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異能で無能な俺!?  作者: グラハム・A
入学編<下>
15/32

「授業終わりとヤンキーと」

 人は一日に九千回以上選択をしていると言われている。

 どんな人間もそれは変わらない。

 普段の日常で当たり前に行われる取捨選択は迷いを生み、考える時間を作る。

 大小様々な選択を迫られ、選択する。

 ともなれば人生は選択の連なりと言えるだろう。

 中には考える時間を惜しみ、短縮する少数の者もいるだろう。

 ある程度テンプレートを自分の中で決め、ルーチン化して悩む時間をかけない。

 そういった人間は天才と呼ばれる傾向があった。

 一般人と違い、普段の生活に取られる選択という時間の浪費を嫌い、勉学や発明に時間を費やすからだ。

 前置きはこの程度にして、ここにいるごく一般的な高校生、須山 史弥は悩んでいた。


「うーん、どれにしようかな」


 ポップな外装と甘い香りを漂わせたキャラバンカーの前で、看板に書かれたメニューを凝視しながら呟く。

 その隣で、注文を言い終えた可憐が楽しみに出来上がりを待ちわびていた。

 表情はこれから出来上がるクレープへの期待が食べる前から頬を緩ませている。

 学内では中々、見ないその表情に優越感を覚えるのは、男冥利に尽きると言うべきか、とにかく彼は悩んでいた。


「史弥君、決まりそうですか?」


「悩むな~、普段クレープなんて食べないからなぁ~」


「じゃあこれなんかどうですか? バナナチョコクレープ」


「バナナか~、それも良いな~でもこのイチゴストロベリーホイップも捨てがたい」


「確かにそれもおいしそうですもんね。

 あっ! ありがとうございます!」


 そうこうしていると、出来上がったクレープが店員から可憐の手元に届く。

 可憐が選んだのはイチゴストロベリーホイップクレープ。

 この店で人気のクレープだ。

 ──しかし、イチゴストロベリーって一緒の意味だよな、と史弥は口が裂けても可憐には言えなかった。

 それ程に彼女の笑顔は眩しかった。


「うわ~美味しそうです! でもほんとに良いんですか?」


「この前の実習のお礼だから気にしないで食べて。俺からのほんの気持ちだから」


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて頂きます。では早速……」


「あぁ、先に食べちゃってくれよ。

 よし、じゃあ俺はバナナチョコクレープにしよう!

 すみません店員さん! このバナナチョコクレープを下さい!」


 史弥は店員へ注文をする。

 店員が慣れた手つきでクレープ生地を焼き上げる間、横で美味しそうに食べる可憐へ視線をスライドした。

 口の端から零れる生クリームを忙しそうに舌ですくいながら、クレープを頬張る彼女の笑顔は幸せそうだ。

 クレープの金額五百五十円。

 この笑顔はその対価で見ることのできる笑顔。

 即物的ではあるが、女の子の笑顔を引き出すのはスイーツと相場は決まっている。

 ふとこちらの視線に気付いたのか、一瞬、目が合う。

 すぐにクレープを食べる手を止めて史弥に襲る襲る口を開く。


「史弥君は食い意地のある女の子はき、嫌いでしたか……?」


「ははっ、急にどうしたの可憐?」


「そ、その他意はないんですが…………。

 結局、どうなんですか!?」


「えぇ!? いや、その、良く食べる女の子は可愛いと思います」


 可憐の圧力に気圧されて、敬語口調で返答をした史弥。

 ここまで気にする意図が分からないが、何か気に障ったのだろう。


「そ、そうですか……。ではその話ついでに、ふ、史弥君に彼女さんっているんですか……?」


 可憐が食べるイチゴストロベリーホイップクレープの赤と紅潮した頬と並び、同化しつつある可憐。


(何故、そんな事を聞きたがるのだろう……?)


