな……?」
画面端に表示されている旧校舎と書かれた目的地にナビゲーション機能を設定する。
廃校舎=旧校舎なのかはこの学校に入学したての史弥には自信がなかったが今はそれどころではない。
MAP上にはそれ以外で似通った名称の建物はないので十中八九合っているだろうと史弥は適当に納得する。
そんな事より一刻も早く麗華の安否を確認して、彼女を連れ戻さなくてはならないからだ。
同時にメール機能を立ち上げ、風紀委員長である戦国へ連絡を済ませていく。
タッチスクリーンに表示された送信を押すと、史弥は目的地へ向かって走り出した。
「あまりコレを使う場面は無しで頼むぞ…………!」
胸の内ポケットにしまっている緊急時の護身品に対して史弥は小言を呟く。
それを使うタイミングは荒事でしかないと決まっていたからだ。
だから心中、どうせいないはずだと思い込むことで外れていることを願うも地面を蹴る力はそこに居ることを直感的に察知して、強く踏み込んでいることに史弥は自分で気づいていなかった。
◇◇◇
「廃校舎を探してきます、か……」
舞台袖に場所を移していた戦国は送られてきた史弥のメールを確認し、どうしてその場所へ直行したのか不思議に思っていた。
あの場所は取り壊される予定の場所で基本的には生徒は立ち寄らなければ、知っている者も限られる。
麗華も確かに存在を知ってはいるが、同時に立ち入り禁止エリアだということも理解している。ましてやこんな大事な行事に立ち寄る場所では絶対ない。
ましてや入学して間もない史弥がその場所に探しに行こうと思ったこと自体が戦国には疑問であった。
「戦国、何かわかったのか?」
携帯端末を注視していた戦国に、同じく舞台袖で待機していた副会長である柳瀬は訊いていた。
その表情は迫る時間に緊張が現れ始めていた。
「いや、後輩の史弥がこれから捜索する場所を報告してくれただけだ」
「何処を探すと?」
「廃校舎だそうだ」
戦国の言葉を聞いた柳瀬は、彼と同様、頭に疑問符を浮かべる。
「何故、あんなところを? 生徒が立ち寄る場所じゃないだろうに……とゆうか彼は入学して間もないというのにどうしてその場所の存在を知っている……?」
「確かに言われてみるとそうだな。須山が知っているのはおかしな話だ。
どうしてそこに調べに行こうと思ったのか考えも分からん」
様々な思案が二人の頭を巡ったが、結論分からなかった。
公演までもう残り時間が少ない焦りからか、史弥が何故そこに向かったのかを考察する余力も二人には残っていなかった。
ただ疑問が深まっていく中、今度は幼いトーンで可愛らしい声が戦国と話す柳瀬にかかる。
「失礼します副会長。どうしますか? このままだと、柳瀬副会長が代替えで公演を進めるというのも…………」
二人の会話に割って話しかけたのは梓だった。
主役が不在で張り詰めた空気の中で、梓はどこかソワソワして居心地悪そうにしている。
一年目にしてはとんだアクシデントに見舞われて酷だった彼女は柳瀬に指示を仰いで、気を紛らわせようとしているようにも見える。
「俺から言っても意味ないだろ。本人の口から生徒達に伝えないと響かない。それに第一、校了原稿がないから出来ない」
しかし、柳瀬は冷静に客観的な答えを梓に返す。
「そうですよね……」
と、そこで最後の一言に過剰に反応してしまう人物がいた。
「校了原稿もないのか!?」
戦国だった。
彼は動揺の声を上げて驚きの表情で柳瀬を見ると、柳瀬は片手の人差し指を口元に当て、常套句とも慣用句ともとれるようなセリフを吐いていた。
「しッ、声がデカイぞ」
柳瀬は目配せしながら戦国へ小声で注意する。
少し周りを見渡し、誰も周りにいないのを柳瀬は確認する。
梓はさらに気まずそうにし、二人の様子を見守っていた。
どうやら周りにはを他聞を憚るような内容だったらしい。
見渡し終えた柳瀬は注意した戦国へ説明を始める。
「校了原稿がなくなっていた。冬月会長がいなくなったと同時に」
「てことはいなくなる直前までは有ったんだな」
「あぁ、ちゃんとあった。恐らく会長が持ち出したんだ」
「どうゆうことだ。なんで持ち出して行方不明になる」
「分からない。会長に直接訊いてみるまでは。だから一刻も早く見つけないと。会長も原稿も」
「そうだな。まてよ…………印刷前の元データを再度印刷して原稿は確保できるんじゃ」……
憂いの一つを解決しようと言いかけた戦国を止めるように、柳瀬は言葉を遮った。
「それがパソコンの生徒会共有ファイルの元ファイルが削除されていてデータが無くなっていた。もちろん復元もできないしそんな時間もなければ専門知識もない」
それを聞いた戦国は神妙な面持ちになる。
「おいおい、これは明らかに可笑しいぞ。会長が意図的に行って失踪しているようにしか考えられない」
戦国は深刻な状況へ苦言を漏らすと、さらに深まる不可解な事態に柳瀬は投げやりに愚痴を溢す。
「クソっ、一体どうなってる。これじゃあまるで講演会を会長が自分で壊しているみたいじゃないか」
柳瀬が遣る瀬無い憤りを表した時、戦国の脳裏に嫌な予感が走った。
(あの人は物事を突然投げ出したりする人ではない。それは今まで傍であの人を見てきたから分かるし、柳瀬だってそれは分かっている。だとするならばこれは誰かの差し金…………)
それは勘に近いものだ。
そして先ほどの史弥の奇妙なメール。
戦国は史弥との短い付き合いを思い返す。
あの後輩は冷静に判断して、少ないヒントでも察することが出来、洞察力がある人物だと戦国は分析していた。
少ない可能性を見逃さず、飛び込む大胆さも兼ね備えている。
今まで生徒会や風紀委員で取り上げられた史弥の事件を鑑みた戦国はそう理解していた。
だからあの史弥が何か行動した時は──
「嫌な感じだ。柳瀬副会長、すまないが俺もこの場を離れて廃校舎に向かう」
「何を言っている、風紀委員のトップが出て行ってどうする」
「いや、たぶん俺じゃなきゃダメだ。他の風紀委員には荷が重い気がする。風紀委員会の皆には、この後生徒会役員の指示に従うようにと俺が言っていたこと伝えておいてくれ」
「お、おい! 戦国!」
柳瀬は戦国を呼び止めようとしたが、戦国は振り切るように舞台袖から姿を消していった。
「あ、あの、柳瀬副会長、ど、どうしましょう…………?」
か細い声で心配そうに指示を柳瀬に問う梓は、小動物のような容姿をさらに肩まで縮こませて小さくなっていた。
「はぁー、あいつは全く…………。
梓庶務。とりあえず俺たち生徒会が風紀委員の指揮をとる。他の役員にも同様に伝えておいてくれ」
「えぇッ!? 本当に指揮をとるんですか!?」
「誰かが取らないといけないから仕方ない。
ところでやったな梓庶務。部下が沢山出来たぞ」
風紀委員会の総数は生徒会に比べて多い。
一年目の梓に対して冗談で言ったつもりの柳瀬だったが、逆に彼女を萎縮させてしまう。
そんな梓の肩を軽く叩いて力を抜けと柳瀬は伝える。
と、たまたまその光景を舞台袖に上がってきた鹿乃に目撃される。
「副会長、セクハラは校則以前にモラルに反しますのでお辞めいただけますでしょうか?」
「君には後輩を励ます先輩の図には見えないのか」
「えぇ、見えませんね」
断言した鹿乃に恐い笑みを振り向ける柳瀬の口角は明らかにヒクついていた。
そんな二人の様子を梓は瑞希のように仲裁役を演じようとするも場の得も言われぬ圧力に押されて、やはり止めることは出来ない。
「うぅ…………二人ともこんな時くらい止めてくださいよ……」
その場でオロオロしてしまう梓だったが、数秒も経たぬうちにいつもの人物が制裁を下しにきたので予定調和となった。
◇◇◇
「無駄に遠回りしてるな」
気絶する生徒達が横たわる廊下を闊歩しながら麗華は呟く。
壁にはスプレー缶で描かれたような塗料で矢印が示されている。
経路はやたら入り組ませるかのように階層を移動させたり、関係のない教室を経由するように描かれ、その度にフロアモンスターのように襲いかかる生徒達を麗華は倒し続けていた。
(明らかな時間稼ぎだ。放送室に直行しようにも場所が分からないし、従う他ないが講演時間が…………)
時間を気にした麗華はその腕に巻かれた腕時計へ視線を向ける。
時刻は公演まで三十分を切っていた。
(急ぐしかない……!)
