「新たな予兆」
ECT時に解放される武道場。
現在は全ての授業行程が終了した夕暮れ時の放課後になる。
ここは授業だけでしか使用される訳ではない。
学校側に申請を行えば、授業最優先の上で、空き時間に生徒達が自由に利用できるようになっている。
使用用途をはっきり明記した上で申請用紙を記入し、窓口で通過すれば自由に広い空間を使用できるのだ。
ただし占有空間とまではいかない。
複数の生徒が申請していた場合は共有してECTフィールド内に入り、各々が利用する。
余りにも多数の生徒が殺到した場合は見送りとなり、許可は下りず、後日再申し込みへ回される。
広いスペースを分割して能力の制御にあたる生徒達は若干不便さを感じることもあるだろう。
だがそれでも広いスペースが確保されているだけ普段は使えないESP Abilityを伸び伸びと開放できるのはこの学校に在籍する生徒の特権だった。
この日も自分自身の能力を開放し、制御に明け暮れる者や、ただ自己開放──ストレス発散に利用する者、限界値を伸ばすために全力開放する者など、多種多様な理由で足を運ぶ生徒達がフィールド内にチラホラといた。
そして今日、その中に普段は見ない、二人組の男女が紛れ込んでいた。
「可憐、付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、気にしないでください」
「大事な時間を割いてもらってるから頑張るよ。
じゃあ、早速特訓だけど具体的にどうすれば良いかな?」
「まずはECTで私を庇ってくれた時に史弥君が抱いた感情を思い出して下さい。
もし上手く発動すればその人特有の感覚で感じるはずです」
「オッケー、やってみるよ」
「私は史弥君の目の前に障壁を展開しますね。もし効力があれば破られるはずです」
「分かった。よし! じゃあ始めようか!」
彼女は史弥の号令を聞くとインビジブル・ブロックを展開した。
相変わらず障壁を目視で確認することは出来ないが、空中に片手を押し当てることで触れた透明の壁を史弥は認識する。
ガラスのようにツルツルとした冷たい感覚が史弥の手に存在する触覚を通して伝わる。
(あの時、俺は何を思った? 可憐の前に飛び出して、それから強い憤りを感じていたはず。でもそれは一時的で表面的なもの。もっと違う気持ちを単純に願った。"守りたい"って強く…………)
瞬間、脳内で何かが弾けるような、日常で普段感じたことのない感覚が波のように押し寄せてくる。
まるで相手を押さえつけているような──縛りつけて動きを封じていると形容できるハッキリとした拘束感と高揚感。
「…………史弥君? どうですか?」
可憐はその瞳を史弥に向けて問い掛ける。
初めての感覚に見舞われている彼はこの感覚が、ESP Ability発動によるものか自信がなかった。
「………たぶん、今使えてる気がする」
あやふやな表現が史弥の口から溢れる。
しかし、その手に触れるインビジブル・ブロックの感触は残っていた。
発動している状態であればこの手の感覚が消えるか崩壊する結果が残るはずだが何も変わらないのだ。
「うーん、私のインビジブル・ブロックに変化はないですねー、試しに押したり、叩いてみたりして下さい。──もしかしたら何か変化が起きるかもしれません」
可憐に言われるまま行動を起こすもインビジブル・ブロックは壊れるどころか頑丈な立方体を崩すことなく空間に固定されていた。
「はぁーやっぱりダメか〜」
史弥は顔を落として落胆する。
手応えは確かにあった。だが結果が伴わないのだ。
諦めの境地に達しかけた時に可憐が史弥の正面に何気なく移動した。
「落ち込まないで下さい史弥君。まだこれからじゃないですか!」
「慰めてくれてありがとうな可憐」
その顔を上げて感謝を口にした時、それは確かに起きた。
瞬間、立方体が消滅した。
跡形もなく、前触れもなく、忽然と姿を消した。
「おわっ!」
「きゃッ!」
二つの短い悲鳴と共に砂煙が舞い上がる。
気付いた時には可憐に覆いかぶさるよう史弥は転倒していた。
原因はインビジブル・ブロックに寄り掛かっていたことが発端で、消滅した拍子に態勢を崩したのだ。
「ご、ごめん…………」
「い、いえ…………」
お互い倒れ込んだ状態で見つめ合い、咄嗟に謝罪を交わす。
かなり近づいたせいで普段は気にしていなかった容姿が史弥の目に飛び込む。
