黎明編 生きるか死ぬかの境界線
<生きるか死ぬかの境界線>
まあそうは言っても黎明自身が本当に『生死の境をさまよった』ことはまだない。対して未来は牙斬の襲撃時はかなり危険な状態ではありつつ本人が死にかけたわけじゃないにしてもルコアはそれこそ『死ぬ寸前だった』しそれを目の当たりにしている彼は黎明よりは身近な人間の<理不尽な死>を実感しているかもしれない。
でも黎明にしたって本能レベルで<死の気配>を間近に感じ取れているのは事実だと思う。まあそれは大昔の地球人もそうだったんだろうが。
『昨日までピンピンしていた威勢のいいのが今日はもういない』
なんてこと自体が<日常の出来事>だった時代もあったようだし。その時代の人間のメンタリティは今とはぜんぜん違っていたんだろうな。現代の常識は通用しないのかもしれない。黎明達を見ていてもそう感じるよ。
だから、基本的に地球人のメンタリティを基にして物事を認識している俺が黎明達の振る舞いについて描写しようとしても正確なニュアンスが伝わらないだろうなとも思う。自分で読み返してみても、俺自身は実際に当人を知っているのもあって脳内で無意識に補正してるだろうから分かってるつもりでも、他人からは支離滅裂に思えるかもしれないなあ。俺自身にもっと文才があれば違うんだとしても。
いずれにせよ、ニュアンスを伝えるのは難しいにせよ俺は事実を綴っていこうと思ってる。だいたい、誰に見せるわけでもない手記だから別に文才なんか必要ないだろうし。
今はそれよりルコアのことだ。黎明だって自分を気遣ってもらうよりルコアを守ってほしいと願っているだろう。もちろん俺だってそのつもりだ。仲間という以上に家族も同然なんだから。モニカもテレジアもセンサーをフル稼働させてルコアのバイタルを常にモニターしている。さらにはドーベルマンMPMやホビットMk-Ⅱらも同様にモニターしてくれている。他の作業をしていても疎かになることがない。気を逸らすことがない。ロボットの強みだ。ここまでしないと確実に命を守ることができないのも今の朋群の現実。朋群人が地球人のように死そのものを遠ざけてしまえるのはまだまだ先のことだろうな。
ただそれが実現したとなれば今度は<命の実感>が薄れてしまうかもしれないし、『痛し痒し』ではある。
と、
「ふう……さすがになんか疲れやすくなってるかな」
ルコアがそう口にすると、
「いいって、いいって。できる分だけやればいい。体を鈍らせんのはマズいかもだけどだからって無理すんのも違うだろ」
未来がニカッと笑いながら言ったのだった。