麗華はその歩幅を広くして、小走り気味に進む。
突如、廊下横の扉が開け放たれ、教室から男子生徒三人が飛び出してくる。
この登場の仕方は新鮮だった。
先程までは廊下で突っ立って配置されている輩ばかりだったからだ。
麗華がそんなことを考えていると、その輩達の手元には鉄パイプやら角材が持たれていた。
「ESP Abilityだけじゃなく飛び道具とはもうなりふり構わないか」
先ほどまでは自身のESP Abilityで攻撃を仕掛けてきていた敵生徒だったが、飛び道具まで使用し、容赦ない様相を呈した姿を見た麗華は、余裕がなくなっていることを悟る。
同時にその変化が、目的地が近いと麗華は察することが出来た。
「「「おらぁぁぁあ!!!」」」
罵声を放ちながら殴りかかる三人は麗華の目前に立ちはだかり、突っ込んでくる。
迫ってくる敵に彼女は冷静に、顔色一つ変えず、その場で迎撃態勢をとり待ち構える。
直後、強風が廊下に吹き荒れた。
廊下の窓は震え、散乱していた廊下の廃材や書類などが飛び交っていく。
突っ込んでいた男子生徒三人は体勢を崩しかけ、勢いを失うと、振りかぶろうとした凶器を下げて吹き飛ばされないように踏みとどまっていた。
「風速十二m以上の突風だ。真っ直ぐ歩くのさえ困難だろう」
一瞬の内に形勢を逆転させた麗華は次の一手に移る。
麗華はその綺麗な白い手を踏み止まる敵へ向け、そして薙ぎ払う動作をとる。
途端に風速の勢いが跳ね上がり、地面に踏み止まることを許さぬ風圧で三人の身体はいとも容易く地面から離れて空中を舞っていた。
次の瞬間に遥か奥の壁に叩きつけられ、激しい衝撃音が木霊すと、伸びた男子生徒三人が出来上がっていた。
「さすが学園始まって以来の逸材と言われることだけはありますね」
「誰だ」
麗華の短い誰何の後、廊下の曲がり角から人影が現れる。
窓から指す外の太陽光のもとに白日に晒された姿は稲沢高校の制服を着込んだ身長180㎝前後、痩躯の男子生徒だった。
不敵に、何処か自信を秘めた表情を浮かべる顔に麗華は警戒心を一段階上げる。
「名乗る程の者じゃないですよ。それに名乗ったらあとが怖い、そうでしょ会長さん?」
先程伸びた生徒達を見ても物怖じしない余力を残した口ぶりで麗華の前に現れた男子生徒は右腕に鋼鉄製の鎖を巻き付けていた。床に垂れる白光する鎖からは床と金属が微かに擦れる音が耳障りに響いていた。
「ここで私に対峙する限りは、だ。そこを通してもらいたいのだが……聞き入れることは叶わないのだろう?」
痩躯の男子生徒は両肩を竦めて見せた。同意の仕草だ。
「勿論ですよ。あなたを倒せとお達しが出ていますから。特に恨みはないんですが、うちの大将が不機嫌になってしまうのでここで退させてもらいますよ」
「君達がそこまでする大将とは信頼に値する人物なのかい?」
「信頼とはまた綺麗な事を……。力ある物に従う。ただそれだけ、簡単な事です。自分は持っていなかった。それは信頼とはかけ離れた感情……これは服従ですよ」
「思考を停止させた自暴自棄な考え方だ」
「あなたは知らないからまだそんなことを言える。絶対的な強者を目の当たりにした弱者を知らない…………から!」
そう言った痩躯の男子生徒は物腰の丁寧な口調で前置きもなく攻撃を仕掛けた。
ワンモーションで振り回された鋼の鎖が鞭のようにしなり、弧を描きながら麗華へ襲い掛かる。
「………………!?」
麗華は自身の風圧を限定的に降りかかった攻撃箇所のみ瞬間的に上げる。
鎖は弾かれるはずが風圧の壁を突破しようと張り合い、力比べをするように留まり空中で制止する。
有り得ない動き方をみせた鎖に麗華は驚き、慌てて自身の後方へバックスステップで退避する。
僅差で鎖が押し勝ち、麗華が先ほどまでいた場所を空振るとまるで生きているかのように──意思があるかのようにうねりながら主人の元へ戻っていく。
「さっきの生徒達とは違ってただの飛び道具ではない……な」
「えぇ、その通りです。俺のESP Abilityですよ」
「なかなか骨がある奴が現れたな。ただ私の前に立ちはだかったのが悔やまれるよ」
「お褒めに預かり光栄です会長」
「ふむ……見る限り特定の鉱物を操る能力だな。恐らく鉄じゃないかな?」
「………………」
痩躯の男子生徒は応えることもなく無言で麗華の一挙手一投足を注意し観察していた。
聞こえなかったのではない。麗華の声量は至って普通であり、二人の距離はそれほど離れているわけではない。無視したのだ。それを麗華は無言の肯定と受け取る。
ここで答える必要性もなければする意味もなかった。
それほどまでに彼のESP Abilityは単純でシンプルなものだからだ。
麗華がすぐに考察出来たことから明白だった。
「簡単に推察されてしまう自分の単調な能力に辟易しますよ。恵まれた才覚を自分も欲しかった。だからですかね、妬ましく、辱めたくなってしまう……!」
痩躯の男子生徒の言葉に呼応するように白銀のチェーンが白蛇かの如く、機敏に獲物を襲う動きで麗華目掛けて突進する。
「劣等感を感じるのは向上心に繋がる良い材料だが、自身の向上ではなく他人を貶める発想は間違っているぞ…………!」
すかさず麗華は右方向から強力な突風を発生させ、鎖を押し上げると、突進する勢いを左方向へ逸らして軌道を目標である自身から外す。
そのまま教室の窓に衝突し、パリンッと小気味良い音を奏でる。
痩躯の男子生徒は軽く微笑む。
「俺の意図を理解して上手く逸らしましたね」
「空気抵抗の低い直進的な攻撃を正面から押し切るのは効率が悪い。下手をすれば突破されてしまう。なら少しでも空気抵抗を受けやすい上下左右どれかの平面部分が多い側面から受け流すのがベストだろう」
「流石だ。短い一瞬にそこまで判断して最善の選択をするとは感服しましたよ」
その言葉を皮切りに腕を振るい、再度鞭のようにしならせた白銀の光を放つチェーンを振り回して麗華へ振りかざす。