可憐の綺麗なブラウンの瞳が史弥を覗き込み、高揚した頬が背徳感さえ感じさせる色っぽさを醸し出している。
柔らかい唇は史弥を何処か誘うような魔力を秘め、誘惑しているようだった。
このままの態勢では目に毒である事を一瞬で悟る史弥。
お互いに自分達のあられもない姿に気付くと、可憐と史弥は顔を真っ赤にし、そのまま飛び上がるように急いで史弥は立ち上がり、可憐も史弥から翻すように反対側を向いてサッと立ち上がった。
そして、妙に意識したお互いを誤魔化すように、慌てて両者は身だしなみを整えた。
「ごめん、俺の不注意で!」
「大丈夫ですから気にしないでください!」
お互い何故か恥ずかしさが込み上げてきたのか顔を見れないまま二度目の謝罪を口にしていた。
落ち着きを取り戻そうと史弥は呼吸を整え、そこで今起こった現象を理解し、我に返ると可憐へ振り返り声を大きくして、伝えていた。
「可憐! 今、インビジブル・ブロックが消滅した!」
「へッ? あッ! そうです!」
遅れて正常な思考が戻ってきた可憐も遅延して反応を示して驚きを表していた。
「何やってるのお二人さん?」
意識外から突然、声をかけられた二人は同時に声の発信源へ顔を向けた。
発信元に立っていたのは男子生徒。
学年は分からないが爽やかな雰囲気と決して主張の激しい隆起を見せる筋肉では無いが、スポーツマンを思わせるガタイの良さ、程よい肉付きは制服越しでも分かった。
さらに前髪はなく、短髪で非常に好青年を思わせる印象を史弥は受けた。
可憐も似たような印象を感じ取っている、そんな様子だ。
だからだろうか、警戒心は全くではないが身構える程でもなく、喋りやすい友好的な空気感があった。
質問から少しの間を置いて、二人の耳に届いた問い掛けに答えたのは史弥だった。
「彼女に俺の能力制御練習を付き合ってもらってます」
上級生かも分からないのでひとまず敬語で対応する史弥。
「へぇー、にしては彼女を押し倒してるようにしか見えなかったがな??」
軽く前に腕を組みながら疑念を口にする男子生徒。
彼が何故、声を掛けてきたのか史弥は理由が思い浮かぶ。
淫行目的で女子生徒を押し倒し、迫る野蛮な生徒に注意、若しくは撃退しようと近づいてきたかも知れないことに。
想像できただけに誤解が頭を巡り、史弥は早く解かなければならないと焦った。
「ち、違う、誤解だ! 決してそんなつもりでは!」
これまた痴漢免罪者のようなテンプレセリフが口から飛び出してしまう。
あまりの不甲斐ない言い訳に卒倒しそうになる史弥だったが、事実無根である以上、踏み止まり釈明を続けようとする。
しかし、逆効果で言い逃れをしているように彼からは見えてしまったのだろう。
疑いの目でこちらを凝視している。
客観的に疑われても仕方のない光景なだけに免罪になっても言い訳のしようもない。
だが話を聞いていた可憐が勘違いの歯車を止めるように、あらぬ容疑をかけられている史弥と男子生徒の間に慌てて入り弁明に回ると事態は収束へと向かう。
「違います! あれは事故なんです! 史弥君はそんなことしません!」
「そうなの? 君がそう言うなら……いやすまない須山。俺の早とちりで申し訳ない事を言ってしまった」
軽く頭を下げて謝罪する男子生徒は意外にも殊勝な態度を見せる。
非を認めしっかりした対応をするこの男子生徒に史弥は少しの好感を覚えた。
最近は奇異の目で見られたり、不良に絡まれたりと、まともな対応をする生徒が学内にほとんど出会えていなかったので、新鮮な気持ちになれたからだろうか。
「分かって貰えたなら良かった。
あれ? そういえば俺の名前をなんで知ってるの?」
初対面であるのに名指しで呼ばれたことに史弥は疑問を口にする。
その問いかけに対する返事は史弥の耳がタコになるような理由なのは薄々勘づいていたのだが。
「そこの可憐さんは学内で有名人だからね。となればよく一緒にいる男子生徒は須山以外いないから。
それぐらい名は知れ渡ってる」
史弥はやはりと苦笑いを浮かべる。
男子生徒も愛想笑いでお茶を濁していく。
どうゆう状況になっているかを察してくれて気遣っているようだ。
「俺は1-Cの吉田 日向。日向って呼んでくれ」
「分かった日向。1-Aの須山 史弥。もう知ってると思うけどいちよね。
俺も下の名前で呼んでくれて構わない」
