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異能で無能な俺!?  作者: グラハム・A
入学編 〈上〉
12/32

【来客】

 病室に平手打ちの乾いた音が響いた。

 手酷くやられた息子である史弥を思ってのことだろう。


「この行動が後でどのような結果を招くかを分かっていても、私は同じ行動をとったでしょう」


 涼の父親であり、世間でも知られる某政治家の顔に、史弥の母親はそう告げた。

 涼の性格を考慮して、似通った性格ならばここで逆ギレしてきても可笑しくはない。

 だがこの男は違った。

 厳格な男だったのだ。


「私の教育不足がすべての原因です。最早、弁解の余地はありません。息子の行動全ては私の責任です。ご子息には何度謝罪してもしきれないことは理解しております。ですが言わせてください」


 一拍区切って涼の父親は両膝を病室の床につき、その頭を地面につけた。


「大変、申し訳ありませんでした」


 誰もが知る土下座。そして謝辞。

 だが史弥の母親は表情一つ変えず、冷たい視線を足元に送りながら話しを続ける。


「頭を下げる政治家は見飽きました。パフォーマンスなら帰って頂いて結構です」


 全てを突き放すその一言に先方も、そして、家族である史弥ですら凍りついた。

 さらに皮肉がここまで言える事に史弥は驚きを隠せなかった。


「これは政治家としてではなく、父親としてせめてもの誠意です。これ以上の誠意を、私は知りません。もし償いをさせて頂けるというのならば、私は惜しみません」


「物や金銭では解決しません。それとあなたの顔は二度と見たくもありません。もちろん貴方のご子息にも。帰ってください」


 史弥の母親は二度目の謝絶を強く表した。

 これ以上は火に油を注ぐと涼の父親は理解し、立ち上がると病室を後にした。

 部屋を出る際に「また伺います」と言っていた。

 しかし史弥の母親も母親で「結構です」と短く述べて、激しい拒絶を示し見送った。

 病室に静寂が戻る。

 居心地悪そうに母親の後ろ姿を眺めている史弥はどう声を掛けるべきか悩んでいると、突然勢いよく振り返ったかと思えば抱きついてきた。


「ごわ゛がっだぁぁぁぁ~~!」


「いや、あんたの方が怖いわ!」


 いつもの温厚な母の姿がそこにはあった。

 だが先ほどの様変わりした雰囲気。

 別人かと思うような冷めた口調。

 以前、父親が話していた学生時代こと、『氷結の女帝』の意味がよく理解できた。

 同時にこの母親の二面性は何処かの誰かの顔を思い出し、史弥は笑いが溢れそうになる。

 現在は夕方四時、あのECTから次の日になる。

 意識を失ってこの病院のベッドに運び込まれてから母親は付きっ切りだった。

 少し前まで母親が剥いたお見舞い食御用達のりんごを二人で穏やかに食していたところに現れたのは、そのスーツに国会議員バッチを光らせた涼の父親である、鈴原すずはら 剛三郎ごうざぶろう氏その人だった。