先程と同じよう的確に軌道を逸らせて虚空を切らせる麗華はまるで音楽を統べるように優雅で、様々な楽器を調律させる指揮者を沸騰とさせる気品が漂っていた。
鎖がいくらリズムを乱しても、全てを調和させて往なしていく。
そんな様子に痩躯の男子生徒は相好を崩す。
「もっと激しいものが俺は好みなので曲調を変えますね」
痩躯の男子生徒はその一言を境にビートを大きく変えた。
突然、教室の窓が割れるともう一本の白銀の鎖が飛び出して来ると麗華の後ろに回り込みとぐろを巻いて、その先端で彼女を見つめた。
麗華は挟み込まれる場面に立たされる。
「さぁ、これで二本目です。俺の能力は別に触れて無くても有効でして、だからそうやって生き物みたいに遠隔で動かせるんです。蛇に似てるでしょ。さぁリズムが変わりますよ!」
さらに二本目の鎖が突進してくる。
鎖の先端は鋭利になっており、刺突に重点を置いていた。
だがすんでのところで攻撃は届かなかった。弾かれたのだ。
なりふり構っていられる状況ではなくなった麗華は自身を中心に風の障壁を展開し、全方位に対して守りを強固に固めていく。
「あまり時間がない。そろそろここを退いてもらおう」
麗華は右手を痩躯の男子生徒へかざすと圧縮空気の塊が一気に吹き荒れ、彼に向け飛ばされる。
そのまま男子生徒は圧縮空気に接触し、一瞬彼は身体が浮きかけるも攻撃していた手を緩め、近くにある窓枠に鎖を伸ばして風に逆らうように自身をその場に固定し、吹き飛ばされるのを回避した。
「手荒ですね。ふぅー、流石に危なかったですよ」
「中々、起点の利いた動きだ。勝算に値する」
「恐縮です。ですが今度はそんなことさせませんよ」
不敵な微笑を見せた痩躯の男子生徒は芝居じみた手振りで、指先を向けて指図するように麗華へ向ける。
すると答えは周囲に変化をもたらして麗華に突き付けられる。
「…………なんだと」
金属が床に擦れる音がした時、這うように三本目の鎖が何処からともなく麗華へ接近してくる。
「数が増えれば攻撃よりも防御にしか気を回せない。さぁ、指揮から俺の目の前で踊ってもらえますか、か・い・ちょ・う」
先程の態度とは一変して本性の片鱗をちらつかせるように高みの見物を決め込んだ痩躯の男子生徒は宣言する。
「貴様、下手に出ればいい気になるなよ」
「それは踊った後にゆっくり聞きますよ!!」
力むように捲し立てた彼は、立ち尽くす一見御淑やかな風情を漂わせる艶やかな黒髪大和撫子然な麗華へすべての鋼鉄の鎖を這わせて指し向ける。
同時に白蛇達は鋭い毒牙を彼女の柔肌へかぶりつくように凄みをもって突進する。
常人なら焦りを覚えても可笑しくはない。
だが麗華は焦ることなどなかった。
ましてや恐れることも。
「その程度で私を踊らせるつもりか」
麗華は短く怒気をはらんだ言葉を呟く。
その相手の驕った態度に。
旋風が吹き荒れ、鎖を巻き込み持ち上げる。
木枯らしと呼ぶには激しく、むしろ竜巻と呼ぶに相応しい荒々しさで皮膚が割かれるような風だった。
中心にはきめの細かい艶やかな黒髪を靡かせた麗華が不動で立ち尽くしている。
凄まじい勢いに鎖は全て中を舞い、地面に居座ることさえ許されていなかった。
「くっ……予想以上だッ!」
その全身に吹き荒れる風の余波を頭部だけ保護するために左腕で庇いながら痩躯の男子生徒は呟く。
彼はなんとか右手の鎖で身体を固定して踏み止まっている状態だった。
固定している柱から妙に木が軋みを上げているあたり、抗老化から一瞬で折れてしまう不安を感じずにはいられない。
「一気に畳み掛けさせてもらう」
気高く、ハッキリとした口調で麗華は一言放つ。
その言葉を起点に宙を舞う鎖がバラバラに切り裂かれていく。
もはや自立もできないほどにバラバラに、刃向かうことを許さぬように。
「風にそんな器用なことできない…………と思うんですがね……」
飛ばされまいと必死にしがみつく中、負け惜しみのように呪詛を並べる痩躯の男子生徒。
しかし、現に鎖は切断され無残な姿を晒している。
その解は現象を起こした麗華の口からもたらされる。
「──かまいたち。それが答えだ」
「そんなはずは……あれは架空の──アニメや空想世界の話し、風にものを切断する力など……現実には存在しない……」
断言した痩躯の男子生徒は恨みがましく否定したが、麗華は真っ向から粉砕した。
手元からとある物体──空になったフラスコの容器をその白くしなやかな指の間に三本ほど挟み、見せつける。
「砂や石の衝突現象。車に知らない間に傷が付いていることあるでしょ?
これが現代の答えだ。
この中には先程まで"砂"が入っていた。今、砂は空中を舞い、私の能力下で操作され、変幻自在の刃となり貴様の鎖を切断したのだ。
貴様もヤスリは知っているだろ? それと同じだ。
ただヤスリなんて甘いものじゃないがな。ゆうなれば回転刀だがな」
「そんなッ……ありえない…………そんな馬鹿な事がッ……!」
認めたくない気持ちと悔しさが混じった表情で麗華を痩躯の男子生徒は睨む。
「貴様も十分非常識な能力を持っていたじゃないか」
意趣返しを込めて返した麗華の言葉に痩躯の男子生徒は言葉を失う。
交える言葉はないと判断すると最後の仕上げに麗華は取り掛かる。
「ま、待てッ…………!」
「敵対しておきながら何を今更。最後は潔く華々しく散ったらどうだ」
「……くッ、見逃してくれるのならこの事件の首謀者を教えても良い……!」
我が身大事になったのか急に手のひらを返して懇願し始める痩躯の男子生徒。
しかし、その申し出を麗華は容赦なくバッサリ切る。
「それは交渉材料にならないな。貴様たちを倒した先にいるのなら分かる答えだ。それに貴様たちは服従しているのだろう。主人に逆らって良いのかい?」
「俺達は結局利用されて使い捨てられるだけだ。結局のところ力に怯えてるだけなんだ……!あんた弱い人間を救済するのが目的なんだろ!
