久利生遥偉編 人間の能力
『<朋群製ロボット>についてはある程度メイトギアが蓄積してきたノウハウが流用できたとしてもどうしても制限もあってメイトギア同士でノウハウを共有するのとは大きく差があるはず』
だからこそサディマの力が求められているんだ。その差を可能な限り小さくするために<朋群製AI>の実現が求められていて、サディマはここでの暮らしに適応して穏やかに過ごしつつも、
<朋群製AIの実現に向けた努力>
を常に行ってくれている。が、その実現にはまだまだ時間が必要だ。しかしこうしてルコアは自家受精で妊娠してしまった。それでも久利生は、
『どうすればいいんだ』
と狼狽えてはいない。ないものはないんだから、じゃあ今の時点で可能な対処を確実に取るべきだと彼は考える。それに人間の場合は、
『AIやAIで制御されているロボットと違って誤差程度のズレは無意識のうちに補正してしまって認識できない』
からこそ、
『ある程度のところで納得できてしまう。腑に落ちてしまう。気にならなくなってしまう』
ということが生じる。そこを活かすことができる。
稀にその<誤差程度のズレ>を知覚できてしまう人間も確かにいる。
<錯視のような現象が起きないタイプの人間>
や、
<普通なら気にならないような僅かな違いが気になってしまうタイプの人間>
だ。
例えば、<化粧>というのは錯視を最も分かりやすく利用したもので、顔の表面に陰影を描くことで一部を強調したり立体的に見せたりしてまるで顔の造形そのものが変わったように錯覚させるのに、<錯視のような現象が起きないタイプの人間>には、
『化粧をする前と後の顔がほとんど変わっていない』
ように見えてしまうそうだ。幸いルコアはそういう系統の特徴を持っているわけじゃないからある程度のところで納得したり腑に落ちたり気にしなくなってくれるだろうな。だから黎明の、
<具体的な対処を伴わない励まし>
であってもそれなりの効果を発揮してくれるんだ。もちろんそれは黎明が本心からルコアを励まそうとしてくれているのが伝わるからというのもある。
また、<錯視のような現象が起きないタイプの人間>であっても<特殊メイク>的に輪郭などまで変えてしまう場合にはもちろん違って見えるというのもあるから、そういう特徴を持っていてもそれに合わせたやり方というのは必ずある。問題はその<やり方>を見付けられるかどうかだ。
ちなみに、
<具体的な対処が伴わない励まし>
も、
<本心ではそう思っていない励まし>
も、どちらも『口先だけで』という言い方ができてしまうが、同じように『口先だけで』と言ってもなんとなく違いを察してしまうのも人間の能力か。