 最近の可憐の様子は可笑しかった。

 学内でボーっとしていたかと思うと、喋りかければ、突然顔を真っ赤にしてしまったり、やたら今のように交友関係を気にしたり、嗜好を気にかけたりする。


「…………いないよ。今まで生まれてきてこの方、彼女なんて出来た事ないからさ」


「そ、そうですか……」


 少しホッとしたかと思うと小声で、「…………良かった」と呟やく可憐。

 非常に失礼な事を言われた気がするが、聞こえないフリをして今は流す。

 折角、お礼をしに来たのに余分な一言で水は差すのを史弥は抑えたのだ。

 しかし、友人として様子が可笑しいのは看過できない。

 最近の様子については言及する事にした。


「最近、大丈夫? もし悩み事があれば聞くからね?」


「い、いえ! そんなのじゃありませんから大丈夫です!」


「そうなの? なら良いけど……」


「全然そういう事じゃなくて………………史弥君のニブちん…………」


 丁度、史弥のクレープが出来上がり、それを史弥は店員から受け取る。

 もらったクレープを一口、口に運びながら、最後の一言が聞き取れなかった史弥はもう一度聞きなおす。


「何か言った?」


「何も言ってません!」


「お、おい可憐!」


 スタスタと近場にあるベンチに歩いていく可憐に、慌てて史弥はついていく。

 明らかに何処か怒っているようにも見える。


「一体何なんだ……?」


 結局、史弥は地雷を踏み抜いたようだった。

 先人達の知恵に、女の子は不思議な生き物と揶揄されることがある。

 今、まさに史弥はそれを体感していた。

 追い付こうとする史弥が一口運んだクレープの味が喉を通る。

 だが、慌てて飲み込んだのが原因か、無味に感じる。

 この味も五百五十円。

 綺麗な茶髪の髪をなびかせる後ろ姿を捉え、急いでついていくのだった。


 ◇◇◇


 可憐と史弥は隣り合ってベンチに腰掛ける。

 ここは国立稲沢高等学校からそれほど距離のない場所。

 しかし、通学路から外れたコースにある場所だ。

 史弥はECTでお礼をすると言った発言を実行に移し、ここへ可憐と来ていた。


 現在、立ち寄った──所為、道草で着た場所は綺麗に整備されたカフェテラス型の商業施設の一区画である。

 元々、国立稲沢高等学校は、ニューマン専用教育課程を目指して設立された学校だ。

 ESP Ability開放を前提に選定される土地は雄大で、近隣への影響を配慮した地方が選択された。

 その影響で近辺に真新しい建物は少ない、はずだった。

 設立以来、国の配慮により、学生の交通便で不便ないよう配慮され、都心交通との融通が図られた結果、民間事業の展開が盛んになり商業施設の建設や住宅街が構築されることとなる。

 そして、二人はその恩恵にあやかり、クレープを食べていた。


「お、このバナナチョコクレープは当たりだな」


「私のイチゴストロベリーホイップも甘酸っぱい酸味と甘さが丁度いいバランスで美味しいです」

 先ほどの寸劇は鳴りを潜め、元通りになった可憐と史弥はお互いのクレープの感想を交え談笑していた。


「……なんだか、隣で、史弥君がクレープを食べてるなんて不思議な感じです」


「確かにクレープを食べるのが似合わないのは自分なりに自負しているよ」


 史弥は少し拗ね気味にクレープに嚙り付いて見せると可憐はクスクス微笑を浮かべる。


「確かに、史弥君は似合ってないかもですね」


「やっぱりそうだよね」


「でも、私にはそれが可愛らしく見えます」


「え? どうゆう事?」


「見る人によって見方が変わるという事です」


「??」


 少しご機嫌斜めに頬を膨らませて、可憐はそっぽを向いたかと思えば、史弥は言葉の意味を理解する間もなく、何の前触れも、前置きもない可憐の急な話題転換に翻弄される。


「そういえばですけど!! 最近、生徒会室に足を運んでいましたが、何かあったんですか?」


 一瞬、戸惑うとその頬を片手で掻きながら思案気になる史弥。


「あ、えぇっ? その、……うーん、実は、ちょっと頼み事と言うか……」


 史弥の悩み事のような表情で発せられた一言に少し可憐は冷静になって耳を傾け始める。


「頼み事ですか?」


「そう、頼み事」


「どんな事を頼まれているんですか?」


「実は、風紀委員をやってみないかってね」


「え、風紀委員ですか!?」


 驚きの一言に声のオクターブが一つ高い声を発してしまう可憐。


「やっぱり驚くよね。俺も最初はそんな反応だった」


「だってこの前まで、ニューマンの事を詳しく知らなくて、途中編入したばかりなのに意味が分からいですよ!」


「そうだよね。でも、君に適任だからぜひお願いしたいって生徒会長から直々に言われてさ」


「適任ってどうゆう事ですか?」


「まだ可憐には話していなかったね」


 史弥は可憐に自身のザ・ノーマルの概要を話す。

 それを聞いた彼女はさらに驚いた表情になると、口を開いた。


「そんな能力は聞いたことないです!