だったら俺達だって…………」
「違うな。少なくとも思考を停止して抗う事もせず、自分に力がないからと諦め、他者を傷つける存在に成り下がり隷従する貴様達を私は許せない。
人は分かり合い助けあい、弱い部分を補える生き物だ。だからこそ取るべき手段を間違えた貴様達には相応の贖罪が必要なのだ」
「クソがッ……! 覚えていろよお前ッ!」
「二人称は“会長”じゃなかったのかい?」
麗華の言葉を最後に一振りの砂の刃が通り、鎖は綺麗に切断されると横方向に強大な風圧が掛かり痩躯の男子生徒は吹き飛ばされ、そのまま奥の扉に激しく衝突する。
激しい衝突音の後、短い悲鳴を上げて他の敵対生徒と一緒で地面に伸びた。
「…………ふぅ、如何せん、ねちっこいやり方だ。流石に疲れたな……」
スカートを少し上に捲ると柔肌の透き通るような太腿に弾帯(銃弾を身に着ける帯)が巻き付けられていた。
六箇所携帯できる弾帯は三本粗めの砂が入ったフラスコがぶら下がっており、残りは先ほど使用し空いていた。
そのまま空になったフラスコをしまい、麗華は息をつく。
ESP Abilityの連続使用で疲労感が蓄積され、重くなり始めた体を無理やり動かしながら麗華は疲れの色が顔から滲み始めていた。
ここまで多くの生徒達が立ちはだかり、その度に返り討ちにする。
一本道に近いとはいえ、波状攻撃を受け続けて持久戦紛いの戦いを強いられては当然の結果。
一気に纏めてこないあたり、しっかりとした時間稼ぎと体力を削る意図を麗華は感じられずにはいられない。
これも全て向こうの手の内だと思うと麗華は苛立ちを覚え始めていた。
悪態を突きそうになりながらも先を進む麗華は先ほど伸びた三人の生徒の横を通り過ぎようとした時、肩に刺繍された紋章が目に付く。
それはlevel 1のベーシックの紋章だった。
「…………」
──皮肉だった。
麗華が救済したいと思った者達が立ちはだかり、麗華の妨害を行う。
助けたいと思う人達を従えて正体不明の相手が邪魔をする。
この事実が、講演会で宣言する筈の宣誓が、麗華の心が、麗華の中で揺らぐような錯覚を覚える。
「こんなふざけた事すぐに終わらせる……」
茶番じみた現状に、首謀者の顔に怒りをぶつけてやりたいと麗華は思う。
伸びた三人を通り過ぎ様に疲れた体に喝を入れ、麗華は通路を進んだ。
「……ここで終わりか」
先程の三人が最後の関門だったのか曲がり角を曲がると、放送室と表札が貼ってある部屋の前に辿り着く。
扉越しから異質で、明確な敵意が伝わってくるのを彼女は感じる。
恐らくここが終着点であり、この馬鹿げたゲームを実行する張本人が居る部屋に間違いないと直感的に麗華は考えた。
──扉を開けた次の瞬間に何かが起きる。
そう感じ取った麗華は迎撃体制の準備をして、扉を開け放った。
「やはりか」
案の定、麗華の予想は的中した。
様々な物体──廃材やコンクリート片など複数の物体が麗華に降り注ぐ。
この場面で並みのニューマンならば対処は難しく感じただろう。
しかし、彼女はそうではなかった。覆すほどの力があった。
彼女が生徒会長に上り詰められたのはカリスマ性だけではなかった。
能力値もトップクラスに属していたのだ。
降り注いだ敵意となる物体は、ことごとく全て麗華の身体に接触する前に弾かれ、無残に地面へ衝突した。
激しく地面に叩きつけられる音が響いたあとには少女の声が室内に響く。
「やっぱり当たらないか~。ESP Abilityで防いでいるの?」
可愛らしい少女の声で質問が飛ぶ。
どこか遊び半分な声色を放つ声の主は、放送室の奥でリクライニングシートに鎮座していた。
「やっとここまで来れたぞ。
もうこんなくだらん事はやめて、全員投降しろ。もう遊びのレベルはとっくに超えている」
麗華はその怒気をはらんだ声で質問を無視して少女を咎める。
目視で見えた少女の容姿は稲沢高校の制服を身に着けているが、その顔には仮面をつけていた。
不気味な笑い顔を模した仮面。
非情に気味が悪く、趣味の悪い笑い顔の仮面と視線が麗華の視線と交わる。
悪質なイタズラではなく、しっかり素顔を隠した用意周到な犯行。
最早、明確な悪意がそこにはあった。
微かに嘲るような笑い声が麗華の耳に届く。
「何がおかしい」
「いや、まだそんな強がりを言えるのかと思って笑ってしまったわ」
麗華は真剣なお面持ちで仮面の少女を睨む。
釈明をするどころか少女はその視線に怖じける素振りも見せず、挑むように姿勢を崩さなかった。むしろ楽しんでいるように麗華は感じた。
そこで麗華は御付きのように両隣に佇む男子生徒に目が移る。
嫌な笑みを浮かべ、仮面の少女と一緒に笑ってこちらを──麗華を高見から見下ろすように見ていた。
「先ほどの質問だけど、ESP Abilityで防いだのよね?」
「答える義理があるのかな?」
「私が質問しているのよ。答えなさい」
有無も言わさぬ冷たい口調が仮面の少女から放たれる。
麗華はそんな冷ややかな口調に怖気る事もなく流し、いつまでもこんな茶番に付き合うつもりもないので答えることにした。
どうせ理解したところで相手にとってどうにもならないと踏んでの判断だった。
「エア・ディアクティブアーマー(風殺衝撃緩和装甲)。風を纏い、物理攻撃を防ぐ。
知ってどうこうなるものでもない。
いくらやっても私の前で物理攻撃はダメージを与えられない。だから諦めて投降しろ。
これは最終通告だ」
辛辣な一言で彼女は最後に威圧した。
──エア・ディアクティブアーマー(風殺衝撃緩和装甲)。
自身の体表面に流速させた風を纏い、層を作ることにより物理攻撃をある程度弾き返す技法。入学以来、未だ誰にも突破されたことはない。
それは麗華の驕りではなく、実力であり、誇るべき技だった。
しかし、どうやら迎え側の仮面の少女は、それを聞いて恐れも、動揺もなく、余裕を崩すことはなかった。
その証拠に素顔は見えないが、仮面の下でニヒルな笑みを浮かべているのを麗華は感じ取ったからだ。
「流石、校内で"風のタクト(指揮者)"と謳われるだけのことはあるわ。往々にして評判は寸分違わぬようね」
「お褒めにあずかり光栄だ。それで私の問いに答えて──『ねぇ、私たちにもアビリティ情報が開示されてないって不公平だと思わない?』」
「…………何が言いたい?」
露骨に切られた会話に麗華は言葉を濁す。
もちろん仮面の少女が発した言葉の意味を麗華は理解している。
もっと違う本質的な部分に対しての反問だ。
情報とは常に垂れ流して良いものではない。
常に民衆は全ての情報開示を求めたがるが、全てを晒して良いものでもない。
情報には伝達する速さで鮮度があり、内容によって重み──価値がある。
