【抵抗】
ブロック群へ辛くも身を隠すことができた史弥は次の行動を模索していた。
現状、撒くことに成功し、涼は見失った獲物(史弥)を探すため、周囲一体を歩き回っている。
ここまで来る間に三度敵の攻撃にさらされた。 史弥は先ほどの実経験を元に推測していく。
一撃目の鬼火は接触すると同時に爆風を起す。二撃目は接触直前で拡散した。三撃目は一撃目と同様。 涼はECT中もそうだったが炎の形状を自在に操ることができた。尚且つ遠距離で飛ばすことも可能だ。その射程は逃走する史弥から四十m強は有にあった。
「まだ、全然情報が足りない。ここは相手の出方を……」
様子を伺おうと決めた直後に近くに設置されたブロックが木っ端微塵に吹き飛ぶ。
さらに涼の大きな叫び声が当たり一体に響いた。
「そろそろ出てこい編入生! ゲーム終了が間近なんだ! 潔くやられてくれよ!」
網膜投影スクリーンに表示される制限時間が三分を切っていた。
時間切れによる引き分け(ドロー)には長すぎる時間だ。
痺れを切らした涼は次々とブロックを破壊している。
まだ運よく史弥のブロックにはヒットしない。しかしそれも時間の問題であった。
確実に減らされていくブロックに段々と史弥の場所が特定されていこうとしていた。
身を隠す場所を削られていく。
このままでは制限時間より早く見つかるのは自明の理。
「はぁ……。応答なし、か。つくづくあきらめの悪い野郎だ。ならこれでどうだ!」
また次々とブロックが吹き飛ぶ。だが先ほどと打って変わって三つ同時に吹き飛んだ。
壁際から顔を覗かせ史弥は確認すると涼は鬼火の数を一から三つへ増やし、周囲に展開していた。
史弥はさらに切迫した状況になるのを感じる。
(くそっ、やっぱり複数展開できるか。もうこうなったら考えている時間はない。
何とかしてあいつの懐に飛び込み、体術で制圧する。
問題は突っ込むタイミング……。それからは出たとこ勝負。だが失敗すると俺は……、いや、今は成功する事だけを考えろ)
覚悟を決めた史弥はブロックから身を乗り出し、その姿を涼へ見えるように晒す。
やっと姿を見せた史弥に対して攻撃の手を止めると、獲物を見つけ、はしゃぐ狩人のような笑みを浮かべる。
あたり一帯はくすぶる炎と瓦礫が散乱し、その中心には涼が佇む。
「やっと俺に燃やされる覚悟ができたようだな!」
「燃やされてたまるかよ!」
涼と史弥の距離は約三十m。お互いに対面で一瞬睨み合う。
「あぁ、そうかよ!」
展開中の鬼火を史弥へ高速で飛ばす。今度は三連続で連なって接近してくる。
史弥は左斜め方向へ全力で走り出す。
爆撃音がフィールド内に響く。爆風に巻き上げられた砂煙が舞い上がる。
史弥は乱雑に置かれたブロックを上手く利用し、壁と自分が対角線上に重なるように走り込んでいく。二発目以降は砂煙によって視界を奪われ、あてずっぽうの方角へ飛ぶ。
避けるまでもなく外れる。
さらに追加で三連続が接近していた。
今度は右斜め方向へ全力で走る。ジグザグに走り込みなるべく攪乱するように。
先ほどと同じようにブロックを使い対角線上に重なるよう気を使う。
「馬鹿が、同じ手に乗るかよ」
ブロックに接触するタイミングで一撃目の鬼火が突然消失する。
「嘘だろ!?」
二撃目がブロックに曲線を描いて避け、飛来する。三撃目も同様だ。
フェイクを掛けられた史弥は咄嗟に停止、そのまま後方へ走り出す。
後ろから二撃目がしっかり史弥を捉え接近していた。
「ハァハァ…………、ちょっと待て……!? それはヤバイって!?」
彼の悲痛な叫びにも似た悲鳴と同時に火炎球が後方から降り注ぐ。
寸前で横へ素早く移動し、躱す。
紙一重で躱された火炎球は柔らかな地面に着弾し、白砂が舞い上がり砂塵が起こる。
舞い上がった砂塵が口に含まれ、砂と認識するや不快指数が上がる。
「容赦ないな…………」
立ち込める砂塵に人影が写る。
そして切れ目からゆっくりとその姿を現す。
狩りを楽しみ、ゆっくりと獲物を追い詰めるかのような余裕な態度を見せた涼が。
「お前が俺の邪魔しなければこうならなかったんだよ」
「嫌がってる女の子を助けて何が悪い」
「お前は分かってないようだな。
力のない人間は身の丈に合ったことをしないとどうなるか」
「なら身の丈に合った事をさせてもらおうじゃねぇか」
先ほどまで逃げていた史弥は涼へ向き直り戦う姿勢をとる。