 史弥君がそんな能力を持っていたなんて驚いちゃいました!」


「これって珍しいの?」


「珍しいですよ!

 過去にESP Abilityを完全に封じる能力なんて学会や世間に発表されてなかったはずです!」  


「へぇ~、そうなんだ。という事はこれってアストレイ能力になるんだよね?」


「ほぼ間違いなくアストレイです! 同じ系統なんて存在しないですから!

 それに類似する能力もないですし、唯一無二の史弥君のESP Abilityですよ!」


 嬉しそうに史弥へ前屈み気味に力んで話す可憐は、自分の顔が史弥に近付いていた。


「か、可憐、顔が近い…………」


 史弥は引き気味に顔を逸らすと可憐も距離感が近い事を意識してすぐに顔を引っ込める。


「す、すみません……。つい、自分の事のように嬉しくなってしまって……」


「いや、良いんだ」


 無意識化で行った自分の行動に恥ずかしさをあらわにして、身を軽くよじりながら史弥から距離を取る。

 拍子に食べかけのイチゴストロベリークレープが手元で大きく揺れる程に凄い勢いだ。

 慌てた可憐はベンチに座る居住まいを忙しなく正すと改めて向き直る。

 ここで微妙な空気が流れそうになる。

 だが、すかさず気を取り直した史弥は、話を元の軌道にすぐさま戻した。


「えーっと、なんだっけ? そう! それで俺は今、引き受けるか悩んでいるってこと」


「そ、そうでしたね、確かに史弥君の能力的には適任なんですけど、いきなりそんな取り締まる役職なんて困っちゃいますよね」


「そうなんだよ。いちよ返事は今週金曜日までになってて、今は保留にしてある」


 本日は月曜日。

 定められた期日まで考える時間は充分残されていた。


「うーん、困りましたね。何か助言してあげたいんですけど…………」


 言葉に詰まった可憐は、史弥に気の利いた言葉を掛けられない事をもどかしそうにしていた。

 真剣に悩んでくれているのが史弥にも見て分かる。

 恐らく彼女は断る口実を考えてくれているそんな感じだった。

 だが、史弥が悩んでいたのは真逆のことだった。


「正直、引き受けたいと思ってる」


「え、どうしてですか!?」


「鈴原の一件もそうだったけど、この学校に入って感じたんだよね。

 この力(ESP Abilit)がすべてのように扱われて、人の価値基準になって、優劣を決めて、それが当たり前になっている状況。

 強力な力で人の意思を捻じ曲げて、命令して聞かせる。

 それに従って怯える人達がいるっておかしい気がするんだよね。

 力の存在があって、越えられない壁があって、それがどうしよもなくて、みんな黙ってる。

 たった一面ですべてを決めつけられて、その状況におかしいと思った俺の気持ちには嘘が付けなくて、抗おうとして、それで失敗して…………、正直、ECTで鈴原に手も足もでなかった時悔しかった」


「…………」


 可憐は真剣に耳を傾けてくれていた。

 思う所があるのだろうか口も挟まずに聞いてくれている。

 そんな可憐に史弥はさらに続けた。


「それで風紀委員になって欲しいって言われて、この手に入れた力で少しでも…………、もっとみんなが自由になれば良いなって思えた。

 そのためにこの力で強制したり、虐げる連中を取り締まれたらもっとみんな自由になれる、そう、感じたんだよね。

 でも、任されそうになったらやっぱり戸惑っちゃって、咄嗟に保留にしたんだ……。

 ちょっと情けないよな。こんなこと言ってても、すぐにその時に答えられないんだから…………」


 最後に吐露した彼の本音は、周囲の喧騒に掻き消されそうなくらいに、か細かった。

 愁漂う言葉の連なりに、少しの間が出来る。

 それを聞いていた可憐は、ほんの少し逡巡を巡らせたかと思えば、ゆっくりと返事の言葉を紡いだ。


「当然じゃないですか史弥君。まだ能力を使用したのも一回ですし、ついこの間までは普通の人として生きてきたんですよ? 悩んで当然じゃないですか!