そして、その価値には様々な意味合いがある。
利益を生む、人に害を与える、中には人の人生を左右する──大袈裟に言えば狂わせてしまう情報もある。
僅かな情報漏洩でその人間の人間性を決めつけてしまいかねない歪みを生む可能性だってある。
情報には重みがあり、人を狂わせる可能性を秘めた危険と裏表のある存在。
公開し、共有するべきものと、秘匿しなくてはならないもの、双方のバランスは企業コンプライアンスにもあるように区別しなくてはならない。
線引きが難しいからこそ、取り扱いは充分慎重にならなくてはならない。
そして、この現代においてESP Abilityとはニューマンとそうでない者を区別する指標であり、ニューマン同士にとっては力の上下関係を手っ取り早く決める称号のようなもの。
学内外問わず、詮索しないのはニューマンにとってマナーになっている。
今も残る旧人類からの畏怖の対象として見られることを恐れた風習でもある。
だから麗華は強く諌めていく。
「ニューマン同士の能力詮索はマナー違反だ。
そんな事も分からなくなったか。
能力に限ったことでもないが、秘匿しなくては個人を害する情報だって沢山ある。
全てを知るべき出ないこともある」
しかし、返ってきた答えはまた違った思想を兼ね備えていた。
「そうかしら? みんな平等に知る権利があるはずよ。
生徒会関係者だけでなく、生徒全員が共有しても良いと思うけど。
現にエア・ディアクティブアーマーを私は知らなかったわ」
「それとこれとでは話が違う。私達は職務上知っているだけだ。
それに守秘義務を守って職務に当たっている。
君達とは立場が……」
「それって差別よね? 不公平だわ」
「これは差別ではない。個人情報の保護だ」
麗華の反論を聞いた仮面の少女はゆっくり嘯く。
主張を曲げるつもりのない二人の舌戦は佳境に入ろうとしていた。
仮面の少女につく二人のお付きは静かに佇んだまま、静聴している。
「真実の情報が出回らないから人は惑わされるのよ。
だから世の中に魔女狩りという言葉が生まれる。
齟齬が生まれる。
語弊が生まれる。
最初から分かっていれば人は傷つかずに済む。
だから私は全ての個人情報を全員が共有するべきだと思うの。役職に関係なく。
貴方だってこれから公平性をみんなに説くんでしょ?」
表情の見えない仮面の下から妖美な声を放ち、麗華への問い掛けに合わせ、短いスカートから見せる綺麗な脚を組み直す。
そんな色香などに惑わされない麗華は、キツく睨み返す。
「それがどうゆう結果を招くのか分かって言っているのか?」
「だってそうじゃない?
みんなお互いのことを知っていれば自分に見合ったことが出来るしハッピーだと思わない?
優秀な存在が他者に気を遣わなくて済むし、能力の劣る者達は優秀な存在に決定権を委ねればそれで良い。
無能に従うこともなくて済むし、完全な実力主義。
その一歩が私は全生徒の能力開示だと思うなー。
そうすれば学校生活だって絶対楽しくなるはずよ!」
狂気が見え隠れする喋り口調には、少女の甘い声色のアクセントが付いていた。
盲信的に自分が絶対に正しいと疑わぬ主張に麗華は一つ溜息をついた。
仮面の少女は話す口調を強める。
「なぜ、落胆する?」
「私の価値基準と貴様の価値基準は決定的に違うと今、確信した。
私には"君"に優しい世界にしか聞こえなかった。
私が作りたい学校はみんなに優しくなれる世界だ。
貴様は情報を自身の至福を肥やすために、程の良い理由を付けただけに過ぎない。
ましてや素性を隠す仮面をつけた貴様が言ってはさらに滑稽に聞こえるな。
いっそ仮面を取ってみれば良いんじゃないか?」
「これはファッション的なものよ。今の話とは関係ないと思うのだけれど」
とぼけてみせた仮面の少女は、麗華へ冷ややかな視線を送り、高圧的な態度をとるがどこ吹く風で麗華は気にも止めない。
「本当に都合の良いようにしか解釈しない奴だ。非常に見ていて不快だよ」
仮面の少女は指摘され、静寂が場を包む。
不気味な笑い顔を模した仮面がジッと麗華を覗き込む。
一拍置くと仮面の少女は歯に着せぬ態度で口を開いた。
「フフッ、あなたとはやっぱり仲良くなれないわ」
「ああ、私も同感だ」
両者の間でやっと生まれた共感だった。
皮肉にもそれは理解し合えない平行線ではあったが。
「それより、最近は忙しかったんじゃないかしら、色々と。機材・人員の手配にトラブルとか?」
「…………!!
やはりここ最近私の周りで起きるトラブルは偶然ではなくて貴様の故意によるものか。
私に資材が落下してきたり、機材や発注トラブル。
特に役員達のミスは不自然なところが多かった。
お陰で委員会内がギスギスしたよ。
それも……全ての原因がお前というわけか。
…………貴様は結局何がしたかった? 何が目的なんだ?」
麗華の単刀直入な鋭い質問は、仮面の少女を射抜くように飛ばされる。
仮面の少女は顎に手を置いて考え込み、「うーん」とわざとらしく唸ったかと思えば、顔を上げて答える。
「ここまですれば貴方も薄々気付いてるでしょ?
それだけこの行事に関わったものなら分かるはずよ。
あれだけ嫌がらせしたんだもん。
それに最後の最後に生徒会長不在よいうフィナーレで講演会が突然中止になれば、どんな理由であれみんな気付くわ。
それが例え偶発的な事故でも皆、薄っすらとね。
タイミングよくてあまりにも出来すぎてる。
勘のいい者は必ずすぐ気付く。
誰かの差し金じゃないかって。妨害じゃないかって疑心暗鬼になる。
でも私と結びつける証拠がない。
だから全部仮定の話し。事実は分からない。
こうゆうのって恐怖に繋がると思わない?
得体の知れない何か。触れてはいけない事柄。
そうやって妄想や陰謀論が膨らんだ時に暗黙のタブーが出来上がる。
それが理解出来れば馬鹿な考え──校風の是正なんてくだらない考えは誰も起こさなくなる。
お分かりいただけたかしら?」
仮面の少女は意気揚々と楽し気に答え合わせをした。
そんな態度に麗華は憤慨やるかたなくなるのも当然の事。
怒りをなんとか抑えて皮肉の意味を込め、麗華は話の腰を折りにかかる。
「結びつけるものがない割には直接手を下すのか、最後はおざなりで面白い話だな」
「どうやら他の子で役不足みたいだから私が直接手を下すの。ありがたく思いなさい。
あなたはここで謎の集団に集団暴行を受けて講演会を欠席になり、講演会はご破算。
それから生徒会長の任からも降りてもらう。いいえ、降りたくなる様にしてあげるわ」
「それは無理な話だ」
ふと麗華は腕時計をちらりと見る。
講演会まで十五分を切っていた。
──遅刻してもみんなは許してくれるだろうか?
