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異能で無能な俺!?  作者: グラハム・A
入学編 〈上〉
9/32

【アンフェアデスマッチ】

 可憐とは観戦席で別れ、史弥はDフィールド入口に来ていた。入り口横にはBOXが備え付けられており、ダストシュートのような通気口が上に伸びている。それを開けると、中には吊り下げフックが二つあり、片側に綺麗に吊り下げられたチョーカーが一つある。

 空いたフックはもう既に取られているのだと察する。

 残ったチョーカーを取り上げ、BOXを閉めると内部で何かが落下した音が聞こえる。

 恐らく内部でチョーカーが無くなったのを感知すると次のチョーカーが落下し、補充される仕組みのようだ。

 そのまま取り上げたチョーカーを首へ巻き付ける。

 自身の腕を後ろへ回し、硬質な感触が首筋へ伝わるのを感じ取ると、留め金に片側を掛けて装着する。適度な圧迫が違和感を生むが我慢できる範囲だ。


(これがESPDチョーカー……。普段チョーカーなんてつけないから変な感じがする。

 まぁこんな事でもないと付けないか。

 そういえばどこにシールドステータスが表示されるんだ?)


 網膜投影にESPDチョーカーのステータス状況を伝えるアイコンやゲージがない事に不親切だな、と史弥は悪態を内心つく。

 装着を済ませ、自動開閉扉の内側へと進む。

 進むにつれ、向かい側の開始線前に佇む人影が大きくなっていく。


「やっと来たな史弥。この時を楽しみにしてたよ」


 そう言った涼は不敵な笑みを浮かべる。

 まるでRPGゲームに出てくる、フロアボスのようなセリフと様相だな、とシニカルな笑いを浮かべそうになるが史弥は飲み込んだ。

 何処かその笑みに暗い深淵しんえんが顔を覗かせ、そこから垣間見える濃密な狂気を認識したからだ。


「前田から聞いたよ。くだらない賭け事をやっているそうだな?」


 だが、そんなことで彼は物怖ものおじしなかった。

 少なくとも武術をたしなんできた史弥にとっては殺気や怒気をまとった相手と対峙するのは珍しくはない。おかげで強固で動じない精神力を築き上げることができた。その表れがここで生かされるのは当然だった。


「それで?」


「対戦相手には多少の敬意を払ったらどうだ? 見え見えの手抜きで被る相手の気持ちを」


「ハッ! 知った事かよ。雑魚の考える事なんか。

 お前は道で踏む蟻の気持ちを考えたことがあるのか?