 むしろ、そうやってどんな時も他人を思い遣れる気持ち、すごく偉いと私は思います」


 そう言った可憐から優しい眼差しが史弥に送られていた。

 史弥の左手を彼女は自分の両手で握り込む。

 温かい人肌の熱が史弥の皮膚の触覚を通して伝わる。


「だからそんな悲しそうな顔しないで下さい。もっと誇ってください自分を」


「可憐…………、ありがとう」


 史弥の笑顔が帰ってきた可憐は、満足してゆっくりと目線が手元に下がった。

 そこで可憐はピタッと動きが止まる。というよりは固まってしまう。

 自分の手が史弥の手をしっかり握りしめているのを、触覚だけでなく視覚の上からでも認識し、そっと顔を上げて史弥の顔を窺い、二度見された事を不思議がった史弥の表情が返ってくるともう一度手元に目を落とし、可憐は火に触れたような勢いで、両手を離した、だけでなく、全身で飛び跳ねた。


「ご、ごめんなさい!」


 本日二度目の距離を取られる史弥。

 その突拍子な動きに少し驚きつつも、彼なりにすぐに納得していた。

 自分の取った咄嗟の行動が、他人や自分から客観的に見ても小っ恥ずかしい行動なのだと。

 その証拠に彼女の耳は真っ赤に──揶揄ではなく、本当に真っ赤に発赤していた。

 あまりに露骨に距離を取られると男子じゃなくても傷つくなー、などと彼は思ってしまうのだが、これは人見知り気味な可憐の素なのだと理解して愛想笑いで史弥は誤魔化してみる。すでにそれを上回る優しさは充分に伝わったからだ。

 彼女は気を取り直すために軽く「コホンッ」と可愛らしくも分かり易く、咳払いして見せると意識を切り替えたようだ。


「でも、史弥君がこうやって悩んでいる理由が分かりました」


「えっ?」


「史弥君に自信がないのって、能力をしっかり行使できるか──それで役職がちゃんと務まるのか不安だから悩んでるんですよね?」


「そうなるね…………」


「だったら制御できるようになれば良いんですよ!」


「え……、それって…………」


「練習しましょう! 私が手伝いますから!」


「えぇっー!? マジで!?」


 可憐からの提案に、本日何度目かの驚きを見せる史弥。

 だが、対する可憐の眼差しは真剣だ。

 しかし、魅力的な可憐の提案だったが、彼女を巻き込んでしまう事に消極的な史弥は申し訳なさそうに尋ねてみる。


「ほんとに良いの? 可憐にそんなことお願いしちゃって?」


「何を言ってるんですか! その、私たちはもう…………と、友達じゃないですか…………!」


 可憐の口から出たその言葉に史弥は純粋な感情が湧き出てくる。

 嬉しかった。

 可愛い女の子だからとか、そんな俗物的な感情じゃなく、ただ友達だから助けてくれると言ってくれた女の子に心を動かされたのだ。

 気付けば史弥は彼女の両手を強く握っていた。


「ふぇっ!?」


 可憐は突然の出来事に口元が緩んで、呂律の回っていないような声を漏らす。


「ありがとう可憐!」

 自然と出た笑顔を史弥は可憐に向けていた。

 その史弥の屈託のない笑顔に、徐々に収まっていた可憐の中のボルテージが上がっていく。

 動悸は上がり気味になる。


「へぇ!? そ、その、えっと……」


 突然、予想外の史弥の行動に狼狽えていると、そのオドオドした雰囲気が一瞬で変わる。

 もちろんそれは見慣れた光景だ。


「当然、私も見てるからビシバシしごくからな!」


 男勝りな口調でハッキリと言い切った顔を史弥は見ると、確認の意図を込めて再度尋ねる。


「可憐だけじゃなくて、お前も加わるのか…………」


「なんで突然、嫌そうな顔になってるんだよ」


「いや、別にーー?」

 ワザと史弥は露骨なくらいにオーバーリアクションを取って見せると憐可は半ギレになりながら、パッチリした眼を細めてジト目で威嚇してくる。


「お前、あたしにそーとー絞られたいようだな?