そんな考えが彼女の頭を巡り、目の前にいる仮面の少女を捉える。
交渉の余地がなくなった二人の間は一触即発だった。
導火線に火は付けられ、炸薬へと火元が近づく一歩手前。
「ふぅーん、とりあえず────リンチされれば考え方も変わるんじゃない?」
先に到達したのは仮面の少女の方だった。
その言葉が皮切りとなり、幕を開けたのではなく──下した。
麗華の視界が一瞬にしてブラックアウトした。
照明が消えたとかそういうレベルではなく、目を開けている感覚がある筈なのに光も景色も何もかもの視覚情報が遮断されたそんな感じだった。
さすがに麗華は動揺を隠しきれず、頬を冷や汗が伝う。
「精神干渉系か……!?」
ESP Abilityには大まかに二種類に能力性質を分けることが出来る。
空間干渉と精神干渉。
空間干渉とは空間内にある無の情報を改竄する能力であり、ゼロから何かを生み出す能力と例えられる。
例として麗華の風を起こす、空間に突然火を着けるがそれに該当する。
要するに何もない無であるゼロから事象を起こす一へと繋げる能力だ。
そして、精神干渉とは元ある情報を改竄する能力。
一を三や四へ書き換える能力と呼ばれていた。
今麗華は、視覚情報を何もないゼロへと書き換えられた。
視界はゼロ。
文字通り暗闇となったのだ。
「どうしたのかしら私はこっちよ?」
自分がどこを向いているのか分からなくなった麗華は声がする方角を向く。
しかし、それが果たしてあっているのかも確かではない。
その声も情報が改竄されている可能性は十二分にあるからだ。
一瞬にして麗華の内側を不安が支配していく。
もはや自分の五感は信頼できないものになっていた。
「そっちも違うわ。私はこっちよ」
さらに麗華の背後から声が響く。
視覚情報を失った麗華は聴覚のみが頼りだったが、その聴覚情報も信用できない曖昧で不確定な情報だった。
突如、麗華の胸部や左脚に痛みが走る。
何か硬質な物がぶつかった鋭い痛み。
「くッ!!」
瞬時にエア・ディアクティブアーマーを展開する。
全方位からの物理攻撃を防ぐ彼女が待ちうる最高の盾を。
「そのやり方もそろそろガス欠じゃなくって?」
仮面の少女の指摘する通りだった。
麗華はすで消耗しており、長くは持たない。
ここまで能力を使い過ぎたのが裏目に出る。
「全然……余裕だ……」
恐らく周囲にいるだろう存在に向けて意にも介さない麗華は勝気な笑みを浮かべて余裕を見せつける。
本当は余裕などない。
最後まで自分の信念を貫くための抵抗を示したかったのだ。
「あ、そう。ならしばらくそのままにしてくれるかしら。
じゃあ二人供やっちゃって」
試すように言い放った仮面の少女は従える男子生徒に容赦のない命令を下した。
非情なまでの衝突が何度も繰り広げられては弾き返す我慢勝負が始まろうとしていた。
「すまない。みんな……」
誰にも聞こえない小さな呟きで麗華は耐え忍んだ。
◇◇◇
史弥は廃校舎にたどり着くなり、風化した正面玄関ドアを勢いよく開ききった。
中は荒れ放題で酷い有様だ。
正面ホールは二股に通路が分かれていて、最初に選択を迫られた史弥は立ちどまり思慮する。
だが差し迫った時間が深く考える事を許さない。
「どっちにいる…………」
最早、決めつけるように麗華がここにいるような気が史弥にはしていた。
さらに考え込みかけた時、片方の通路から微かに物音がしたことに史弥は気付く。
だから自然と史弥の足は、その音がした方へと吸い込まれた。
何か手掛かりがあるかもしれない。
そう信じて。
「…………うぅぅッ………………」
廊下を一望した時、物音の正体は転がっていた。
廊下で横たわり倒れた男子生徒がいたのだ。
その時点で答えは半分出ていた。
この時史弥の予想は確信に変わっていた。
すぐにその男子生徒に史弥は駆け寄ると上体を起こさせる。
「おい! ここで何をしていた!?」
問いただして史弥に名も知らぬ男子生徒は何処か痛むのか顔をしかめると、チラっと史弥の腕章を見ると返事をした。
非友好的な返事を。
「風紀委員か……。お前たちに答えることなど……」
「いいから答えろ! 今は時間が惜しい!
冬月会長は今どこにいる? ここで一体何をしていた!?」
被せるように、怒鳴るように史弥は声を気付けば張っていた。
史弥のその様相に痛みを堪える男子生徒は隠そうとしたが結局口を割る。
さらに鬼気迫るような形相で睨みを効かせたのが効果を発揮したのだ。
「うっ…………、あいつなら放送室だ……」
「それはどこにある!」
「この通路と反対側の方だ。二階フロアの左端に位置する場所にある………………」
その言葉を聞き取った史弥は男子生徒を離すとすぐに二階フロアにある放送室を目指し駆け出す。
反対側の通路を進んで、階段を駆け上がる。
さらに登り切ったところを左に曲がり通路に出ると先ほどと同じように生徒が数人乱雑に倒れていた。
彼らを踏まないように気を付けながら通り過ぎる。
誰がこんな事をしたのか訊かなくても分かる。
(会長、大丈夫ですか…………?)
息を軽く乱しながら放送室の扉前に来た史弥は呼吸を整えると放送室へ踏み込んだ。
「会長!!」
部屋に飛び込んだ史弥が目にしたのは、仰向けで倒れ伏せる生徒会長 冬月麗華の姿だった。
そしてデジタルカメラを片手にする一人の男子生徒ともう一人の男子生徒が麗華の上着を引き剥がし、制服のブラウスボタンを一つ一つ外すところだった。
それを眺めるショートヘアーの少女は、突然乱入してきた招かれざる客である史弥に視線を向けている。
「うん? あなた誰?」
少女は右手に仮面をぶら下げ、嫌な物を見るように訊いてくる。
視線は冷酷で突き刺すようだった。
「一体……ここで何をしてるんだ……?」
「何って見れば分かるでしょ? 服ひっぺ替えして卑猥な写真撮ろうとしてるんです。
揺するネタを作るためにね。
それにあなた呼んでないんで返ってもらえます?
あ、でもやっぱり私の顔見られたからただで返すわけにはいかないや」
思い出したように悪びれもせず臆しない態度で何事もなく少女は言ってのける。
さらに史弥を見る少女は蔑むように人を見下した笑いを作る。
そんな下卑た態度に史弥の怒りは久々に頂点に達しかけた。
「こんなふざけた真似のために会長をこんなところに誘い出したのか?」
「えぇ、そうよ。他の生徒会役員に危害を加えると伝えたらホイホイ来てくれました。
とてもお人好しでお馬鹿さんな会長さんだこと」
嘗め切った言動が逆撫でるように史弥の癪に障る。
「冬月会長をそんな風に呼ぶな。お前たちのような下衆が呼んでいいような人じゃない」
「傑作だわ。この女にだいぶ入れ込んでるようね?