 答えは考えるはずもないだ。

 そんな相手に敬意など生まれない。あっても哀れみだけさ」


 冷めた頭の血液が沸騰していくような、そんな感覚が史弥を襲う。

 この男には言葉では理解させられない。価値観が決定的に違い過ぎる、そう悟った瞬間だった。

 こういう相手は一度、力で屈服させないと埒が明かない。

 だが同時にその発言を肯定する絶対的な強者であるのもまた事実。

 いずれぶつかる人種の類に辟易しながら、史弥は目の前の相手に精神を集中する。


「お前の言葉を聞いて、一つ分かった。お前とは絶対に仲良くなれなさそうだ」


「あぁ、俺もそう思う」


 浩介は嘲笑を浮かべ、表情に見え隠れしていた狂気が、より一層濃密なものへと変貌していく。


「勝ってお前達が行っているゲームを俺が破綻させてやる。

 少しは考え方が変わるようにな」


 本気の言葉だった。

 引き分けが自分のベストではなくなった瞬間でもあった。

 言葉を発しながら、史弥はこの男に勝って自分を肯定させるしかないと決意する。

 決意を口にすることで自分を追い詰め、半ば強迫観念に似た必死感を自身に植え付ける。もはや自己暗示に近いものだ。そうでもしなければ勝つなど絵空事。

 それほどまでに彼は力の差は自覚しているつもりだった。

 だが、その言葉に対して侮蔑の眼差しが史弥に返ってくる。


「つくづくおめでたい思考をした奴だ。

 もし夢を見ているなら醒めた方がいい。

 それほど俺とお前では差が歴然だ。その証拠がお前の“紋無し”だと理解しろ」


生憎あいにく、その侮言ぶげんはもう慣れっこでね」

 開始時間に達し、アナウンスが入る。

 お互いに纏わりつく空気が重く、張り詰めたものへと変わっていく。

 それほど離れていない開始線の距離が史弥には遠くさえ感じさせる。

 自身が気後れする感情が作り出す錯覚なのだと言い聞かせる。

 さらに錯覚が作り出す要因なのか、心なしか室温が高くなり始めた気がする。

 ふと気になり、着込んでいるECT専用スーツに内蔵された外気温センサーと連動した網膜投影情報に表示される外気温数値に目が映る。

 細かい刻みではあるが温度上昇を検知していた。まるで涼の気持ちの昂ぶりに比例していくかの如く。


「そういえば一つ言い忘れてた」


 突然、何の脈絡もなく涼が呟く。


「お前が装着しているそのESPDチョーカー、“ディアクティブモード(非作動)“だから」


 史弥がその言葉の意味を理解するまでに数秒もかからなかった。

 もう既に史弥は浩介の術中にはまっていたのだ。


「さぁ、愉快な時間にしようか」


 赤子の手を捻ることに喜びを得る────まさに狩人然とした鋭い目つきと、どこか含みのある笑みが両立した表情を浮かべる涼を前にした史弥は、額に一筋の冷や汗が伝うのを感じた。


 ◇◇◇


 開始音が鳴り響いた直後の史弥は、酷く身体が硬直していた。

 怪我をしない授業が怪我をするかも────することが前提になった瞬間だったからだ。

 守られていることへの安心感が、史弥の大胆な行動へ踏み出す原理でもあった。

 初手で想い描いていた戦術はスピード勝負で間合いを詰め、相手の意識が追い付く前に意表を突く。短期決戦を主軸に考えていた。


 その過程で予想される反撃はESPDチョーカーが発生するシールドで多少なりともは受ける覚悟は出来ていた。如何に早く間合いを詰め、ねじ伏せ拘束し、制圧・行動不能に追いやるかが鍵なのだ。背に腹は代えられない。多少削られても構わなかった。

 だが涼のたった一言で困惑してしまった。

 一瞬頭が真っ白になった。

 その戸惑いが、躊躇ためらいが、不覚にも一度決めた覚悟の揺らぎが、判断を鈍らせ硬直へ繋がってしまったのだ。


 直後、自身の目前に、突如として火の玉が発生する。

 それは鬼火ともいうべきか。

 ──古来、日本に伝わる古い書物には空中を浮遊する正体不明の火の玉の事を鬼火と呼称した。この鬼火が発生する原因については様々な説があり、現代に至ってそれらは放電による一種のプラズマ現象と定義づけられることが多く、実際には燃えておらず、発光しているのだとする説が学者達の間では唱えられている。だが有力な説というだけであって、一つの説で結論付けることは無理があり、伝承自体も様々であることから結局のところ諸説がある。

 伝承によれば触れても火のような熱を感じないものもあれば、本物の火のように熱で物を焼いてしまうものもある。

 今、目の前に出現した鬼火は間違いなく後者。

 間違いなく史弥は凄まじい熱量を感じたのだ。

 同時に史弥の頭の中で本能が告げる。逃げろ、と。


「くそっ……!」


 全速力で後方へ走り出していた。


「さっきまでの威勢はどうした、紋無し!」


 鬼火は高速で接近してくる。

 直線的で単調な動きであったのが唯一の救いか、焦りはしたが、頭はまだ平静を保てている事が功を奏したか、何とかタイミングを合わせて横へ飛び、紙一重で回避することに成功する。