 そっちがそうゆう態度ならあたしは八割──いや、全力でいかせてもらうからな」


「ご、ごめん! それは勘弁して!!」


 まだ日が経っていない先日のECTを思い出し、光景が過った史弥は急いで謝り倒す。

 どうやらこのクラスメイトは本気でやりかねないと内心どこかで捨てきれなかった。

 息苦しそうに地面に突っ伏している姿を想像すると史弥は震え上がりそうになる。


「しっかり謝れ、もう一度」


「す、すみませんでした!」


 今にもド突かれそうだった剣幕を謝り倒すことで鎮静化させるが、未だ虫の居所が悪いのかガンを付けてくる美少女こと憐可。

 そのスラリとした足を大きく片足だけ上げ、胡坐あぐらをベンチでかかせている。

 大胆にスカートから見える太ももに周囲の通行人の──主に男性の視線が集まっていた。

 さらに彼女はその右手に今まで持っていた物に気付く。


「お、そういえば忘れてた。あいつあたしの分まで残す気あったのかよ」


 今はいないもう一人の身体の同居人に悪態をつくと、男勝りに残りのイチゴスロベリークレープに食らいついていく。

 恥も外聞もない見事な食いっぷりだ。


「くぅー、うめぇ~!」


「女の子が言う感想じゃないよな、それ」


 すかさずツッコミを入れてしまう史弥。


「あぁ!? うめぇもんはうめぇって言うだろ!」


「左様ですか……」


 食べる様子があまり刺激的すぎるものだから、たまり兼ねた史弥は口出しする。


「なぁ、もうちょっと……、出来ればもう少し御淑やかに食べてくれないかな?

 女の子だし、可憐の身体だし、それにいろいろと際どいことになってるからさ?」


「そんなの知った事かよ。お、史弥も旨そうなの持ってんじゃないか。

 もらいっ!!」


 史弥の目を盗んだ隙に顔だけを伸ばして史弥のチョコバナナクレープにかぶりつく。


「おい! 言えば食べさせてやるから無理やり食べるな!」

 いきなりの行動に驚いて危うく自分のクレープを落としかけた史弥は憐可を咎める。

 だが憐可は何のそので、鼻歌交じりに味わっていた。


「全く、お前って奴は……」


「ふん、こうゆうのは奪うから楽しいんだよ」


「お前、そのうち後ろから刺されるぞ……」


 この自由奔放、お転婆美少女に対して、諦めの境地に史弥は達していると憐可が渋い顔になる。


「なに怒ったり、恥ずかしがってるんだよ可憐」


「うん? どうかしたか憐可?」


「いや、可憐が人の物にかぶりつくなって五月蠅くてさ、それが史弥の物ならってかなりはず…………、分かった分かったもう言わないから!!」


「??」


 どうやら頭の中の可憐と喧嘩している様子の憐可をソッとしておくことにした史弥は、残っているチョコバナナクレープを口に運ぶ。


(そういえばこれって憐可がかじったから関節キ…………いや、余分な事を考えるのはやめよう)


 ふとよぎった邪な感情を史弥は払拭する。


「とりあえず練習してもらえるんだよな? …………感覚を掴めたら冬月生徒会長に返事するか…………」


 今だ終わらぬ脳内言い争いを続ける憐可を眺めながら、史弥は放課後の余韻に浸ると共に、残り少ないチョコバナナクレープを噛み締める。


「おぉ、そこの可愛い姉ちゃん、良かったら俺らと遊ばね?」


 突然、若い男性から声を掛けられる。

 明らかにガラは悪いお兄さんと言った印象の二十代くらいの男性。

 しかもそれは二人組だった。

 一人は剃りこみの短髪な男だ。

 もう一人は金髪のロン毛。

 今度は金髪のロン毛の方が、史弥を挑発的に睨みつける。


「こんなパッとしない奴なんかより、俺達と遊んでた方が楽しいって!」


 剃りこみの男も便乗して口裏を合わせる。


「そうそう、俺達とお茶した方が断然いいから! あっち行こうぜ!」


 強引に憐可の腕を持ち上げ連れ出そうとする。

 ──本当に分かってないなこいつら。やめとけば良いのに、と史弥が思った時にはもう手遅れだった。


「あぁ、なんだお前ら!? あたしに気安く振れるんじゃねぇよ!」


「ヒュー、中々強気に出るね~。俺そういうの好みだわ~」


「…………」


(憐可、怒るなよ。今は我慢だ。やんわりと断れ)