 政界に名を連ねるその男はその界隈かいわいでかなりの切れ者であると評されていた。

 しかし、政界きっての切れ者も一介の父親であり、厳格な人格者であった。

 先ほどの場面を見せられれば分かることだ。

 そんな彼を撃退したこの母親も相当な切れ者なのかもしれないと史弥は考えるのだった。

 このタイミングで病室の扉が開かれた。

 全く接点のないもの同士の二人が入ってくる。

 可憐と父親だ。

 父親は仕事を早く切り上げてお見舞いに来たのかスーツで、可憐は学校帰りに寄ってくれたのか制服のままだ。


「し、失礼します?」


 可憐の語尾が疑問形になってしまったのは息子に抱きつく母親を目撃して、入ってもいいかの問い掛けがゴチャ混ぜになったのだろう。

 そんな困った様子の可憐に気を遣い、父親が軽く咳払いして離れるようにと、母親に目配せする。


「すみません。お見苦しいところを」


 父親がそう言って可憐に詫びる。

 母親もすぐに離れると身なりを整え、何事もなかったように座る。


「い、いえ、ご家族が怪我をされてお姉さまが心配になさるのは当然の事ですので」


 動揺から復帰した可憐はさっきまでの光景に対して取り繕う。

 が、取り繕った内容はどうやらさらに勘違いを生み、母親の顔が照れ顔になると「まぁ……」などと言って右手を頬に置いて感銘を受けている。

 だが、このまま姉にしておくことを史弥は許さなかった。

 いずれボロは出るのだ。隠す意味がなかった。


「いや、姉ではなく母親なんだ」


「え、そうなんですか!? 失礼しました」


「どうしてフミくんは本当のことを言うんですか! お母さん悲しいです!」


「隠す必要ないでしょ!」


「女性は常に若く見られたいんですぅー」


 軽く頬を膨らませて反論する母親。

 充分若作り出来てるから良いだろうと言いたくなったが、そこはぐっと言葉を史弥は飲み込んだ。

 これ以上の親子喧嘩はみっともないし不毛だからだ。


「あんまり大きな声を出すと傷に響くぞ史弥」


 父親に忠告されて自分が怪我人である事を史弥は再認識する。

 人というのは指摘されると気になっていなかった事を意識してしまい感じてしまう節がある。

 史弥も痛みを思い出し右肋骨に疼痛が走る。


「いたたっ、肋骨が」


「言わんこっちゃない。肋骨が折れているんだから、あまり大きな声を出さないほうがいい。もちろん抱きつくのもな?」


「はい……」


 父親に叱られてシュンとする母親はまるで、叱りつけられた子供のようだった。

 その様子を少々呆気にとられて可憐は見ている。


「すまない可憐。うちはちょっと騒がしい家族なんだ」


 史弥に言われた可憐は首を横に振る。

 その表情は少し楽しげなものへと変わっていた。


「ううん、そんな事ないよ。家族想いで楽しくて良い家族だよ。史弥君がそういう性格になったのも少し分かった気がする」


 さらに小さな影が父親の後ろから現れる。

 少しポップな服装に身を包んだ美幼女の美愛だ。

 ベッドに横たわる兄に近寄る。


「おにぃちゃん怪我は大丈夫?」


 純粋で真っ直ぐな瞳が心配そうにこちらを見つめていた。

 史弥は少し痛む肋骨を堪え、作り笑いを浮かべて答える。もちろん可愛い妹に不安を掛けない為に。


「大丈夫だよ美愛。お兄ちゃんこんなのへっちゃらさ!」

 右手に拳を作りガッツポーズを軽く作る。

 今の動作で右肋骨に痛みが走ったがそこは可も不可もなく乗り切る史弥。


「ほんと? 美愛お兄ちゃんが家に帰ってくるの、待っているからね?」


「……あぁ、また家に帰ったら勉強見てやるからな」


 そうやってベッドから届く距離にある小さな美愛の頭を軽く撫でる。

 まるで猫のように幸せそうな表情を浮かべて頭から伝わる兄の人肌に美愛は身を任せた。

 なぜかその光景を凝視する可憐。

 しっかりとその視線を美愛の頭に置いた史弥の手を捉え、目を離せずにいる。


「どうかした可憐?」


「ううん、何でもないの」


 何処かその視線には物欲しげで羨ましそうなものが混在となっているが、そんな機微きびに、まだ付き合いの浅い史弥には知る由もなかった。


「そういえば史弥。こんな可愛いお嬢さんと友達になったなんてな。

 父さんビックリしたぞ」


 父親がそう言って可憐に好奇心の目を向けると史弥へ目線を戻す。

 年頃の高校生である史弥に不敵な笑みを受かべて、「なかなかお前もやるな」と目線で送ってきたのは可憐には秘密だ。


「可憐と一緒に入って来たけど、さっき知り合ったの?」


「あぁ、さっき病室の扉の前で立っていてね。どうも病室の前をグルグルしているものだからこんな可愛い女の子がどうしたのだろうと声をかけたら史弥の友達だと言うから案内したのさ」