 真横を通り過ぎた鬼火は、地面へと接触すると同時に爆風を巻き起こす。

 直撃を免れたとはいえ、その衝撃は凄まじく、決して軽いとまではいえない体重の史弥を吹き飛ばす。


「くっ……!?」


 その大きさからは計り知れない程の爆風に驚愕の色を隠せない。

 吹き飛ばされ地面を転がる史弥。なんとか勢いを殺して立ち上がった時には土埃と炎が立ち上る着弾跡が出来上がっていた。


「まだ始まったばかりなんだからゆっくり愉しませてくれよ」


 涼の安い挑発に構わず、さらに走り出す。

 今の一撃でESPDチョーカーが全く機能していないことが裏付けされた。

 本来防がれるであろうシールド干渉範囲距離に入っても鬼火は通過してきた。

 だから紙一重で避けることになった。

 脳裏に先ほどの光景が蘇る。一撃でも喰らえば大怪我は必須だ。

 まずは第一に安全を確保しなければならない。すべてはそれからだった。

 その為には外周にあるブロック群の中に身を隠す必要がある。


 その身一つで走る史弥に取れる手段は常人の戦術に他ならない。

 だが五体使えなければそれは常人未満を意味する。勝算は限りなくゼロになってしまう。

 こんな状況になっても史弥は諦めていなかったのだ。

 走りながら第二陣の鬼火に備え史弥は後ろを振り返る。


「うわっ!?」


 先ほどと同じように接近する鬼火。だがまだ身体能力で何とか躱せる。

 そう思って史弥は構えをとった。

 だが突然、鬼火は拡散した。さらに四散した炎が史弥を襲う。


「まだだ……!」


 史弥は武術で鍛えられたその動体視力と反射神経で左手を使い、炎を掃った。これによりバイタルゾーン(脳や肺、心臓等の血液が集中する重要臓器)への熱傷は避けれ、安堵する。

 同時に受けた左手へ意識を向ける。

 火が燃え移ってはいないものの、完全に焦げている事は確認できる。

 耐熱素材とはいえ限界がある。その証拠に左前腕の肌からジワジワと熱が伝わる。網膜投影スクリーンには左前腕のセンサー類が異常を示し、警告表示が危険域に達した事を伝えている。


「今のを反応できたことは褒めてやるよ。 でもその左腕はもう使えないな」


 涼はこちらへゆっくり歩みを進めながら言葉を紡ぎだす。


「こんなことに何の意味があるんだ!」


 左腕を庇いながら問いただす。

 本気で知るための問いかけではない。

 その答えなど容易く予想がつく。時間稼ぎを望んでの問答がしたかっただけだ。

 今は少しでも早く身を隠さなければならない。軽く息を整えて、状況の把握。同時に相手の注意を引いて思考が停止すれば攻撃の手が休まり、態勢を整えられる。だからこうして史弥はなるべく会話で間を持たせようとしていた。


「しいて言うなら俺の“力を誇示する”ため。さらに運が良い事に編入生が相手だ。

 なら派手にしないとな。だからESPDチョーカーはディアクティブモードにしてある。

 まさに一石二鳥。こんな最高の舞台、楽しくない訳ないだろう!」


「要するに見せしめも兼ねて俺をボコボコにしたい。そういう事だろ?」


「物分かりが早くて助かる。しかも容赦なく攻撃できる。良心の呵責がなくてたすかるよ編入生。でもあんまり早くに退場するなよ?

 賭けは継続中なんだ。お前を制限時間ギリギリで倒さないと俺が(負けちゃうんだからさ 傍点)」


「元より俺にそんな感情は持ち合わせてないだろ。それよりその力を誰かの為に役立てようと思ったことはないのかよ?」


 息は整い、ブロック群の距離を確認する為、史弥は目線を一瞬動かす。

 残りの距離はそれほど遠くないが、恐らくもう一撃は回避しなければならない距離だった。


「誰かの為に役立てる? 馬鹿な事を言うな。

 俺達を虐げてきた無能な一般人どもや能力の低いニューマン達に捧げて何になる?