 憐可は掴まれた腕を睨むように凝視している。

 彼女からはその場から動く素ぶりが一切感じられない。

 まさに石のように頑なに意思表示するかの如くだ。

 ピリピリとした空気が流れ、明らかに史弥から見て一触即発という雰囲気が憐可から漂っていた。

 不良達からしてみれば、可愛い美少女がただ固まっているようにしか見えなかったのだろう。痺れを切らした不良達は強く迫っていく。


「おいおい、そんなに怖がらなくて良いからさ、俺達と仲良くしようぜ」


 剃り込みの不良はその外見通りの笑みを浮かべる。

 語尾はどこか強制力のあるイントネーション。


「さっ、こんな奴ほっといて俺達と面白いところ行こうぜ」


 腕を掴む金髪の不良はその掴む手を自分へ手繰り寄せるように引き込もうとする。

 その瞬間、憐可の中で何かが弾けたような、それこそ憤怒が溢れ出したのではと思わせる空気の重さを感じ取った。



「さ…………」


「えっ? さ?」


「触るんじゃねぇーーーーーー!!!!」


「ブホッ!!」


(…………やっちまった…………)


 腕を掴んでいた不良に、掴まれていない反対側の腕で、力の限り、思いっきりフックを不愉快な笑顔を向ける顔面にかまして、吹き飛ばした。

 しなやかな腕に何処にそんな力を隠していたのかと思う程、金髪の不良は後ろへ吹っ飛び、そのまま青空を眺めることになる。

 一瞬の出来事に剃り込みの不良は呆気に取られて金髪が宙に舞うのを、目を疑うように視線で追うが、すぐに我に帰り仲間に駆け寄る。

 そのまま屈んで声を掛けた。


「お、おい! 大丈夫か!?」


「く、くっ…………、イッテェ…………、野郎舐めやがって、下手したてに出れば良い気に…………!」


「ちょっと俺達の事を舐めすぎてるな、怖い目見てもらうか」


 そう言った剃り込みの不良は目をギラつかせながら、未だに倒れた金髪の不良を残して、立ち上がると、こちらへゆっくり歩み寄ってくる。


「おい、テメェ。よくも俺のダチを殴ってくれたなぁ、詫びの一つでも入れてもらぉうか!?」


 ──何処のヤクザだよと、史弥はツッコミを入れつつも、冷静に不味いなと判断していた。

 隣の美少女は熱り立った猛獣のように、背後から熱気が見えるほど頭に血が上っている。

 相当、キているようだ。

 だからこそ彼は人一倍冷静でいなければならないと自負していた。


「おい、何黙ってるんだよ!」


 荒々しく、刺々しい言葉の怒号が憐可に飛ぶ。

 このままいけば能力を使って、この不良達を葬りそうな勢いだ。

 下手をすれば史弥も葬りそうなほど。

 だからこそ、そんな事をさせないために、割って入るしかなかった。


「落ち着け憐可、こんなところでお前の能力を使ったら周りも巻き添えだぞ」


 割って入った史弥ですら殴り飛ばしそうな勢いだが、憐可に周りを見るように促す。

 気付けば、周囲には今の光景をたまたま目撃した通行人が、何事かと足を止めてこちらを眺めている。


「チッ、なんだよ、あたしだって能力以外でもやれるんだぞ」


 憐可の言葉を遮るように史弥は自分の声を被せて制止する。


「そういう問題じゃない、力仕事は男の仕事って相場が決まってるんだよ」


「なんだそれ? 男女平等で行こうぜ、それに男女差別は…………」


「煩い、下がってろ憐可、こっちでなんとかするから」


「でもよぉ…………」


 そこで放置され気味の剃り込みの不良は、蚊帳の外で話が進むことが癇に障ったのか、キレ始める。


「何もう勝った気になってるんだよ、あぁん!? あんまり嘗めてると骨の二本や三本逝っちゃうぞぉゴラァ!」


「あぁ、教えてもらいたいもんだね」


「おらぁ、見せてやんよ!」


 その言葉を皮切りに剃り込みの不良は史弥へ殴り掛かる。

 それは史弥にとって単調で捻りのない、ゆっくりとした動きだった。