 そう言われた可憐は耳を真っ赤にしているように史弥は見えた。

 恐らく聞いてはいけない部分なのだろう

 だが先ほどまで鈴原 剛三郎氏が先に入室していた事を史弥は思い出す。

 先客が退室するタイミングを計っての行動だろうと察する史弥。


「さっきまで別の人が来てたからそれで待っててくれたんだよ」


 端的に父親に予想の説明を答える。

 だが父親は珍妙な面持ちになり、疑問を口にする。


「病室から人が出て行った後の事だと思ったがな……?」


「? そうなの?」


 ここで母親が声を上げてこの場にいる全員に聞こえるように話し始める。

 主に父親に対して。


「お父さん。ちょっと大事な話があります。少し病室を出て落ち着いた場所で話したいのですが良いですか?」


「あぁ? 急だな母さん。分かった。じゃあ史弥、父さんは席を外すから」


 急な退出を促された父親は自分が行っていた思考から引き離され、母親と共に離席することになる。


「あと美愛ちゃん。お母さん達と一緒に行きましょう。お兄ちゃんの傷に障るからね?」


「うん! 分かった!」


 そう言った母親は父親と美愛を半ば強引に病室の外へと連れて行く。


「可憐さんはゆっくりしていってね?」


 ここで美愛は外へ連れ出し、可憐は残す矛盾を残していったがこの場の誰も口にはしなかった。

 そして可憐以外に気付かれないように母親はウインクを送る。

 可憐はその母親のシグナルに気付いて耳から顔までを赤らめていく。

 ゆっくりと病室の扉は閉まり、二人だけが病室に残される。


「行っちゃったな」


「行っちゃいましたね」


 突然の静寂が二人しかいない病室に満たされる。静かになったことで窓越しから伝わる外の喧騒けんそうや、病室の扉越しからはドクターを呼び出すアナウンスに医療用カテーテルなどが擦り合う音、看護師の独特のサンダル音が微かに聞こえる。

 そういった音が感じられるくらいに二人の感覚は敏感になっていた。

 どちらかが次に話しかける言葉が、二人の静寂を破る一言でもありこの静寂の均衡を破るだけに慎重になる。


「…………」


「…………」


 二人に微妙な間が流れる。

 だがこの静寂を先に破ったのは可憐だった。


「……史弥くん、最後私を庇ってくれてありがとうございます。私も憐可も油断してた。

 …………ごめんなさい」


 ポツリと自信なさげに何処か申し訳ない様子で言葉を紡いでいた。

 お見舞いでわざわざ様子を見に来てくれた友人からでた意外な一言に史弥は驚いていた。

 なぜなら助けられたのは逆だからだ。


「なんで可憐が謝ってるの。助けられたのは俺の方だよ?

 むしろこの怪我だってこの程度で済んだのは可憐のおかげなのに」


「でも最後、史弥君が盾になってくれなかったら私……」


「当然だろ。友達を庇うのは?」


 可憐の言葉を遮るように制して史弥は強い口調で自分の気持ちを伝える。

 すると可憐は目を大きく見開いたかと思うと、その目尻が僅かに潤っていく。


「それに実際俺は当たらなかった。可憐……あの場合は憐可かな? が涼を痛めつけておいてくれた結果だよ。涼が気絶してなかったら火達磨ひだるまにされてた。むしろ感謝したいくらいさ」


 起こった事実を可憐に伝える。

 病室で目を覚ましてからたどり着いた結論。

 あの時のバーニング・バックドラフトの消滅に対する史弥なりの推測でもある。

 理由はいくらでもつけることが出来る。

 だが、どれも史弥を納得させる理由になっていない気がしていた。

 気絶したタイミングは消滅してからだったからだ。明らかに史弥に直撃するまでは意識を保っていた。

 ────今は可憐の肩に乗っている罪の意識が少しでも軽くなる口実になるならそれで良い。

 この友人で美少女の曇った顔が晴れるならと史弥は考える。

 可憐もその優しさに気付いていないわけではなかった。

 反論を上げようとした可憐の口がへの時に結ばれ、つむってしまう。

 史弥の好意を無下にする訳にもいかないことも分かっていたのだ。

 だからその出掛かった更なる謝罪を可憐は飲み込んだ。


「今は掛けて欲しい言葉は違うかな。ごめんなさいやありがとうじゃなくてさ」


 そう言って史弥は可憐に謝罪や謝礼以外を求める。

 可憐は少し悩む。付き合いがまだ短い彼女は史弥が何を求めたのかが分からずにいる。

 そんな可憐に史弥はヒントを与えた。


「ヒント、疲れた人や頑張った人へ贈る言葉」


 微笑を浮かべて史弥は言った。

 彼女はさらに悩んだがハッとした表情で答えにたどり着くと口にする。


「お疲れ様、史弥君」


「可憐もお疲れ様」


 紆余曲折うよきょくせつはあったがまずはECTが終わり、一区切りついた事をお互いに称え合う。

 解決していない事を棚上げして、彼は目の前の可憐と今を笑いあう。

 それからは何の気も遣わずに談笑に勤しんだ。

 普段学校で話せないことも、時間を気にせず、色々話した。

 日もだいぶ落ち、他愛もない話に興じた可憐は病室を後にした。

 病室を可憐が出る時に、これから長い付き合いになるような気がする、そんな気持ちが史弥の胸に湧いていた。

 

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