砕けた感じで普通の自己紹介を交わした男子二人に横から同じクラスの美少女は自己紹介しようとするが、
「私は──」
「知っているから大丈夫だよ」
「知られているから大丈夫だよ可憐」
自己紹介を溜息交じりに男子二人はハモり気味に遮ってしまう。
妙に息の合ったプレーを見せつけられた可憐は目をパチパチさせたかと思うと、すぐに頬を膨らませていじけるように不満を口にする。
「むぅぅ~こうゆうのは知ってても聞くのがマナーなんですぅ~」
可愛さ十倍増しの抗議に心打たれて感動すら覚えてしまう史弥だったがもう慣れていたせいもあり朗笑を浮かべる。
日向は一瞬見惚れてしまうがすぐ我に返って「すまん」と一言添えて和んでいるようだ。
「改めて私は春山 可憐です。可憐って呼んでください」
「りょーかい。ちょっと女の子を呼び捨てにするのは抵抗があるから可憐さんって呼ぶね?」
「はい、お願いします!」
可憐の自己紹介が終わると史弥はストレートに日向へ訊ねる。
「日向は俺と普通に会話してくれるんだね」
「あー、まぁみんな鈴原のこと怖がっているから歯向かった奴と関わるの恐れているけど、でも俺はそんなの全然気にならないし、むしろ逆にあの鈴原にガツンと言ってくれて感心してるぜ。中々言えないぜそうゆうこと」
「まぁ、怖いもの知らずは無鉄砲なところもあるから手酷くやられるけどね」
まだ痛みが完全に引かない肋骨を軽くさすりながら軽く笑って見せると日向は失笑を浮かべる。
「日向くんはここで何の制御練習をしているんですか?」
今度は可憐が質問を投げかける。
「あぁ俺は浮遊能力の特訓をしてたんだ。LEVEL2だから制御できるようにしておかないと将来的に危ないからさ」
そう言った日向は制服に刺繍されている紋章を可憐と史弥に見せる。
逆三角形に縦線で二本入っている。
「危ないって?」
咄嗟に史弥は割り込み、さらなる問い掛けをする。
問い掛けられた日向は、当たり前のことを訊かれたのかキョトンとしてしまう。
「──史弥ビックリしたぜ。当たり前のことを訊いてくるから」
「ごめん、実は少し前までニューマンじゃなかったからそのあたりの知識が全然ないんだ」
「おいおい、どうゆうことか説明してくれ」
史弥はこの学校に途中編入した事情を日向に説明した。
彼はそんなことがあるのかと驚いていたが、最終的には納得し、受け入れてくれた。
「へぇ~そんな珍しい事もあるんだな~」
「正直、自分にも何が起きているか分からなくて困ってる」
「そりゃそうだ。…………よし! じゃあ何か困ったらいろいろ訊いてくれよ。俺が助けになる」
「良いのか?」
「男同士なんだから良いに決まってるだろ。気にすんな」
漢気溢れる言葉に同じ男として史弥は尊敬してしまいそうになる。
それくらいに面倒見が良い。
「日向ありがとう。頼りにしているよ。
それでさっきの危ないってのは?」
「危ないってのは、意識下で事象改変を起こした時に正確に制御できないと周りに甚大な被害を起こしかねないって話だよ」
「甚大な被害?」
「例えば同じ車でもマッスルカーと軽自動車ではまるっきり別物だ。馬力の違いからくるアクセルの踏み込み開度一つとっても加速度は段違い、ともなればその力に見合った制動距離も持たなければならない。止まりたいときにブレーキがポンコツだったら意味ないだろ? それと一緒でLEVELが高くなるにつれて力が強くなると制御が難しくなる、だからこうやって制御練習を欠かさず行ってるってことさ」
「なるほど。練習は具体的に何をしてるんだ?」
「こっちに来てくれれば分かるぜ」
そう言った日向は自分が練習していた場所へ案内する。
史弥達二人も興味を惹かれついていった。
「ここでさっきまで練習してたんだ」
連れてこられた場所には無造作に地面に刺さった何本かのポールと、十個近いゴムボールが乱雑に散らばって置かれていた。
「二人とも見ててくれよ」
日向は念じるように瞳を閉じ、集中力が高まった瞬間に一気に開眼した。
──ゴムボールすべてが空中浮遊すると、高速で飛び回る。
「すごいです! しかもポールに一つもぶつからずにあんなに速く動くなんて…………制御も凄いですが同時に行うなんて!」
可憐は驚愕と感嘆の声を漏らし、賞賛を日向に送っていた。
隣の史弥もあまりの光景に見惚れてしまった程だ。