 軽く横へ上体を逸らして、躱してみせる。

 一歩もその場から動くことなく。


「まぐれで躱しやがったか、おらぁ!」

 空振りで史弥の後方へ通り過ぎる羽目になった剃り込みの不良は、再度、転身して史弥へ殴り掛かる。


「こっちが悪かった。謝るから許してもらえないですか?」


「ごめんで済んだら警察はいらんのやぁ!」


 会話を繰り広げながら史弥は冷静に降りかかる拳を両手でなしていく。

 剃り込みの不良も向きになって殴っているが、すべて受け流されているので、まるで何もない空中でシャドーボクシングをしているような有様だ。


「いや、本当にこちらが悪かったと思ってる、だからすみませんでした」


「だから何度も言わせんなや! おらぁ!」


 最後の一撃を渾身の力で放って、振りぬく剃り込みの不良。

 それすらも史弥はその手甲を上手く使い、外側へ受け流す。

 そのまま、史弥は初めて後ろへ距離を取る。


「ハァハァ、なんで当たらんのや……」


「もう気が済んだかな? これ以上やっても意味ないですから話し合いません?」


 余りの圧倒的な光景に周囲のギャラリーは増えていた。

 殴り掛かられれているのにその一切が当たらない。

 そんな不思議な光景に周囲も止めるどころか、見惚れてしまっていた。

 大人が子供をあやす──力の上下関係がそれ程まで、史弥が優位に立っていたのだ。


「じゃあ、もう気が済んだなら俺達はこれで…………」


「待てよ、ゴラァ!」


 史弥は疲れ切った剃り込みの不良を置いて憐可とその場を後にしようとするが、すかさず呼び止められる。

 今度は金髪の不良の方だ。

 彼は立ち上がり、剃り込みの不良の前に出る。


「俺は殴られてるんだよ! どうこの責任を取ってくれるんだよ!?」


「それはあんたが強引に連れて行こうとしたからそうなったんでしょ」


「ごちゃごちゃうるせぇ! とりあえず殴った責任はとってもらわねぇと!」


「じゃあ、そこのクレープ奢ろうか?」


 そう言った史弥はクレープの屋台があるキャラバンカーを指さして応えて見せる。

 相手の感情を煽るつもりはなかったがあまりにも話が通じなさ過ぎて相応の受け応えをすると、それが結果的に金髪の不良の沸点に達したようだった。


「ボコボコにてしやる!」


 血の上った金髪はそのまま突っ込んでくる。

 史弥は溜息をついて再度、先ほどの剃り込み同様、なしていく。

 だが、ある時に一瞬驚くべき事態が起こる。

 金髪の右手が発火したのだ。

 突然の事で、すぐに後ろへ大きく距離を史弥はとる。


「チッ、当たらなかったか」

 何も知らない史弥なら驚いただろうが、少し前に似たような事を体験しているので少しの驚きで済んだ。

 態勢を整えながら史弥は尋ねる。


「どうやらニューマンみたいだな?」


「ふん、そうだ。ちょっとは驚いてくれて嬉しいよ」


 両手から猛火を立ち上らせ、ファイティングポーズをとってステップを踏む金髪の不良は隠すまでもないほど敵意を剥き出しにしていた。

 お陰様で史弥は手の甲を使って、拳を払えなくなってしまった。

 今もまだ記憶に焼き付く涼と不良が重なる。

 ESP Abilitが絡むことでややこしい事は免れなくなったのだ。


「そんなに警戒しなくて良いんだぜ。この能力はバナーフィンガーって言って、その名の通り手部のみから炎を発生させる能力なんだ。どうだ驚いただろう?」


「そうだな、驚いた」


(涼のESP Abilitの下位互換みたいな能力か……)


 だが、この能力が不良の言う通りならば、涼とは決定的に違う点があった。

 そこを狙って勝利の算段を史弥は考えていた。


「なんだ、妙に落ち着いてるんだな」


「まぁな。最近それと似たような光景を見てるんでね。

 それとそんなに自分の能力をベラベラ喋って良いのか?