 常に都合の良い時は助けを求め、都合が悪くなると切り捨てる輩など俺からしてみれば等しく無価値な存在だ。俺はこの能力を自分の為に使う」


 涼の過去に何かがあったかも知れない。こんな湾曲した思考に至る何かが。でもそれを深く知ることは出来ない。今の彼に何を言っても届かないだろうと史弥は思ったのだ。

 だから涼が次の動作に及ぶのは予測の範疇はんちゅうだった。


「もうお喋りはいい。さぁ、逃げ回れよ!」


 次の鬼火が涼の前方に一つ出現した。

 史弥はすぐさま後方へと駆け出す。

 ブロック群へはもう少しだった。


「時間ギリギリまで俺を退屈させるなよ」


 そう言って、涼は薄ら笑いを浮かべる。

 狂気に歪むその瞳に、一切の容赦はなかった。


 ◇◇◇


 開始の合図と同時に先手を打ったのは涼だった。それをかわした時、彼女は安堵の溜息を漏らしていた。


「危なかった……」


 自分以外の誰にも聞こえない呟きが漏れ出る。

 観戦席に掛けていた可憐は他の生徒達から離れた距離で史弥の摸擬戦を観戦していた。

 離れた生徒達からは彼女の着込むECT専用スーツが、元々彼女の為にあったのではないのかと思える程、あでやかで、まだ発展途上と思わせる年相応の可愛さを残した容姿に視線を奪っていた。

 同時に近付き難い雰囲気も併せ持っていた。おかげで易々と話しかけられずに済み、腰を据えて観戦出来ている。

 まさに尻すぼみしてしまうと言っても過言ではない美少女だ。

 周りから突然歓声が上がる。


「危ない史弥君!」


 可憐の口から咄嗟に心配の声が上がる。

 二撃目の攻撃が史弥を襲っていた。今度は避け切れず被弾する。

 そこで見間違いのような光景を目にする。


「あれ? 今当たらなかったかな?」


 遠巻きで観ている生徒達の一部も気付いたのか、周囲のクラスメイトと顔を合わせいる。

 ここで観戦している生徒数は他のフィールドに比べ多かった。

 それもそのはず。

 入学式初日に校内で悪目立ちしている涼と騒ぎを起こし、その揉め事相手の史弥は“紋無し”と呼ばれる無能力者だったのだ。さらには何の因果か摸擬戦対戦まで繰り広げる結果になった。