言われた日向は素直な照れ笑いを浮かべている。
「なっ?」
史弥達へ視線を向けるとボールは空中でピタリと静止する。
「初めてみるけど、すげーな日向」
「ここまで操れるようになるのにちーっと時間かかったけどな」
「そうですよね! すごかったですよ日向君!」
一般人だった史弥から見て努力がどれほどのものかは分からない。
だが可憐からはしっかりと読み取れていた。同じESPアビリティを持つもの同士どれだけの練習を積んできたのか。
「そういや史弥は何の能力なんだ?」
「俺は──能力が無いのが取り柄みたいな能力で…………」
「何を勿体ぶってるんだよ。早く教えてくれ」
「わ、分かってる! 能力名はザ・ノーマル。ESP Abilityを無力化する力だ」
「なんだそれ! 聞いたことないぜそんなの!?」
「らしいな……俺的にはもっと違う力が良かったんだけど……」
「なんでそんなに元気ないんだよ! すげーよ史弥の能力も!?」
「そうですよ史弥君!」
「その言葉がさっき見た凄いのの後だと心に刺さるな……」
可憐と日向は微笑を浮かべて笑い合う。
この場の三人はどうやら馬が合うらしい。
日向と史弥は妙な親近感さえ感じ合える気がした。
「あ、そうだ」
「どうした史弥?」
「同じクラスに里中 健太郎って子がいるんだけど知ってるか?」
「あー知ってるよ。里中とは小中一緒だったからな」
「健太郎って昔に何かあったのか?」
なんの脈絡もなく問い掛ける史弥。
その横で可憐も教室での出来事を思い出して興味を掻き立てられたのか、聞き耳を立てていた。
「見たんだなあれを。…………あったといえばあったな」
「詳しく教えてくれないか?」
「良いぜ。──確かあれは中学一年の時だったかな。当時、俺たちと同学年の女子生徒がイジメを受けていたんだ。それはもう酷いもんだったよ。
嫌がらせに集団で無視したり、暴行沙汰、色々な事をされていたと思う。
それである時その女子生徒が大怪我を負わせられた。周囲の生徒達は見ているだけ。その場で助ける奴なんていなかった。でも唯一里中だけは違った。
女子生徒を治療するために飛び出したんだ」
「良い奴なんだな」
「あぁ。それから飛び出した里中は応急処置をするため、ESPアビリティを使ったんだ」
「能力を使った?」
「そう。あいつは千里眼の透視能力を使い骨折部位や怪我の損傷具合を確認してそれは的確な応急処置を行なったんだ。
だけどこれがあいつを今の状態に追いやった原因なんだ」
「どうゆうことだよ。全然意味が分からない」
「それを気に食わないと思った奴がいたんだよ」
「イジメを行なってた奴か」
日向は史弥に肯定の頷きをすると話しを続けた。
「イジメを指揮していた女子生徒は今度、ターゲットを変えて里中を虐めることにした。ほとんどの人間が里中の無視を決め込んで一人孤立させたんだ。最初はあいつも気にしないようにして過ごしていたけど、ある時変な噂が流れるようになった」
「噂ですか?」
隣の可憐は神妙な面持ちで訊ねる。
「イジメを受けていた女子生徒を助けたのは自分の透視能力を使って如何わしい目的のために出ていったってね。もちろん最初は可笑しな話だとみんな思ったさ。だって行動と目的が全く一致しないじゃないか。──だけど噂は勝手に一人歩きするものさ。人伝いに伝わった噂の内容が微妙に伝える人によって変わるようにな。たとえ嘘でも真実のように扱われる時だってある。結果、里中の噂と相まってほとんどあいつを庇うことなく周りから人が消えていって今に至るというところさ」
「──それが、健太郎が今の状態に追いやられてる原因なのかよ」
誰が聞いても分かるほど史弥は憤りが、怒りが、遣る瀬無さが、言葉の節々に棘となって張り付いていた。
今となって思い返すとあの時健太郎が放った一言の意味が史弥の頭の中でエコーのように響く。
──あまり人を信用し過ぎない方が良い、そう言った彼は自分から距離を置いて人と関わるのをやめてしまった。
絶望してしまったのだ。
信用することを──頼ることさえも。
「…………そんなの酷いです」
手で口を押さえ、可憐は言いようのない悲傷に目を潤ませていた。
「一体誰なんだよ。そのイジメを指揮してた奴ってのは?」
「そいつの名前は西条 静香。────この学校で一つの権力を持ち、スクールカーストの上位に君臨する女生徒だ」




