「メガネ君は関わらない」
二度目になる光景に、見慣れた顔ぶれが一室に集まっていた。
「はぁ~~、また君達なのか……」
生徒会長である麗華は深い溜息と共に落胆の声を漏らした。
昼の日差しが窓から零れて、地面を照らす生徒会室。
廊下では生徒達が行き来する足音が微かに聞こてくる。
昼食を取り終えた可憐と史弥はお馴染みの場所に呼び出されていた。
「なぁ、史弥? 一つ訊きたいのだが、トラブルメーカーって呼ばれたことはあるか?」
やけに真剣に訊いてきた人物は言うまでもなく戦国だ。
余りにも真剣な質問に史弥も真剣に返答する。
「中学ではこんな事はありませんでした」
「ふざけた事を訊くな戦国! 須山君も真面目に答えなくていい!」
「あいった! 会長そんなもので叩かんでくださいよ~~」
戦国は情けない声を上げる。
何処から出したか分からなかったが、用紙プリントを棒状に丸めた筒で、戦国の頭をポカポカ殴り始める。
一撃目は見事命中したが、二撃目から戦国はその両手で頭を覆い、保護して防御態勢をとっているものの、攻撃は止む気配がない。
そこで、それまで口を閉ざしていた可憐が普段は滅多に出さないような大きな声で、言葉を発する。
「──あ、あの会長! 戦国先輩!
今回は私が原因で史弥君を巻き込んでしまいましたので、責任は私にあります!
だから史弥君に非はありません!」
そこまで聞いて麗華は戦国を殴る手を止める。
「ふむ、今回は春山さんに原因があると?」
「そうです……」
「春山君がそこまで言うという事は何があったか説明してくれるね?
実は私達も、それに教職員も詳しい事は分かっていない。
ただ当校の生徒に商業施設で騒ぎを起こした者がいると連絡を受けた。もちろん名前付きでね。最初その名前を知ったときは驚いたよ。
それから教職員は生徒間で、しかも前回も立ち会っている我々で話し合った方が話しやすいのではと、お膳立てしてこの場に立ててくれている次第なんだ」
「そうですか……」
「じゃあ、ゆっくりで良いから詳しく話してもらって良いかな?」
気遣いをみせて優しく麗華は可憐へ促す。
「はい……」
可憐は事の顛末を順序立てて話した。素行の悪い青年二人に連れて行かれそうになったこと。それに対して抵抗をみせたことで逆上させてしまったこと。史弥が仲裁で間に入ったこと。引き金は最初に手を挙げた自分だったことも包み隠さずだ。
それを適度に、相槌を打ちながら麗華は頷きながら聞いていく。戦国も同様だ。
可憐は落ち着いて話し終えると、聞き終えた麗華は真剣な面持ちで口火を切った。
「話は大体理解した。確かに可憐さんに原因がある」
「その通りです……」
「俺にも責任はあります! 自分がしっかり止めていればこんな騒ぎにまで発展する事には…………!」
隣で史弥は黙って話に耳を傾けると同時にいつでも可憐へフォローできるよう、常に可憐の発言にはアンテナを張って待機していた。だからこそ、すぐに擁護の姿勢になっていた。
「史弥君、いいの……」
断定口調の麗華に対して、その普段からしおらしい様相を呈している可憐は、より普段より遠慮がちで、今にも消え入りそうな返事を返して、悄然と俯いている。
その表情は後悔と反省に満ち溢れた悲しくも暗いものだった。
だが、すぐに麗華は言葉を継いだ。
「だが、それはすべてと言う訳ではない」
「えっ?」
予想外の麗華の言葉に史弥は驚く。
可憐も目を見開いて麗華を凝視していた。
「二人ともどうして、という顔をしているな。
確か君の能力は“デュアルフェイス”だったね。その内にもう一人の人格とESP Abilitを有する能力。だとするならば、もう一人の君にも責任はある。だから君一人の責任ではない」
「ですが、結局、私一人の──個人の問題に変わり──」
「なんでも一人で抱え込む必要はない。君の能力を理解しているからこその結論だ」
史弥達二人の顔を交互に見て、少し微笑む。
「だからこそ私はもう一人の君と向き合っておきたい。春山さんばかりに責任がある訳じゃない。もう一人の彼女にも責任の一端がある。
それを私は伝えたい、私の口からね」
可憐は少々目尻に涙を溜めて、感涙に陥りそうになるのを何とか堪え、「……分かりました」と短く述べて、その容姿を変化させる。
「…………」
邪険な雰囲気を醸し出した彼女こと憐可はその姿を見せる。
初めて見るその姿に戦国と冬月は目を奪われると金色の妖艶な髪がなびく美少女と瞳の色に感銘を受ける。