 こっちにはお前の能力がバレバレなんだぞ」



「う、うるさい! ハンデだよ、ハンデ!」


 金髪の不良は周囲にも分かるほど顔を赤くしながら喚く。

 指摘されて羞恥心が今更ながら襲ってきたのだろう。

 どうにも何処かヌケた不良だった。

 周りのギャラリーもクスクスと笑っている。その中に憐可も混じっていた。

 しかし、先ほどの殴り合いより危険な状況になったのも事実だった。

 耐熱スーツや、ましてやESPDチョーカーを装着していないのだから熱傷は避けられない。

 ここは慎重な判断を要求される場面だった。


「この炎では拳をその手で払えまい。

 お前の顔面に消えない傷をしっかりつけてやるよ。それに服に触れても炎は燃え移る。火傷は免れないだろうな、キヒヒ」


 既に小物キャラ感が丸出しになっているこの不良は見るからに頭が悪そうだった。

 というか完全に頭が悪い。

 史弥は少し後ろを振り返り、憐可に目で合図を送った。

 彼女もその視線に気付いて呼応するように史弥から距離を取った。


「じゃあ、これで終わりだ! 観念しろやゴルァ!」


 飛びつくような前傾姿勢で、拳を振りかざすためにその足でこちらに踏み込んでくる。

 その挙動が、動作が、すべてが大振りだった。

 だから気軽な気持ちで技を掛けることが出来た。


 完璧なタイミングの“一本背負投げ”を。


「ぐはっ!!」


 勢いよく地面に叩きつけられた金髪の不良は衝撃で、肺から息が吐かれ、意識が朦朧として集中力が飛んだせいか、両手の炎は消える。

 目撃した剃り込みの不良は、口をおおっぴろげに開けて閉じれづ、視線を仰向けに倒れる相方へ止めている。かなり唖然としていた。


「ふっー……」


 史弥は肩を落として息をつく。

 今回、金髪の不良が突っ込んできてくれたことで、よりかけやすい状態だった。

 史弥は一瞬にして不良の懐に屈みこむように入り、その片腕を脇に挟み込み、投げたのだ。

 むろんその手には触れていない。

 燃え盛る両手に触れない技を選択したのだから。

 金髪の不良からは視界から忽然こつぜんと相手が消えたと認識した時には空中だ。

 綺麗に決まったこともあり、周囲から感嘆かんたんの声が上がっていた。


「おぉ~~」


 後ろから憐可も声をこぼしていた。

 両手を軽くパチパチ叩きながら感動の声を上げている。


「見事な一本背負いだったなぁー史弥、柔道も出来たのかよ?」


「もともと色んな武道の修練もしていて、その一つをたまたま活用出来ただけさ」


「へぇ~、ならあたしも史弥の練習に付き合う代わりに、武術教えてもらおうかな…………」


 ──それは絶対嫌だと、史弥は伝えそうになったが口をつむんで声には出さなかった。

 今より手が付けられなくなると直感的に理解したからだ。


(それに技の練習の成果とか言って実験台にされたら溜まったもんじゃない…………)


 だからここは曖昧で当たり障りのない返事で対応する事にした。


「そのうちな……」


「その時は頼むぞ史弥!」


 ──いつになるかは分からないけどな。

 期日のあやふやな約束を憐可と交わしたところで大きな声量が響く。


「おい、そこで何をしている!」


 人垣を分けて現れたのは商業施設を巡回する警備員だった。

 たまたま出くわし、現場に介入してきた警備員に焦った不良二人はその場を急いで立ち去ろうとする。


「やべぇ! 早く行くぞ」


「腰イッテェ……、お、覚えてろよ!!」


 息つく間もなく金髪は立ち上がり、走り始めた剃り込みの不良と共にけていった。

 二人に駆け寄った警備員はギャラリーを見渡しながら問いただす。


「君達、この騒ぎを詳しく訊いても良いかな?」


「えっと、実は…………」


 史弥はクレープを二人で食べていたら、憐可が強引に連れ去られそうになった事を伝え、拒否した旨をしっかり答えた。

 もちろんその中に憐可が殴り飛ばした等と余計なことは口にしなかった。

 こちらが先に手を出したことがバレれば事態はさらにややこしくなる。

 幸い、警備員は人だかりに駆けつけ、外の様子しか分かっていなかった。

 だから中の事はあまり見えておらず、そんな状態で何が起きていたのかなど分かるはずもなかった。


「ふむ、そういう事だったのか。だけどそうゆう時は周りやおじさん達みたいな警備の者にすぐ助けを求めなきゃダメだろう? 見たところ、まだ君達、高校生だろ?」


「はい、そうです……」


「対処できない事は大人に相談して、もっと節度をもった行動をしないと」


「大変お騒がせしました……」


「二人とも今日は大人しく──」


「でもよう、おっさん……!」


「おっさん?」


「おい、憐可……!」


 憐可に小声で制止する史弥。

 不満げな表情で見つめ返してくる憐可は顔に納得言ってません、と書いてあるような不貞腐れ方だった。

 さも、先に吹っ掛けてきたのは相手だと。


 そんな事を分かるはずもなく、警備員はふてぶてしい態度をとっている憐可に何を思ったのか唐突な質問を投げかけてきた。


「君達、何高校の生徒さんだい?」


 その後を想像して、史弥の頬から小さな冷や汗が流れる。

 どれほど影響するか予想出来るだけにこの先の思考が非常に鈍重になるのを感じづにはいられなかったからだ。


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