あなた名前は何て言うの? 名乗る事を許可するわ」
「須山史弥、風紀委員だ」
「聞いたことない名前ね……。それで一人でここに来たのかしら?」
「そうだ」
「アハハ! あなたもなかなかおめでたい人ね。たった一人で来るなんて! 馬鹿じゃない? まぁこっちには好都合だけど」
「こっちからも一つ確認しておきたいことがある」
「何かしら?」
「お前が西城静香で間違いないな?」
少女側の素性を知っているのが分かった瞬間、冷ややかな沈黙が流れる。
彼女から笑みは消え失せ、鉄仮面のような無表情が史弥の顔をじっと見つめた。
感情を突然失ったような、何を考えているのか分からない。
「あなたにはここで痛い目を見てもらわないといけないわ。それと追加であなたの裸体写真も撮らせてもらうことに決定。これは決定事項。良かったわね。知り合ったばかりの須山くん? 会長とお揃いでみんなに自分のありののままの姿を見・て・も・ら・え・て」
この少女が仕掛けてくると直感的に史弥は感じた。
直感し、自己防衛本能が働いた時、身構えた史弥は自身のザ・ノーマルを瞬時に発動させていた。
自身の視界に映るすべての力を押さえつけるような、プレッシャーにも似た圧が流れ出るのを感じる。
「あれッ? 嘘ッ!」
西条は驚愕の声を上げ、数回、目を瞬かせると史弥をすぐに睨む。
「…………まさか、あなた何かしたのかしら?」
自分のESPアビリティが使えなくなっている事態に気づいた彼女は闖入者である史弥をすぐに疑った。
その様子は意外にも取り乱さずに落ち着いていた。
史弥は不敵に笑って見せると答える。
「残念だったな西条。お前のセンスジャックはもう使えない」
西条静香の能力は史弥と根幹が似ていた。
相手を視界に入れる。センスジャックの発動条件だ。
事前に西条を警戒していた史弥は、風紀委員端末で西条の情報を把握していた。
ただ唯一、違うとすれば史弥が絶対的な優先権を持ち、抑え込むことが出来る。
後出ししても敵の効力を打ち消すことが出来るのだ。
「ふん、あ、そう。ならこの人達にお願いするから良いわ」
西条は気にも留めずに開き直ると撮影に徹していた男子生徒二人を使い始める。
「二人ともそいつの左右に回り込んで」
二人は史弥から左右に広がり、二手に分かれる。
中央の西条はそのままだ。
一番取られたくない手段を取られた史弥は内心焦った。
このザ・ノーマルには欠陥がある。
西条は同じ自分と近しい能力者ではないかと直ぐに判断し、突いてきたのだ。
そして、その欠陥を一番理解した手段を実行されたのだ。
回り込まれた史弥は主犯格である西条に突っ込み、最速でボスを制圧しにかかった。
しかし、進路は障害物によって阻まれる。
史弥の目の前を左右からの対空砲火にも似た廃材やコンクリート片が飛び交ったのだ。
直ぐにバックステップを刻み後方へ退避すると左右では浮遊物を滞空させながら、嫌な笑みを浮かべる男子生徒が史弥を見ていた。
「あれ〜〜? どうしてその人達のESPアビリティは封じれないのかな〜〜?」
「…………くっ!」
歯痒い思いを噛み殺し、史弥は恨みがましく西条を睨んだ。
ザ・ノーマルの重大な欠陥。
それは対象を視野に入れなくてはならない。
頭上から見下ろした時、扇状に広がる視野外に出られてしまうと効力を失う。
これは能力を練習した過程で史弥が知った事実だった。
西条も根幹は史弥と同じ能力であるために直ぐに可能性に気付き、広がることを試したのだ。
彼女は伊達に裏で暗躍してきただけに頭の回転も早かった。
「やっぱり私と同じ能力特性みたいね」
西条はその黒い瞳に史弥を写し、感情の読めない顔で見つめていた。
「これくらいがハンデになって丁度いい。一人ずつ手堅くやらせて貰う」
そう言った史弥は標的を西条から片方の男子生徒へ移すと、走り込む。
が、足が縺れ込んで倒れてしまう。
「馬鹿じゃない? そんな容易くないわよ」
今度は西条により妨害を受け、史弥は平衡感覚を失っていた。
史弥は西条を睨むとセンスジャックの効力が失われ、狂わされていた平衡感覚を取り戻し、何もなかったように直ぐ立ち上がる。
相変わらず嫌な笑顔を向ける男子生徒達はケラケラ笑いだす。
史弥はポーカーフェイスだったが、口元では歯軋りしかけていた。
「どう須山くん? 自信があったみたいだけど打ち砕かれた気分は?」
「……この程度で打ち砕かれたと思っていない」
「負け惜しみはそれくらいにした方が後で懇願しても助けてあげられないわよ?」
「…………それはどうかな」
正直に史弥は絶体絶命のピンチだった。
打開策を模索することで思考のほとんどが占有されかけている、そんないっぱいいっぱいの状態。
周囲に利用できるものはないか、何か策はないか、頭を回転させて捻り出そうと次の一手に集中していた。
西条に喋りかけられることも雑音程度にしか感じられないほど煩わしい。
「あら、だんだん黙り込んじゃってきてるけど、大丈夫~~?」
心配する言葉とは裏腹に楽しむような表情で史弥を見る西条の問い掛けを無視し、彼の悟られぬように周りへ注視していた目線がある一点に止まると、気付く。
散乱した放送室に立て掛けられた鏡の存在に。
──これは仮定の話し。
もし仮に自分の能力が不可視光線の一種であり、反射できることが可能なら死角へも有効にできるのではと。
史弥の顔はだんだん険しくなりつつも一か八かの勝負へ賭ける決意を固めた。
さらに気持ちを後押しするように西城は史弥を煽った。
「そんなに険しい顔しちゃって、ちゃんと可愛がってあげるから心配しないでよ~~」
滞空させている浮遊物が小刻みに動き出し、飛来しようとしているのが史弥には理解できた。あまり考える時間は残されていない。
次の瞬間、浮遊物が一直線に史弥目掛けて飛来した時、彼は実行に移していた。
まず自分に一番近い男子生徒(1)の能力を封じる。
力場を失った浮遊物は重力に従い、自由落下して地面へ軽い音を立てて動かなくなる。
咄嗟に自身から力の根源を失った無力感に苛まれた男子生徒(1)は一瞬驚いた顔をして棒立ちになりかけたが、リーダーである西条から命令とも指示ともとれる檄を飛ばされて我に返る。
「距離をとりなさい!」
ESP Abilityを無効化された男子生徒はその声に我に帰ると意識を目の前の史弥に戻し集中する。そして、後ずさる。
「馬鹿の一つ覚えね。学習したらどうかしら」
西条は侮蔑の言葉を吐き、自分が視線から外れているという優越感と余裕の混じった声音でセンスジャックを発動しようとする。
「なっ…………!!」
だが彼女は力が行使できなかった。
史弥と対峙した際のプレッシャー、秘められた力の根源が押さえ込まれる感覚に陥っていた。