二人はこれほど印象が変わる事にも一驚していた。
しかし、その態度は正面から対峙している冬月とは一切目を合わせない、まるで反省の色をみせない悪ガキ然とした態度だった。
「君が憐可さ──くんなのかな?」
麗華は語句を言い直した。
男顔負けの堂々とした態度から察して、似つかわしい言葉を選択したのだ。
彼女は機嫌をとるつもりなど毛頭ないが、決して他人を逆撫でするつもりもなかった。
意図が伝わったのか、素っ気なく一言、その柔らかな唇が動く。
「憐可で良いよ」
言葉とは裏腹に距離を取るような冷たい口調──他人と認識してやまない初対面の、ドライな対応なのが周りにも伝わる。
それでも呼び捨てを許したのは可憐を通して、聞こえてきた、彼女も可憐の一部と認める冬月の言葉が響いたからなのだろうか。
少なくとも史弥は、好意的、前向きな、感情を可憐が抱いていることを信じるしかなかった。
「君が先に手を出したそうだね」
「あぁ、そうなるね」
「反省はしているかい?」
「全然」
二人は完全に熱血教師ドラマのようなやり取りを繰り広げている。
ここで馬鹿野郎の一つでも罵声を放って、殴り倒せばまさにそれではないだろうか。
だが冬月は一生徒であり教師ではない。
そんな鉄拳制裁をする筈もなく、どちらかといえば一個人として寄り添うような語り口調だった。
「私もその場で同じことをされたら、同じ対応を取っていたと思う」
「はっ?」
想定外の言い草に素っ頓狂な声を出してしまう憐可。
この冬月麗華は恐らくその表情が予想通りだったのか、面白そうな笑みを浮かべる。
「私だってそういう気持ちになる。男など汚らわしくて、下心しかなくて、女をすぐに小馬鹿にとって、都合のいいようにしか利用しない身勝手な生き物だからな」
半目になりながら、横目で男子二人へ視線を送る麗華の表情は冗談なのか本気なのか判別し難い小悪魔的なものだった。
まさかの矛先に男子二人はたじろぐ。
「いや、会長そこまで言わなくても…………」
「自分はそんな風に女性を見ていませんよ」
二者ニ様の返しをする男子に対して、懐疑的に肩を竦め、麗華は応えて見せると、話しを戻す。
「ふふっ………まぁ、全ての男がそうかは置いておいて、私もそうゆう気持ちを持ち合わせている。
それほどまでに今回は素行の悪い男達だったと捉えている」
「なら、あたしは悪くな──」
顔を上げ、憐可は冬月をその目に捉える。
同時に被せて否定を喰らう。
「しかし、力あるものが振る舞うには小物すぎる相手だったとも同時に思っている」
「…………」
その顔を上げた顔に影を落として、また視線を何もないフローリングの床へ落とす。
すぐに言葉の意味を理解して、的確に痛いところを突かれたのか、黙り込んでしまう憐可。
「同じ土俵に立つ必要はなかった。君は力を振るう相手を選ばなければならなかったということだ。大人と子供では振るう力が違うように君にはそれほどの能力差があった。君の能力レベルは私たちも今回の件で調べさせてもらっている。
確かに能力は使わなかった、しかしその選択は彼がいたからというのが大きいところでもある」
麗華は理詰めで、一つ一つの憐可の逃げ口上を先に潰していく。
ゆっくりと憐可も自分の言い訳が消されていくのを感じただろう。
「今回は当事者の片方が現場から逃げている訳で実害も何があったかわからない。そんな状況だ、だから正直、私がここでうやむやにすることもできてしまう」
今度は史弥が麗華の顔を見つめる。
しかし返ってきた表情は不正を許さぬ、整然と、気高い志を持ち合わせる堂々としたものだった。そして、凛とした態度で冬月は言い放つ。
「──だが私は絶対そうしない。
明日の私が許せないからだ。看過した私がな。
君も自分に通ずるところがあるんじゃないか? 今の君にも」
伏し目がちに目をそらす憐可。
どうやら図星のようだった。
昨日の行いに落ち度──負い目がないと言えば嘘になるのだろう。
少なくとも後悔はあったというところか。
「その反応は肯定と受け取っていいかな?」
答えを聞くまでもなく、この一瞬で何かを悟ったように冬月は戦国の名前を呼んだ。
仕える家臣に命を下すかの如く。
「はい、会長。なんでしょうか?」
だがその家臣たる戦国は不遜な態度を取っていた。
主人に仕えるには程遠い含み笑いを抑えながら応えたのだ。
何を言うのか分かっているのかその言葉を待っていたように。
逆に史弥達は何を言い出すのか予想できずにいた。