 十分な話題性とどんな試合展開を見せるかの物珍しさで、足を運んでいる生徒達が集まっているのだ。

 すると突然、横から可憐は声を掛けられる。

 気付けば生徒達の合間を抜けて、二人の男子生徒が声を掛けてきていた。


「こんな離れた所でみてないで俺達と一緒に観ようぜ!」


 声をかけたのはケイだった。横で浩介はこちらにめ回すような視線を送っている。


「……何しに来たんですか?」


 可憐はか細い声で訊く。今この場に頼れる史弥はいない。助けてくれる存在はいないのだから自然と心細くなってしまい、俯き気味に可憐はなってしまう。

 しおらしい可憐に気を許したケイは捲し立てるように答えた。


「何って、今言ったじゃん。一緒に観ようぜって言ってるの」


「どうしてですか?」


「どうしてって……、親交を深めるために決まってるだろ?」


 どこか剽軽ひょうきんな態度が信用に欠ける────そんな印象を受ける可憐。

 どちらにしてもこんな相手と真面目に取り合うわけもなければ、幼稚性が強く、自己顕示欲に溺れるこの二人とは仲良くするつもりなどなかった。

 だから口から発せられた言葉は自然に臆面もなく言えた。


「お断りします。あなた達と私は仲良くできそうにありません」


 鋭い拒絶を言い終えてこの場の空気が悪くなるのを可憐は感じた。

 ケイは明らかにムッとしているし、浩介は軽く睨んでいる。

 今度は浩介が口を開く。


「あまり勘違いするなよ。お前は涼に目を掛けられて、手出しができないだけだからな。調子に乗った事ばっかり口走ってると……」


 浩介は自分の頭を可憐の耳元に寄せて、続きをささやく。

 女性に対しては十分な恐喝及びパワーハラスメントなワードだった。


「……酷い、どうしてそんなことが言えるの……」


 囁かれた可憐は軽く目尻に涙を浮かべ、屈辱に顔を歪ませる。


「そんな口が訊けなくなる様にまずは涼の恐ろしさを知ってもらうことからだな」


 そう言って冷笑した浩介は続けた。


「まずは友人が弄ばれて大怪我するのを目の当りにしたら考え方も変わるでしょ」


「え?」


 言っている意味が理解できなかったが、先ほどの光景が頭をよぎる。

 そして可憐の表情から血の気が引いていく。

 間違いであって欲しい想像を口にするのに恐怖し、固まる。

 それを読み取った浩介は口火を切る。


「そう、その想像通り、

 あいつ(史弥)だけESPDチョーカーが作動していない状態で摸擬戦してるんだよ」


 告げられた可憐は時間が止まったかのような錯覚に捕らわれた。

 その肩は小さく震えている。

 今あの中で二人は摸擬戦ではなく、正真正銘、本物の戦闘を行っているのだ。下手をすれば大怪我では済まないかもしれない。しかもそれは対等の戦いではない。一方的になぶられ、もてあそばれる程の歴然とした能力差の戦いだ。


「良い顔になってきたじゃんか」


 浩介に指摘された可憐は自分が一体どんな顔をしているのだろうか分からなかった。

 それほどまでに可憐は自身の中で渦巻く憤りや哀しみ、絶望に翻弄ほんろうされていた。

 それもそのはずだ。不可抗力とはいえこんな事になってしまったのには可憐にも責任の一端がある。例え史弥がお節介で割って入ったのだと主張してもどこかに必ず自責の念が残るのは当然の事だ。

 感情の奔流ほんりゅうに自分を見失いかけ、たたずむ可憐。だがこの感情に終止符を打ったのがもう一人の自分である憐可だった。


(おい! しっかりしろ可憐!)


 薄れかかる意識を現実に戻してくれる声。


(こんなところでモタついてないで、史弥を助けに行く! 考えるより行動だよ!

 ひとまず私に交代して……)


 可憐が次の言葉を言いかけた時、強く腕を掴まれる。

 見れば浩介が腕を掴んでいた。


「もうどうしよもないんだ。さあ、俺達と一緒に来るんだよ!」


「そうそう。諦めて俺達とこいよ」


 浩介とケイは可憐の迎え側に立つことでフィールド内が見えなくなる。

 入学式(あの時)と変わらないシチュエーションだった。

 あの時は何もできなかった。

 でももう違う。

 ここに今はいない彼だったらどうするかを考えると私の背中を前に押してくれている気がした。

 もし仮にあのフィールド内にいる人が、友人じゃなかったとしても彼なら迷いなく助けに行く気がする。


(おい、可憐! 史弥が危ない!私と早く……)


 憐可のいつにも増して真剣な声が脳内に響く。

 可憐は掴まれた手を掃い、二人を押しのけて走り出していた。


「お、おい!」


 いきなりの出来事に慌てた声を上げる浩介に目もくれない。

 今は大事な友人を守る事が先決だ。そのためにはDフィールド入り口へ最短のルートで行かなければならない。手遅れになる前に。


(フフ……、変わったな可憐……)