瞬く間に男子生徒と間合いを詰めた史弥は自身の攻撃範囲に入ったのを瞬時に判断するとそのまま洗練された身のこなしで、史弥が得意とするジークンドウで鍛え抜かれた全身を乗せた拳撃が敵の顔面にヒットしていた。
即座に力の伝達に無駄の無い一撃が男子生徒(1)の頭部へ衝撃を伝達するとそのまま吹き飛ばされる。
男子生徒(1)の意識は刈り取られ、そのまま抵抗なく気を失いダウンした。
「……まずは一人」
作業のように言葉を紡いだ史弥の目前には伸びた男子生徒(1)が出来上がり、唖然とする西条ともう一人の男子生徒(2)が信じられない様子でこちらを凝視している。
史弥は身を翻し、残った二人へ向き直る。
「次はお前らだ」
もはや容赦はない。
生殺与奪権を奪われた西条は不機嫌を前面に押し出して言葉に棘が見え隠れする。
「一人倒したからって良い気にならないでもらっていいかしら? 貴方が接近戦オンリーなのは今のでだいぶ分かったし、どんな手品か知らないけど近づかなければどうってことないに変わりないんだから距離をとれば何もできない。それにこっちは二人もいるんだから!」
憮然とした態度で負け惜しみともとれる台詞を口走る西条には焦りが入り混じり始めていた。
そんな自身の変化に彼女は気づかぬまま、今度は西条が展開し、男子生徒(2)と挟み込むような形で史弥に回り込む。
今度は男子生徒(2)が鏡の直線上に立ち、間に史弥、西城の順番になる。
「相変わらずのポジション取りだな」
「当たり前じゃない。さっきは驚いたけど結局視覚内に入れないとあなたのESP Abilityは使えない。この位置どりなら一方向しか見ることは出来ない。流石に後ろにまで目はないでしょ」
「ハハ、それは間違いないな」
微笑を浮かべで西条へ建前上の余裕の笑みを浮かべるも先程から何ら変わらない状況で安堵を内心覚えていた。
まだ彼女らはどうやら気づいていない。
鏡に映る自分たちの姿が史弥の視線が捉えている事に。
だからだった。
早期決戦に史弥が出たのは自然な流れだった。
得物を狩る狡猾な狩人のように男子生徒(2)を捉え、そのまま一気に駆け込む。
俊敏に動く敵である史弥に男子生徒(2)はESP Abilityを発動しようとするが、蛇に睨まれ硬直するように力は発動しない。
「何が起きてるんだよ!?」
迎撃態勢を取り構える男子生徒(2)は普段ESP Abilityに頼り切っているためか徒手格闘が苦手なのは丸わかりだ。
慣れない手つきと構えがそれを物語っている。
史弥は一瞬で理解すると、
「この野郎がッ!!」
緩く遅いストレートが接近した史弥へ向かって放たれるが容易く軽い身のこなしで躱す。
そのまま懐に飛び込むと反撃の一撃を加える拳撃を男子生徒(2)へ向ける。
「分かったわよその手品が」
西城がすべてを理解した声を史弥へ放った時には、向ける拳撃の最中で史弥の視界がブラックアウトする。
「気付いたか、だがもう遅い!」
既に迷いのない一撃は男子生徒(2)の顔にめり込んでいた。
視界を奪われても拳や耳から伝わる。敵の皮膚が接触する感触が、敵が苦悶の声を上げる音が。
視界を奪われても皮膚から伝わる触覚で結果を残せたことだけは情報として頭に伝わってくる。
そして、これが終われば残す敵はただ一つ──
史弥はすかさず首を振り、周囲を探索する。既に視界は奪われているが、ザ・ノーマルは生きている。
色覚も光も全てを失っても視野に入ってさえしまえば西条の能力を打ち消すことなど雑作もない。
「そこにいたのか、見つけたぞ西条」
「隠れたつもりはないのだけど、貴方って被害妄想が多いんじゃないかしら?」
「視界を奪っておいよく言う。隠れて戦っていたようなものだ」
言い逃れできない指摘を叩きつけると史弥はゆっくりと西条へ近づいていく。
彼女はたじろいだのか一、二歩後退り距離をとるがそれほど広くはないこの放送室という空間で観念したのか立ち止まる。
「お、女の子に暴力を振るう気? それって凄く最低なことだと思うのだけれど」
「…………」
「ちょ、ちょっと聞いてるの!? あ、貴方私に手を出してどうなるか分かっているの!?!? 卒業までまともな学校生活なんて送れなくしても…………」
救いようのないほど呆れ果てると同時にこれまでこんな奴にどれだけの人が苦しまされたかを想像すると拳に自然と力が入る。
踏み込む足取りも妙に力んでしまう。
顔が強張っていくのを史弥は感じる。
「さぞ、そうやって人の人生を弄ぶのが楽しいみたいだな。狂わされた人間がどれほど惨めで苦しいのか知ってるのか。考えたことはあるのか?」
「ふ、ふん、そんなこと知ったことじゃないわ! 重要なのは私に手を出し、逆らったことなのよ!」
「それがお前の信条か。なら俺がここでお前をそんな捻くれた考えが出来ない程に粛清しても構わないよな」
普段からは想像も出来ない恐い表情を滲ませ、鬼気迫る形相で睨む史弥は西条の目と鼻の先まで近づいていた。
「暴行するつもり? この私に。その程度で私に勝ったと思わないでくれるかしら」
強がりだ。
彼女は体を小さく縮こまらせるようにして、身長の高低差のために見上げて驕慢な態度を崩さずに抵抗するも、それもハリボテですぐに史弥がアクションを起こせば崩れ去るチンケなプライド。
結局、西条は誰かがいないと何も出来ないのだ。
「やっぱりお前自身では何も出来ないんだな。やってみろよ。ほら」
挑発するように手振りで催促して西条を促すが、何もしてこない。
そのまま彼女は目に涙を浮かべ、ただジッと恨みがましい瞳が史弥を捉えるだけ。
先程からスカートの裾を強く握りしめる力が一段上がっただけだった。
「自分では手を下さず、人にやらせて自分では出来ない。嫌な仕事は押し付ける。そのくせ人の上に立ちたがる。
自分のESP Abilityを背景に権力を使い、恫喝して脅し、隷属させる。
本当に、人の上に立つべき人は、他人の気持ちを誰よりも理解できる人なんだ。誰よりも人の気持ちを汲み取って、嫌な仕事も率先して引き受けられる、そんな人のことを言うんだ」
史弥は倒れている麗華に視線をちらっと向けるがすぐに西条へ戻す。
未だに麗華はぐったり横たわっていた。
ただ一人ここにきて戦い続けた彼女のように覆し変えようと誰よりも動ける人間はそうそういない。
だからと言ってこの場に一人で麗華が来たのは自分一人で解決できると思い上がってきたわけでもない。
やむを得ない事情があった。
そう思えるほど麗華が身勝手ではないのを史弥は知っている。
決して彼女は特別な存在だと思い上らず、過信せず、溺れない。
それが自分の一部でしかないと自覚している証拠だ。
そんなものだけで人の価値は決まらないことを知っている証拠だ。
ニューマンも普通の人間と何ら変わらないと知っている証拠だ。
「──俺はお前を許さない」
史弥の怒りが頂点に達した時、拳が西条の柔肌の顔面に向かって振り抜かれた。