「学校側には今回の件、事実だったことを報告する。
ただし、不可抗力でやむを得ない状況であった、当事者達は深く反省していると寛大な処置の一考を上申してな」
「分かりました会長」
戦国は甲斐甲斐しくお辞儀をして見せると史弥達に向き直る。
お咎めなしとまではいかないが、口添えしてもらえて「良かったな」と言っているような顔だ。
「その気持ちがあるなら君は後悔と反省をしている。私はそう受け取る。
今回の報告による処理は私の見立てでは、厳重注意の上、反省文指導と言ったところだろうな」
「ありがとうございます会長」
「何、君が感謝する事はない。どちらかといえば君は被害者だよ須山くん」
「いえ、自分も充分、当事者ですので」
「なかなか君は誠実だな」
少し感心したのか右手を顎に置いて、史弥を改めて直視する。
なんとなく麗華が次に言いたい事を史弥は分かった気がした。
「益々、風紀委員に抜擢したいな」
「お世辞はそのくらいにして下さい。それにそのお返事はまだ期日があるはずです」
「ハハッ、なかなか須山くんは手厳しいな。では気長に待つとしよう」
軽く苦笑すると憐可へ視線を移す冬月。
未だに黙っている憐可は納得させられた事が悔しいのか視線が床を彷徨っていた。
そんなクラスメイトに史弥は小声で声をかける。
「憐可…………!」
声をかけられた本人も理解していたのだろう。
彼が何を言いたかったのかを。
「………………ご厚意ありがとうございます」
ただただ傍若無人ということもなく、他人の言葉に耳を傾ける器量も持ち合わせるこの破天荒少女に史弥は少し勘違いをしていたようだ。
そっと付け加えるように史弥は呟く。
「またクレープ食べに行こう。今度は邪魔されないところでさ」
トラブルが付いて回る美貌の容姿を併せ持つ彼女を理解しつつ、史弥は次の約束──ひいてはこの少女のアフタフォローも忘れないのだった。
(しかし、冬月会長ってただの堅物ってわけでもないのか)
冬月麗華という人間性に助けられたことを史弥はただただ胸の内で感謝するしかなかった。
◇◇◇
クラスへ戻った二人は残り少ない昼休憩を過ごすため、窓際、後方、風当たりが良いという好立地である史弥の座席と空いている後席で談笑に興じることになった。
相変わらず史弥の座席周りはクラスメイトから敬遠されているのか妙な空間を作っていた。
異物を避けるようにぽっかりと空いた空間。
作られた外堀でもあるかのような外周。
そこを唯一超えてくる人物はこの学内でも屈指の美少女しかいない。
「史弥君、ごめんね……ほんとにこんな事になって……」
「いや、もういいんだ。憐可も珍しく反省していたし、今後はお互いに気を付けよう!」
「…………ありがとう」
落ち込む可憐は机に頭が落ちるのではないかと思うくらいに項垂れていた。
この後、教員指導と反省文指導が待ち受けているのかと思うと杞憂ではあるが、このクラスメイトである美少女がいつまでもその表情に陰りを作るのを良しとしないのがこの男、須山 史弥なのだ。
何か話題になることはないかと思案する。
話題を探しつつ教室を見渡した時、それは目に映った。
同じように異質な空間を作り、読書に黙々と興じる一人の男子生徒の後ろ姿が。
教室の入り口の席で腰掛ける男子生徒は、他の生徒から隔離されているのか、それとも自身で壁を築いているのか定かではないが、他の生徒とは違う空気を放っていた。
周りもそんな彼に近づこうとしない。
居ないかのように扱っていた。
そんな彼に史弥は同じ阻害感を覚えるのは必然だった。
「あんなところで一人で本読んでるな」
「え? どこですか?」
深く反省の色を表して、項垂れていた可憐は顔を上げ、史弥が視線を送る方向へ視線を向けた。
「あそこだよ」
「確かにいますね。でも読書なら誰だってしますよ?」
「なんか雰囲気が他の生徒と違うって言うか、その、同じ感じがするっていうか……」
「同じ感じ、ですか?」
「上手く言葉で表現できないけど、でも気になるんだよね」
「あ! 史弥君!」
気付けば史弥は席を立って歩き出していた。
クラスメイトは可憐に視線を送っていたために嫌でも史弥の行動が目に付くのでいち早く避けていく。
その対応に最早慣れっこな史弥は男子生徒の前まで来ると、なるべく友好的な声色で声を掛けていた。
「なぁ、その本は何読んでるの?」
読書に集中していたのか、気にも留めていないのか感情の薄い表情が史弥へ向く。
清潔感を持たせた長くもなく短くもない黒髪。