「もう逃げ回らない。正面から戦ってやるよ」
涼はこの時、空気が変わるのを感じたがそれがなんなのかは直ぐには分からず、理解できなかった。
だが、それは言うなれば殺気の様なもの。
周りにいる観衆達はフィールド内と壁で隔たれていることもあり気づかないだろう。
中にいる当事者同士でしか感じられない場の不思議な感覚だった。
背筋凍るような寒気に襲われ、涼は身震いを覚える。
その対面で半身の構えを取る史弥。
顔つきは先ほどと様変わりしていた。
真剣で鋭い眼差しを涼に向けている。
「へぇーお前武術でも習ってるの? 何? モテたいの?」
空気に押されて引き下がるわけにもいかない涼は一瞬感じた感覚をおくびにも出さずに対面した。
「違う。これはそんなんじゃない。
これは誰かを守らなければいけなくなった時の準備みないなもんさ。
俺の父親はいざって時に何もできないのが大っ嫌いで、後悔する人なんだ。
それが例え喧嘩だったとしてもな。
だから父親はとある武術を極め、師範代まで上り詰めたんだ。
その教えの結果がこれさ。
今ここで見せてやる。鍛錬の成果をな」
史弥は涼をキツく睨む。
「お前と違ってイタズラに力(EPS Ability)を使うような奴とは絶対に違うんだよ」
「だからどうした? 体術では俺のESP Abilityには勝てない。
制限時間いっぱいまで逃げていた方がまだ利口だぞ。
まあ、逃がさないけどな」
涼は自身で言ったセリフの矛盾に嘲笑を浮かべる。
非情に嫌味な言い方であった。
「お前も説明は受けてるだろ、この試合のルールを。
まぁ俺たちの場合は特別ルールになってるけどな」
「分かってる。そのルールに則ってやらせてもらうつもりだ」
「ならこいよ、遊んでやるから。
何も使えない無能力者の結果は見えてるけどな」
「やって見なきゃ分からないだろ。
見せてやるよ、無能力者の底力を…………なっ!!」
史弥は地面を強くけりだし、涼に向かって一直線に力強く走り出した。
実に単調で捻りのない行動。短絡的な思惟で動いていると涼も、観衆も思っただろう。
周囲には身を守れるブロックはない。
史弥は一般人のような存在だ。対策を講じる手段などもとよりない。自暴自棄になって突っ込んでも仕方がないと思われてもいるだろう。
だがこの状況こそが相手の傲慢さを刺激する展開でもあった。
(確実に仕留めるために三連撃か二連撃で必ずくる。あとは一撃目が変化球(フェイク等)で来ない事が絶対条件。でもこの状況ならそんな事をしなくても簡単に捻りつぶせる……。ここが一番のチャンスだ)
自身が見た涼の能力を基に、半ば無謀な賭けに身を投じる史弥の姿がそこにはあった。
「結局、偉い事言っても自滅かよ。興ざめだ。
でも心配するな。お前を病院送りにした後はゆっくり春山さんとお近づきにならせてもらうからよぉ!」
言葉にドス黒さを纏わりつかせた独占欲を表し、涼は迎撃態勢をとる。
瞬時に鬼火を周囲へ展開を済ませる。
鬼火は感情に呼応するかのように激しく揺らめき、連なって史弥へ飛翔した。
間隔は人一人分の等間隔。
史弥は感覚を研ぎ澄ませ、瞬きを忘れたように鬼火を捉えている。一撃目をギリギリまで引き付けるために。
その熱を感じる目前まで鬼火は迫った。
ここだ、と史弥はタイミングを見計らい最小限の動きで回避する。
真横を霞めていく鬼火。
「馬鹿が、これで終わりだ!」
ほぼ同時に勝利を告げる歓喜の声を高らかに上げる涼。
左右斜め方向から鬼火が史弥に向かって高速で接近する。
負けが確定したと観客席の生徒達は思った。
誰もが次の瞬間には絶望でその顔を歪ませる史弥の表情を思い浮かべただろう。
だがこの状況で、史弥は至って冷静に間合いを見計らっていた。
「待ってたよ。この瞬間を……」
史弥は賭けに勝てたと確信する。
そのまま右手を躱した──通り過ぎようとする鬼火へ振りかぶり、"ワザと"接触させた。
大きな爆発と共に爆風が後方で起こる。
爆風の衝撃波が激しく背中に伝わり吹き飛ぶ。
当然二撃目、三撃目の鬼火はタイミングを狂わされ、本来いるべき史弥の場所に肩透かしをくらい、空を切る。
史弥はその向こう側、涼の五m手前に転がり込む。その勢いのまま立ち上がり、全速力で駆けていく。
涼が二撃目以降を操作して当てに来ることは容易に想像できた。
だから一撃目の鬼火にワザと当たり、爆発する際の爆風を利用してタイミングをズラすことを史弥は考えたのだ。