 頭の中の友人がそう微笑ましく呟いた気がしたが、可憐は気に留める余裕はなかった。



  ◇◇◇


 入り口に着いた可憐は扉の前で立ち往生することになった。

 普段は自動で開く扉が無機質な音声を発しながら、その重い扉を堅く閉ざす。


『現在、フィールド使用中のためロックしております』


 可憐はここに来て自分の判断が誤っていた事に苦虫を噛んでいた。

 司令室に走れば中止措置を即座に取れたかも知れない。

 だがフィールドは広く、司令室まで移動している間に史弥が持たないかも知れない、そう思った可憐は直接彼をフィールド外へ連れ出すそうと考え、中へ入ろうと思ったのだ。

 少し考えれば分かることだった。

 外部から中への侵入を阻止するため、施錠されているかも知れないという考えに至らなかったことに悔いる。

 だが後悔している暇はない。今はどうすれば良いかを考えなければならい。


「どうするの可憐。考えるのよ……」


 自問自答が溢れる。焦りが冷静さを欠かせている事は可憐にも分かっていた。

 だから焦りを抑えて、最善の策を思考する。

 ふと何気無く扉の開閉部分にほんの僅かに隙間が出来ている事に気づく。

 このフィールドで何度も模擬戦が行われ、衝撃が加わった拍子に歪んだのだろう。でなければそう簡単に歪みは生まれない。

 だが今はそんな考察に(ふけ)る場合ではないと可憐は思案していると光明の光が閃く。


「これなら……。でもやった事は……。……ううん、やるしかない……!」


 可憐は意識をその僅かな隙間へ集中する。


「お願い……。上手くいって……」


 眉間(みけん)(しわ)を寄せていつも以上に意識を集中させる。

 自然に両手で祈るように││願望するように││まさに神事を彷彿とさせる光景だった。

 そして現実に結果として現象は起こる。

 隙間に極小のインビシブル・ブロックを板状に挟み込む。

 正確には僅かな隙間の空間に生成することに成功した。


「よし! こんなに薄く生成した事ないからかなり神経を使った……。でも第1段階はクリアできた」


 だがまだ喜びには程遠い、これからなのだと気を引き締め、次に移る。

 さらに可憐に緊張が走る。

 今度はこの板状のインビジブル・ブロックを展開して扉を押し広げなくてはならない。

 この密閉型の扉はただの扉以上に強固で堅牢な造りになっている。まるで映画に登場する軍事研究施設並みだ。


「でもこんなところで止められない」


 意識を先ほど生成したインビジブル・ブロックに向ける。

 今度は横方向への展開だ。可憐は自身が持てる最大パワーで挑んだ。

 しかし、非情にも扉は壁を作ったままだった。

 インビジブル・ブロックを拒むようにドアはそのたたずまいを崩そうとしない。


「ダメ……なの……?」


 声色に感涙が混じりそうになった時、激しい軋みが音で伝わる。

 徐々にではあるがやっとその重い扉が広がり始めたのだ。

 さらに向こう側の風景が視界に入り込む。

 周囲一帯が無差別に燃える室内。たゆまぬ炎が全身から点々とのぼる涼。その熱量が遠目から見る可憐に蜃気楼を映し出させる。

 さらにその間、ちょうど涼と可憐の間に彼────史弥は力なく片膝をついて息を切らしている。ボロボロな後ろ姿を見せて。

 可憐の胸の動悸が激しくなる。

 頭がボーっとするようでどこかフワフワしたような感覚が全身に広がる。

 理性が、間に合わないのでは? と思いかけることでくる焦燥感が可憐の動きを鈍らせていた。

 だが感情は違った。

 最後まで望みは捨てれなかった。


「絶対間に合わせて見せる……!」


 そう言って下唇を強く噛み、痛みが広がることで自分へ鞭を打つ。

 それは足掻きともとれる行為。だが望みを捨てない表れ。

「もっと……早く!」


 限界と思っていた展開速度がさらに一段階上がった気がした。

 激しい金属が捻じ曲がる音が響く。

 次の瞬間には、扉は扇形に押し広げられるように変形していた。

 一人分が通過するには十分なスペースだ。

 可憐は勢いよく走り抜けるとさらに目の前の状況が一変しようとしていた。

 涼が史弥に対して、炎を宿した右手をまさに振りかざそうとしている。

 そのモーションは正面一帯を焼き払おうとするように可憐は見えた。


「そんなことさせない! 絶対史弥君は守ってみせる!」


 まるで可憐に憐可の精神が乗り移ったように鬼気迫るものだった。

 彼女は史弥の周囲へインビジブル・ブロックを展開する。

 本来、インビジブル・ブロックは二つ以上の動作を行いながら発動するのを彼女は苦手としていた。元々マルチタスクは苦手意識があったからだ。

 しかし、今は史弥を助けるという一つの目標に固執した結果、無意識下でこなせるようになっていた。

 走るという行動と並行してイメージ展開を同時に済ませている。

 今の彼女はその精神力が持つ限り破壊されることのない最強の盾を行使できる女傑へと変貌していた。


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