後ろ姿でよく分からなかったが、黒縁の眼鏡をかけている。
鼻は高く、顔立ちは決して崩れてはいない、整った方だ。
細長い手足が伸びる肢体は決して彼がスポーツは得意ではないと表現しているようだった。
しかし、瞳はまるで死んだ魚のような目をした覇気のない男子生徒は史弥を捉えると、すぐに自分が持つ本へ視線を戻すと一言返答した。
「紺碧のアリス」
「へぇー聞いたことないタイトルだ。それ面白い?」
「人によると思う」
「今度、読ませてもらって良いかな?」
「読み終わったら良いよ。それとちゃんと返してくれるなら」
「ははっ、ちゃんと返すよ」
中々にして素っ気ない返事が返ってきて史弥は苦笑する。
どうも彼は友好的な姿勢で向き合ってくれないようで根気よくこちらが話しかけないと会話が途切れてしまうような印象だった。
紺碧のアリスを読む目線はそのままに彼は相変わらずのトーンで今度は史弥へ質問する。
「それで何か用?」
「いや、特に用がある訳でもないよ。ただ少し気になっただけ、それだけなんだ。
もし良かったら仲良くしてくれ。俺は須山 史弥。史弥って呼んでくれ」
「…………里中 健太郎」
「じゃあ健太郎って呼んでも良いかな?」
「好きにして構わないよ」
「じゃあそうさせてもらう。ところで健太郎の周りってこんなに空いているけどみんな何をそんなに避けてるの?」
少し間を置いただろうか、ページを繰る手を止め、本に栞を挟み込むとそっと机に置く。
興味が湧いてくれたのなら史弥にとって御の字だった。
──少しでも会話のキャッチボールが出来て、親交が深められればそれでいい。
史弥は純粋に健太郎がどんな人間なのか知りたいと思いつつ、同時にとある質問がしたかった。
「君は遠慮なく訊いてくるな。そこら辺の奴に理由でも尋ねたらどうなんだい?」
「生憎、俺も避けられていてそんな状況じゃない」
「知っているよ。学内で君の事を知らない奴なんていない。それだけ有名人だからね。
鈴原 涼に入学初日に逆らい、抵抗した身の程知らずって呼ばれてるからな」
「それなら話が早い。俺の事を知ってるなら訊くけど、俺と同じ状況って事は健太郎もこの学校で何かやらかしたのか?」
急な沈黙が二人の空間を侵食していく。
何か因縁浅からぬ過去があるのか健太郎の表情が強張っているようにもとれた。
「はぁー、君は本当に変な詮索をしたがる奴だな」
「人は選んで話してるつもりなんだがな」
「ならその選択は間違っているよ」
「俺はこうゆう奴だから仕方ない」
史弥の口から投げ出されたその言葉を聞いて飽きれ気味に健太郎はなると、二度目の溜息をついて、肯定とも放置とも取れない答えが返ってくる。
「君がそう思うならそうなんだろうな。ところで僕は読書を楽しんでいるから少し席を外してもらえないかな?」
直球なその要望を跳ね返せば焼け石に水で席を立たれ、今後もっと疎遠になる気がした史弥は要望──拒絶を受け入れるしかなかった。
「結構、ストレートなこと言うなぁ。まぁ読書の邪魔って言うなら仕方ないか。また話そうな健太郎」
その一言を最後に史弥は席を離れようとする。
だが振り返ろうとした史弥に健太郎は意味深な発言をした。
「あまり人を信用し過ぎない方が良い」
「どうゆう意味だよ」
それ以上、健太郎は口を開かなかった。
多分にこの男は変わり者なのだろうかと大多数の者が思うだろう。
もしくは極度の人嫌い。
しかし、史弥にとって健太郎の言葉と現在の環境が何かを物語っているようで、無性に引っかかっていた。
だが抑えるしかなかった。
これ以上の詮索は相手の不快指数を上げるだけで何の答えも得られない。
機会はいくらでもある。
ゆっくり付き合っていこうと、史弥は決めるのだった。
「史弥君、どうでした?」
「すべからくあしらわれたかな」
失笑気味に史弥は可憐に言って見せる。
苦笑を浮かべて可憐は流すと史弥に再度訊ねる。
「なんて言ってましたか?」
「読書の邪魔だから話かけないでくれって」
「そうですか。人それぞれに価値観がありますから私達には何も言えませんね」
「そうだね。今日はダメだったけどまた今度話しかけてみるさ」
予鈴のチャイムが丁度響く。
その音色を聞いた生徒達は楽しく談笑していた友達同士と離れて自分の元居た場所へ着席していく。昼休憩を名残惜しそうにして。
「もうこんな時間か。可憐また後で」
「うん、また後でね史弥君」
二人は放課後の練習に向かって授業に挑むのだった。