「少しは人の痛みを知れ!」
突然の事で思いがけず、呆気にとられた涼が理解した時には史弥は目の前にいた。
そして、強く握りこんだ拳を振りかぶり相手への最短距離をたどった全力の一撃が涼の顔面へ振り抜く。
意表を突かれ、距離を詰められた涼は為す術もなく容赦のない一発を受ける。
そのまま上体を後ろへ逸らして倒れる涼。
まさに史弥が得意とするジークンドウであるSDA(single Direct Attack)が決まった瞬間でもある。
──状況など気にするな。機会は己で作り出せ。
武術家、ブルースリーの言葉だ。
今この状況を作り出したのは史弥自身である。
状況に飲まれず、諦めない心で機会を手繰り寄せた結果。
だが代償はあった。
息を切らせて片膝を着く史弥。背部は爆風の影響で焦げており、周りは熱気が残り、立ち昇る煙で如何に激しかったかを物語っている。
さらに史弥の網膜投影には爆発の衝撃から守るため、エアバックシステムが作動したことを表示していた。
仰向けに倒れている涼に史弥は視線を向ける。
ヘッドレストで守られているとはいえ、唯一エアバックシステムが内蔵されていない頭部に攻撃を加えたのだ。完全に殺しきれない衝撃で軽く脳震盪を起こしているだろう。
下手をすれば関節──主に頚部はむち打ちになっているかもしれない。
だが相手を思い遣る前にまずは拘束して勝敗を決さなければならない。
こちらも満身創痍なのだから。
そう思い史弥が近付いたその時、
「……まだ終わってねぇよ」
短く紡がれたセリフと共に涼を中心とする周囲一帯が突如として発火し、燃え始める。
例外なく史弥のECT専用スーツにも燃え移ろうとする。
危険を感じた史弥は急いで後ろへ後退した。
「よくもやってくれたな。ちょっと手を抜いていたからって調子にのるなよ」
怒気をはらんだ声色が敵意となり史弥に届く。
熱風が伝わり、冷や汗なのか熱に充てられたのか分からない汗が史弥の頬を伝う。
対面の涼はその上体をゆっくりと起こすと、片手を首に添えながらポキポキと鳴らす。
立ち上がった涼から怒りに満ちた視線が放たれる。
史弥の視線とぶつかり相容れぬ空気が両者の溝の深さを伝えるように渦巻く。
「さすがに俺のバーニング・バックドラフトを利用されたのは驚いた。だがもう茶番は終わりだ。本気で潰してやるよ」
こちらへその歩みを進ませながら告げた。
目の前の涼はまるで炎を纏うように使役し、自身から五~十mを無差別に発火させながら向かってきている。
「くそっ!」
対する史弥は力なく片膝をつく。
爆風を受けた背中や両腕は熱を帯びたように火照り、衝撃で全身の骨がきしむような痛みが今になって史弥を襲っていた。エアバックシステムに許容を超えた衝撃が加わった事が理解できる。直撃を受けたのだから当然と言えば当然だ。
何気なく史弥は横を見ると観客席はザワついているように見えた。
それもそのはずだ。
気付いたのだろう。今ここで行われている摸擬戦が本物の果し合いになっている事に。
だがもう既に遅い。止める時間は残されていない。
「最後だ。何か言いたいことは?」
そう言って目と鼻の先に涼は立つ。
「可憐には手を出すな。お前が関わっていい子じゃない」
最後に出た言葉は史弥が病院送りにされた後の危惧だった。
「分かった」
短く答えた涼。
不自然な物分かりの良さを表したと史弥は思った。
だがそんな願いにも似た訴えは突如豹変した涼に一蹴される。
「……なわけねぇだろ! 後でゆっくり俺のもんにしてやるよ力ずくでな! お前は病院のベッドでゆっくりその報告を待ってろよ!」
蔑むような笑い声と共に涼はその右手を振り上げた。
右手から剣の形に形成した炎を出現させる。
史弥の思考はそれを捉え、焼かれるのか切られるのか、いや焼切られるのか、と皮肉めいたことを頭で刹那的に想像し、諦めかけた。
でもどこか諦めることをやめるように強く訴えかける本心が史弥の中にいた。
それは限界を超えた身体を必死に動かそうとする。
しかし、身体は答えてくれない。
涼がその右手を振りかざす。
──可憐、ごめん。カッコ悪い姿見せちゃって。勝てなかったよ……。
史弥は短い一瞬に心の中でクラスメイトへの謝罪を呟いていた。
「そんなことさせない! 絶対史弥君は守ってみせる!」
どこかで聞いたことのある声が史弥の耳に届いた気がした。




